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できればパンツは見ないでくださいね

 兵馬とメグは帰路に付いていた。

 二人の衣服はそうとうにボロボロだったが、小次郎が代わりの衣服を提供してくれた。メグも男物を着ているためサイズが大きく隙間が多いが、普通にしていれば下着類は見えることは無いのでそれはダメージ状態のままである。もっとも、アンドロイドであるメグは下着の機能低下を気にすることは無い。

 街を抜け山へ向かう田舎道に出ると、兵馬がふいに止まった。小次郎宅を出てからずっと黙って歩いてきた。兵馬の疲弊を気遣いメグも黙って付いて歩いていた。

 兵馬は、少しだけ後ろに立っているメグに向かい、申し訳なさそうに言う。

「今日は、すまなかった」

「いえ、あなた様が謝られることはありません。わたしに逃げる様におっしゃって下さいました」

「そして、あなたが無事で本当によかった」

 疲弊した顔であるが、そこに安堵の瞳が確かにわかった。

「わたしこそ、暴走してしまい申し訳ありませんでした」

「勝てたのは、あなたのおかげだ。正直、今度こそ死ぬと思った」

「その状況でわたしを気遣っていただいたこと、本当にうれしく思います」

 お互い譲らない言葉、二人とも意外と頑固なのかもしれない。

「気になったのは、俺が居る事で武蔵との因縁に巻き込んでしまったのでは無いかと……」

 兵馬は話の角度を変えた。

「あの時の私はマグナムと言います。宇宙人と戦うために作られたロボットです」

「戦うため?」

 この言葉は気になるだろう。

「マグナムは、この体の本当の持ち主、わたしは仮の人工知能です」

「二重人格というやつか?」

 この時点までにいろいろ聞いてはいるが兵馬にはこの理解で十分だろう。

「そうですね。その方が分かり易かったですね。

 本来、マグナムが起きるのは数十年後の予定でした。まさか、ここでオポスに出会ってしまうなんて」

 武蔵が説明した様にナンバーズはオポス人では無い、だが、地球側から見た敵としては同じであり総称としてオポスなのだ。

 兵馬はメグの言葉を理解しようと静かに聞いている。

「だから、私が戦う事も必然なのです」

「あまり理解できていないが、最初から同志だったということか」

「そうですね」

 メグは笑顔で答える。

「でも、あなたには戦って欲しく無いなぁ」

「わたしは、あなたに戦って欲しくないです」

 そのまま、少しだけ見つめあい、

「か、帰るか……」

 兵馬は照れた顔を隠す様に翻って言う。

「はい、帰りましょう」

 メグは、嬉しそうな笑顔で兵馬に追いつき、腕を組んで歩き出す。自分を気遣ってくれる相手がいることはやはり嬉しいのだ。しかし、それをストレートに表現してしまうのは、ロボットの証なのかもしれない。

 だが、メグは組んだ腕をすぐに離し、少し後ろに下がる。

 兵馬は、そんなメグの手をあらためて握って引き寄せて横に並ばせた。

「やはり無事とは言い難いな、俺が手を引いて歩いてもいいか?」

 メグは、一瞬握られた手を引こうとしたが、兵馬の言葉に小さく頷いた。

「ありがとう」

 兵馬は、メグの手に向かってお礼を言う、そう、攻撃を受け続けて変形した手だった。

 彼女の手は何度でも元に戻る。そして彼女は今後も躊躇せず傷つくだろう。

 そうさせ無いために自分が強くなると誓った。

 その誓いに、兵馬は戦う意味を見つけられたことに気付いた。

 復讐では無く目の前の娘を守ること、そのために命を使いたいと、死ぬことと……いや生きることと見つけた。

 ……それを愛と詠んだのは、過去と未来から二人を導いた運命を司るものであろうか……

 そしてメグの手を引いて歩き出す。少し慣れてきた買い物帰りのこの道のりは、死線を共にした二人にとって、新たな景色に見えているのかもしれない。



 その頃、アリスは帰りの飛行機のファーストクラスに搭乗していた。

 そして、オポスとの邂逅について考えていた。

 …………

 時間軸的にも、空間的にも、確率はほとんど無いはずなのに、

 運命の必然に確率は関係無いのでしょうけど……

 いろいろな運命が交錯したって感じ……

 考えててアホらしくなる。

 通る道はいばらの道、越えるべき壁もいばらの壁とか思ってたけど、

 道はどんどん長く、壁はどんどん増えて……

 悲劇のヒロインを気取るつもりは無いけど、悲劇も通り越してるか……

 この先の戦いを想定してのオポスとの共闘が吉と出るか凶と出るか、

 といいつつ、凶しか無いとしても強引に吉にするしか無い……

 ああ、それにしても、こんなにも、私事になど悩むべきでは無い時に……

 宮本……武蔵……

 ……ずっと憧れていた……お話の中の人……

 父の死を見た。事実を知った。一番の目的が達成できなかった。

 それでもなお、心が男に向く、ときめく……

 私は思ってる以上に壊れているのか?

 それとも、

 機械センサーとソフトウェアの神経系への影響なのだろうか?

 はたまた、マイナス要因を軽減させる機能か?

 メグの好感度パラメータの件がちらつく……

 そんなの……

 もう人間では無いと自覚すべきなのだろう……

 記憶の操作がされた段階で、すでにアリス本人では無い自分……

 脳だけあっても、疑似的な部分が多すぎる。その整合を取るためのセーフティは必要だろう。機能が狂えば、文字通り発狂して暴れだす可能性もある。

 人間の未来を、そんなわたしが担ってもいいのだろうか、何かがおかしい気がする……

 父という者に会えたこと、そして侍さんに会えた事が救い……

 そうで無ければ、アリスとして残った記憶、未来から来たこと、それすら疑うことになっていた。

 今は、それだけでも由とすべきか……

 もう、どうすればいいか…………想像もできない。

 武蔵に逢ってみたい……逢える……よね……それから考えよう……

 …………

 本来、アリスは混乱することなど無い、それほどに強い精神を持っているつもりだった。

 だから今の状態自体も彼女を困惑させているのだった。

 ここ数日のうちに起きた想定外の事体は、すべて重大事であり、重要事項なのだ。

 そこに、宮本武蔵の名前が彼女の心を惑わすのだ。子供の頃から侍や忍者などに興味を持ち、テレビや映画、小説、漫画、いろいろな媒体を追いかけるうちに心を奪われた人物。

 その対象が、本物が、手の届く場所に、現存する。

 地球の未来と色恋ざた。同じレベルで悩む自分を、人間では無いと卑下するアリスは、人間であるがゆえに、愛を望むこと、悩むこと、それを今の立場では認めたく無かったのかもしれない。



 八月三日

 アリスはホームに帰ってきた。

 いったんマンションに立ち寄り、マンションからは車を使った。アーノルドにも運転はできるのだ。

 出迎えが不要なことは先に皆に伝えてあった。人手が足りないのに余計な事に手間を取らせたく無いのだ。いつでも会話が可能だったこともある、目の前に居なくても繋がっている仲間達。だが、ほっといたらノリでおかえりなさいパーティでも開きそうなめんめんである。

 そして、ホバーが車を回収するために自動で動くため、サプライズにもならない。

「みんなただいま」

 それゆえに、形式としてオペレーションルームに顔を出し、皆に声を掛ける。

「おかえりなさいませ」

 ブルーが答える。

「ここって、ほんと田舎よね。 空港着いてからの方がたいへんだったわ」

「博士が田舎者だからじゃないの、ほんと街の人もたいへんだ」

 レッドはいつもの調子だ。

「博士の影響ってすごいんですね」

 ブルーは真面目に受け答える。

「いないからって言いたい放題ね。 侍さんとメグはデート?」

「そうです、日課のお買い物へ」

「仲良くなったわよね」

「そうですね~」

 レッドは、にやにやしながら答える。

「マスター」

 ブルーが、神妙な顔でアリスに声をかけた。

「なにかな? ブルー」

「後でご相談が」

「ふむ……わかったわ、マザーに報告して落ち着いたらね」

 相談という言葉自体が不思議ではあったが、断る筈も無い。

「ありがとうございます」

「では、ちょっとマザーのとこに行ってきます」

 アリスは皆に向かってそういうと、オペレーションルームを出て行った。



 その日の夜、アリスはブルーを連れて小次郎宅を訪れた。

「小次郎さん、早速だけど、お宅にこの子を置いていただけないかしら、特別な事情があって、見た通り、耳、髪、目がちょっと普通ではないの」

 アリスは、ブルーのフードを取りながら話す。

「芸術品の様に美しいですね。まるで、ファンタジーの世界に出てきそうなファンシーな姿ですが、特別な事情ってなんでしょう?」

「最大のスポンサーからの依頼で、規則に反して趣味に合わせた姿なんだけど、そのスポンサーに不幸があって取り残されたの。特注なので、最高品質だから連れてきたのだけど、メイド専用だから……」

 アリスは少し言葉を濁す。

「なんとなくわかりました」

「でも、家事能力はすごいのよ。ただ、この見た目なので表に出すわけにはいかないの」

「で、どうして私に?」

「うちは、ロボばかりだから、せっかくの家事能力を活かせないのよ」

「そういうことですか、ばれてると思いますが、はっきり言って家事は苦手なのでとってもありがたいです。が……」

「一人暮らしのお邪魔になる様でしたら、無かった事にしてくださいな」

「あ、いえ、わたし一人にこのうちは広いので、同居人が増えるのはかまいませんが、この子はそれでいいんですか?」

「はい、わたしは誰かのお役に立ちたいのです」

「う~ん、本人が望むのでしたら、やはりかまわないですよ」

「あ、名前はサリミナよ。あなたのセンスで変えてもOKよ。 あと性格はちょっとツン入ってる感じ」

「名前はそのままで、センスでとか言われたら変えれないです」

「ははは」

 アリスの笑いは、分かってて言ってるのが明白であった。

「では、サリミナさん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。小次郎様」

「では、ちゃちゃっとセットアップしますので、おじゃましますね」

「ええ、どうぞ」

 アリスは、小さな機器をバッグから取り出しながら家の中に入った。

「まず、間違って外に出ない様に玄関に境界線を設定しておきます。本人の意志では絶対に越えられない線です」

「了解です。ごみ捨てはわたしが行きます」

「あと、稼働時間は朝六時から夜九時の間です」

「たしかに二十四時間動かれても困りますね」

「それ以外の時間に起こしたいときは、三つの方法がありますけど、どれにします?

 1、あたまを撫でる

 2、ほっぺをつねる

 3、キスをする」

「1でお願いします」

「1でいいの?3でなく?」

「”1”がいいのです」

「ちなみに、えっと、1で起こすとねむねむもーどで、2だと不機嫌モード、3はまぁそういうやつ……

 だけど、1でいいの?」

「”1”でお願いします」

「それからベッドの横をベースに設定しますね」

「はいはいそれでOKです」

 たんたんと説明するアリスにあわせて小次郎も適当に答える。

「ちなみに、休眠中はベースに設定したここの壁によっかかって手足を放置してる感じだけどいいですよね? 人形っぽいし」

「ええ」

「立ってるとか、体育座りとか、正座とかの方が不気味でしょ」

「まぁ」

「それから、無線機能は切ってありますので、悪しからず」

「ほう、僕の監視用かと疑いましたが、危惧でしたかね」

「やっぱり、そう思いますよね。 でも、純粋に、この子をお願いしたいの」

「はい」

「信用してなければ、奉公に出さないから」

「そこまで人として肯定されると、なんか照れくさいですね」

「ふふ。 よし、これで完了よ。 じゃ、なにかあったら電話でもしてくださいね」

「わかりました」

「サリミナもかわいがってもらいなさいね」

「はい、がんばります」

「いろいろとありがとうございました」

 アリスを見送ると、小次郎はサリミナに向かい、

「ええと、うちに来ていただいた以上、僕のためにとかでなく、一緒に暮らすことを目的にしてください。全部一人でやろうと思わなくていいから、ちゃんと分担しましょう」

「それが、主様のお望みでしたら」

「主呼びも禁止です。こうじさんと呼んでください」

「小次郎様では無いのですか?」

「まぁ、家の中だけだし小次郎でもいいか」

「はい」

「そろそろ九時ですね、明日からがんばってくださいね」

「はい、がんばります」

 笑顔で答えるサリミナを見て、あらためて本当に美しく、かわいらしく、守ってあげたいと小次郎は思った。


 夜遅く、日が変わるころ、小次郎はベッドに横になる。

 そして、傍らにはこれまで居なかった者がいる。

 つい目を向けてしまう。

(だがやっぱりこれは落ち着かないな……

 起こして移動してもらうか……

 とはいえ、寝顔も美しいな……

 しかしこの恰好はスカートめくれと言わんばかりだな)

 と思案しつつ、つい軽い気持ちでめくってしまったのは仕方の無いことだろう。

「ふつうのでよかった」と感想まで漏らしてしまった。

(そういえば、起動スイッチはなでなでで、キスでは起きないんだよな)

「これからよろしくな」と言ってキスすると、

「ご主人様、さっそくですか、困ったものです」

「え?」鳩が豆鉄砲を食らった。

「何をお望みで?」

「いや、起きないって? なでなでがスイッチじゃ?」

「パンツ見ましたね」

 カメラ機能はセキュリティのために生きているのだ。

「起きる起きない以前の話か~」頭を抱えて落ち込む。

「いや、そこだと気になるので、移動して欲しいなと」

 そして自分を正当化するための言い訳をした。が、

「気になるってパンツがでしょうか?」

「そうじゃなくて」

「まったくイケメンの無駄遣いとはこのことですね」

 呆れた様に言い放ち、続けて、

「まぁ、もろもろ置いておいて、キスで目覚めさせたということは……」

 小次郎は、その先は聞きたく無かっただろうが、

「なにが?」と流れ上聞いてしまう。

「目的は一つでは?」

「目的? 一つ? あ、いや、だからどいていただこうと」

「そうですか」

「おお、わかってくれたか」

 真から安心した様に胸をなでおろすが、

「では、なぜ他の方法で起こさなかったのです」

(言い訳が思いつかない、助けて~、こんなのアリス殿に救援を求めることもできない)

「わ、わかった、素直に話そう」

 小次郎はあっさり降参することにした。

「はい?」

 サリミナは無垢な顔を小次郎に向けている。その無垢な瞳は小次郎の瞳を見つめている。

「お前の寝顔がかわいかったからキスをした」

 もうやけくそと言った感じで答えた。

「ただそれだけだ」

「ありがとうございます」

 少し照れた表情は、照明の落ちた部屋では、小次郎にはわからなかったかもしれない。

 その余裕も無かったのだろうが……。

「わかってくれたのか」

「はい」

 小次郎はなんとか伝わったと思った。

「よくわかりました」

「よかった~」

「では、私はスリープモードに戻ってよろしいですか?」

「ああ」

「では、おやすみなさいませ」

 サリミナは、また人形の様にスリープモードに移っていた。

「え? よくわかったって? どういう?」

 またしても、流れで返事をしてしまった自分を呪った。

「もう一度起こすべきか、ちきしょう、この様子も見てるんだよな」

 そして肝心なことを思い出した。

「あ、だから、どいて…………まぁ、いいか」

 だが、このやりとりが、数十年ずっと一人だった自分の心にささやかな癒しをくれたことに気づいた。

「ちょっとほっこりしてしまったよ、ありがとう」

 そう、今度は頭を撫でてしまった。

「どういたしまして」

「起きてたのか、いや、起こしてしまったか」

「あの?」

「なんだい?」

「ここがよいです」

「そうか、好きにしてよいですよ、ここはあなたの家なのですから」

 小次郎はやさしく答えた。

「はい」

 サリミナは表情が見えない方を向いて小さく返事した。居場所を得た喜びをうまく表現できないロボットであった。

 そして、なにか思い出した様に、

「あ!」と小次郎の方に顔を向ける。

「ま、まだ、なにか?」

 小次郎は恐る恐る聞く。

「起動モードの話は嘘です。三っつの方法どれも通常起動です。追加でおしりをたたくもありますが、しないですよね」

「しないです。それにしても、あのたぬきめ」

 と言いながら、まったく油断しきっていた自分に笑ってしまった。

「あと、できればパンツは見ないでくださいね」

「うわ~ん」そして泣く

 小次郎の夜は長い……


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