ファントムの咆哮
「最初はさほど興味が無かったから聞かなかったんだが、未来から来たって言ってたよな?」
アリスに手当を受けていた武蔵がなんとなくという感じで聞いた。彼も場の空気的に手持無沙汰だったからなのかもしれない。
「え、ええ」
武蔵の突然の問いに、アリスは少し驚いた様に答える。
「その技術は地球人が作ったのか?」
「そう、彼は現在、近くの学校の生徒さんよ」
地球人という部分が少し引っかかったが、あまり大げさで無く普通に答える。
「ほう、そんな重要人物がこの街に居るのか?」
「ええ」
そう、彼が近くに居るということ。その彼は未来まで無事であるという事実は、もっとも注意すべき確証であり、運命の手がかりなのだ。
「でも、私たちは関わりあうことは避けているけどね」
「時間移動なんて俺たちにもできないぞ、もっとも、技術の発展は相当前に止まったけどな」
「掛ける時間よりも情熱が大事なのかもね」
「そうか、じゃあ、一万年あっても、枯れた俺たちには無理だな」
「わたし達にもね」
アリスの現在所属する集団という意味だ。
「お前は熱いと思うけどな、その姿で無ければ惚れてるぞ」
「ありがとう」
嬉しそうな笑顔を返し、
「わたしは、お話の武蔵さんなら好みだけどね」
言葉とは裏腹に、まんざらでもなさげにウインクしてみた。
「俺は、見た目を変えてもだめということかな」
武蔵は、はたしてどう解釈したのか。
「それに一万歳越えたおじいちゃんじゃねぇ」
「そう言われてもなぁ」
「ふふ」
「どうした?」
「こんな話をできる日が来るなんて思って無かったわ」
「俺もだって言ったら信じるか?」
「長く生きてればいいわけじゃないのね」
「そうだな」
この時の武蔵の顔は、寂しそうだったかもしれない。
少し間を置いて、もう一度口を開く。
「ただ、俺は、もしタイムマシンを作れるとしても作っちゃいけないと思うがな。ほかに策が無かったとしても」
「そうね、それでも、地球人にも抗う権利はあると信じてるわ」
「こっちの立場で言うことではなかったな、すまん」
「いいわよ。あと、あれはタイムマシンというかタイムスリップさせる機械構成なだけで、媒介が無いから、これっきりなの」
「ほう」
「それに、博士も作ってはいけないと言ってたわ、運命を確定することになるとか……言い訳にしかならないけど」
「そうなのか」
「そもそも幼馴染が足を失った事件を無かったことにしたいという稚拙な理由ではじめて、それが無理なことに気づいて諦めて、義体の開発に切り替えていたとか……」
その時、二人の会話に割って入る様にレッドが通信で報告する。
――「そちらに向かう飛行物体、米軍機っぽいです。あ、何か一つ分離した。・・・これはミサイルですね」
「ミサイル?」
――「場合によっては街に被害の出る可能性があるかも。約三百秒で着弾予想」
「この街へ?」
――「はい、今正確な位置が出ました。アリス様がいらっしゃる所付近です」
「どうした?」
武蔵がアリスの異常に気づく。
「ここにミサイルがくるわ、街に大きな被害がでるほどのが、あと五分で」
「なんて無茶をしやがる、街ごとかよ」武蔵が空をにらむ。
「ダミーの可能性もあるけど、迷ってる時間は無いわね」
「迎撃してください。 あ、ミサイルの方」
その冷静な物言いに、武蔵はアリスの顔を見る。
――「ホームの対空火器ですと、射程とタイミング的に破片が街に落ちます」
「なるほど、では、ファントムにお願いして」
わずかな時間で、今せまるミサイルに対応できるというのか、未来の希望達は。
「マザー、ごめんなさい、ファントムにお願いします。砲撃のため上部窓開放おねがい、射線上の確認も」
(「あなたの判断に賛同します」)
アリスもマザーの同意で少し安心できたかもしれない
「ありがとう、手の内は見せたく無いけど、仕方無いわよね」
――「射線はクリアです。ずっと先まで鳥も飛んでいません」
レッドは逐次報告する。
――「ミサイル迎撃不可距離まで百二十秒、下降に入っています」
レッドが確認できた情報を続けざまに報告する。
「ごめんなさい、命を使わせてもらいましょう。レッドお願い」
――「りょうかいしました」
レッドは、素早くオペレーションルームを出た。すぐに格納庫に入るとファントムの元に近づく、手には虫かごを持っていた。中には当然というように生きたバッタが数匹入っている。そのバッタを取り出し、ファントムの口の前にかざした。
「お願い」
ファントムは、すぐに口の前のバッタを吸い込んだ。どうするのか?
彼のエンジンへのエネルギー供給は、ほとんどの物質を変換する機構だ。そして、もっとも高エネルギーとなるのが生物なのである。さらに、知性の高い生物ほど高出力が得られることも検証されているが、実際、死体との差から命か生命力と仮定しており確認はできていない。それでも、文字通り、命を兵器とする悪行を実行するのだ。
数秒程度して、ファントムの胸部辺りが自動ドアが開く様に左右に開いた。その中には、一眼レフカメラのレンズの様な筒が見える。メグが武蔵の前で見せたものに似ている。
レンズ部分がじわりと光を帯びてくるのにあわせて目が赤に光り徐々に強くなり輝いた。メグもそうだが目の色の変化は、博士が趣味で付けたただの演出らしい。
「ありがとう、後は任せて下がってください」
ファントムがレッドに告げる。
レッドはうなずくと、
――「行けそうです」報告をしてから走って部屋を出た。
「消滅させられる照射時間と広角を補正してエネルギーチャージ次第、撃って」
アリスが指示を出す。
マザーは、温度、湿度など空気の状態を各所に配置したセンサーにより常に把握している、それを使って補正をかけてくれる。その狙いは部分的に破壊または貫通しての爆破では無く完全消滅なのだ。
ファントム胸部レンズが異様に明るくなり、目の赤がさらに輝く、
――「ミサイル迎撃不可領域まで三十秒」
戻ったレッドは機械的に状況を告げる。
「お願いっ」
アリスが空に向けて叫ぶ。
ファントムの胸部レンズ部分が赤色に発光した、光線がミサイルとつないだ。
その瞬間、既にミサイルは跡形も無かった。
――「目標、消滅を確認しました」
レッドの報告にアリスはほっとため息をつくと、
「ファントムの冷却と状態確認、最優先でお願い」
アリスは続けざまに指示を出す。ファントムは未完成ということだった、そういうことも含めて焦りに近いのかもしれない。
「いきなりミサイルなんて、空母ってそういう」
指示を出し終わり落ち着いたからかアリスは少し思案してつぶやいた。
「まぁ、俺を狙ったんだろう」
「そうなんでしょうね。ところで、これは?」
武蔵は、海側に背を向けてアリスを抱きしめていた。
「気にするな、特に意味は無い」
可能性として庇っていたのだ。
「そ、そう……」
武蔵はアリスから離れつつ、アリスの真似をする様に思案するポーズをとる。
「ナンバーズがちょっかい出して来たのが、なんでさっきなのかと思っていた。これまでも、チャンスはあったはずだ」
「監視していた空母には動きが無かったから、爆撃機は遠方から来たのね。それを待っていた?」
「ああ、おそらく爆撃機はそのまま空母に着艦したんじゃないか?」
「そうみたい」
レッドに確認した結果だ。
「ほんとうに申し訳ない。この借りは必ず返す」
「ほんとに? じゃぁ、絵のモデルでもしてもらおうかしら」
「え?」
「絵」
「俺が?」
「あなたが」
「なんで?」
「借りを返してくれるって」
「いや、そういう事じゃ無く」
アリスはくすっと笑った。
武蔵もそれを見て笑顔になった。
安堵の時がまた流れはじめた。それは次の戦いへのカウントダウンのはじまりでもあったが、今は流されていたかった。
「アメリカがついてるとはいえ、実際被害がでてたら、いや、着弾するだけでも、う~ん、後始末はなんとでもなるのかなぁ……」
アリスは、やはり考える。
「アメリカという国も、被害者なんだろうがな」
「でしょうね、あそこまでしてしまうほどにやばい」
「それにしてもすごい兵器だな」
「切り札を使っちゃったんだけどね」
「素早い判断だったが?」
「あわてたのよ、とっさに博士が居る街だから守ろうと判断したけど、逆なのよ、未来に生存している博士がいるのだから……
……だから、放っておかなければいけなかった」
(目の前で消える命があるなら、一人だろうと誰だろうと助けたいという浅はかさ……助けられた側には、自分の子供、子孫の未来を犠牲になどしたく無いと言う者も居るだろう。その判断ができなかったことを、うかれていた事に結び付けてしまう)
「ほう、大丈夫か、少し顔が赤いぞ」
「疲れただけよ」
「やっぱり怒ってないか? 責めていいんだぞ」
「いや、怒ってないってば、見つかったの私たちのせいだし、それに、今思えば、やっぱりダミーの可能性が高かったかも。家屋数軒程度の被害とか、死傷者数人とか」
「それを防いだだけでもよしとできないのか? それに、もう、全て込みなんじゃないか」
「そうね。 でも、私たちは、人類を背負ってるから、数人、数十人レベルではなく億の単位でも見捨てる方の判断をしないといけない、わたしの脳も機械ならよかったのに…………あ、今の無し、彼女らはわたし以上に人を命を大事にするわ」
「やさしすぎるな、あんた」
武蔵には、小さい娘がほんとうに小さく見えて、おもわず抱きしめようとする。が、その小さな手で押し戻された。
「でも、付けを払えば問題無いはず」
それでも心は少女では無い。
「なら、俺が全力で協力する」
あしらわれたばっかりの者が言うと、せっかくの言葉もかっこがついていないが。
「あ、ありがとう、絵を描く余裕出来たらお願いするわ」
「そっちかよ……、
俺は、ほんとに責められるべきなんだがな」
アリスは、武蔵がここに戻ってきた理由をさとっている。頼りになる同士だ。だが、初めて抱いた感情に戸惑ってもいた、判断に影響が出るのではと……。物語の主人公として憧れていた者が、現実に目の前に在ることが影響していたかもしれない。でも、この出逢いを後悔にはしたく無いと強く思っていた。
「さて困ったわ、場所だけでなく、いろいろと知られてしまった」
だから、武蔵の言葉はさらっと流した。
「次発はあると思う?」
「俺は、あれ達の性格をそれほど把握しているわけじゃないが、さっきのを見たら別のことを考えると思う。
それにあの爆撃機、ミサイルなんてナンバーズの言葉程度で撃てんだろう、やつらが出て来たかもしれん」
「やつら? ふむ、ということは、やっぱり次は直接くるわよね」
一瞬問い返してしまったが、察しは付く。
「同意だ」
「時間稼ぎが必要だわ」
アリスは爪を噛む。生前に治した癖だが、叱ってくれる親と離れたのはまだ子供の頃だ。だが、気付いて爪を離し、
「あぁ……すでに戦争は始まっている」
最悪の事体に向かう不安に焦燥の溜息をついていた。
そして、この娘の背中はやはり小さい、そして背負うものの大きさはどれほどなのか。人類の未来と言う、だとすれば、続く命のつながりを含めると想像さえもできない。
小さな背中を見つめる武蔵の顔は、これまでに見せなかった真剣さを帯びていた。
「見ました~?」
アメリカ空母、指令室、指令官用の机に腰掛けていたナンバーズ8、エリカ・ダークウッドは美少女の顔で問いかける。
なぜか少女は米軍士官の制服を着ていた。先ほどの戦闘で着ていたセーラー服に付いた傷が気に入らなかった様だ。とはいえ、軍服には合うサイズが用意されて無かったのか、帽子は深めにかぶり、袖は折り曲げ、下は履いていない。足を組み替えると下着が見えるが、前に居るものを誘惑したいわけでは無い。
「ステルスの飛行機もばれてたみたいだし」
返事を促すように相手の急所を突く。
「あ~んな危険なやつら放っといていいのかしら?」
聞いているのは、米士官達だ。少女の容姿などまったく気にならないほどに追い詰められていた。
「手を貸してあげるから、協力して殲滅しません? さっき、増援も到着したし」
これまでも協力させていたはず、それ以上のことなのだろう。そして、恐ろしい依頼をごまかす様に、切実にやさしげにささやく少女の声は、逆に迫力を増していた。
司令官たちは、目の前に座する相手が真に危険な事を知っているのだ。それでも、今見た光景、事実が脅威であることは明白であった。しかも日本という国にあってはならない兵器であった。
武蔵という裏切り者の話は聞いた。その一派であるため、驚異の兵器があったとしても然るべきとも。そして、自分たちがアメリカの中枢から何を命令されているかも。それでも、この少女に従ってはいけないと、心は感じているのだ。
しかし、状況は否を許さなかった。答えるしかなかった。
「わかりました、力をお貸しください」
中央に座る司令官は、重い口調で応じた。
「ふふ、賢明ね。あなた大好きよ」
そのやさしげな笑みと光の無い瞳から、司令官は手の平で転がされていることをあらためて理解した。話が決まるとナンバーズ8は指令室をさっさと出た。
扉の外のフロアには、今回も十数人の兵士が銃を持って立っていた。
「懲りないわねぇ。でも、そんな忠誠心好きよ」
可愛らしく言葉を投げ、そして兵士たちの中央に歩を進める。兵士達は、得体のしれない何かを感じるのか道を譲るしかなかった。その道を、ナンバーズ8は悠然と通り抜けた。
「あの武器、あの威力、武蔵の船ではない様だが……」
兵士たちのことは既にどうでもいいかの様に独り言をつぶやく。
「それでも、あの威力……必ず破壊せねば」
その表情は本性の現われか、鬼だった。
「とはいえ、なぜあの兵器を使った?、街に被害を及ぼさないためといったところだろうが、
まさかほんとに武蔵を守るためというわけでも無いだろうし、ナンバーズ56をやられてることもある。いったいあいつらは何者なのやら……
それにあの男、”わたし”を知っていた。報告のやつか。
さっさと武蔵を消して帰るつもりだったのになぁ、なんか楽しくなってきちゃったぞっと」
そこで歩をとめ、兵士達へ振り向き、
「わたしと遊びたい者は部屋に来なさい。 親睦会だっけ、きっと楽しいわよ」
金髪の美少女から鬼の顔は消え、妖艶な笑みを浮かべて手招きしていた。軍服から伸びた細く白い生足は、長い航海を続ける若い兵士たちにはどう映るのか。
手当を終えた武蔵とアリスは、誘拐騒ぎの後処理をアーノルドに任せて家に帰る途中であった。少し小高い場所に来た時、武蔵は何を思ったかアリスをいきなりひょいと持ち上げ、じたばたするのも無視して肩にのせた。
「軽いなぁ」
「なにするのよ」
アリスは、慌ててスカートのすそを押さえる。
「どうだ、お前が守った街だ」
「え?」
武蔵の肩の上は高く、街がよく見えた。無くなっていたかもしれない街が……
静かに風はそよぎ、過疎に向かう街はいつも通り静かだった。
「おまえ、一人で頑張りすぎじゃないか」
「みんながんばってるわよ、あんたは知らないけど」
「そうだな、俺はなんもしてないな」
「なんか意外と素直っぽい反応ね」
「だから、がんばって無かった分、やっぱりお前のために働いてもいいか?」
「え?」
「いや、勝手に働くことにした」
「え? え?」
「まぁ、気にするな、行くぞ」
武蔵はいきなり走り出す。アリスは、バランスを崩して武蔵の頭にしがみつく。
「え~?」
「ははは」
「もう、おろしなさい、子供じゃないんだから」
「その姿で言われてもな」
「ぐぬ」
アリスは以前にアーノルドにも同じ様にされたことを思い出し、みんな子ども扱いするんだなとも思ったが、この体のサイズに対して最大の慰め方であると効果を実感したのも事実だった。
「ありがとう」
だから、なぜかお礼を口にしていた。
そんな二人の姿は仲の良い親子にしか見えなかったかもしれない。
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望むべき関係にはなれない事を知っていた。
それでも、弱気になった自分を発起させる様に、
「わたしはやりとげるわ」
支える決意を刻むように、
「ああ、お前ならできるさ」
お互いが言葉にしていた。