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7:王都

「そうだ王都、行こう」


「な、急にどうしたのだ。もしかしてまだあの女に飲まされた薬が……」


「いや、そうじゃなくて……」


 決してふざけて言ったわけではない。王都に行けば大体のものはあるからだ。武器も物資も情報も人脈も何もかもが地方のそれとは比べ物にならない。トゥラティエも小さな街ではないが決して大きい部類ではない。

 

 今はとにかく情報が欲しい。首輪についてもそうだし、しばらく王都を離れていた間に何が起きているかも知っておきたい。前線基地からの調査が本格化したならヒルミアが屠ったブラックワイバーンの死骸が発見されている可能性が高い。あれ程の魔物が首を斬られていたとなれば騎士団も黙っていないだろう。あまりのことで驚いていたとはいろくに後始末ができなかったことが今になって悔やまれる。


 たしかに危険なこともあるだろうが、しばらく前線基地が注目されるはずなので、むしろ今がいい機会だとも言える。そうしてあらゆる状況を考慮した結果、やはり王都に行くのがいいだろうという考えに至った。ヒルミアも理解してくれたので、さっそく準備に取り掛かることにした。王都まではトゥラティエから徒歩で数日といったところ。乗合馬車という選択肢もあるが、同乗者の目にあまりヒルミアを晒したくないという思いから使うのはやめた。


 翌朝、魔女の館へ挨拶に行くと、お守り代わりにといくつかの薬を渡された。何も言ってないはずなのだが、此処を発つことを察していたのだろう。王都へ行くのは悪くないが気を付けるように、と言われた。なんだかんだ言って面倒見のいい師匠である。その後少しばかり話をした後で館を後にした。


 そうして昼頃にはトゥラティエの街を発った。ここから王都まではほぼ一本道なので気は楽だ。平原までの道は余り整備されていないが、そこを越えれば十分に広いしっかりした道があるので楽に行けるだろう。


 

 平原を抜けて、川を越えて、まっすぐ整えられた道をゆく。その次に小さな山をひとつ越える。そうして五日が経ったころ、王都が眼下に広がった。

 王都ヴィサルニア。それは王国に住む者だけに限らず多くの人にとって一度は訪れたい憧れの地だ。


 王都へ続く道は必ずこの高台を通るようになっていて、王都を訪れる者にその威容を見せつける場所となっている。山々に囲まれた盆地の中央に座する王都はやはりそこらの都市とは規模が違う。初めて目の当たりにする者は大抵腰を抜かすとのことだが、ヴィサルニアは世界の半分とはよく言ったものだと思う。


 王都を囲む白亜の城壁は、難攻不落という言葉をそのまま形にしたかのようで、中に住む人々をその堅牢さでもって包み込んでいる。しかしそれは決して厳ついものではなく、どこか上品さすら感じさせる。

 その中心に聳え立つ美しい王城に、それを取り囲むように並ぶ豪華絢爛な建物たち。そしてそれらに集う大小さまざまな家々。中央に鎮座する城から放たれる芳醇な繁栄の輝きは、王都の隅々にまで行き渡りその姿をあまねく照らし出す。


 まさに今、この都市は隆盛を極めんとしているのだ。

 その黄金色に煌めくヴィサルニアの栄華の香りは、この高台にまで漂ってきている。多くの人々がこの高台から王都を見下ろしたままじっとして動かない。皆がその芳香に酔いしれていたのだ。


 この高台から王都に向かって緩やかな坂を下るあいだじゅう横には王都が見える。自分は王都を拠点に構えているので驚きはないが、ヒルミアは、人間の国の中心がこんなに発展しているのか、と驚きを隠せていなかった。





 坂を下り終えると王都の門に着く。ここは王都の南に位置している門なので、南門とだけ呼ばれている。王都を訪れる人のほとんどはここを通るので、この南門が最も大きい。見上げる程の大きさのこの門は日の出ている間は開かれており、その大きさを外に見せびらかしているかのようだ。


「これは…なんというか、その、大きな扉だな。私がいた里にはこの扉より大きな建物だって無いぞ」


「大きければ良いってものでもないんだがなぁ」


 とは言ったものの、ヒルミアの様子を見るにこの大きな扉はやはり一定の効果があるのだろう。しかし南門は大きさの割に装飾は少ない。華美な装飾の施された門も別にあるが、それは貴人や祭事の為に使うものでこれほど大きくはない。


 ヒルミアについて衛兵にどう説明したものかと思ったが、二等冒険者という肩書はここでも活躍した。自分もヒルミアも拍子抜けするほどあっさりと何も聞かれることなく、王都へ入ることを許された。まあ王都の衛兵なのだし、二等冒険者の顔や名前ぐらい把握しているという線もあるが。





 王都の中に入ると、あの高台にまで届いた金色の香気はそれはもう咽せ返りそうなほどで、人々の往来や活気こそが都市の力なのだ、と思わずにはいられない。


 ヒルミアも、トゥラティエの街に入ったときは人間の街の臭いがどうだの言っていたのに、今は圧倒されてそれどころではないらしい。

 ふと周りを見ると、ヒルミアへの視線を多く感じた。トゥラティエのときと同じく、顔の下半分を隠すようにしているがそれでも目を引くようだ。早めに目抜き通りを抜けて宿へ行くべきだろう。


「そろそろ行こうか」


「す、すまない。思わず呆けていた」


 人混みに慣れていないヒルミアが巻き込まれないよう手を握る。はしたないことをしているような気分になったが、これは仕方ないことだと自分に言い聞かせた。そうでもしないと、本当にヒルミアがどこかへ消えていきそうな気がしたのだから。





 王都を拠点にする冒険者、と一言で言ってもその暮らし方は人によって異なる。稼いだ金で家を買いそこに住む者もいれば、一つの宿に泊まり続けたり、宿を転々とする者もいたりと様々だ。自分のような二等冒険者ともなれば、なかなかの稼ぎではあるが、そのほとんどは自分の冒険に使いたかったので、二等に上がってすぐに王都の中心に近いところに倉庫兼自宅の建物を買った。各地で手に入れた出土品やら貴重な資料や文献などをため込んで置くためだ。


 高い買い物だったが、その大半は土地代に消えた。というのも王都の中心部の方が警備も行き届いてて治安が良いと一等地にほど近い場所にしたからだ。王都の城壁の外に建物を建てるのは許されないが、王都での情報収集もしたいし出土品や資料も守りたい自分にとってはこれしかなかった。


 その後、王城の傍らにある王立考古館にいくつかの貴重な出土品を献上したこともあって、館長の覚えめでたく、王立考古館だけでなく王立図書館など他の施設にも入ることを許された。そうして王都を拠点としてしばらく経ってから、ヒルミアに出会うこととなったセパル地区に向かったのだ。


 それはともかく、その倉庫のような自宅にヒルミアを連れ込むのは少し憚られた。色々なものでごった返していたし、よく臭いを気にするヒルミアにとってあまり良い場所とも思えなかったからだ。片付けるまでの間は宿にとろうと、行きつけの酒場の店主がやっている宿を選んだ。


 その宿は、目抜き通りを抜けて路地に入ってしばらく進んだ先にある。宿と言っても、一階の酒場が主で二階の宿は部屋も二、三部屋ほどしかなかったはずだ。酒場としてはなかなかだが、宿としては色々微妙なのできっと宿泊してる人は少ないだろう。


 中に入ると、酒場の主人が机や椅子を布で拭いて掃除していた。夕方に来る客に備えてのことだろう。彼は自分に気付くと掃除をやめてこっちに向かってきた。


「おう、ネッドじゃねぇか久しぶり……って横のエルフの姐ちゃんはなんだ?しかも首輪って……」


「これには色々あってだな…。とにかく上の部屋は空いてるか?」


「あ、あぁ空いてるが。……後で詳しく聞かせてもらうぜ」


 荷物を整理した後に下の酒場に降りても、まだ客はいなかった。だが、もう少ししたら酒飲み達でごった返すだろう。酒場の主人は階段を下りてきた自分の姿を見つけると、待ってましたと言わんばかりに酒と簡単な肴を用意して、隣に座るよう促してきた。


 酒場の主人、もとい「聞きたがりのクレオス」の追及は厄介だった。その二つ名の通り、色々なことを聞きたがる。一夜限りの酒場でならまだしも、宿に泊まろうとする人にとっては少し面倒だ。それゆえ泊まりに来る人が少ないのだ。まあ自分にとっては慣れっこなので適当にいなしつつ、成り行きで引き取っただけで他意はない、といった立場を貫き通した。酒と料理は美味いのだがもったいない奴だ。ヒルミアを連れてこようものならもっと厄介だっただろうし、部屋にいてもらってよかったと思う。


 ひとしきり話した後、客が入りだしたので今話したことは他言無用だとクレオスに釘を刺し、その場を後にした。クレオスは聞きたがりだが、話したがりではないので大丈夫だろう。


 上の部屋に戻る、と二つあるベッドの内の窓側の方にヒルミアは横になっていた。


「主人よ、そろそろ灯りを消すか?」


「あぁ、そうだな。でもその前に話しておきたいことがある」


そう言うと、ヒルミアは起き上がってベッドに腰掛けるように座った。互いの視線が交わる中その眼差しは真剣そのもので、部屋の淡い灯りに照らされた彼女の瞳を見つめるのは、少し気恥ずかしいものがあった。


イスファハーンは世界の半分っていう表現が好きすぎた結果です

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