表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

俺は、タイムマシンを作りたい

 メイド服が侍を連れ帰ってから数時間が過ぎていた。

 その侍は、メイド服が出てきたカプセルの中に入っている。

「容体はいかがでしょう?」

 メイド服は問う、誰に聞いているのか。 インカムは外しており辺りに人影は無い。

「生きていたのが不思議なくらいです」

 どこかにあるスピーカからだろうか、応える音声が聞こえる。

「あれだけの動きをされていたのに……」

 メイド服は心配げにつぶやく、先ほど戦った相手、あきらかに殺意のある攻撃をしてきた者に対して。

「ですが、とても瀕死とは思えない回復力ですよ。マザーの予測では明日の朝には話ができるとのことです」

 メイド服は、どことなく嬉しそうな表情にかわり「そうですか」と返しながらカプセルの中に眠る顔を見つめた。顔を上げると、

「皆さん」

 各所に居る者達がメイド服の言葉に傾聴する。

「マザーの指示がでました。

あわせて機密レベル2が解除されました。

そして、現時点よりこの方は最重要人物となりました」

「三番目でもなく、いきなり一番ですか……」

 レッドが返す。この娘は愚痴を漏らすタイプらしい。なお、言葉から、既に少なくとも二人の重要人物が居るということが予測できる。

「この方が回復されるまでは予定通り準備を進めてください」

「拘束しておきましょうか?」

「アーノルドの起動は朝までには間に合うのでしょう?」

 アーノルドとは少女達とは違い男性タイプのアンドロイドである。

 彼は、有機的部品を多用してあり、そのためか各部に小さなエラーが多数発見され、修復に時間を要しているのであった。

「はい、アリス様の蘇生前には起動していないとお叱りを受けますので、我々にとっては最重要事項です。その侍は放っておきたいくらいです」

 アリスと呼ばれた者の名誉のために補足するが、この様なことで叱る者では無い。設定された性格が作る会話であり、ただの冗談なのだ。

「レッドさん、私達の性格付けは博士の趣味ときまぐれによるものですので仕方ないですが、よそ様の前では言葉を自重くださいね」

「は~い」

「あと、これまで通り会話モードは継続しますが、機密な内容は通信のみでお願いします」

 そう、彼女たちは機械であるため言葉を音声に出して会話する必要はない。人々に混ざることを想定しての会話機能である。人間が介在しない場合、実際には内容を先にデータ通信で完了している。その内容を状況に合わせた一連のシナリオに置き換えて、会話や態度として再生、実行しているのに近い。



 侍との邂逅後、割り込んできた方の侍は、ふらふらと山を歩いていた、数時間はさまよっていただろうか。

「兄……上……」と一言もらし、ついに倒れてしまった。

 その時、辺りが明るくなっていた気がしたが、限界の体は視力さえほとんど無くなっており、そのまま意識は消えていた。山を下り、ちょうど森を抜けキャベツ畑らしき場所へ出たところで倒れたのだ。そして動かなくなった。屍のように。

 時間が過ぎ、太陽が完全に顔を出し空の青が濃くなりつつあるころ、背中を丸めた老婆がキャベツ畑にやってきた。



 夜が明け、マザーの予測では侍が目覚める頃合いだ。休ませたカプセルは下層にある。

 既にアーノルドと呼ばれていた男性タイプのアンドロイドが見張りに付いていた。彼も無事に起動できたようだ。アーノルドの外見は、身長二メートルほどで筋肉質の体躯、こわもての顔だが想定は二十代らしい。 なお、彼は同サイズの人間より少し筋力等が強い程度で戦闘向きでは無い。

 メイド服がグリーンとブルーを連れてそこへやってきた。


「そろそろ目を覚まされますよね」

 メイド服はカプセルを覗く。アーノルドへではなく、カプセルを管理しているオペレータへの確認だ。

「彼はすでに目覚めておられますよ。 一度、目を開かれました」

 だが、アーノルドが低い声で答えた。

「意識は覚醒していると思われますが、動きませんね」

 と、オペレータ室でモニターしているレッドが補足する。

「こちらの出方を待っているのね。中に聞こえる様にしてください」

 ここまでの会話はカプセルの中には聞こえていなかった様だ。

「内部スピーカ、オーケー」

 レッドが準備完了を知らせる。

 メイド服はカプセルの侍の顔に近い位置、相手からも顔が見え易い位置に移動しささやく様に語りかける。

「おはようございます。少しお話をさせていただけますか?」

 その和らかな声は、男であれば、いや女性であっても安らぎを覚えるだろう。だが、侍に反応は無い。

 起きているのは分かっているので続けてみる。

「よろしければ、目を開けてください」

 侍はゆっくりと目を開き、

「これは牢獄か?」

 重苦しそうに言葉を、質問を返した。

「ありがとうございます。これは、私たちの保管用の容器ですが、他にあなたにお休みいただける場所が無かったため使わせていただきました」

「ここはどこだ?」

「私たちの家です」

「死んだのではないのか……」

「ええ、あなた様は生きておられますよ」

「俺はどうなる?」

「まずは、元気になっていただきます」

 やさしいほほえみで答えてから続ける。

「今は、おつらいでしょうから、まずは当方の話をお聞きください。お伝えできる内容は限られますが、後ほどご質問をいただければと思います」

 侍は、メイド服の瞳を見てからゆっくりとうなずいた。

「開けてください」

 メイド服は、ここまでの会話で、ある程度の回復が確認できたのか、カプセルを開くことを指示した。それに合わせる様にアーノルドが立ち上がる、侍の急な動きを警戒するためだろう。


「あ、その前に全員衣服を着用して」あわてて指示する。

 メイド服は外部へ出るため先に衣服を着用していたが、他の二人は作業優先だったようで裸のままだ。

 指示された二人は、それぞれ巫女服、セーラー服に着替えてきた。衣裳の種類はいろいろある様だが、サイズを優先したらしい。

「博士が言うには、この時代の衣装ということだったけど、ほんとに大丈夫そうですね」

 グリーンが侍を見ながら納得したように言う。ブルーも侍を見て頷いていた。蛇足だが、アーノルドは最初から、なぜかタキシードを着ている。未来の衣服は念のためこの時代で使うことを避けたかったのだろう、そこでアンドロイドの製作者が趣味で集めていたコスプレ衣装を持ってきたのだ。衣裳とのお別れに主が涙したことは言うまでも無い。

「開けてください」

 あらためてメイド服が指示を出す。蓋がゆっくりと開いた。彼女たちが出てきた時とは違い特にめだった気体の流出は無い。アーノルドは立ったまま動かない。

 侍はメイド服に視線を向けた、するとメイド服はゆっくりと話始めた。

「私達は、今よりもずっと未来から来ました。時間移動の際にあなた様方を巻き込んでしまいました。そして私達は人間ではありません。自分の意志で動くことのできる人形とお考え下さい。ほんとうに申し訳無いことをいたしました。お詫びさせていただくとともに今後については可能なかぎりサポート、いえお手伝いさせていただきます。

 言い訳になりますが、他の方々は別な理由で死後に転送されたことを確認いたしました。全員刃物による他殺と思われますが、死因については、ご存じかと推察いたします」

 侍が小さくうなずく。

「それでも、巻き込まれている以上我々の行為の犠牲者として誠意をもって弔わせていただきたいと思います」

 現代の人間であれば、なんのドッキリだと笑い飛ばされそうである。

「遅れましたが、わたしの名前はメグと申します。そして、右からアーノルド、グリーン、ブルーです」

呼ばれた三人は順にお辞儀する。

「ここにはおりませんがレッドという者を含めて今は五人が稼働しております。他に、マザー、ファントムという者もおりますが、おいおいご紹介させていただきます。 差し支えなければ、まずはあなた様のお名前をお聞かせくださいませんか」

 侍はメイド服の、メグの目を見ながら静かに名乗った。

「ひょうま」

 メグは、名前を名乗ってくれたことで、ある程度は理解いただけたと解釈した。少し嬉しかった。

「ありがとうございます。ひょうま様。あ、字はこちらでよろしいでしょうか?」

 天使のほほえみ返し付でお礼を言いながら板の様な機材を使って予想した漢字『兵馬』を見せた。

「そうだ」

 第一候補で当たったらしい。

「わかりました」

「他の者はどうした?」

 あの場の死体についてということだろう。

「申し訳ございません、生存者はおられ無かったため、今はそのままにしております」

「女は居たか?」

「二名おられました」

「そうか」

 顔を曇らせ、そして起き上がろうとする。

「まだ、動かれない方がよろしいかと」

 手で制止しつつ、

「このお二人です」

 先ほどの漢字を見せた板の様な機材を使って二人の画像を見せた。

「いかがいたしましょう?」

「俺を行かせてもらえないだろうか?」

 兵馬は、さらに曇った表情で懇願する。

「それがお望みであれば」

 メグはやさしく答える。

「ただし、わたしがお連れいたしますので、ご自分だけで行動されませんようお願いいたします」

 外傷が無いことを含めてある程度動いても命に支障の無いことは、カプセルで収集したデータで判っている。

「わかった」

 こちらも自分の状態が判っているのかあっさりと承諾した。向かうことが優先なのだ。メグはその返事を聞いて、侍をカプセルから起こしお姫様だっこをしようとする。

「わ、おい、まて」

 兵馬は、あわててメグの手を振り払い、痛たとリアクションする。

「歩けるから、肩を貸してくれればいい」

「承知いたしました」

 その時、ブルーがメグの耳元で小声で伝える。

「その前にお姉さまも下着は着けられた方がよろしいかと」

 下着は未来のものだ、さすがの変態博士コレクションにも無かった。

 そして、他の者と違い先に着衣していたとは言え、急ぐあまり下着までは着けていなかったのだ。

 そう、その状態で昨夜は戦闘等こなしていたことにもなる。夜でよかったのかもしれない。

 少しほほを染め「少しだけお待ちください」と兵馬を制して部屋を出ていった。


 少しの間をおいてメグは戻ってきた。髪が横に束ねられている。席を外した言い訳のつもりだが、兵馬に通じたかどうかは不明だ。

「おまたせいたしました」

 兵馬をあらためて起こし肩を貸す。

「刀をお返しします。ここに置いておいていただいても問題ありません」

 兵馬は、刀を受け取り腰に差す。

 メグは、その動作から大丈夫ということと認識した。辛そうになったなら、その時に自分が持てばよいとも考えていた。事情を知らない者から見れば、患者をかいがいしく世話する看護師といったところである。たいして意味は外れていないが。

 こうして昨夜死闘を演じていた二人は、寄り添って、戦った場所、いや出合った場所へ向かうことになった。



 同日、昼、

「俺は、タイムマシンを作りたい」

 街の中学校の文芸部の部室で、パソコンに向かって語りかける少年が居た。

「そこで、世界のみんなに協力してもらいたいんだ」

 熱く語る表情は若さにあふれていた。

「いつか未来でタイムマシンを持てる人が居たら、俺のところに来て欲しい。たとえ千年万年先、遠い遠い時の果ての人でも、いつか出合う宇宙人の知り合いでも、これを見てくれている全世界の人の中の何人か、いや、たった一人でも、その子々孫々にこのメッセージを伝えてってくれたらできるはずだ。二千十九年八月三十一日十五時に市立友路中学校のグラウンドで待っているので、そこに来てほしいと」

 あまりにも妄想甚だしい内容だが、熱い言葉は続く、

「タイムマシンに興味のある人間は多いと思う、決意を持って指定の時間に集まってくれればきっと思いは通じると信じています。そして、その時に起こる結果を見れば、その決意を確たるものにできるとも思う。

 だから、みんな俺に力を貸してください。お願いします」

 勢いよくお辞儀してから。ふぅとため息をついてから誰に向かってか言葉を発する。

「よしできた。配信するぞ~」

 パソコンはインターネットに接続されており、今作ったムービーをすぐにアップロードしていた。カメラとマイクも付いていたのだろう。

「秀太、なに馬鹿なことやってるの」

 部屋の中、少年の位置からは離れた窓際から少女のあきれた声が聞こえた。少女は車椅子に座って本を読んでいた様だ。秀太は少年の名前なのだろう。

「俺はまじめだ」

「まじめにやってるから、余計馬鹿に見えるのよ」

「馬鹿というなら、成績で勝ってから言いやがれ」

「なんでこんなのが学年トップなのよ」

「ふん、学年とか関係無い、全国レベルだ」

 どや顔なのは事実なのだろう。

「子供め」

「ああ、俺も早く大人になりたいなぁ」と少女の胸を見る。

 少女は年相応の可愛い顔立ち、そして相応しくない胸を持っていた。

「このセクハラおやじ」

 と、胸を隠すべく腕を組む、が逆に協調させているとは本人は思っていない。

「やった大人扱いになった」

 にやりとしたのは胸の動きゆえか、顔は確かにおやじっぽくなっていた。

「くぅ、悪魔でもやってきて、魂持ってってくれないかな」

「かわいい小悪魔なら、かまわんぞ」

「ああ、もう、このどすけべバカたれが」

「なんとでも言え、明日は英訳版を作る」

「やれやれ、もういいわ」あきれ顔で言う。

 たわいないやりとりをしていると、昼休みの終わりを予告するチャイムが鳴った。

「じゃ、わたしはお先に行くわね」

 と、少女は車椅子を動かして部室を出ていった。

 少年は、その姿を目で追い、つぶやく。

「まぁ、俺だって分かってるさ、ただ、動き始めることに意味があるはずなんだ」

 このとき馬鹿にされていた変態少年秀太が、いつか世界の存亡に関わることになるとはだれも予想できなかったろう。

 なお、この少年、今出て行った少女の前でだけ、この様な態度になってしまう。学力については努力の結果であり、明確な目的を持って生きているのだが……



 少年が謎の動画を作っている頃、

 太平洋、日本近海に米軍の空母が浮かんでいた。横須賀に向かうわけでもなく、まっすぐにこの場所に来て停船していた。その空母の艦長室、豪華な家具や調度品類は艦長の嗜好だろうか。

 そんな部屋で、軍とは関係の無さそうな少女が部屋主を含む軍士官達を相手に向かい合っていた。着ているセーラー服も、海軍を全く想起させない、スカートの短さもあるが日本の学生服そのものなのだ。

 少女は顔に掛かる長い金髪を掻き揚げながら士官たちに二枚の写真を見せて言った。

「この二人を探しなさい。 男の方だけでもいいんだけどね」

 大人相手に命令する少女は、愛らしい顔もそうだが学生服を着ていることもあって年齢は十代そこそこかと思われる。艦長室上座のソファの中央に鎮座し足を組む姿勢は、口調に等しくお願いしている風にはとても見えなかった。

「わかりました」

 艦長と思しき者が答える。ノーは無いのか、即答に近かった。応対する士官たちは、少女の対面のソファに窮屈そうに並んでいることもあり、どう見ても十代少女に対しての態度では無かった。

「三日以内でね」

 少女は目を細めて、声を低くして、絶対的な口調で言った。言われた士官達には、少女の瞳の狂暴さが見えていたかもしれない。

「他国において身元が不明な人間を探すのは、それほど簡単ではありません」

 それでも左に座っている男が声を少し震わせながらなんとか答える。

 少女はソファから飛び上がる様にして立つと、言葉を返した男はびくっとした。

「言ってみただけよ~。まぁ、がんばって探してちょうだい」

 と男に向けておどけて見せる。続けて、

「友路町あたりがあやしいかもね~」

 口調は軽かったが、目は細めたまま。

 しかし、その軽い口調が、士官達にはさらに重くのしかかかっていた。額に汗がにじむ。少女が地球人では無いことは知らされている。米政府及び軍の上層部が以前から平伏しているのも知っている。それだけではない得体のしれぬ恐ろしさに心が折れているのだ。

「ご配慮感謝いたします」

 ヒントをくれたことへの社交辞令だが、未達は許されないことへのささやかな抗議もできなかった。分かってるなら自分で行けとはとてもじゃないが言えないのであった。

「じゃ、部屋戻るね」

 一言言って、少女はちらりと士官たちに視線を向けたが、そのまま扉を開けて部屋を出て行く。

 扉の外は十メートル四方の開けたフロアになっている。そこに、十数人の兵士が銃を持って立っていた。

「何のために居るのかしら?」

 少女は目を細めて見回し、

「まぁ、いいや、今日はお願いに来た身だから見逃しといてあげる」

 そして兵士たちの中央に歩を進める。銃を持った兵士達は、帰りに襲うために居たわけではない。

 何かが起こった際に突入するためにそこに居たのだ。つまり、何かあれば戦闘をするつもりだったということだ。武器も持たない小娘と。その小娘にいい様に言われて悔しそうな表情を浮かべる者も居るが、全員の顔は汗だくであった。娘から出る、殺気の様な雰囲気に呑まれているのか。

 リーダーらしき者がなんとか合図をすると、全員合わせて後ずさる。

 小娘は、何事も無かった様に間を通り抜け

「じゃ、また来るね」

 と言い残してそのまま進み、自室へ向かった。姿が見えなくなると、兵士達は思い出したように息をし始めた。



 話は、同日の朝に戻る。

 兵馬とメグは、森の中を歩いていた。昨日の記憶では、二人三脚で向かうには楽しい場所では無い、戦うために赴くのでは無い事が救いだった。

 侍が口を開いた。

「俺のことは聞かないのか?」

「お体が治ってから、その時に差し支えなければでかまいませんよ」

 答える声はやさしい。

「昨日はすまない」

「非はこちらにございます。もうお気にされませんように」

 メグは理由を聞かない。侍の体力を考慮し今は控えているのか。誰かの指示待ちかもしれない。

 そのまま会話も無く道なき道をしばらく進むと、出会いの場所、いや惨劇の現場へ到着した。やはり、数十人の死体の群れは心を引き戻す。

 暗がりとは違い、はっきりとした景色に呆然とする侍に、

「女性二名はこちらへ移してあります」

 メグは兵馬の手を引いて案内する。

 遺体が視界に入ると、

「日和~」

 兵馬は、まっすぐに右側に横たわる若い方の女性に泣きながらすがりついた。

 何も言わずに静かに立っているメグに、

「俺の妹だ」

 嗚咽交じりに教えてくれた。

 メグは何も言えずに兵馬の背中を見つめていた。

 少しして、

「弔いたい。手伝ってくれるか?」

 兵馬は辛そうに願った。

 メグは「はい」と答えると、辺りを見回し、日当たりのよさそうな位置を手のひらで示す。

「あちらではいかがでしょうか?」

 兵馬が頷くと、メグは示した場所へ移動し素手で穴を掘り始めた。メグの腕は普段は人肌と同じだが、必要があれば硬化できるのだった。刀さえも受けられるその手は、あまり時間をかけずに人一人がゆったり入れる穴を作った。兵馬も手伝おうとしたが、病み上がりの彼の手は不要であることを納得してもらった。

「宗教的行事は私たちでは行えません。ご容赦願います」

 申し訳なさそうに言うとともに準備のできたことを知らせる。ゆっくりと娘を移動させ、静かに土をかぶせる。墓と分かるように周りよりも盛り上げた。兵馬は鞘に収まったままの刀をそこにゆっくりと立てた。墓標ということだろう。刀を手放したのは、他に適当な物が無かったからかもしれないし、戦う理由を失ったためなのかもしれないとメグは解釈した。侍が刀を手放すことの重さを、人の心の重さを、そして命の重さを、まだ理解できないアンドロイドであった。

 作業が完了したと判断したメグは、

「他の方々は、後ほど我々で弔わせていただきます」と伝えた。

「お願いする、今の俺には難しい……」

 疲労の影が濃い。

「戻ってお休みください」

 再び肩を貸しながら帰還を促す。

「手数をかける」

 肩へかかる重さが、ここへ向かっていた時よりも少し増えているのがわかる。

「お気持ちお察しします」

 ゆっくりと歩きだす。

「俺の話をしてもいいか?」

「はい」

「俺たちは武蔵という剣豪を討ちにきた」

 武蔵、剣豪、という単語から宮本武蔵を想像する。その名前はデータベースの人名項目に在り有名人と予想できたがメグはだまって聞いている。

「なぜかこんな山奥に向かったという報があり、追いかけた。この地に来ていることを知り、名を上げたい殿の命令だった」

 侍は、ここからは辛いことを思い出したのか、表情はさらに厳しくなり、少し間を置いてから続けた。

「しかし、あの女は強かった。強すぎた。武蔵はそれ以上だったのだろうか……全員、武蔵に届く前に、一緒に居た女に殺られた。金色の髪のおかしな装束の女に。笑みを浮かべながら殺戮する姿には恐怖を感じた。初撃をなんとか凌げたのは俺と弟のみで、妹は成すすべもなく……」

 兵馬の眼に涙がにじむ、悔し気に目を閉じ話をつづけた。

「そして、残ったのが俺と弟…昨日の男だけになり、玉砕を覚悟したとき、化け物たちは、光の中に消えて行った。それでも、なんとか追いかけようとしたが、なにか説明できない感覚に襲われ意識を失ったようだ」

 タイムスリップに巻き込まれた瞬間だろう。

「到底刃のたつ相手ではないことはわかった、だが、一刀なりとも報いてやりたかった。もうまみえることも無いのは、幸か不幸か……どちらにしろ幸いでは無いか」

 メグは話を静かに聞いている。

 兵馬はしばらく黙った後、メグを見て、

「あなたを見て、最初は武蔵の仲間だと思った。しかし、俺へ呼びかける姿勢には誠意が見えた。話に応じてみようと考えた。その時、弟が、あんたに斬りかかった。俺と同じ様に勘違いしたのだろう。代わりに詫びさせていただく、本当に申し訳なかった」

「ご事情、お察しします。それから話していただいたことに感謝いたします」

「では、ここでお別れだ」

「そのお体では無理です。それに、この時代の事情も知らないままではたいへんなことになります。刀をお渡ししたのも、戻っていただける前提のつもりでした」

「州馬を、弟を探さねばならない」

 州馬とは弟の名前なのだろう。

「私たちが協力させていただきます。まずは回復に専念してくださいませんか」

 最優先の護衛対象であるからではなく、人道的に当然と言えるだろう。実際、兵馬の顔は蒼白だった。

 メグがあわてて肩を貸す。

「すまないが、やはり言葉に甘え…させて……いただ……く…」

 兵馬はそのまま意識を失った。

 メグの内部システムでは、その言葉に対しては嬉しさを、肩にかかる重さには心地よさの状態分析がされていた。体を預けてくれたのは、自分を少しでも信頼してくれた……と、こじつけたかったのかもしれない。

 これで、兵馬の件は落ち着くだろう、弟探しは未来の技術を駆使すればなんとかなる。時間を越えて来た者たちの望む静かでやさしく流れる時間が始まる。彼女達にはそう思えた。

 だが、世界は、既に彼女らの希望など無視して動き出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ