戦場のスライム聖女。
最初からの作戦通りあたしたちは東のC拠点に向かっている。途中で逃亡兵がいたので殺した。何も痛まない。仲間も何故かあたしに引く様子が見られないね。あたしが殿だから見えにくいのかなあ。
なんであたし人化してるんだろ。身長は百二十センチくらい。服も何故か体の一部としてできてるけどゴスロリだ。白ゴス。全体的に白い。頭の上とか目はピンクだ。髪の先は白く、肩まで伸びてる。
白地にピンクとかカラーリングが儚すぎるね。なんでこんなスタイルなのかは分かんないな。あたしは馬鹿だから質問しちゃ駄目なんだろう。でも、頭のいい人だけが人を救わなきゃいけない道理は無いからね。
◇
人を助くのは己のみ。それが真理だ。
だからあたしはボッチだ。寂しい? あたしも寂しい。
あなたたちは私を助けられないのに助けさせろと言うのね。助からないのに何回も手術を受けろと言うのね。
あなたたちがあたしを助けられなかったからあたしはここにいる。あたしが助けられるほど自分で努力したかは分からないから、罪悪感を抱く意味は無いわ。あたしがあたしを助けられなかった。それだけよ。
あなたたちの勘違いを正せるほど、あたしには時間がない。
あたしにはあたしを助ける義務があったとあたしは思う。あたしが助からなかった理由など、明白なのだもの。
あたしは、弱すぎた。生きていくには、あたしが弱すぎたの。これは真理だわ。
……。
◇
どうしたんだろう。さっきから変な夢を見てる。でもひたすらに敵を殺して味方を守ってる。
作戦通りだ。あたしの作戦だ。
なのに、何故、何故、何故。あたしは迷ってるの?
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、悩む必要が無い。
あたしの理不尽な人生を終わらせたいと言うのなら、どうかかかってきて。
でも、誰かに理不尽を味わわせたいと言うのなら。
あたしがあなたを殺す。
そんなのはただの真理だわ。
迫り来る敵の追撃。あたしは普通に作業のように敵兵をストーンランスで貫いて殺す。
あたしは死ぬ気は無いので逃げながらだが、一兵卒も逃がさないわ。だってあなたはあたしを殺しに来てるもの。あなたから死になさい。
東へ、東へと逃げる。何から逃げてるのかは分からないわ。だってみんな死んでるもの。
何も分からず抗うのが愚かだと何故、分からないの?
勉強することの意味は歪められている。高い学歴のために学ぶんじゃない。生きるために学ぶ。
その程度のことも分からないの?
貴方は未来のために自分が滅びればいいと思う?
じゃあ、貴方の未来は貴方が否定した。なら貴方の生は貴方が否定したの。
大したことはないわ。貴方が世界の真実を知りたいと、そう思えば良いのよ。
あたしはそんなに馬鹿じゃないわ。
◇
敵から逃れると言うのは大変ね。いつまで土を掘れば良いのかしら。でも、敵兵はもう数騎。これ、蹴散らした方が良いよねえ。
一気に落とし穴&埋めで殺し尽くす。よっわ。アホなんじゃないの? 雑兵があたしに勝てるならとっくに戦況覆っとるわ。
ようやくあたしたちは目的のC拠点にたどり着いた。でも。
そこには絶望だけが存在した。
何があったのか、問うのは難しい。みんな転がってる。
砦の中まで簡単に入れた。砦の中では誰も彼もが死にかけている。
『グレートエリアヒール!』
あたしはつい自分に使える中では最上級の回復魔法を使った。もちろん魔力次第で壁は破れる。それはこの世界の魔法の美点だ。
しかし、その効果は自分が思わないほどに絶大だったのだ。
この程度の魔法いくらでも使えるのに。
あっという間に集まった負傷した人々。グレートエリアヒール。ただそれの繰り返しだった。
あたしは人間なのかな?
人間をやめたのかな?
なら、あたしはなんなのかな?
でも。今、あたし、生きてる。
ひたすらに癒した。癒した。癒した。これがあたしの役割なのだ。あたしはヒーラーなのだから。
そのうちにE砦突破とかD砦突破とかのニュースが聞こえてくるけれど。
あたしは、癒した。癒した。癒した。癒した。癒した。癒した。癒した。癒した。癒した。
そのうち、このC砦も撃破されたらしい。そして、あたしの前に一人の死者が連れてこられた。
アルト=カーツ、そのレッサーデーモンの少年はほぼ完全に死んでいた。
でも、地球で死者が蘇生しなかった?
地球でも死者は蘇生したんだよ。脳死も心臓死も蘇生したケースはある。科学でできることが魔法でできないなんてのはただのコンプレックスだ。でも、魔法は前世になかったのも現実。
私ね、自分が死ぬのは何ともないのに、他の誰かに死なれるのは嫌なの。偽善? 貴方は何を言ってるの? つまりあたしは偽りだと言ってるのよ? この子に死ねと言ってるのよ?
あたしは今、ここで、この人を生き返らせたい。
直接触手を胸に撃ち込んで、あたしは心臓をマッサージしつつ回復魔法、エクストラヒールをかけ続ける。
回りの声が聞こえないな。でも、この人はこうしないと生き返らないのよ。
人化した手のひらの下から触手を入れて、直接心臓をマッサージしつつエクストラヒールをかけ続ける。
生きて、生きて!
偽善だと言うのなら、彼を殺せと言うのね? 貴方は偽善ですらないただの悪人だわ。
生き返らせる。
心臓も脳も蘇らせる。この世界では、それができるのよ。
結果としては彼は蘇り、あたしたちの軍は士気を得て、あっさり戦争に勝利した。
ねえ、あたしは、悪なんだろうか?
貴方は偽善と呼ぶのよね?
ならあたしは言わせてもらう、この、悪人め。
頭の中に声が響く。
あたしに唱えよと言う。
「リザレクション」
その瞬間、全てが変わる。少年の止まっていた時は、緩やかに動き始めた。蘇ったのだ。
「ま、まさか」
「アザレア、本当にすごい」
「聖女様……」
ん、三人も無事だったのね。なんか虐殺やらかした辺りから記憶が無いわ。逆に変な記憶が蘇ってしまった。
赤ノート先生に聞くと、どうも記憶と言うのは魂に刻まれているので頭からは消せるが魂からは消せないらしい。だから消されたあたしの記憶の一部が蘇ってしまったのね。
「みんな、怪我した人どんどん連れてきて」
「はい!」
「任せて」
「行ってきます!」
三人が走り出した。あたしは他の兵士たちが連れてくる怪我人をどんどん癒していく。
何故か回りの人があたしを聖女と呼んでいるけどブレイズさん辺りが聞いたら笑いそうだ。盛大に吹き出すと思う。
あたしが来たことで、C砦はあっさり落ちた。その後はブレイズさんたちが士気の上がった騎士団と合流、予定通りA拠点まで落とした。
何故かこの戦いを聖女戦争とか呼ぶ人がいたが、あたしは充分な物資を得たのでダンジョンに引きこもることに決めた。
◇
で、何故かあたしはギルドに来ている。ギルドに魔物素材を売りにいったケイシーがあたしが呼ばれていると伝えてきたのだ。
うーん、ボッチクイーンとは言うけど、さすがに外と全くコミュニケーション取らないのは間違ってる気がするわ。たまにはみんなにギルドに行ってもらおう。
あたしは余力があったのにA拠点に行かなかったんだから別に放置しても良いのよ?
「さすがにな、お前の活躍は……目に余る」
「それ言葉のチョイスおかしくないですかねえ!?」
「おかしいのはお前だ。あれだけ大虐殺やらかしてなんで聖女とか呼ばれてるんだ」
「あたしスライムだよ?! プルンプルンしないと分からないかなあ?!」
「それだ。なんで人化してるんだ?」
「あたしも分かんないのよ。球体に戻ろうと思えば戻れるんだけど」
「まあ可愛いとは思うが、スライムだからなぁ」
「そうなんだよね。スライムだから人化しても」
意味が無いはずなのに、そう言えばあたし人間になりたかったんだわ。スライムって不便だもの。
あれ、なんか忘れてる。赤ノート先生。
『貴女は前世、人間でした』
「あれ、そうだっけ……」
なんでそんなこと忘れてるんだろ? 記憶がごちゃごちゃだ。
でも、今のあたしは悪いスライムだよ。これからも戦場を駆け回るよ。
「どうした?」
「いや、ごめん、それでなんだっけ?」
「お前をSランクに認定する。二つ名は、」
戦場のスライム聖女。なんだそれ。
ここまでが伏線。一段落つきました。
途中に前世の記憶が出てきてます。これだけでアザレアの前世に何があったのか推測できた人もいるでしょうか。……分かっても内緒ですよ?




