運命の同盟
未来の地球
西暦二千五十年、世界にオポスが現れた。
歓迎ムードの地球を無視して、彼らは強力な電磁パルスらしき攻撃を世界同時に仕掛ける。地球の軍隊はほぼ無力化、それどころか、生活インフラ自体が機能できなくなり、人類は生存自体が困難となった。
彼らは、地球環境に影響を与える攻撃を避けただけで、直接戦っても地球に勝ち目が無いことは後に思い知らされた。電磁パルス対策された兵器類により反撃に転ずるも全く役にたたず、ナンバーズ率いるクローンの大群は圧倒的な制圧力を見せた。だが、人類が半数に達した時にオポスの進行は止まった。
そして、ここからが本当の地獄となる。
オポスは、人類の滅亡では無く、支配が目的だった。オポスの人口が少ないこと、そしてなによりも人類が信用できないためである。
地球人に支配力を示すため、無数の監視衛星を配備し、地球人の生存人数を把握、地球時間の年に一度その増加分を殺害すると宣言した。つまり、子供が生まれると、寿命等自然な減数が無ければその分誰かが殺されるのだ。オポスから提供された延命技術が逆に効いて来る。結果、数減らしのための暗殺、死刑の増加、金銭による命の売買、弱国への侵略戦争、子供が産まれた一族から身代わりの命を差し出す法律、などなど、どんどん、醜く、恐ろしい、数減らしと合わせて、子供を産まない社会へと移行していった。
ただし、日本のみはそのしばりの対象外とされた。ある人物がオポスと交渉し実現したのだ。そのため、要人等日本へ逃げてくる者も居た。
オポスが出した条件には人口の制約以外は無く、各国では、復興後に反撃のための兵器開発さえも可能であった。ナンバーズら地上戦力へは対抗可能になるであろうが、監視衛星に対してはミサイルさえ無力であり、決定的な方法が無かった。さらなる強力な対策を講じるためには、衛星兵器を破壊し制空権を取り戻し世界が協力できる状態を優先する必要があった。
そんなおり、日本である作戦が開始された。
小次郎は小さな公園にいた。ブランコとすべり台と砂場しか無いが、その分スペースはあった。
そこで小さな子供たちとボールを蹴って遊んでいる。座っていたら無理やり引き込まれたらしい。
「お~い」
武蔵が、少し離れたところから声をかけた。小次郎は、子供たちに手を振ってから武蔵の方に歩いてきた。
「おそいっ」とあきれ顔だ。
「すまんな、こんな感じで遅くなった」
メグのおしりをぽんぽんとしてみせる。少し兵馬がにらむ。
「すまん」このすまんは兵馬にだ。
「まさか、さらってきたのですか?」
「俺を何だと」
「小次郎様、訳は後ほど」妹が促す。
「そちらの御仁は?」
「この娘の知り合いだ」
「なにがなんだか」
「それも後ほど」
「まぁいいです。 付いて来てください」
小次郎に付いて公園を出た一行は、一般人に合わない様に気を配りつつ数分でとあるマンションについた。五階建て二十戸ほどの建物で一階に店舗用のエリアもあるが今は空いている様だ。この街では最新に近い建物だ。
「ここの401号室です」
小次郎はカードキーで玄関の自動扉を開けた。そのまま進み正面に二基あるエレベータの右側に乗る。
「あなたはそっちに乗ってくださいよ、この人数で乗って重さで止まったらかないません。そのお嬢さんも、可哀そうでしょう」
武蔵の体は大きくマンションのエレベータ程度では邪魔過ぎた。
「たぶん大丈夫だろ」
根拠のない台詞をはきつつ押し入る。
「せまっ」
「気にするな」
「だから、レディも居るというのに」
四階にはあっさり着いた。
「ほら、平気だったろ」
「次は、僕だけ別な方に乗ります」
「別に止めないけどな」
誰もいないことを確認してエレベータを出る。エレベータを出て左に三軒めが401号室だった。そこから、右側に続いて402、403号室とならんでいる。401号室の先は非常階段だ。
扉はカードキーをかざして開けて中に入る。兵馬はいろいろと戸惑いつつも後に付いて行った。
玄関からまっすぐ奥に行くとリビングがあり、全員そこに通された。
「適当に掛けてください」
宿主の小次郎がめんどくさそうに伝える。
「なんかいろいろ変わったのだな、この星も」
答える武蔵が知るのは江戸時代だ。
「まぁね、まだまだこんなものですが、あの時代にくらべれば、生活に関してはぜんぜん快適ですよ」
「さて、早速ですがいろいろというのを聞かせていただきたいな」
「小次郎様、お茶をお入れしてもよろしいですか?」
妹は、普通の知人として来客した感じだ。
「ああ、手間をかけるね。わかる?」
「おまかせを」
妹はキッチンへ向かった。カウンター越しに見えるタイプだ。
401号室の作りは4LDKで今はリビングに居る。広さは二十平米ほどはあるだろうか。リビングセットがあり、長めのソファーにメグを寝かせて毛布をかけてある。拘束は兵馬の願いを聞いて解いてある。
武蔵が経緯を説明した。
「あまりにできすぎじゃないですか?」
「そうだな」
「ナンバーズが来るのは予想できるとして、過去の侍だのロボット娘だの、盛りすぎでしょ」
その時、ガシャーンという音がキッチンからした。全員がそちらを向く。
「お約束すぎる展開ですね」
妹が、半べそで自ら自虐ネタを提供してくれた。
「俺がやろう」
その代打に兵馬が名乗りを上げた。予想外と言った感じだが、実はこのメンツでは一番普通の人間かもしれない。それに、これまで勉強をしてきていることもあるだろうが、なんでも器用にこなすのは天賦の才ゆえか。
「傷は大丈夫ですか?」
妹が申し訳なさそうに気遣う。
「小傷など無いのと同じだ」
「では、本当に申し訳無いですがおまかせいたします」
「は~やれやれ」
武蔵は頭を抱えていた。どこに出してもはずかしい妹だと思ったかもしれない。
「さて話を再開しましょうか」
小次郎は話を逸らす様に本題へと促した。
「大国は、もうやつらに使われてるんでしょうね」
「はい、ナンバーズは米軍らしき者たちを従えていました」
妹は、ヘリ付近にいた兵隊を倒している。その際に確認したのだろう。なお、殺したわけでは無い。
「あと、残る追っ手は現担当とナンバーズ数名程度だといいですね。まさかナンバーズの上位は来てないと思いますが」
小次郎の言葉は他にも同様の敵がいることを示唆していた。
「ナンバーズを一人でも倒せたのは大きいですね」
「あれが油断しすぎてたからもあるだろうが、お前たちなんなんだ?」
武蔵は、その功労者に話を振る。
「俺はただの侍だ」
「謙遜だな、お前は強いよ、あの時も死ななかった。地球人の強さをはるかに越えてる」
「すまんが、確認させてくれないか」
兵馬は問う。
「なんだい?」
小次郎が答える。
「お前達は宇宙人というやつか?」
「ああ、俺たち三人、宇宙人でオポスってやつだ」
と、武蔵が答えた。
「さっきメグが言ってたやつか」
「ほう」
小次郎は武蔵の方を見る。
「そう言って襲ってきた。殺されるとこだったんだぜ」
「あなたが?」
小次郎は武蔵の実力を知っているからこその驚きだった。その時、
「先ほどは大変失礼をいたしました」
と言いながらメグが起き上がった。
武蔵と妹は身構える。
「よかった、無事だったか」
兵馬が安堵して声をかけた。
「ご心配をおかけいたしました」
メグは笑顔で答えてから、続けた。
「少し前に起動いたしましたが、失礼ながら様子をうかがわせていただいておりました。この度は、たいへんお世話になりました。お礼とお詫び申し上げます」
「たいしたことではないさ、それに礼も不要だ、お互い様さ」
武蔵が平然と答える。
「あなたは、さっき殺されかけたって」
小次郎が呆れた様に言う。
「早速で恐縮ですが、私共の主がお話したいとのことです。そちらのテレビをお借りしてもよろしいでしょうか?」
この部屋には五十インチのテレビが置いてある。
「ああ、かまわないよ」
部屋の主は了承する。すると、すぐに電源が入り、画像が出る。
テレビに表示されたのは、アリスだ。カメラで写したものではなく、メグがリアルタイムに生成したCG画像だ。画像を表示するのにテレビの機能を使っているのだろう。
「こんにちは、アリスといいます。そこの二人の保護者みたいなものよ。出先なので、こんな形で失礼します。うちの子たちがたいへんご迷惑をお掛けしたようですね」
小次郎は、あなたも子供でしょとツッコミたくなったが押さえた。見た目で判断しないのは慣れている。
「わたしからもお礼とお詫びをさせていただくわ」
頭を下げる、金色の長くふわっとした髪がきらきらと舞うのは演出か。
「さて、オポス様方、ここまでの経緯で敵では無いとの前提でお話させていただきます。あ、そちらの声も聞こえますので、自由にしゃべっていただいて大丈夫ですよ」
「やはりそうなのか、テレビに向かってしゃべるのもどうかと思い、少し待っていました」
小次郎が答えた。
「その子が、画像と音声を送ってくれているのです」
「だから、そっち向いて話してくれた方がうれしいかも」
「なるほど」
「お侍さん、だいぶ元気になった様でよかった」
「おかげさまだ」
テレビに向かって答える。
「ぷっ」と武蔵が笑う。
「あの時代の者が、すでにこの世界になじんでるのかと思っていたが、実は神経がずぶといだけだったか」
「俺の事か? ああ、さっぱり付いて行けない。落ち着いてるのは、死にかけたおかげかもしれない」
「あの時おまえは無事だったと思ったが」
「こっちに来る時にやばかったらしい。その娘に助けられた」
「ほう」
「だが、あなたが殺す気ならやれたのだろう?」
武蔵へ殺気のこもった視線を向ける。武蔵はおいおいといったふうに手を上下してみせる。
それを見て、
「ところで、目的は果たせたのか?」
兵馬はアリスに聞く。
アリスは、一呼吸ほどの間を置いてから答えた。
「ええ」
この時答えたアリスの表情は少し曇っていた。だが、メグは作る合成画像にはそこまで再現させなかった。
侍も一呼吸ほど置いて、
「そうか、よかったな」
と答えた。
「やっぱ、あなたやさしいわよね」
アリスにはメグの瞳を通して兵馬の横顔が見えている。かすかに目を細めた表情も。そして、話題を変えたいのか話を元に戻す。
「あ、雑談しててもしょうが無いので、経緯とか説明するわね。兵馬さんも聞いてください。目的については教えて無かったと思うので」
「わかった」
アリスは兵馬に関わること、武蔵たちを知らないことも含めて説明した。
「そして、本題だけど、私たちに手を貸していただけないかしら」
「どのみち、三人で迎え撃つつもりだったから、かまわないぜ」
武蔵は即答した。
「あら、あっさりね」
「普通の人間相手なら断るさ」
「あなた達にとっても使えそうってことね」
「いや、なんか面白そうだ」
「そっちかい。まぁ私たちにはそんな余裕無いけどね」
「ところで三人ってのは僕も入れてですか?」
小次郎は自分は無関係を主張するように問う。
「未来を知ってるんだったな」
武蔵は小次郎はガン無視でアリスに問う。
「おい」
「小次郎さん、お願いします」
アリスが、あらためてお願いする。
「ああ、もうどうにでもなれ」
女の子に弱いのか、子供に弱いのか。
「ありがとうございます」
小次郎にお礼を言ってから先の武蔵の質問に答える。
「未来について知っている情報はほとんど無いですし、教える事もほとんどできません」
「まぁ、そうだろうな」
「ごめんなさい」
「ところで、遅くなったが、前にこっちに居た時は宮本武蔵と名乗っていた。ちゃんと名乗ってなかったからな。戻って来てからは、なんか使いにくそうだから、これからどうしようか思案中だ」
「佐々木こうじだ。むか~し、佐々木小次郎と名乗っていたこともあったか」
「こうじ……かよ、ぶはははは」
武蔵はまさに腹を抱えてわらっている。
「あなたは、たけぞうに決まりました」
小次郎はむっとした表情で武蔵の呼び名を決めた。
「たけぞう?、もちょっと強そうなのにしてくれよ」
「では、ぶぞうで」
今度は笑いをこらえている。
「なんかひどくなった気がするぞ」
「言っておいてなんですが、自分で考えなさい」
「この時代に合う名前がわからん」
「さっき、人の名前笑ったじゃないですか」
無意味な会話を打ち切る様に妹が続いた。
「わたしはこれの妹、カナと呼んでください」
武蔵を指さしながら言う。名前は、カミョルナを短縮した様だ。いずれ漢字も決めるだろう。
「俺は兵馬、剣豪お二人の名に並んで名乗れるものではないが」
「わたしは、メグと申します。これからよろしくお願いいたします」
皆の名乗りが終わったところで、
「宮本武蔵、佐々木小次郎、伝説の人物がそこに居る」
アリスが急に語りだす。
「兵馬さんから、武蔵さんの名前を聞いた時は、それほどでもなかったけど、本人が居るってなると感動がこみあげてきてたいへん。わたし、本は何冊も読んだわ、映画も見たわ、すっごいファンなの」
「そ、そうなのか」
武蔵はちょっと照れる。
「なんか違う人の話みたいですけどね」
小次郎はさっきの遅刻の話を思い出していた。
「悔しいだけだろ」
「それは無いです」
「あ、ごめんなさい、脱線しちゃった」
アリスは嬉しそうな顔はそのままに。
「また、話を戻しましょう」
武蔵がそれを受けて続ける。
「気づいてると思うが俺たちは追われている。侍よ、あの時、俺は国に帰ったのよ。光ってたと思うがあれは乗り物だ。帰ってみれば、俺の知ってるやつはほとんど殺されていて、こいつが人質になってた」
カナの方に向く。
「なんとか助けてこっちに逃げてきたが、行くとこがあるわけでも無いので、気に入っていたこの場所へ来た」
「気に入ってたじゃなくて、僕を頼ってでしょうが」
「実際、どこに居ても、やつらは来るからな。俺たちオポス人は不老ではあるが不死身じゃない。致命傷があれば死ぬ。あれを倒してるからわかると思うが」
兵馬に目を向ける。
「この星に移住を計画し、ずいぶん前から順番に監視係で来ててな、ところが小次郎は帰りたく無いというもんだから、俺が殺したということにして、ごまかした。そして、俺の任期期限前にやつが迎えにきた。で、帰る直前にお侍さん一行との件になるわけだ」
「やつか……」
「ちなみに、さっきのはナンバーズというクローンで作られた戦闘専門部隊のうちの一体で、残念ながらお前の仇本人じゃないんだ」
「なんだと?」
「クローンてのは、同じ人物を人工的に作るんだが、いろいろいじって戦闘力も上げてある。あと、俺たちオポス人のクローンを作ることは禁止されているんだが、あいつは別な星の生き残りということで許されてる」
武蔵は兵馬がクローンを知らないと予想して最低限の説明を加えた。
「ここに来てるのも一人じゃないと思うが、一人やられた以上、火星からの応援がくるまで大掛かりには襲って来ないと思いたい」
「火星からの応援?」
アリスは気になった言葉を口に出す。
「ああ、火星には前線基地があってな、そこにあとオポス人は数人、ナンバーズ他クローンはわんさか残ってる。どうしたものか」
「前線基地ということは本隊は別に?」
「ああ、だがここの時間で数十年は来ねぇ。火星のやつらをしのげば暫くは大丈夫ということになる」
「数十年後に本隊が来ると……」
「そうだ」
人類にとって絶望的な返事、そしてそのことは知っている事実であった。
「とりあえず、火星からは三十日くらいはかかるだろう」
「余裕があるような無いような時間ね」
アリスは少しだけ安堵しつつ、できれば八月三十一日以降にして欲しいとも思っていた。
「ところで、さくらさんはあの後……小次郎」
武蔵は、話が一区切りついたからか話題を変えた、聞きたかったのだろう。
「八十歳で死んだよ」
「ほう」
「まぁ、当時の人間としては長く生きた方だろう」
「そうか」
「小次郎様、お悔やみ申し上げます」
メグは定型文を読み上げてしまうが、仕様だ。
「もう、過去の話さ、だから今独身ですけどね」
「さくらさん、八十年も苦労させられたのか」
「あなたは、そういう風に気を使えないから、遅刻魔なんですよ」
「そうだ、おれの情報見たらなんか遅刻魔扱いだぞ、おまえのための偽装を準備するのに時間かかって遅れただけなのに」
「こっちだって、あなたの伝記みたいなののせいでつばめ虐殺犯みたいになってますよ、あの後適当なこと吹聴したのでしょう」
「偽装だよ。それに、へんな技の名前付けるの好きだろう」
「もっとかっこいいのにしてくださいよ」
「子供かよ」
「さすがですね、お二人の間には話さえ割り込む隙が無い」
兵馬が会話に斬りこんでみた。
「え」二人同時だ。
「仲はそうとういいみたいですね。うらやましい」
アリスも感想を言葉にしていた。
「そんなわけあるか」二人同時だ。カナが嬉しそうに笑っている。
いつの間にかまた雑談になっていた。
「ちなみに、実はここの二階が私たちの借りた部屋よ。 ね?」メグに振る。
「そうです」とメグは頷いた。
「偶然にはもう驚かないことにしました」
小次郎はその偶然続きに呆れていた。
「ちなみにその二だけど、一階の店舗も借りてあって、そこで喫茶店でもやろうかと思ってるの」
「ほう、それは助かりますね。ずっと空いてたから寂しかった」
小次郎は少し嬉しそうだ。
「おっ。これは、お得意様ができそうだわ」
「ほんとはコンビニが良かったんですけどね」
「営業時間とか仕入れとかが大変そうなので、ご期待に沿えずごめんなさい」
「言ってみただけですよ。でも、他にも目的がありそうだ」
「さて、どうでしょう。事体が変わったから、オープンするかも迷ってますけどね」
「僕が考えることじゃなかったですね」
「いえいえ、察していただいて助かりますよ」
「まぁ、おいしいコーヒーをお願いします」
「まかせて」
アリスは、ウインクで答える。
「楽しみが一つできました」
「さて、兵馬さんとメグは一度戻ってくれるかしら、手とか取り換えないと」
――マグナムが起動してたということは、リミッター解除状態で稼働しているはず。
――アラートの出てる部位以上に部品がいろいろ消耗してそうなのが気になる。
「電装系は問題ありません、外装と武装に要修復箇所がございます」
「なんかロボを強調してます?」
小次郎が聞く。
「小次郎様を警戒してるのかもしれませんね」
カナが笑顔で答えた。