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少年

今更ながら、新規で追加です。

二部で入れようと思っていたエピソードですが……。

 


 二千十六年、夏の良く晴れた日、午後六時過ぎ。

 街から少し離れた山林の中を一人の男が移動していた。

 年齢は二十代後半くらいか、背丈は百八十を超えるため細身に見えるがその動きの力強さはTシャツから覗く腕もあわせてそれなりの筋力を有していると思われる。

 手入れもされていない森林では多くの枝がその行く手を阻むがものともせず、大きめの枝は手にした短刀で事もなく切り裂き進んで行く。

 そもそも、その速度自体が常人とは思えないほどであるにも関わらずだ。さらに、夕暮れとはいえ三十度に近い気温にも関わらず汗もかいていないことからも異常に見える。

「居た」

 男はそう声に出すと同時に人の能力を越えた速度で手にあった短刀を前方に投じていた。見つけた存在に向けてだ。

 次の瞬間、その投げた方向から獣の咆哮が聞こえた。咆哮というよりも悲鳴に近かったかもしれない。

 五十メートルほどあったそいつとの距離はどう詰めたのか、男は既に咆哮を上げた獣の前に立っている。 さらにその腕には子供を抱いているのだ。 子供は少女で白いワンピースが血に染まっており、意識が無いのか目は閉じられぐったりとしている。

 対峙する獣は、その目に短刀を刺したまま立ち上がって男に向かい合う。 ツキノワグマだ。 

 大きさは一メートル四、五十センチくらいだろうか。傷つけられたこと、食事をじゃまされたこと、怒りは頂点に達していたかもしれない。

「人を襲った以上、悪いが仕留めさせていただく」

 クマがピクリと動いた時、その目にあった短刀に男の手が動いた。瞬間、血のほとばしりから短刀は頭頂から抜けたのがわかる。だが、それはクマの心臓部分に刺さっていた。

 そして、クマの体が倒れるのはどうでもよいかの様に、少女を傍らにゆっくりと降ろすと、スカートを少し上にずらす。すかさずにその右太もものあたりを自分のベルトで縛った。少女の右足は膝から下が無かった。

 応急処置が済むと、男は少女を抱え、やって来た方向へ駆けだしていた。

 五分ほど走ると、同じ方向に向かう少年が居た。年齢は少女と同年代だ。足場の悪い中、木々をかき分けながらで思うように進めていない様だ。

 男の接近に気付いたのか少年は振り向いた。

「はるか~」

 少年は少女の名前だろうを叫ぶ。涙と泥で顔はぐちゃぐちゃだ。

「命に別条はないよ。クマも僕を見てすぐに逃げた。大声出しながら向かっていっただけだけどね。

 では行こうか。 少年、君は背中に掴まれ」

 男は、説明しつつ体勢を低くして少年におぶさる様に伝えた。

「そのまま行ってください。お願いします。

 そしてありがとうございます」

 懇願の様に答える少年は、その涙を拭うこともしなかった。

「わかった。では、君は動かずここにいろ、この子を病院に連れて行ったら必ず迎えに来る」

「わかりました」

 少年は早く行ってくれと言うかのように勢いよくその場に座った。 その少し安堵した表情は、力が抜けた為とも思えた。

「いい子だ」

 男は、既に走り出しながら少年に聞こえるかわからない声でつぶやいた。



 三十分後。辺りはかなり薄暗くなっていた。

「あ、はるかは?」

 少年が立ち上がる。

「途中で他の捜索者に会えたから預けてきた」

 男は笑顔で答えた。

「そっか、ありがとうございます。

 本当にありがとうございます」

「さっきもお礼は言ってもらったけどな。

 だからもうお礼はいいよ。気持ちはものすごく伝わった」

「……俺は逃げたんだ。

 だから、おじさんにお礼をいくら言ってもその罪は消えないでしょう。

 それでも……」

 うつむいて泣きそうな声、それでも言葉を絞りだしているのがわかる。ここで待っている間もその自責の念にいたたまれなかったろう。

「君はいくつだい?」

「十二です」

「そんな子供に何ができる?

 でも、できることはある。大人に助けを求めることさ。

 そう、君は唯一で最善の行動をした。だから、彼女は助かった。

 いいかい、結果には過程が必要だろ?

 その助かったという結果を作るには、僕に会う必要があった。

 つまり、その結果を君がつくったのは事実だということさ。

 だから僕は、そんな最善の行動をとった君の勇気と知恵を称えたいよ」

「……」

「もしかして君は、彼女を逃がそうとして自分が囮になろうとしたんじゃないかい?

 ところが、背を向けて逃げた彼女の方にクマは向かってしまった。

 だから、咄嗟に助けを求めることに切り替えた」

「はるかは、これから大丈夫かな?」

 少しだけ落ち着いたのか、問いかけで返したのは今最も気にかけていることだろう。

「そうだね~、僕は彼女の事を知らないから適当なことを言ってるかもしれないけど……。

 答えは大丈夫だ、だよ。

 でも、恐怖の記憶は心の奥に残っている。

 それを薄れさせる役目は皆でしないとだね。

 もちろん君にもできることがあるはずだ」

「俺は、はるかの為ならなんでもするよ」

「ああ、がんばれ」

 本当は、子供にできる事など限定されるし、将来の関係性も若い彼らでは不明なのだ。ゆえに無責任な応援しかでき無い。

「ところで、どうしておじさんが探しに来てくれたの?

 俺たちとは会ったことも無いよね?」

「なるほど、確かに会った事は無いよ。

 防災行政無線で子供が帰ってきていないって流れたのを聞いたのさ。

 街の人達は川沿いを上りながら探すと聞いたので、僕は、上流から下ろうとショートカットで山を通っていた。川は山間をぐるっと回ってるからね。

 君の声が聞こえなければ、そのまま川まで行ってたから気付かなかったかもしれないな」

「川でクマに見つかって、逃げるのに山へ入ったんだ」

「川へは何をしに?」

「はるかが石を集めるのが好きなんだ。

 それで夏休みの自由課題にも石で何か作ってたらしいんだけど、石が少し足りないって……あ。

 彼女が悪いわけじゃないんだ。俺が付いていくから大丈夫だって言ったから……」

「なるほどな~。

 二人は仲がいいのはわかった」

「そんなんじゃないよ。

 あいつ俺がいないと何もできないから……。

 そんなことどうでもいいだろ?

 おじさんこそ何者だよ?

 山の中、普通の動きじゃ無かったぞ、たぶん」

「ただのおっさんだよ……お、見えたぞ」

 そのまま山を降りると大人たちが集まっている場所に付いた。

 皆が心配していた言葉を掛ける。

 ただ、親らしい者はみられなかった。

「俺の両親、日本にいないんだ……。

 おじさん、本当にありがとう。

 そういえば名前を聞いてなかった。俺は、秀太」

「そうだな、すずきこうじとしておこうか。

 じゃぁな、彼女と仲良くしろよ」

 そう答えて男は駆けだしていた。

「あ、待って、どこに住んで…………あ、ありがとうございました~っ」

 秀太は大声でお礼を叫んだ。

「おや、あの兄ちゃんどこ行った?」

 その場に居た大人の一人が秀太に聞く。

「行っちゃったけど、おじさんも知らない人なのか?」

「ああ、知らん」

「たま~にコンビニで見かけるが、誰かは知らんなぁ」

 別な大人も知らないらしい。

 そして、結局他の誰もよくは知らなかった。



 少し後、すずきこうじは、山中、それもクマを倒した場所に居た。

 ここに残していた短刀には位置を示すビーコンが埋めてあり、苦も無く戻って来れて居た。

「いちおう正当防衛になると思うけど死体の処理はしておきたい。

 少年に逃げたと説明したこともあるが、この殺し方自体をあまり人間には見られたくない。

 消滅させる手もあるが、山奥に放置して自然に還すのがせめてもの償い……とか考える僕は、やはり弱いのかなぁ」

 そう呟くと、百キロはありそうな亡骸をひょいと肩に載せると山の奥へ向かって普通に歩き出した。

 この男、地球人ではない、だが、今は特に目的を持って地球に居るわけでも無い。

 その後、男は街から姿を消し誰もその消息を知らない、将来、秀太とは間接的には大きく関係するが、直接再会するかはまだ不明だ。






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