あんたがそういう目で見てるんじゃないの?
八月七日。
未来の御一行は、マンションの一階に喫茶店をオープンすべく準備を始めていた。
店舗内の掃除を終えてしばらくすると、店の前にトラックが一台止まった。購入していた機材の搬入のためだ。
「どちらに置けばいいですか?」
運送屋の一人が店内の奥の方を見ながら聞く。
「はい、奥の壁際に並べていただければ大丈夫です」
メグが応対する。
運送屋は若い男性二人で、以降小さな事でも何かあればメグに話かけていた。メグの白のタンクトップが目のやり場に困るだろうが、その胸元や腋のチラ見が目的だとも推測できた。当然、メグは気にしない。
家具の配置等も手伝いましょうかと提案されたが、後で男性の手伝いが来ると言ってお断りした。重い機材であっても余裕なことは気付かれない様にせねばならないが、実際、頼りになる男手もあるのだった。
荷物を運び終わると、運送屋は惜しみながら帰って行った。
「ふぅ」
メグは、手を振って見送り、一段落ついた風にため息をつく、設定された動作だ。それが合図の様に、店の奥、事務所から兵馬と武蔵が出て来た。
「その恰好はサービスか?」
武蔵はメグに聞く。
「夏らしくということで、レッドさんにコーディネートしていただきました」
「AIはその辺を学習すべきだな」
「勉強不足で申し訳ありません」
「俺もよくは知らんが、男ってのが時代が進んで変わったとも思えないのでな」
武蔵もこの時代に来たばかりであり、実際服装の事を言える立場でも無かった。
そこへアリスが遅れて出て来た。
「この娘は、おおらかだからよ」
「相手の視線は人間以上にわかるだろ?」
「そうよ、だから逆に視線誘導が目的」
「え、わざと?」
「そうよ、顔とか近くでまじまじ見つめられたら、疑念を抱くかもしれないじゃん」
「そういうことか……」
「メグさん、偉そうに言ってすまんかった」
「いえ、私を思って言ってくださったのですから」
メグの笑顔はやはり美しい。そして兵馬の元へ行き仲良く荷物の整理を始めた。
「あんたがそういう目で見てるんじゃないの?」
アリスが冷たい視線を武蔵に向ける。
「い、いや、そうじゃない……はず」
「はぁ~、宇宙人も地球人と変わらないじゃない」
「人としてのこの形は宇宙的意味があるのだろう」
「よくわからないこと言って、ごまかしてる?」
「美しいものは美しい」
「はいはい、ありがとう」
「なんでお前が礼を言う?」
「メグは、私が成長した姿が原型よ」
「なに?」
「父に会う事になったから、こっちの姿も作ってもらったの」
真実は逆で、未来では子供の姿で過ごしていたが、父には成長した姿で会って安心させるため成長後の体を作ってもらった。だが、急遽マグナム用の体が必要になり提供したのだ。なぜこの言い訳にしてしまったのか今のアリスにはわからなかった。
「そういうことか、似てるとは思っていた、が……」
さりげなく胸の方に視線を移す。
「何か言いたそうね」
「まぁ、がんばれ」
「なんかむかつく」
「いや、可愛い服だなと」
今日のアリスは、俗に言う不思議の国のアリスの様な青と白のエプロンドレスを着ている。頭の大きなリボンは今必要かは不明だが、セット装備なのかもしれない。
そして、頬を少し染めて、
「服は博士の趣味よ」
と言ってから、ぷいとそっぽを向く。
「いい趣味じゃないか」
「ああ、宮本武蔵のイメージがどんどん壊れていく」
「作られたイメージとは怖いものだな」
「全然良い方に書かれてるのに……わたし、宮本武蔵のファンだったんだけどね」
「そう言ってたな。 俺のファンとは、嬉しいこと言ってくれる」
「あんたじゃなくて、お・は・な・しの宮本武蔵」
「俺じゃん」
「ああ、もう」
「多分、俺が居なくなった後に名前を騙ったやつが居たんじゃないかなぁ、それなりに腕は立ったのだろうが……つまり、少なくとも途中までは俺」
と言って自分を指さす。
「そんなことより、手伝いに来たんじゃないの?」
「そんなこととは手厳しいが、そうだった」
武蔵もいそいそと手伝いに加わった。
「わたしは様子見に来ただけだから戻るわね、みんながんばって、武蔵はじゃまにならない程度に……」
アリスは言葉をかけると事務室に戻っていった。
「ほんとに見に来ただけだったのか」
と、武蔵はぼやき、他二名は返事を返し作業を続けた。
八月十日
喫茶店「未来」にはそれなりにお客が入っていた。評判も良い様だ。そう、一階の店舗を予定通り喫茶店としてオープンできたのだ。だが、見た目も人間離れしためんめんが働いているため評判になるのも無理なかった。
接客はメグは当然として、なぜか武蔵が手伝っている。メグの衣装は和装メイドで露出は控えめだ。ほっかむりで髪を覆い、眼鏡もかけている。衣裳はサリミナが制作してくれた。ミシンと材料は通販で買って小次郎邸に持ち込んだ。
そして、見た目で一番目立つのは武蔵だ。ふつうの白のシャツに黒いスラックスそしてエプロンだが、体のサイズがサイズだけにほんとに似合わないのもある。彼は暇つぶしだとのことだったが、意外と真面目に働いている。そして、なぜかおばちゃん達にモテていた。
兵馬は厨房で軽食やパフェなどを作っている。包丁さばきがすばらしいが、それほど必要でも無いのが残念である。
コーヒー類を淹れるのはアーノルドが担当する。彼は豆や葉の種類、状態、気温、湿度などなどあらゆる点を考慮して最適な仕事をこなす。先人の知識はデータ化され計り知れないほどインストールされているのだ。人間のプロの感覚にはおよばずとも、文句の付けようは無いだろう。
とはいえ、この街の人口では、繁盛と言ってもカウンターを入れて二十席ほどの店内は常時空席がある様なレベルだ。その日も通常営業だった。しかし、閉店時間の二十時が近づき最後と思われる客が出て行った時、雰囲気の違う者が一人ゆっくりと扉を開けて入ってきた。自動ドアでは無いのだ。そのまま角の席に座る。席は全て空いているので、落ち着きたい客かもしれない。
「来たか」
客の男はテーブルの横に立つ者に言う。いつ移動したのか、武蔵が注文受け用のメモを持って立っている。
「ご注文は?」
武蔵が言葉を返す様に聞く。
「注文を伺いに来た訳でも無いようですが?」
「それはこっちの台詞だ」
「安心してください、コーヒーを頂きに来ただけです」
「いらっしゃいませ」
武蔵は、なぜか嫌味っぽく今更な台詞を言う。
「似合うじゃないですか」
「誉め言葉と受け取ろう」
「誉めてないですよ」
「じゃ、帰れ」
「おじゃました」
「ほんとに帰るのかよ」
「今日は挨拶しに来ただけです」
「さっき、コーヒー飲みに来ただけって言ってたぞ」
「コーヒーは出してもらえそうに無いですし」
ちらとカウンターの横の通路の方に目をやる。
「仲間ができた様ですね」
みんなが奥から覗いていたことに気づかれた。
「おかげさまでな」
「迎え撃つための……か、そういうわけでも……いややめておきましょう」
「お前もこっちにこいよ」
「そういう訳にもいかないのです」
「残念だ」
「では、また」
「おい、コーヒーは」
「コーヒーは苦いから嫌いです」
男は背を向けたまま手を振りながら出て行った
「なにしに来やがった。 まさか、ほんとに挨拶だけかよ」
武蔵がぼやきながらテーブルに出した水を片付けようとすると、代金のつもりか500円玉が置かれていた。そしてその下に小さく折りたたまれた白い紙があった。
開くと、『8/30』とだけ書かれていた。
「あいつ」武蔵は扉の方を向いてつぶやいた。
八月九日
喫茶店の開店する前日、小次郎はアリスを訪ねていた。アリスに呼ばれたのだ。
待っていたアリスのテーブルに向かい合って座ると、アリスが聞く。
「コーヒーでいいかしら?」
「ええ」
小次郎が答えると、メグがすぐに運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
小次郎は砂糖、ミルクを適当に入れてアリスに向きなおる。
「なんでしょう?」
「お忙しいのにごめんなさい。 たいした事じゃないの」
「いや、お恥ずかしながら、忙しくないです」
申し訳無さそうに答える。
「さて、小次郎さん、サリミナはお役に立ててます」
「ええ、毎日可愛いですよ」
「なら、よかった。問題あれば引き取ろうかと思ってたの」
「それは恐ろしい。ただ、気になるのは、たまに外をずっと見ている時があります」
このマンションは海の傍に建っており、ベランダは海に向いている。サリミナは、ときおりベランダ側の窓から外を眺めているのだった。
「表に出たのは、夜中にこっそりここへ移動した時だけだしね」
「まぁ、なんかふわふわ揺れながらなので、楽しいのかなとは思ったのですが」
「そうね、少しの変化、波や雲や鳥を見るだけでも、あの娘は楽しいのかもしれないわね」
「あまり具体的では無いのですね」
「ええ、彼女たちの性格付けはかなり複雑みたいだから、付き合ってみてはじめていろいろ見えてくると思うわ」
「なるほど」
「まぁ、作った人間を知ってるけど、たぶんアニメや漫画とか作り物の世界の女の子をモチーフにはしてそうだけどね」
「純粋ってことでしょうかね」
「ああ、良く言えばそうかもね」
「良くない方で考えた方がよいと?」
「そうでは無いけど、作った人間を知ってるって言ったでしょ」
「ええ?」
「あ、やっぱ今の忘れて」
「ええ~?」
「あなたに見えてるサリミナがサリミナだから」
「そうですね……そうでした」
「だから、あまり意識しないで、難しいかもだけど」
「大丈夫ですよ、伊達に長く生きてないですから」
「あ、そういえばそうね、なんか偉そうに言って申し訳ないです」
「いえいえ、あなたはサリミナの保護者様ですから」
「なるほど、じゃ、また何かあれば教えてくださいね」
「ええ」
何かというのは、あってもきっと恥ずかしい事なのでこちらから教えたく無いと思ったが、てきとうに社交辞令的に答えた。
「あと、ほんとは喫茶店を手伝いたいはずなので、気にしてそうだったら慰めてあげてね」
これが本題だろう。
「そうですね。ではおいとまします。コーヒーごちそうさまでした」
「はいはい、いつでもどうぞ」
こういうユーザーアンケート的な会話は単なるアフターサービスの一環かもしれないが、未来の超家電を借りているのだ、それなりに応じるべきと小次郎は思っている。それに、最初から何か実験的なものでは無いかとも考えていた。それでも受けたのは興味があったからだが、生活面のサポートが欲しかったのも本意だ。
そして、『毎日可愛い』は、つい出てしまったが言わなければよかったと壮絶に後悔した。どうもアリスを前にすると子供相手の安心感か、緊張感が緩んでしまう様だ。小次郎は子供が本当に好きなのだ。アリスは怒るかもしれないが。