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アリスの覚醒

 メグたちアンドロイドは未来から来た。

 今居るホームと呼ばれる建造物自体には時空間移動の機能は無い。タイムマシンではなく空間ごと時間を越えて入れ替える装置を使ったのだ。現象を起こす装置と言えるかもしれない。

 その実行には、特殊な希少材料が必要であり、かつ大がかりな実行をするには一度だけの分量しかなかった。材料が隕石から採取されたもので地球上には存在が確認されていないためである。わずかな量で最低限のテストを実施し、なんとか現代の時間に調整した。

 兵馬達を巻き込んだ反作用による過去への影響については、発生することは判っていたが精度を上げるなどの考慮をする余裕が無かった。そして、時間転送時には超低温という通常の生物では耐えられない環境になることも分かっていた。未来ではアンドロイドを人間とそん色無いレベルで作ることも容易となっており、この任にはうってつけであったのだ。

 また、高性能な脳を得たAIは独自に進化を加速させ、もはや人工の知能と呼ぶべきでは無いとも言われていた。体を構成する材料も高強度化、軽量化もされ、創造物及び各部品はすべて高い信頼性を誇る。全ての技術が予想できないほど進歩していた。

 もちろんアンドロイドは、タイムスリップに使うために作られたのでは無い、様々な目的を持って作られている。だが、現代に送られた彼女たちの目的は人類の未来を作ることだ。未来において、人類は宇宙人に支配され虐げられていた。そこまでに起こった事実は変えることはできない。だから、そこから先の時間で反抗する準備をするために来たのだ。

 そんな未来においても時間移動をした存在は確認されていない。つまり、このまま気付かれずに準備し反抗の時を待つのだ。だが、成功する保証も当然無いのだった。

 それでも、彼女たちは立ち向かう、人間のためであるから……。

 アンドロイド達のもう一つの目的、それは魂を持つこと。それが、反抗作戦の重要な要素なのだ。

 そもそも、痛みや疲労等ハード的苦痛、容姿の良し悪し、陰湿な精神攻撃、あえてマイナス要因と認識する必要がないため、悪意は生まれず、人間のための善行のみを目指す存在であり続ける。強いて言うなら、それが永遠に存在意義である。記憶は簡単にコピー、保存、共有され、体は複数に分かれていても、毎日違っても、個別には管理されていても個体では無かった。魂以前に自己さえ無いのかもしれない。

 しかし、メグ達は製作者である博士と呼ばれる人物が考案したマインドブラックボックス技術により仮想個人となった。おおざっぱには、記憶を個体にのみ残し、本人の希望しない記憶は他者が触れられない様にするもので、固有の記憶を蓄積することで個性を磨き、いずれ心や愛情の獲得につながるのでないかという希望であった。




 七月三十日午前十時頃、

 兵馬を再びカプセルに休ませてからすでに二十四時間が経過していた。鍛え抜かれた体は異常な回復を見せている。完治にはもう暫くかかるかもしれないが、通常の生活であればもう問題無いレベルだろう。しかし、現代に連れてきてしまった償いは、残念ながらメグに判断できることでは無かった。

「アリス様の蘇生はどのくらいで完了しますか?」

 メグが確認する。

「脳の換装含めてあと三万五千秒程度です。パーティの準備を急がないとですね」

 レッドが焦った風を装って言う

「そうですね~」

 あきれた風に答えながらメグは紙幣とコインを取り出してきた。そのデザインは現代のもので、昭和、平成の文字がある。令和が無いのは時間移動の誤差を恐れてであろうか。それらがとても使い古されている様に見えるのは実際に経過した時間故なのだろう。そして、紙幣の束を見るかぎり金額はそれなりにありそうだ。

 財布は現代の物が無かったので、使っていない衣装から布をとって巾着を作っていた。犠牲になったコスプレ衣装のおかげでそれなりに可愛いものができた。その変わり果てた姿に、衣装の持ち主が見たらさぞかし嘆いたであろう。ちなみに、犠牲者は利用される可能性の低いバニースーツだ。しっぽの白いふわふわは黒地にはよいアクセントになっていた。

「町の銀行に口座を作っていただきました。アリス様の口座からいくらか移される予定ですが、それまでは、この現金でやりくりです」

 ハッキングや偽装は望むところでは無いが、直接窓口で作るリスクよりはましだとの判断である。時間をあまりかけたく無かったのも関係あるようだ。同様に、人として必要な公共の手続きも完了している。マザーと呼ばれているメインシステムが実行していた様だ。

「とりあえず、入金に行かないとですね」

 世界の現金量が増えてしまうが、彼女たちが持ってきた金額程度では市場に影響を与えられる余地は無いだろう。紙幣の番号による問題も限りなくゼロだろうと推測されている。

「その前にまともに街を歩ける衣裳が無いのが致命的かも」

 レッドにとっては他人事なので笑いながら言う。まぁ、この時代の一般常識はある程度保有している様だ。

「学生服が良いかと思いましたけど、上着の丈が短くて、お姉さまではおへそが見えてしまいますね。まともな衣裳はないのかなぁ? 変態博士め~」

 レッドは衣装の山から見繕ってくれていた。

「これはどうかな?」

 メグは、手こずっているレッドを見て、なるべく地味そうなのを見つけて提案してみた。自分で着るものなのだが。

「なるほど、見つかるとまずいかもですけど、婦警さんでいきましょうか。どのみち、他人に見つかったら、コスチュームプレイで通す作戦ですし」

 スカートだけを選んだメグは、全体像が提示されて、ははは、と引きつり笑いをして返すしかなかった。

「お姉さまは何を着ても似合い過ぎますので、きっと大丈夫です」

 レッドの中ではもう決定しておりセットの小物も探し出していた。

 コスプレ婦警といいつつ、ミニのスカートに白のニーソックスはやりすぎかもしれなかった。セットでパッキングされているためだが、さすがに帽子とか小物類は使えない。それでも、実際、似合うというか美しかった。


「まぁ、とりあえず時間も無いので行ってきます。

 車は使えますか?」

 メグも開き直った様だ。

「はい、準備できています。グリーンにがんばらせました。すぐにゲートを開きます」

 レッドは自分の手柄の様に答える。

「ありがとう。グリーンさんにもお礼を言っておいてくださいね」

 お礼を言って格納庫に向かう。

 格納庫は入口のすぐ横で、ゲートはその上方にあった。ゲートと言っても天井の一部がスライドして開く仕組みだ。傾斜三十度くらいだろうか、屋根の角度に沿って天窓を大きくしたイメージだ。

 車の見た目は、二人乗りのスポーツカー、年式は千九百八十年台のもので、マニュアル車である。なぜかナンバーは品川になっている。特筆すべきは、ワックスによるものか、輝くブルーメタリックのボディカラーが、金髪との相性としてすばらしいことだ。もっとも婦警さんが乗る様な車では全く無い。

 この車も博士の旧車コレクションだが、現時点で発売されている車としてちょうどよいので持ってきた。

 そして、たしかに車なのたが、ここは山の中、そもそも車の走れる道が無い。公道に繋がる林道までも山を越える必要がある。

 しかし、それは屋根の窓から出てきた、浮上している。数メートル四方の金属的な四角い土台、さらにその上に車が乗っている。土台の下には複数のローターがついており、それぞれのローターが向きをころころ変えることで水平を保ちつつ道路まで移動した。

「行ってまいります」

 メグは車の運転席に座り挨拶をすますと、シフトもクラッチも見事に操って走り出させた。公道に他の車の無いタイミングは先日監視用に設置したカメラとセンサーでモニターしている。


 一番近い街、友路町に着くと車をコインパーキングに止めた。

「さてと」

 メグはひとつ伸びをしてから歩き出す。それっぽく規定された動作なのだろう。

 とにかく、今の姿ではとても銀行には行けないので、まずは服を買える場所を目指すのだ。

 町の中心である駅の方に向かってしばらく歩くと、

「お姉さん、コスプレしてるの?」

 車椅子に乗ったセーラー服の女の子が話しかけてきた。中学生だろうか。

「え?」

「そんなお色気警察官いないわよ」

「えっ、え~?」

「ちがうの?」

「あ、違わないです」

 演算装置を全力で使って返した言葉だ。ここは、相手に合わせる流れで脱出に向かう事を選択した。

「そう、コスプレをしてたのだけど、着替えとかを入れたバッグが無くなってしまって……この恰好では帰るときに恥ずかしいので替えを買いに行くところでした」

「それにしても、お姉さん綺麗すぎます。金髪も素敵」

「ありがとうございます」

「外人さんみたいだし、この辺りの人では無いですよね?」

「はい、そうです」

「お姉さんくらい綺麗だと目立ちまくりだから、すぐに有名人になってるはず」

「そうかなぁ。普通だと思いますけど」(お話好きな子なのね)

「コスプレして街を歩くくらいだし」

「これは、しかたなく……」

「どこに行くの、案内してあげようか?」

「ありがとう。でも大丈夫よ、お忙しいでしょうから」

「服を売ってるとこよね?」

「そうです」

「遠慮しないで、まかせてくださいな」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 男物も売ってるところが良いとは言いづらかったのであきらめた。無くても後で考えればいい。

「もちろん、この街お店少ないし……ところで、お姉さん名前は?」

「メグといいます。あなたもよろしければ教えてください」

 苗字は伝えるべきか迷ったがやめておいた。

 こちらに着いてからマザーが決めたものがあるが、念のため必要最低限としたのだ。

「いわま はるかよ。 花の科学って書いてはるかよ。 はるかって呼んじゃって」

 岩間花科、この名前と情報はマザーのデータベースに存在する。

 だが、マザー含めて彼女たちに公開されることは無い。

「はるかさん。可愛い名前ですね。 では、わたしはそのままメグと呼んでください」

「そういえば、なにげに日本語で話しかけてたけど、問題なかった?」

「ええ、生まれは日本なので、ぜんぜん大丈夫ですよ」

 メイドインジャパンは嘘では無い。

「そっか」

「あまり目立たない服があると良いのですけど」

「まかせて、じゃ、いきましょうか。でも、お姉さん何着ても目立つかも」

「ええ~」

「とりあえず、あっちね」

 花科は目的地の方向を指さす。

 メグは車椅子を押して指示された方を目指して進み始める。

「わたしの友達、コスプレ見るの好きだから、うらやましがるだろうなぁ」

「そうなんだ。わたしの知り合いにも見るのが好きな人居ますよ」

 衣裳の持ち主、博士だろう。

 そんな会話をしながら五分ほど進むと商店街についた。日差しはさらに強くなっていた。

「ありがとうございました。ここで大丈夫ですよ」

「どういたしまして。じゃね」

「あ、少し待っててください」

 メグは去ろうとする花科を呼び止める。

 そして近くの店でソフトクリームを買ってきた。

「お礼というほどでもないですが、召し上がれ」と手渡す。

 強引ではあるが、暑い中でもあるし、嫌いな女子もいないであろうとの判断である。

「ありがとう、ちょうど食べたかったの、これ大好き」

 花科は屈託のない笑顔で受け取る。

「よかった。それでは、またどこかでお会いしましょう」

 メグは手を振る。

「また~」

 花科は手を振り返しながら来た方へと向かって行った。

「良い子に会うと幸せになります」

「よかったわね」

 マザーが答えた。

 メグは少し見送ってから看板の見えている店に向かった。


 出発してから三時間ほどして、メグは大きめの紙バッグいくつかを両手に持って帰ってきた。

「ただいま戻りました」

 服は着替えた様で、白いTシャツ&デニムのミニスカートになっていた。白のニーソックスと黒のパンプスはそのままだ。

 留守番していた皆がおかえりなさいを輪唱する。

 持ち帰った紙バッグの中には服がたくさん入っており、留守番のご褒美の様に皆に配り始めた。

「さて、ブルーはこれに着替えて」

「はい」呼ばれたブルーが答える。

 ブルーは渡された衣服をすぐに着始める。白地に青い花柄のワンピースだ。

「あと兵馬様用の部屋をご用意してあげてください。博士の部屋、たいへんですけど荷物の片付けもお願いね。とりあえず、この着替えも持って行ってください」

 博士と呼ばれる人物は、アンドロイド達に近い人物だったのだろう。

「お家も決めてきました。手続きは後日ですけど、すぐに入居可能だそうです。予定通り一階が店舗用です」

 そう、彼女達にはこの街に滞在する理由がある。だからこそ、このホームのある山奥への出入りを見られる事は避けたい。それ以前に見られたらかなり問題の建造物ではある。そこで、住居を必要とし、それも考慮して資金を持ってきた。あっさり見つかったのは候補がほぼ無かったというところだ。

 メグは、一通りの説明をして時間を確認した。

「そろそろ兵馬様が目覚めますね」

「それが、少し前に起きられてトイレに行かれています。使用方法を説明しましたところ、すぐに理解いただけました」

 ブルーが答えた。

 トイレについては、アンドロイドたちには不要だが、開発の際の研究者や作業者のために準備されていた。

「やはり常人と同じに扱ってはだめなようね」

 起きる時間がまた予想を外したことを言ってるのだろう。

「アリス様は起きられてますか?」

「はい、三十分ほど前に無事に覚醒完了し、お部屋におられます」

「わかりました、報告に行ってき……あっ!」

 メグは慌てた風に通信機のマイクに向かって話す。

「アリス様、応答願います」


 アリスと呼ばれた少女は部屋に居た。長い金髪はメグを思わせるが、十歳そこそこくらいの体躯は子供そのものだ。今しがた、部屋の一角に用意されたシャワー室から出てきたばかりの様で、下着を付けようとしているところだ。歌をうたいながら。

 そのとき通信機の呼び出しが鳴り、出た。

「なにかしら?」と応答した瞬間、入口のドアがスライドした。

 そこに見ず知らずの男が立っていた。

 アリスは「キャー」という悲鳴とともにうずくまる。

「その方は大丈夫です」

 通信機からメグの声がするが聞こえていない。

 アリスは、おそるおそるもう一度ドアの方を見ると、すでに閉まっていた。男は立ち去った様だ。

 はっとしたように「侵入者よ、何をしていたの」通信機に向かってどなる。

「あの、だから、その方は……」

「アーノルドは起動してないの?」

「聞いてくださ~い」

「この部屋まで来てるということは、防御機構も効かず。みんなもやられたってことなのか」

「だから、聞いてくださ~い」

「いいわ、マザー、アシストウェポンを準備してわたしがなんとか対処してみます」

 アリスは戦う気まんまんの様子で言う。

「マザー、とりあえず警報を切って、アリス様の部屋をロックしてください」

 メグもあわてている

「おい、なんか裸の子供がいたぞ」

 兵馬があわてた風に戻ってきて言う。

「あ、その、ちょっとお待ちください」

「あの娘も仲間なのか?」

「だから、お待ちくださ~い」

 双方に先に説明していなかったことを後悔した。

「とりあえず、落ち着いてください」

 通信と兵馬に向けて少し大きめの声で言う。

「兵馬様、ここに居てください。絶対に動かないで」

「あ、ああ」

 動かないで欲しいというのは分かったようだ。

「アリス様の部屋へ行ってきます。アーノルドも来て」

「すいません、先に向かうべきでございました」

 アーノルドも戸惑った様だった。ホームにおいて問題の発生は想定外なのと、主であるアリス本人の命令を待っていたのである。アーノルドはアリス直属なのだ。


 ほんの少し前、トイレを出た兵馬が廊下を戻ろうとしたときに、反対側の曲がり角の奥から女性の歌声が聞こえてきた。その声の美しさにそちらへ向かうとドアの前に着いた。すると、そのドアはスーッと横にスライドした。

 眼前に半裸の女性の姿があり、歌声の主にふさわしいその美しさ、いや、裸に一瞬目が固定され事体の把握に困り体が動かせなかった。

 次の瞬間、女性は振り向き、そして悲鳴を上げた。その悲鳴を聞いて、金縛りが解けたように慌てて逃げたのである。

 そして、ドアは自動で閉まった。


 メグがアリスの部屋へ着くと。

 がたごとと音が聞こえていた。中でアリスがあばれている様だ。

「メグです。入りますので、お静まりいただけないでしょうか」

 たしなめる様に言葉をかける。静かになった。

「では、ロック解除願います」これはオペレータにだ。

 扉が横に自動でスライドする。ロックが解除され自動ドアの機能が回復したのだ。部屋に入ると少女が椅子に座っていた。すでに落ち着いている様だ。下着姿のままだが服を着る気も無い様で、落ち着いているというより、ふてくされている感じだ。

「どういうことでしょう?」

 入ってきたメグに問いかける。ぶすっとしたままだ。メグはことの次第を話した。

 話を聞いて少女は、

「わたしや博士でなくあの男が最重要?」不機嫌度が上がった様に見えなくもない。

「はい、マザーの指示です」

「ん? マザー、もしかして意図的に……」

 兵馬の件、アリスについての事前説明を意図的にさせていなかったのではと疑ったのである。

「機密レベル開放は2なのよね?」

「はい、兵馬様の優先指示にあわせて機密レベルの開放がありました」

「本来、人との厚い交流はいとわれるはず。それを優先するなんて。そもそも、まだ何もして無いのにその変更ということは……レベル設定は偽装なのか」

 独り言の様につぶやいた。

「いや、戦闘行為事体、想定外のはず」

 もう一つつぶやいて

「とりあえず、わたしは予定通りアメリカへ急ぎます」

 ぶすっとした表情は消えていた。

「はい。 必要なものはマザーが先に準備してくれています」

「そこは変わってないのね。あと、アーノルドは連れて行くので、念のため戦闘モデルも追加で起動しておいてください」

「ファントムさんは、いちおう起きていますが?」

「ファントムは、頭脳労働のみで」

「残念ながら、戦闘モデルは全員しばらくかかりそうです。ケミカル系材料が予備分含めてほとんどだめに」

「まったく、ミリタリー仕様とか威張ってたくせに伊達なの?(軍が気前よくいっぱい回してくれたのは、ちょっと疑ってたけど……まさかね)

 で……私たちの予備分は回せない?」

「マザーから温存するように指示ありました。戦闘があったこともあって様子見とのこと」

「ふむ………あなたの分の予備ね」

「はい、申し訳ありません。今後も損傷の可能性が否定できないと」

「まさか、いきなり戦闘が想定される事になるとはね」

「それから、アリス様のアシストウェポンは置いてきましたよ」

「そうだった。 実際、あっても意味無いしね。 じゃ、朝まで寝ます」

 少女は、うさぎのぬいぐるみだらけのベッドに横になる。

 アンドロイドに睡眠が必要か?

 このアリスだけは違うのだ。ボディは人工物だが脳のみが生身のまま、つまりサイボーグなのである。

 脳を冷凍保存した状態で持ってくることでタイムトラベル時のリスクを回避し、タイムトラベル完了後に蘇生と人造ボディへの換装をしたのだ。そのため、脳の生命維持機能が必要になり、他のサイボーグ達とは根本的な作りが異なっている。

「おやすみなさいませ。 明日、あらためてあの方をご紹介させていただきます」

 兵馬も休ませたかったのと、彼にも事情を説明する必要がある。


 メグはオペレーションルームへは戻らず。最奥、現在の構造上最上階に向かった。段々になっているブロックの間は階段状の通路になっている。上り切った行き止まりが目的地、メインコンピュータ『マザー』の部屋だ。マザーは、アンドロイド達の管理、情報の管理、施設の管理等全てを受け持っている。

 メグは扉の外で話し始めた。

「兵馬様は連れて来るべきでは無かったのでしょうか?

 あきらかに影響を受けています。戦いが起こるなんて、まして人と……

 まだ来たばかりなのに、今後なにが起こるのか恐ろしいのです。

 あの方の因果律への影響度を教えていただけないでしょうか?」

「影響度は0(ゼロ)と考えてかまいません。あなたの思った通りに進めなさい」

「つまり予定通りということでしょうか?」

「願い通りと言ったところでしょうか。今はそれでよいでしょう」

「それから、彼への友好関係のパラメータが高くなっていますが、これでよいのでしょうか?」

「ええ、ですが、本来上げるべきパラメータは他にあります」

「他にですか?」

「今は友好度を大事にしなさい、いずれわかると思います。三十年かけてかまわないのですから」

「はい、ありがとうございました」

「それから機密レベル3を開放いたしました」

 ここで言う機密レベルとは、この時代の情報である。情報を管理可能なアンドロイド達のためでは無く、アンドロイド達経由でアリスに伝わることをリスクとして決められた。もちろん他の人間にもだ。これはアリスも同意の事である。知らない事こそが彼女の行動と判断の制約を減らせるのだ。

「あと、特に部品類も問題無いようですので、あなたの機能制限も解除しました。これで出力は百パーセント出せます。後ほど確認しておいてください」

「了解いたしました」

 返事を返すとメグはその場を後にした。


 メグがオペレーションルームに戻ると兵馬が待っていた。

「あの娘も金色の髪であったが敵では無いのだな?」

「はい、ご安心ください」

「若い娘の肌を見てしまったことを詫びたいのだが、あの様子では嫌われたであろうな」

「アリスさんみたいな女の子が好みなんですか?」

 横からレッドが興味深々という顔で聞いてきた。

「そういう話は後にしてくださいね」

 メグは気にならないそぶりでたしなめる。

「後ならいいんだ」ふーんという感じでからかう

 メグは気にせず兵馬に向き直って。

「お願いさせていただく事があります」

 機密レベル3が開放されたことでアクセスできる情報が増えたためもあるが、アリスの情報は伝える必要ができた。

「本題に入る前に彼女について少しだけお話しさせてください」

「お願いする」

「彼女の名前はアリス、そして我々のリーダー、長です。お若く見えますが・・・あ、年齢はご想像におまかせいたします」

「若くは無いと言うことか……」

「あ、いえ、お若いです」

「ふむ」

「彼女は明日、アメリカという外国へ向かいます。知人に会いに行かれるそうです。それから、本人はもう気にされていない様でしたが、お詫びをされる時間を出発前に作りますね」

「そうか」

 兵馬は安心した様に答える。

「さて、本題です。 先日少しお話しましたが、私たちは目的があって未来からきました。その際の我々の行動にあなた様を巻き込んでしまいました。上手な説明ができなくてすいません。詳細は、今の時代の知識をまず得ていただいてからがよろしいと思いますので、いずれとさせてください」

「わかってないが、わかった。で、俺に願いとは?」

「私たちは、この時代になるべく影響を与えない様に行動したいと思っています」

「俺にも何もするなと?」

「そうです、ほんとはそれがお願いなのです」

「わかったが、そうではないのか?」

「はい、実際どうなのか誰も経験がありませんので、お好きにしていただいてかまいません。これもうまくご説明できませんが、何をしても運命に織り込み済みなのです。場合によっては、運命の強制によってとんでもない反動や妨害があるかもしれません。なので、無責任で申し訳ないのですが自己責任になってしまいます」

「運命か、今の状況を運命に持つおれはなんなのだろう」

「そうですね、人として特別と言ってよいのかわかりませんが、運命に大きな渦とか流れがあるのなら、その中心に近いのかもしれませんね」

「ただの侍だったのだがな」

「この時代では、すでに一般人とはかけ離れていますね」

「わかった。理解できたわけではないが、無茶をするなということだな。善処しよう」

「ありがとうございます。それでは食事をご用意しますね。もう栄養剤でなくても大丈夫でしょう」

 先ほど出かけた際に、おにぎりを買ってきていた。もちろん、たくあんもついている。

「ああ、すまない」

「おかずが無くてすいません」といいながらおにぎりとたくあんをテーブルに置いた。

「おまえ達は食べないのか?」

「私には定期的な補充は必要ありません。エネルギー、あ、栄養の補給方法はふたつあります。口から取り込む方法では、食品でなくても、なんでも食べられますよ。金属とか固いものが大きいと嚙み砕けませんが……」

 そう、文明の進歩はあらゆる物質のエネルギー変換を可能にしていた。わずか数十年でだ。

「もう一つ、こちらは他の者もですが、電波や音波の様な小さな振動を力に変えることができるのです。ちなみに、小さな娘たちは背中に小さな羽みたいなのがありますが、あそこで波を拾っています。内蔵するより外に出した方が効率はよいので製造コストが抑えられます」

 少し間が空いた。侍に分かるレベルが分からなかった。

「日常生活では、これで十分足りますので口からとることはほとんどありません」

 微弱な波であっても振動子で受け取り、それを電気へ変換している。

「そうか、それもよくはわからんが食事が不要なのは分かった」

 なんだか寂しそうに見えたメグは、

「今日は、わたしの分まで用意していなかったのですが、普通の生活ができる様になれば、一緒に食卓を囲みましょう」

 笑顔で返した。

「あまり気にせんでも大丈夫だぞ」

「はい」

「それにしても、これはうまいな、ごはんの上等さには参る」兵馬の顔が少し明るくなった気がした。

 農家の皆さまが改良し続けてきたお米は江戸時代よりずいぶんと進化しているのだろう。

「お口にあってよかったです」

 嬉しそうにほほえみ、言葉を続けた。

「それから、お好きなものはありますか?」

「気をつかわせてすまない、出していただけるならなんでも食べるぞ」

 本心なのだろう

「わかりました、これからお好みを探っていきますね」

「おてやわらかにな」

 先日死闘を繰り広げた二人の会話とは思えないほど平和そのものだった。

「次はお風呂ですが、シャワーしかありませんので、あ、浴槽がありません。

 使い方を後ほどお教えさせていただきます」

 その後、さらに歯磨き等の日用品の使用法を数時間かけて教えた後、部屋へ案内して休ませた。


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