目的
兵馬とマグナムは、既にナンバーズ五人を倒していた。
「貴様は……いったい……何者…だ?」
倒れたナンバーズの一人にはまだ息があった。この状況で意味があるのか不明の内容を兵馬へ問う。
「武蔵殿に恩のあるものだ」
兵馬は答える。
「恩……だと? そうか……わかった。 俺は……もう武蔵を狙わない……見逃して……もらえ……ない……か?」
「今さら、信用すると思うか?」
「こんな……ことで……死ぬのは……割に……合わない」
あのナンバーズが息も絶え絶えで懇願する。
その姿に兵馬の気は緩んだのだろう。こういう相手には優しさが仇となる。
その油断をナンバーズは見逃さず、すかさず起き上がり手刀を振った。
兵馬の両腕が飛ぶ。ハヤブサの反応も間に合わず、バリアは下方には向かなかった。
「侍っ」
マグナムが叫びながら、兵馬をかばうように前に立つ。
すぐに武器を手にしたナンバーズはそのままマグナムへと斬りかかる。
飛び込んだ勢いで体制の整わないマグナムを頭頂から切り裂くと、肋骨部分で止まった。エンジン防護用に骨格強度のかなり高い部分だ。
「恩だと、笑わせるな」
ナンバーズが嘲笑する。
倒れていたのも、命乞いも、演技だったのだ。
「き……さ……ま……」
倒れる兵馬の怨嗟に含まれる後悔を心地よいとでも言う風に、
「甘いやつらで助かった。ははは」
大きく笑った。
その時、
「おい」
自分と同じ声がした。
声のした方に向き、
「ナンバー1、生きておられたのですか?」
「ああ」
「なんでしょう、その恰好は?」
「気にするな、主の計らいだ」
「主?」
「ああ、俺はこっち側に付くことにした」
アンジェリカは、この時ちらりと上を、ハヤブサの方に視線を向けた。博士自信作のステルスも無意味とは。
「こっち? ああ、そうですか、面白いことをおっしゃるのですね」
「ちゃんと相手はしてやるから、少し待て」
そう言ってから起き上がろうともがく兵馬に近づき、
「まだ寝ておけ、血が余計に流れ出る」
「俺は……いい……その娘……を……」
兵馬の願いを聞いたからかアンジェリカは倒れたメグに視線を向ける。
「残念だが……」
人間と思ったのか、致命傷であると判断したのか、はたまた状況をごまかすためか、
「良い剣だな、すこし借りるぞ」
持ってきた大鎌は地面に置き、兵馬の刀を手にする。
「触……るな」
「その娘の仇をとってやる。あと少しだけ意識を保って見届けろ」
両手を失った兵馬は、流れた血の多さから確かに意識を保つのがやっとの状態だった。
「ちょっと待ってください。 ロムナ様っ、止めてください……ロムナ様?」
後方で倒れている、オポスの指揮官ロムナに気付く。
「わ、わたしも、そちらに付きます。付きますので……」
ナンバー1に勝てるわけがないのがナンバーズだ。
相手にしてもらうどころでもない。
「命乞いか、だが悪いな、お前は信用できない。 今、楽にしてやる」
アンジェリカは、刀を相手に向けると、間合いを一瞬で詰め、相手が振るった剣をあえてはじいてバランスを崩した。
直後にナンバーズの体は六つに割れて地に転がった。
「悪いな、俺達を救う方法はこれしか思いつかない」
倒した元同朋へ向けた言葉は、贖罪では無く決意を示したのかもしれない。
「あの一瞬で……三度……斬ったのか」
意識はもうろうとしていたが、兵馬には、はっきりと見えていた。
アンジェリカは兵馬の傍らに立ち。落ちていた鞘を拾って刀を納めた。
その刀を兵馬の横に静かに置き、
「見えたか? 俺に勝てると思ったら、いつでも来い」
本当は、大げさに倒す必要は無かったろうが、実力の一端を見せるためだったかもしれない。
「お前……なの…………か……」
仇と確証し起き上がろうとする兵馬であったが、アンジェリカに押さえられた。
「今は起きるな、何か向かってくる。 おそらくお前の仲間だろう」
そして、兵馬は、ついに力尽き意識を失った。
アンジェリカの言う兵馬の仲間、アリス達の車が見えたところで、
「また会おう、武蔵の選んだ者よ」
と意識の無い兵馬に向かってつぶやいた。
そして、ビキニアーマーに傷が無いかを確認し、
「この状況で心配することでは無かったな……ああ、主に会いたい……な」
そう言って立ち去った。
アンジェリカが去ってから間もなく、アリスと武蔵がワゴン車で到着した。小次郎の車を自由に使わせてもらっている。
ほぼ同時に、待機していた武蔵の宇宙船が頭上に現れた。
「急いでください、兵馬さんはこちらへ運んでください。医療設備は船の方が合ってると思います」
カナが降りてきて提案する。
「ええ、そうね。わたしも手伝います。武蔵、マグナムをホームへお願い」
アリスは賛同し、マグナムは武蔵に任せた。
「了解だ」
「ひどいことを」
カナは惨劇に目をそらす。
「向こうも死者がでている以上、仕方の無いことかもしれないけど」
アリスも、お願いした立場というだけでなく、やはりつらい状況であった。
「そうですね、では行きましょう」
だが、今は時間が大事だった。
アリスは、兵馬の治療開始を見届けてからホームに戻っていた。
マグナムの修理は博士に任せ、先の戦闘の記録を見ている。
「今回もなんとかなったけど、最後のナンバーズは何?
仲間割れなのかな?」
マザーに、済んでるであろう情報収集の結果を聞く。
「照合しましたところ、先日ファントムと戦った者の様です。 爆発に巻き込まれても生き残ったと想定されます」
「まさか」
ホームの損壊状態からも自爆の威力は分かっている。それを逃れたということに驚いたのだ。
「顔も身体的特徴も同じですが、クローンとのことですので100%とは言えませんが」
「でも、それがなんで助けてくれたんだろう」
「画像解析の結果、街の監視モニターに映っているものがありましたので、街のどこかに潜伏しているのは確かな様です」
「とりあえず、監視はよろしく」
「最も気になるのは、あの恰好、ものすごく動き難いだろう、そして、サイズから言って横から見えるんじゃ」
博士がとぼけた分析で割り込んだ。
「博士は、そこですか? まったくもう」
コンピュータの人格設定がここまで忠実に再現されていることには意味があるのか、疑問に思うアリスだった。
「後で、動画データを分析してみるか」
「分析はマザーに任せます。 博士の閲覧権は外しました」
「おい、相手が女性である以上、わしの分析の方が良いはずじゃぞ」
「なんの分析するつもりなんだか」
武蔵の宇宙船のベッドでは、治療を終えた兵馬が横になっていた。
既に、意識は戻っている。敵を退けたという結果も聞いた。
だからこそ、悪夢として思い出す。
「俺は……また負けたのか……絶対に負けてはいけない戦いにまで、そして、力や技で無く、心が負けた」
涙は流していないが、心理的ダメージは大きいのだろう。悔しさと絶望が表情に現れていた。
その時、ベッドの傍らにハヤブサが飛んできた。
「兵馬様、ファントムでございます」
ファントムの声で言う。
「ハヤブサを通してお話させていただいております」
「マグナムは無事か?」
アリスのことは信頼している。それでも、確認したいのだ。
「ええ、現在修復中でございます」
「そうか……あなたも息災か」
「おかげ様です」
「よかった」
「お話しても大丈夫でしょうか?」
「ああ、動くのは自重したいが、口は動かせる」
「ありがとうございます」
「我々はあなた様には本当に感謝しております」
「俺の意志だ、気にしないで欲しい」
「その意志に対してです。形容のできないほどです」
「俺は弱い、腕も無い、戦うことさえもうできない」
「いえ、あなたは弱さを認める強さがある。 だからこそ、強く居られるのでしょう」
「戦向きでは無かったのだろう、武士としては致命的な弱さだ」
「お人柄ですからね。 無理に変わらないで欲しいと皆思っていますよ。 わたしは、意志など無くただの兵器であればよかったと思ったこともありました。 でも、あなたを見て自分の意志で戦うことに意味があるのだと考える様になりました。
それに、レッドさんの話し相手になってあげないといけませんしね」
「お前は人間臭いな」
「戦闘用のはずなのですが、兵馬殿とお会いしたからですかね」
「戦えない俺はもう、戦うための侍でも無いが」
「腕は作り物ですが、元の様になると思います」
「本当か?」
「はい。ただ、治ったら、普通の生き方をしていただくことはできないでしょうか?」
「なぜだ?」
「お察しの様に、我々はあなたにこれ以上傷ついて欲しく無いのです」
「俺は、お前たちの仲間だ」
「我々は機械ですが、あなたは生身です。 それは、大きな違いなのです」
「俺にはその違いは理解できないぞ」
「メグと二人で喫茶店を続けるのは、お嫌ですか?」
「それは嫌じゃないさ、だが、戦うべき時に戦わない生き方だけは承諾できない。 そして、俺の戦う時は俺の大事な家族を守るためだ」
「説得失敗ですかね」
「頑固ですまない」
「博士に伝えておきます」
「お願いする」
「メグに怒られたら責任取ってくださいね」
「それは、まぁ、任せろ……いや、彼女は怒らない……泣くかもな、それは辛い」
「頑固者とは思えない歯切れの悪さですな」
「お前は本当に人間臭いな」
兵馬は笑顔になっていた。
「お誉めの言葉と受け取ります」
「ああ、今回は褒めた。偉そうですまん」
「ハヤブサは待機状態としておきます。 何かあれば話しかけてください。 それでは、今はごゆっくりお休みください」
「そうさせていただく」
ファントムは、博士の研究室に居た。新型のボディの完成を待っているのだ。元々、ファントムのボディは未完成だったが、予備もあわせて作られていた、それを使える様に調整している。
横に居たレッドがファントムに話しかける。
「さすが策士ね」
「レッドさんは、すぐそういう言い方をされる」
「結果が分かってて、元気付けたんでしょ?」
「いえいえ、わたしは事実を語り、流れでの結果です」
「メグはがっかりするかもね」
「そうでしょうか」
「そうね、一緒に居られるなら、なんでもいいかもね」
「さすが恋愛マスター」
「恋愛なんてしたことないけど」
「そういう場合なんて言うんでしょうね」
「この野郎、すぐ話を逸らす」
「レッドさんが話しかけてきた時から、そっちの方向だったかと」
「そんなことは無い」
「ええ~」
「じゃ、また」
レッドは、いつもの様にファントムの背中をぽんぽんと叩いて部屋を出て行った。
そう、いつもが戻ってきているのを、皆感じていた。
その日の夜、アリスの元を小次郎が訪ねて来た。
「すみませんでした。あなたたちを囮にしました」
「おとり?」
「そのおかげで、やつらの本拠地がわかりました」
「え?」
「最初は空母だと思って行ってみたのですが、違っていたのでそのまま様子見とさせていただきました」
「単独で行ったのです?」
「まぁ、こちらは大変そうでしたし」
「できれば、こっち手伝って欲しかったわ」
「すいません、敵の油断も含めて絶好のタイミングでした」
「あなた、あまり関わりたくないのかと思ってましたけど、実はお友達思いなのね」
「いえ、サリミナのためですよ」
「そこまで……」
「? いやいや、たぶん、それは誤解です」
一瞬不思議そうな顔をしたのは、意味が通じなかったのだろうが、それはアリスの目論見通りでもある。
「ふむ? ありがとう、そこまでサリミナを気にかけてくれて」
「こちらこそ、あらためてお礼を言わせていただきます。 彼女と逢わせてくれてありがとうございました」
「サリミナも幸せね。 自分の生まれた理由を失って、うちに居ても能力を活かせず、つらそうだったから」
「彼女には心があると思えて来ますね」
「わたしも、そう思いたい」
「ところで、本拠地ですが」
「それが本題でしたね」
「空母の真下です」
「なるほどね」
「もっとも、大きさは空母より大きいはずです。 姿を消してるので正確にはわかりませんが」
「そこは、我々でなんとかできるのかな?」
「ナンバーズが減らせた様ですし、今が最大のチャンスではあります。
そして、おそらく、それを潰せれば地球はひとまず大丈夫になるかと」
「増援が来るまでということよね?」
「いえ、これはわたしの勘ですが、増援部隊はいったん火星に引き上げるのでは無いかと……
あえて言いますけど、彼らに時間は関係ありません、今無理をする必要は無いのです」
「そうかも?」
「だから、圧倒的戦力の本隊と合流してから、あらためて攻めてくる。 つまり、本隊の来る二十~三十年後……です」
「なるほど。どうせ、二十年の時間があっても地球側には勝てる技術は持て無いということか」
未来の技術ファントムとマグナムでさえ、敵の先兵をしのげただけなのが悔しかった。
「とはいえ、やはりどうやって本拠地をたたくかです。 オポス人が少なくとも五人居ます。ナンバーズもそれなりに」
「戦力不足ね。あのナンバーズさんは協力してくれないかしら」
「どうでしょう、居場所が分かれば、話をしてみますが、ナンバー1です」
「ナンバー1?]
「ナンバーズ最強です。はっきり言って、ナンバー2もまったく相手にならないくらいの化け物でした」
「そんなのが来てたのね」
「ええ、ほんと、よく勝てましたよね」
「ファントム様様だわ」
「自爆の作戦が当たったと思います。まともにやりあってたら……」
「なんか怖くなって来ちゃった」
「なので、わたしも交渉は怖いのです。加勢してくれた事情が分かればよいのですが」
(先日散歩に出た際に会ったことは今は伏せることにした。主が変わったこともそうだが、戦意が全く見えなかったことは、良い方にも取れたが、だが、その後に襲撃を受けたことが引っかかっており、安易に味方と考えることができなかった)
「でもね、なぜか、わたしは味方になってくれそうな気がするの」
「ほう」
「五感が無い分第六感は強いかもだし、そうだといいな」
「そういうことですか、返答に困りますが」
「気にしないでね。 とりあえず、まずは居場所を探してみますね」
「お願いします。 あとは、武蔵が助っ人を呼んでる可能性はありますが、目途が立って無いと教えてくれないでしょうね」
「期待させない様にか……」
「そうですね」
「あの~、あと一つ、今さらだけど聞いてもいいかしら?」
「なんでしょう?」
「武蔵さんが狙われてる理由って、知ってます?」
アリスはかなり遠慮気味に聞いてみた。
「う~ん、予想でよろしければ」
さすが旧友である。
「ええ、かまわないわ」
「彼は、前の、ええと、地球で言う大統領みたいなものなのですよ。 ああ見えても……」
「えっ?」
アリスは地で驚いてしまった。
「で、向こうも一枚岩では無く、前大統領を持ち出したい勢力があるのではないかと」
「ああ」
「だから、連れて帰って処刑、または死んだ事実を持って帰る」
「つまり、計らずしも目的は果たされていると……」
「そうです。 武蔵の話ですと知り合いがかなり殺されていた様ですし、彼の生死も問わず。 ナンバーズ最強も来ていた。 そして、既に死んだことになってるわたしはどうでもよさそうでした。
ということでの推測です」
「確かにそう考えると、最初の増援も、それが引き返すことにも繋がるわね。 あの人自身が知らなかったことも……」
「そうですね」
「仮にその別勢力が居たとしたら、なにかしら協力関係は築けたりしないかな?」
「そうされないための武蔵狩りという仮説なので、望み薄かと。 あと、地球には他の星の者も居ますが、手を貸してはくれないでしょう」
「え、他の星のって……いや、確かに居ても不思議じゃない状況だけど」
「他の国の者は動いて無いでしょ?」
「ああ、別な宇宙人と組んでる国もあるってことね」
「ええ、調査にも来ないってことは、先に手が回ってるのでしょう」
「日本は、そうか……」
「そういうことです」
「それでも、味方がゼロでは無いと信じたいわ」
「そうですね」
「まずは、今居るやつらをなんとかしないとだけど、
敵は確かに二千十八年に攻めて来ていない。その未来から考えると答えは必ずあるはず」
「そうなのですね」
「ええ、いろいろ繋がってきたわ……」
「運命は何がしたいのでしょう?」
「つじつま合わせ、未来か過去かにそうせざるを得ない何かなのか、誰かなのかがあるのでしょう」
「自分では無いことだけはわかりますが、あなたはその何かかもしれませんね」
「はは……わたしの中では侍さんが第一候補だけどね」
「それもありですね」
「でもね、物理的全部で全員が正解かな、運命があることが決まってしまった以上、そうであるはず。
こんな時間と空間の片隅で誰が主役だなんて言っててもね……」
「始まりと終わりはどうなんでしょうね」
「運命の長さが決まっちゃうと、全部無意味となってしまうから、ループとかするのかもね」
「てきとうになってきましたね」
「ごめんなさい、私たちには想像する余地も無いわ、ぜひ永遠に生きて確かめて欲しい」
「我々も、永遠は無理でしょうね。長すぎて同じく想像もつかない」
「ふふ。 では、またお話しましょう」
「はい」
小次郎は、サリミナの待つ自宅へ戻って行った。




