博士からの呼び出し
八月二十二日深夜、
破壊されたサリミナは、グリーン達が二十四時間で修理と調整を完了させた。その後、簡単なテストを済ませ小次郎宅に戻れることになった。 マンションの他の住人などの目を考えて深夜の帰宅となったのは仕方の無いことだろう。 本件について、サリミナには初期メンテナンスだったと伝えてある。
小次郎は、マンションの出入口で待っていた。どのくらい待っていたのかは不明だが、住人としても十分怪しまれたかもしれない。
車が到着すると、サリミナはすぐにドアを開けて飛び出し、そのまま小次郎にしがみつく。
そして、一度離れてから、帰宅の報告をする。
「ただいま戻りました。ご迷惑をおかけして申し訳あり……」
言葉が終わるより早く小次郎が抱きしめていた。
「おかえり」
小次郎の頬に伝う涙は、外灯の明かりを反射し光りの玉となっていくつも落ち続けた。
メグは、その姿をしばらく見てから、声をかけずになるべく静かに車を出した。
「ありがとう」
ホームに居るアリスがメグにお礼を言う。瞳には涙があふれていた。アリスだけでは無い、皆が涙していた。
メグは自分の視覚と聴覚の情報をアリス達に転送していたのだ。高性能画像センサーはレンズが濡れていることも正確に伝える。中継するマザーが補正をかけなかったのだ。
「小次郎様」
いつまでも離してくれない小次郎にサリミナが声をかけた。
「あ、すまない」
小次郎も我に返る。
「そこまで、大げさにされなくても……」
小次郎は、これでよかったのだと納得している……そういう関係だ。 だが、先日の記憶は、彼の中でサリミナの存在を絶対的なものにしていた。
そして、いつか、時が過ぎたら、記憶を返すべきだとも思っている。
「帰ろうか」
「はい」
笑顔で会話した二人は、いつか雨の日に散歩した様に手を繋いで歩き出した。小次郎はこの戻った幸せを、決して失いたく無いと思った。
二人が、部屋に戻ると、
「やっぱりお前は可愛いな~」
小次郎が笑顔で言う。
「ありがとうございます。 でも、なんか気持ち悪いです」
引き気味の顔でサリミナが答える。さっきまでの雰囲気は速攻で台無しである。
「昨日、アリスさんが来て移動制限を解除していってくれたんだよ」
「それでは?」
「そうだ、いつでも気兼ね無く外に行ける」
「とっても嬉しいです」
「ごめんな、お前と散歩したくて、髪と目と耳を……」
戻ってきた今のサリミナは、髪は黒のおかっぱ風、瞳は左右同じ黒、耳も尖っていない。それでも顔の造形のすばらしさから、それぞれが神秘的にマッチしている。
「いえ、あれはオーダーされた方の好みですから気にしないです」
「それでも、私は好きだったよ、とても素敵で綺麗だった」
「ありがとうございます。わたしも、ほんとは大好きでした。 でも、それよりも、とてもとても、普通になりたかった。 いつも、外を見ながらお願いしていました」
「願いか……悪いが、お前の願いなんて関係無く、僕好みにした」
「ええと……ここは蹴るとこでしょうか、照れるとこでしょうか」
「蹴ってもいいよ」
「では、全力で……照れます」
顔は真っ赤にして、つま先をかるく小次郎の脛にぶつけた。
小次郎はにっこりして、
「だから明日の昼、お散歩に行こう」
「行きたいです」
「じゃ、もうお休み」
「はい」
サリミナは、返事をした後、キッチンへ向かい水道の水をコップに組んで飲む。
「寝る前にそんなに水を飲むとおねしょするぞ」
子ども扱いなのか人間扱いなのか。
「そういえばアンドロイドでも水を飲むのだね」
「はい、冷却用だったり、涙だったり、目や口の中の質感を人っぽく出すためもあります」
今日、流した涙の量が補給が必要なほど多かったのだ。
「あと、私はXタイプですので、もごもご用にも念のため……」
段々声が小さくなる。
「Xタイプ?」
「あ、ええと、今まで説明していませんでしたね」
ちょっと、しまったと言う感じに口に手を当てる。
「ああ」
「わたしの正式型番はDL3000HX-J Custumです」
「ほう」
「ちなみに、レッドさんはDL8000T-J、マグナムさんはZX02X-ALS-J、ファントムさんはZX01-Jです」
「型番に意味があると?」
「DLは一般と業務向け、ZXは軍用で、Jは日本製、DLに付いてる数字は大きい方が性能が高いです」
ZXは二体しか無いので割愛されたのだろうが、正確にはZが軍仕様、その後に付くXは特に試作品を表す。
「Hはホーム向け、Tは業務向け」
「それで、残りのXが付いてるのは?」
「Xは……自分で説明し始めたのに申し訳無いですが……ええと、ご想像の通りです」
なぜか最後は早口だった。
「いや、何も想像してないが?」
「言わせたいのですね。 さすが、ひきこもりの変態さんです」
「え?」
「あ、アリス様はDL9000HX-ALSverだそうです」
ヒントを追加するようにアリスの名前を出す。
「ああ、アリスさんも同じなのか、普通に話してたからいまいちピンとこないな」
「む~、Xについては取扱説明書に書いてありますので、ご自分でご確認ください。 取扱説明書は後でメールで送っておきます」
取扱説明書は、本人の内蔵メモリに入っている。それをこの時代で閲覧可能なフォーマットに変換して送るのだ。
「いや、わかったかもしれない」
「あ、やっぱりわからなくていいです」
「困った」
「はい、困りますよね」
「おねしょ機能か?」
「あなたは、いっぺん死んでください。時間過ぎてますので、お休みなさいませ」
ちょっとほっぺをふくらませてからそう言ってスリープモードに入った。その場所は、心なしか以前の位置よりもベッドに近かった。
「違うのか。 ああ、お休み……よく考えたら、マグナムさんにそんな機能ある訳ないか……」
サリミナには有って当然ということでいいのか小次郎。アリスもなんて言うか……
「いや、機能の有無と使うかどうかは別か……」
そもそも、そんな機能を型番にする意味さえ無いことに気付け小次郎。ただ、マグナムだけの型番なら想像に至ったかもしれないが、アリスとサリミナにも付いた共通項としては、彼には想像できなかったのだろう。そんな彼だからこそ成立した会話をサリミナは本当に愛しく思った。
そして、ベッドの横にちょこんと座るサリミナを見て、
「よかった、ほんとうに……それから、ごめんな僕のせいで痛い思いをさせてしまった」
と、言った後に、しまったと小声でつぶやいてから、アリスにお礼の電話をした。
サリミナは、この時間の事は、マインドブラックボックスの方に記録した。 また、『痛い思い』の部分は修理の事だと、この時は解釈していた。
なお、サリミナは説明しなかったが、メグには型番は無い。Mind Energy Unitを略した俗称でマグナムのオプションの一つだ。彼女は、AIを進化させ心を作ると言う名分で存在している。もちろん、対オポス兵器であるマグナム封印の際に載せられた代替AIでもある。
八月二十五日午前十時頃、
ふいに店の電話が鳴った。番号は非通知。店はまだ準備中だ。
「もしもし、喫茶店未来でございます」
メグが通常の対応で応じる。
「わかりました」
メグが受話器を置く、相手側が切った様だ。
「本日の二十二時、先日戦闘をした場所に、武蔵様に来るように伝えて欲しいと」
「武蔵、行く?」
アリスが武蔵に向かって聞く。
「この姿で行っても信じてもらえないよなぁ」
「そうよねぇ、困ったわ」
「向こうも火星のやつらの到着前に成果が欲しいんだろうがな」
「俺が行く、そして武蔵殿はここだと言ってやる」
兵馬が胸を指しながら言う。
「そうなんだけど、まぁ、ここも知られてるし、もう総力戦しか選択肢無いのかも」
アリスは兵馬の提案は選択肢の一つと思いつつも腕を組んでから続けた。
「なんでそこまで武蔵なのかわかる?」
アリスはこれが重要なのではと思っている。
「正直さっぱりわからん。いや、一つだけもしかしたらってのはあるが、そうだとしたら、いろいろとおかしいのだ」
「おかしい?」
「殺そうとしたろ、それに小次郎でもよいかもしれない」
「ああ、小次郎さんは来いとは言われてないのね」
「あんたの体の方に何か細工してるとかは? 宇宙伝説の宝の地図の刺青があるとか?」
「なんだそりゃ。 まぁ、本人としてはわからん。 見るか?」
武蔵は、宝の地図の刺青の有無を確認させようと服を脱ぎ始めようとした。
アリスは慌てて制止しつつ提案をする。
「み、見る分けないでしょが。 ん~、ふむふむ、じゃ、交渉するとしたら次のどれがいいと思う?
1、武蔵は死んだ、だが心臓はここにある
2、武蔵は死んだ、体は弔いのために燃やした
3、武蔵は死んだ、体は冷凍保存して隠してある
記憶とか生死なら、どの選択肢でもいいかもだけど、相手の出方が怖いのは3よね。2は、信じてくれる前提だから交渉にならないかも、そうすると、やはり侍さんの言うように1番かな。
問題は、戦力が侍さんとマグナムだけなのよね。総力戦といいつつ……」
先日、サリミナが戻った翌日の夜、小次郎は行方不明となり、連絡も入っていなかった。
「やはりメグ、いやマグナムも戦うのか?
今の俺の力は自分の物では無いのは分かっている。だからこそ俯瞰して見て判断できる」
「ええ、マグナムもあまり役に立たないのも分かってるし、あなたが心配なのはわかるけど、彼女もあなただけを戦わせたく無いと思うわ」
「それは……」
「この戦いは私たちの責任、そもそも、当たり前の様にあなた頼りなのが間違っている。除け者にするとかそういう話では無く」
「俺にも俺の戦いがある。あなた方を守る戦いだ。そして、あなたを守るのも武蔵殿との約束だ」
「あなたの戦い……か……ありがとう。でも、マグナムの同伴は許してあげて」
「わかった。押し問答を続ける時間も無いしな」
「ところで、わたしを守る約束って?」
と、アリスは武蔵を見る。
「お前それは言わないやくそ……くして無かったじゃねぇか、この野郎」
「お気持ち察せず申し訳無し」
「空気読む事を覚えような」
――その時、レッドがモニターに向かって独り言を言う
――「いや、空気読んで言ったでしょ、兵馬さんやさしすぎる」
武蔵はしぶしぶな顔で、
「いや、もういいや」
そして、ちらりとアリスを見る。
アリスは真っ赤になって下を向いていた。
「俺は一般人よりは強いはずだから行くぞ」
みんなが余計な方に向けた空気を変えようと思ったのか武蔵は拳を振り上げて言う。今さらながら、アーノルドのイメージを持つ者が見るのは辛いというか恥ずかしい姿かもしれない。
「相手にとっては一般人と同じレベルかと」
少し声を上ずらせつつアリスも答える。
「それでも、盾にくらいはなれる……なりたい」
「そうしたいでしょうけど、足手まといよ。あ、宇宙船の武装は?」
武蔵出陣の話は既に決着してるらしい。
「姿を見せた瞬間に見つかるから、戦火が広がる可能性がある」
武蔵の宇宙船の戦力は不明だが、相手にも同等以上の宇宙船のあることは容易に想像できた。
その時、なんの前触れも無く通信が入った。
「準備ができた」
それは、アリス達には聞き覚えのある声、博士の声だった。
「博士??」
アリスがすぐに反応する。
「すぐに基地に来てくれ、あ、裏口から入るのを忘れるな」
「基地? ホームのことかな? ん?、裏口ってなに? でも、すぐに向かいましょう」
「自爆したんじゃないのか?」
武蔵が問う。
「いえ、あれは一層だけ。だけど、今戦闘に使えるものは残って無いはず。あと、なんで博士なのかも気になる。 急ぎましょう」
皆うなずくと、直ぐに動き出した。
「小次郎さん、また車お借りしますね」
アリスは、そこにはいない小次郎に一言言う。免責のつもりだろう。




