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狡いダンジョンマスター、せめられる。

 うーん、わりと侵入者たちが粘るわね。あたしの四分の一の能力の分体が負けたわ。かつてないピンチね、これをピンチと呼ぶなら。

 敵のパーティーは十人くらい。三人ほどは大怪我してるのでもう行けないってことで置いていかれてる。撤退を考えるべきだけど、ダンジョンマスターに対してだいたいの配下は心酔してるからなかなか行進も止まらないようね。いい迷惑だわ。

 (ひが)んで攻めてくるような糞になんで従うのかしら?

 まああたしもたいがい酷いけどイリスたちはついてきてくれるのよね。やっぱり一ミリくらいはいいとこあるのかもね、相手のダンジョンマスターにも。


 でももしイリスたちが苦しい状態なのに引かなかったらあたしは怒るわよ? 死んだり怪我したりなんて、想像するだけでゾッとする。あたし痛いの嫌いなのよね。


 痛めつけたいわけではないけど撤退しないなら、どの道不幸になるわ。あんたたち本当にそれでいいのね?


 聞きに行こうか。クズの味方で良いのね? そうなら処分するわよ?

 ダンジョン内ならどこにでもあたしはテレポート、空間を跳躍して移動できる。ようやく一息ついた敵のパーティー前に出現する。

 カルさんが飛んできたの思い出すわね。あの時は自分より遥かに強い人が現れて驚いたわ。


「こんにちは、ドラゴンさん」


「何者だ……?!」


「こ、この気配!!」


「な、なんと言う化け物……!!」


「あんたら失礼だねえ!!」


 あたしはただのスライムだよ! あ、もうただのスライムは無理があるか。まあ攻めてきたんだから、ぶっ殺すわ。あれ? なんか質問するんだっけ。クズに従ってていいのかって。うん? 聞く意味ある? 無いわ。攻めてきたんだから殺すわ。


 魂が軋む。貴女は黙ってて。そこでまた、あたしの虐殺を見ていると良いわ。


 でもそうね、あたしは駄目だとは思っていない。幸せに生きれるはずの平和な国に生まれたのに、あたしは生まれた日から死を約束されていたわ。

 駄目なんて思っていない。他人から奪って幸福になりたい人が本当に幸せになっていい世界があると言うのなら。


 そんなものぶち壊してしまいなさい。


「魂が叫ぶから、貴方たちは滅ぶしかないみたい」


「な、何を」


「ダンジョンマスターはスライムだったんじゃないのか!?」


「スライムよ。とても悪いスライム。貴方たちは死にたえてスライムの餌になるのよ」


 魂と肉体がリンクする。そうね、殺して良いわよね。安心したわ。もうあたしは温くない。


 ちゃんと、モンスターよ。


「死ねええええええッッ!!」


「来るなあアアアアッ!!」


「殺せえええええっっ!!」


「来ないでええええええええッ!!」


「うるさいわね」


 攻めてくるのと逃げるのが半々くらいね。片端からストーンランスや鉄ナイフで貫いていく。反撃? いや、全然届かないけど。あたしの魔力が渦を巻いてるから物理攻撃も魔法攻撃も届かないわ。これあたし強くなりすぎじゃないの?

 触手を剣のように鋭く、鞭のようにしなやかに振るい、一匹ずつ脚も腕も落としていく。雑魚っぽいの一匹は残しておくわ。相手のダンジョンマスターに謝罪させないと。謝罪したところで殺すけど。死ねシネ死ね。


 しっかり恐怖な状況を作ったから放置。もう動けてもダンジョンを攻略はできないでしょ。体的にも心的にもね。

 一匹はテレポート実験で外に、相手のダンジョンまで送ってあげましょう。きっちりあたしの恐ろしさを伝えなさい。そうしなければまた、あたしが貴方を殺しに行くのよ? 当然でしょ?

 あたしたちは戦争しているんだから。謝罪しないなら皆殺しだわ。してももう手遅れかもしれないけどね。仲間たちが押し寄せてるから。


 まあいっか。


 テレポートで相手のダンジョンのあたしの魔力が届くところまで行く。うん? なにこれ。一番奥まで入れるわ。こんな弱い魔力でダンジョンマスター勤まるのね。あたしもカルさんに相当鍛えられていたんだわ。お礼言っとかないと。


 まあ奥まで行きたくもないし、気持ち悪いし、入り口で転がしておくことにするわ。


 それにしても、味方陣営ももうかなり深くまで突入してるじゃないの。いつの間に?

 スライムってダンジョンだと本当に強いのねぇ。冒険者のみんなも頑張ってくれたんだわ。


 もう夜だし、帰ってすき焼きでも食べましょうか。あ、バラバラ死体になってる敵はダンジョン前に積んでおこうかな。……まあ敵のダンジョンマスターも死体を確認する前に死にそうだけど。


 さっさとテレポートで一階の宿泊施設近くのレストランに入ってみんなに念話する。すき焼き食べよーって言ったら全員あっという間に集まったわ。


「すき焼きー。すき焼きー」


「カルさん何でも食べるわねぇ」


「すき焼き! 肉!」


「ケイシー、それまだ焼けてないわよ!」


 本当にこの人たちは食いしん坊ね。リゼさんと河童、直箸はやめなさい!

 なんかイリスは箸を握ったまま動かない。どうしたの? ひょっとしてすき焼き嫌い?


「アザレア、また無理した」


「え? そんなことないわよ?」


 何か今日無理したっけ? テレポート? あれは若干無理矢理だったけどもう慣れたから次からは失敗しないわよ? あたし失敗しないので!

 あれ、なんかイリスにめちゃ睨まれてるわ。いつもはラブラブなのに!


「私も怒るときは怒る」


「はえ?」


「アザレア、殺すの嫌い。仲間が死ぬのはもっと」


「あ、うん」


「無理した」


「……」


 そんなこと言うならあたしはスライムになってから無理しかしていない。殺すのも殺されるのも嫌い。それどころか大怪我した人を見るだけで辛くて魂は震えている。

 あたしは誰にも死んでほしくない。怪我さえしてほしくないわ。昔あたしの前で怪我した男の子を怒鳴り付けながら包帯を巻いた経験があるわ。

 痛いのは見るのも嫌なのよ。あたしはずっと痛かったもの。


 あたしは……あれ? なんかやっぱり忘れてるのね。記憶、消してもらったんだわ。なのに何故、あたしは思い出そうとするんだろう。そうだ。神様が失敗したとかじゃないわ。あたしが自分で思い出そうとする。思い出せてしまうのね。でも。


「あたしたちはモンスターなんだから、戦って相手を傷つけるのなんて当然でしょ?」


「アザレアは違う。アザレアが優しくなければ、誰もアザレアを聖女なんて呼ばない。でも今はみんな聖女と呼んでいる。それはアザレアが優しいから」


「……あたしは、ただのスライムだよ……」


「そうね、優しいスライムよ」


「今日だってたくさんの魔物をミンチにしたわよ?」


「無理してね」


「……そうだね」


 あたしは無理をしている。魔物である今の自分に納得しようとしている。でもイリスにでも分かるんだ。魔物のイリスにでも、あたしは間違って見えるんだろうね。

 いや、そういうことではないか。


 本当はあたしは殺したくないんだわ。さんざん虐殺しておいて言えることではないけれどね。そっか。そうなのかあたしの魂。


 でも、あたし自身もうその感性は捨てて魔物でいたいとも思ってる。それも事実なんだわ。だからあたしいちいち自分がモンスターなんだと言うのね。自分に言い聞かせてるんだ。


 馬鹿ね。言い聞かせなくてもあたしもうスライムじゃん。それで良いじゃん。


「アザレア」


「う、う、うえええ……」


 どうしてだろう。何故だろう。泣けないはずのスライムのあたしの目から、涙が、溢れ出したのは。


 あたしが人化したのは、未練とかじゃなく、本当は人間だと思い出したから。そうね、そうだったわ。


 あたしはこんなに酷く歪んでいても、人間よ。

 人間として生まれ変わりたかったわ。


 でもあたしはもうスライム。それでいい。異存はないわ。


 戦場で、あたしはこれからもスライムとして生きていく。






 次回、のんびりする。

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