勝算
ホームのある山の付近で車を止め、そこからは徒歩になる。車の回収用ホバーは爆発で消失したのだ。
「ホバーでの迎えは無しか……まぁ、消えたけどね」
アリスは、ほんの少しだけ期待したのかもしれない。とはいえ、人間では無い一行は数分で目的の付近に到着した。ぼやいたアリスは当然の様に武蔵の肩に乗ってだったが。
そのまま指定されたポイントに着くと、人が立って通れる程度の洞窟が見つかった。
場所的に、普通の人間が来るはずも無いので見つかることも無いのだろうが、あっさりわかったことが少し心配になる。
「ここよね?」
アリスが独り言の様に武蔵の耳の傍で呟く。
「だろうな?」
武蔵は相槌の様に返す。
「降ろして」
アリスは武蔵に指示する。
武蔵はアリスの両脇に手をかけて一度高く持ち上げてから地面に降ろした。
「何?」
アリスは、その行動に意味を見つけようと思ったが……。
「ちょっと、タカイタカイをしてみたくなった」
「おちょくってんのか」
「なんか、もちょっと可愛く言って欲しかったもので」
「もういい、とにかく行ってみましょう」
アリスは決心した様に皆に声をかけるが特に意味は無い。
洞窟を十メートルほど進むと、上りの階段が見えた。
「う~ん」
あからさまさにアリスは呆れる。
「ええと」
武蔵もフォローのしようの無さに呆れる。
「もう、行くしかないからね」
アリスは呆れながら階段を上った。兵馬とメグは後ろを警戒しつつだまって付いて行く。
五十段ほど登ると扉らしきものがあり、近づくと自動で開いた。
「はいはい、入りますよ」
発した言葉は軽いが、ここも少し警戒しつつ皆で入る。
すると、そこからは未来的なイメージの構造になっており、広がる空間は意外と大きかった。
扉もいくつかあるが、目立つのはモニターやコンソールの数だ、元のホームよりも多い。
入ったはいいが、どうしてよいかわからない皆であったが、
「よくきた諸君」
と、知っている者にはよくわかる声がした。声は博士と呼ばれていた人物のものだった。
「ちなみに、わたしは博士ではない」
あっさり予想を否定する。
「あら、そうなの?」
だが、アリスは適当に応じる。
「ただのコンピュータだ。あ、違う、すごいコンピュータだ。そして博士が人格モデルになっている」
「そういうことか」
「そういうことだ」
「じゃ、最初から居たってことね」
「そうだが、起きるのは本来はずっと未来での予定だった。 が、プランB移行で起こされたのだ」
「やっぱり想定外ってこと?」
「そうだ、お前が平和に暮らして、結婚式でも上げる時に起きて電報を打つのが本来の予定だ」
「そういうのいいから、本題に入って」
アリスは、成長しない体ということだけでなく、立場からもそんな未来は無いと考えている。
「あまり驚いてないな?」
「連絡があなたの声な時点で、だいたい想像がつくわよ」
「おまえは、もちょっと可愛くなった方がいいぞ」
武蔵が横で頷く。
アリスは、武蔵を一瞬キッと睨み、すぐにぷいっと正面を向いて言う。
「だから、そういうのはいいってば、あと、ここに居るみんなの自己紹介も省くわね」
「ああもう、わかったよ~。
仕方ない、確かにマザーからの報告で状況は分かっている」
「それで?」
「お前たちを助ける準備をした」
「ありがとう。じゃ、早くちょうだい」
「もう少し感動しないの?」
「想定内だからね」
「親の顔が見たいわい」
「自分の顔知ってるでしょ、育てのお養父さん……のコピーさん」
「よし、まぁ、その言葉だけで十分としよう」
「ところでマザーは?」
「わたしは、現在サブシステムとして生きています」
「よかった、消されてないのね」
「どういう意味だ?」
「ファントムやレッド達は?」
「ファントムは別なシステムに組み込む。今回は間に合わん、そのうち会わせてやる。
他の子も全員二階で作業中だ」
「時間稼ぎして準備したかいはあったってことね」
海に行っている間に、退避の準備をしていたのだ、ファントムの自爆も含めて作戦であった。とはいえ、地下のさらに下があることは知らなかった。
「メグは、マグナムのシステムアップグレードとインターフェイスを少し改造するので、右の扉に入ってくれ。
お侍さんには、がんばってもらわんといかんので、強化パーツを急遽作った。レッドがもうすぐ持ってくるので、ちょっと待っててくれ」
「かたじけない」
「あと、目立っては使えないが、こいつを連れて行け」
何かが、すごいスピードで飛来した。どこから飛んで来たのかもかもわからなかった。
その姿は、十センチほどの大きさで、両手が翼になっている。ハーピーという半鳥人を想起させる姿であった。
「こんにちは、ハヤブサといいます。よろしくお願いします」
「人に見られるとまずいが、ステルス性能はこの時代では無敵レベルだから大丈夫。それに、地球の磁場を利用して飛んでるから、音もしない」
自信作らしく雄弁に説明を続ける。
「スピードもさっきみたとおりだ。 お侍さんの強化パーツのセンサーとコントロールを兼ねる」
「わかったわ、使い道は後で考えるとして、可愛いからよしとしましょう。
武器は他に無いの?」
「以上だ」
「侍さんとマグナム頼りは変わらないか」
「俺にも何かくれないか?」
武蔵も戦闘に参加したいのだ。
「アーノルドタイプは戦闘に不向きだから何も無い。一般の人間が相手なら護身術くらいはできるがの、それに、おそらく二人はサポート不要で戦えるはずだ、気にするな」
「相手の数が、多いかもしれないぞ」
「どのみち数が問題で及ばぬのであれば、あきらめるしかないんじゃないかの? 焦る気持ちも、責任感も分かるが、今は我慢してくれるかな」
「すまない、おっしゃる通りだ」
自分も兵馬に言ったような気がした。
その時、レッドが入ってきた。
「おまたせ~」
それを確認したからか博士は会議を終了した。
「後は、戻ってきてから話すとしよう。 あ、一つ大事なことを忘れておった……」
大事なことと言われ全員が傾聴した。
「侍さん、ハヤブサは、”ちゃんと”作りこんであるから心配するなよ」
「それが大事なことか、ばかたれ、この人をお前と一緒にすな」とアリスが即反応した。
そして兵馬は、
「そこまでの傑作を本当にかたじけない」
と言葉の解釈が製作者の意図と違っていた。
「装備は、確かに優秀そうだけど、それでも勝算が果たしてあるのか……」
アリスは、敵の誘いに乗るしかない状況がやはり不安であった。
しばらくして、メグが準備を終えて出て来た。既にマグナムだ。
待って居た兵馬と共に敵の待つ地へと向かう。
指定の時刻、指定の場所に、兵馬とマグナムは到着した。
車は、途中に置いて歩いてきたのだ。
「時間通りは感心だけど、武蔵は?
まさか、お得意の遅れてくるとかじゃないでしょうね?」
待っていたナンバーズが問う。
「武蔵殿はいない、俺が心臓をいただいた」
「なに言ってるの?」
「もう一度言った方がいいか?」
「ていうか、あんた誰?」
「ナンバーズは下がっていろ、私が話す」
「ロムナ様、しかし……」
そう言ってナンバーズは下がり、オポス人と思われる者が出て来た。その場の指揮官と言うことだろう。
「さっき言った通り、武蔵殿は俺を強くするために心臓をくれた」
「死んだと言うことか?」
「そうだ」
「お前は武蔵の何なのだ?」
「友人だと思っている」
「友人とはね。わかった、死んだならそれでいい」
「では、お引き取り願いたい」
「そうするが、その前に武蔵の死んだ証として心臓をいただこう」
いつのまにか、ナンバーズが五人になっていた。
――「微妙な人数ね」とアリス
――「今の彼なら問題ないだろう」とコンピュータ博士
「誰からだ? 全員一緒でもかまわんが、同じ顔だしな」
兵馬が挑発する。
「まず試させてくれるかな。341行け」
「はい」
341と呼ばれた一人が兵馬の前に立つ。
「来い」
兵馬の言葉を合図に、341は背中側から銃を抜き撃つ。
兵馬はそれを交わすと、一気に間合いを詰めて袈裟懸けに刀を振る。
キィンという金属のぶつかる音とともに、別なナンバーズが受け止めていた。
「早いね」
受け止めたナンバーズが言う。
「一対一とは言って無かったな」
兵馬も、さほど気にしてはいない。
「なるほど、ただの地球人の動きではないな、心臓がわれわれと同じというのは分かった。 それから、そちらの美しい人も戦うのか?」
ロムナ指揮官は早く終わらせたいとでも言いたいようだ。
「ああ、半分は私が相手をさせてもらおう」
「いや、あなたは一体相手にしてくれればいい」
マグナムに戦って欲しくないのは、ぎりぎりでも変わらない。
「侍よ、私のことは気にするな、隙が生じるぞ」
「悪いが気にさせてくれ、俺の目的はそれしかないのでな。それに、そのためにいただいた力だ」
「では、先に言っておくが、メグは置いてきた」
「そうか、だが、俺はあなたも含めて一人だと思っている。いや、それぞれを一人として見ている」
「侍よ、人として見るなとメグに言われただろう」
「俺は、俺が正しいと思う事を曲げる気は無い」
「仲間割れというか、仲良しごっこだな」
つばぜり合いをしながらナンバーズが笑う。
敵にはそう見える。
「ナンバーズが見えている人数だけかは分からんぞ」
マグナムが兵馬に並ぶ。
「では、増える前に始めよう」
二人は、手近なナンバーズに向かう。
マグナムの装備は、両腕にアニメでありそうな大きめのメカ装甲が付いている。外側の出っ張り部分には、電磁コイルを利用したパイルバンカーが内蔵されている。衣裳はぴっちりとした白のレオタード的なものに申し訳程度のスカートが付いている。博士仕様である。もしかすると強度は無視されているかもしれない。
兵馬の両腕には円形のものが付いている、直径十センチくらいであり、盾と言うには小さいが、これはプラズマバリアの個人用だ。背中の肩甲骨の上のあたりにも同様のものがついていた。
そして新品の着物は、繊維に特殊繊維を編み込んで、強度&耐火を上げたものらしい。男物は恰好にこだわるのも博士の悪い癖だ。腰のあたりに筒が二本ついているが、予備のプラズマブレードが入っている。
腰に差した刀は、武蔵にもらったもので日本刀の形をしているが、地球産では無い。博士が言うには、炭素繊維系の骨組みにセラミック系の材料をコーティングしてあるとのこと。残念ながら、正確な成分も加工法も不明らしい。
ハヤブサは、兵馬の五メートルほど上空で、姿を消して待機しつつ映像やデータをアリス達に送っている。
アクションゲームでキャラを俯瞰して見ているイメージか、戦況を把握しつつ、侍の腕と背中のバリアを操作する。
高校生秀太の部屋、兵馬達の戦いが始まってすぐ、部屋のテレビを見ていたアンジェリカがおもむろに立ちあがり窓の外を見た。
「どうかしたの?」
机で勉強していた秀太がアンジェリカに向かって聞く。
「ああ、お前たちの敵が動いた」
アンジェリカには、かすかに銃声が聞こえたのだ。
「なにそれ? 俺に敵が居るとは初耳だ。いや、居るか……」
自分に対する級友達はそうなのかもと思ったが、関係あるとも思えない。
「今は知らない方がいい、だが、俺は行ってくる」
「戦いに行くってことか? この前の竜のロボは自爆したんだろ?」
「ああ、今回は竜じゃ無いが、お前の居るこの星を好きにさせるわけにはいかない」
「星って、また話がでかいな、さすが天使」
「そうだな」
「あ、少し待って」
「なんだ?」
「これを着て行くと良いぞ」
ごそごそとクローゼットを探って、引っ張り出したものを手渡す。
「防具か?」
「そうだ、戦闘用なら、今来てるのよりはまし……ほんの少しだけ硬いかもしれない」
ジャージと比較しての意見だが。
ちゃんとした部屋着を買おうと提案したが、ジャージの着心地の良さが気に入ったからと断られていた。
「お前が言うなら、そうしよう」
今回は、断られ無かった。戦闘用の単語が重要そうだ。
そしてすぐに着替え始めた。
「あ、向こう向いてるからな」
「好きに見てもらってかまわんが」
「いや、それは、女性に対して失礼なはずだ」
アンジェリカは、素早く着替えて秀太の方に体を向ける。急いではいるのだ。
「だが、これは、ほとんど裸じゃないか、まぁかまわんがな」
「ありがとう、ありがとう」
「なんで泣く、ちゃんと戻ってくるぞ?」
「いや、まさかビキニアーマーを本物が着てくれる日がくるとは」
コスプレ衣装のそれはほとんどがプラスチック素材だが、手袋とブーツは色を合わせた既製品だ。
また、紐の部分でサイズ調整が可能なようで特に違和感もない。
「よかったな、では、大事な装備に傷を付けずに帰ってこないとな」
「がんばってきてくれ。
いやいや、そんなもの壊してもいいから、怪我しないで欲しい」
彼女は、怪我程度はすぐに治る、それでも痛みも感じるし血も流れるのだ。
「ああ」
そう言って、大鎌を手に取ると窓からジャンプして出て行った。
「地球、なんかやばいのだろうか?」
会話は成立しているが事実は知らず、今一つリアリティには欠けるのか、全く危機感を感じていない秀太であった。
そう、まさに今、地球の未来を背負った戦いが始まっている。
そして、その結果を左右する戦士が動いたのだ。




