6:魔女の館
冒険者組合を出た二人は、今後の予定について話し合うべく、宿屋を探すことにした。前にトゥラティエに寄った時に使った宿を訪ねると、前と同じくやつれた老婆が待ち構えていたので、すんなりと話が通った。
もう少しランクの高い宿に行きたかったが、そういう宿は大抵部屋の数が多いので、他の宿泊客にの目にヒルミアが晒されかねないと思い諦めた。
奴隷の部屋も用意してくれとそれとなく言ってみると、空きがないと断られてしまった。本当は奴隷に一室を与えるのが嫌だったのだろう。
奴隷なんぞの部屋に使用人かのように掃除に入るのは嫌だ、と言う人がいるのは何もおかしくないし、仕方がない。世間での奴隷とはそんな扱いであり、トゥラティエという街が、もしくはこの老婆が特別不親切だという話ではない。むしろ遠回しではあるが、奴隷に部屋を用意したいと言った自分の方が変わり者扱いされるだろう。
自分自身も彼女と会うまでは奴隷のことを気にかけた事もなかったし、そういうものだと思っていた。しかし今となっては、彼女がこういう扱いを受ける度にいら立ちがほのかに生じるようになってしまった。
「ではごゆっくり」と言った老婆に少しぞんざいな言葉を返してしまったのも、その心の変化のせいに違いない。
部屋は値段相応のよくある宿屋の一室といった感じで、一台のベッドと一卓の机に二脚の椅子が備え付けられている。部屋の隅には薄い敷物が敷いてあってこれは奴隷用の寝床だろう。
「俺はいいからベッド使ってくれ」
「いや、いい。私はあの敷物で十分だ。牢屋に吊るされていたころに比べれば何のことはない」
「いや、でも……」
「主人が何を言う。それに私がベッドで寝ているのを宿屋の人間に知られたらどうする。主人にあてがわれたベッドを奴隷が使うなど許されないのではないか?」
「う……分かった。でも『なにか不都合があったら言ってくれ』……あっ」
「ぐっ、だから無いと!……卑怯なっ……」
「わ、悪い、わざとじゃないんだ。ホントに」
時々普段のふとした頼み事までも勝手に命令として首輪が処理してしまうのは流石に面倒だ。発動しなかったりもするので理由は分からない。思い返せば「ベッドを使ってくれ」と言った時には何もなかった。
経験上、真剣なときは大体命令として受理されるのだが、このままでは埒が明かない。言葉遣いには気を付けているが気が抜けてしまうとすぐこれだ。
「……やっぱり今日の内に魔道具の扱いに詳しい人のいるとこへ行こう」
「そうだな。そうしてくれるとありがたい。しかし、当てがあるのか?」
「あぁ、だからあの時近くの街の中からトゥラティエを選んだんだ。出来ることなら行きたくなかったんだが仕方ない。昼食を済ませたら行こう」
トゥラティエの街の東の端に一軒の建物がある。
木造二階建ての一軒家で、大きいとも小さいとも言えない。四方の壁全てが蔦でびっしりと覆われていて、はた目には空き家か廃屋にしか見えないのだが、入り口の扉には営業中と書かれた木札がかけられている。また煙突からは時折紫色の煙が流れ出すので、気味悪がって近くの住民は近づかない。壁を覆う蔦が動いてるのを見たという住人もいる始末だ。
そんな建物の前に二人がいる。
「ここか」
「あぁ。いかにも、って感じだろう」
「そうだな。怪しいことこの上ない」
「気を付けてくれ。中にいるのは……」
その時古びた木の扉はおもむろに開きだした。客が来たのを館が理解しているかのように。扉の奥からは鼻を突くような香草の臭いが漂う。
「臭いな……。中にいるのはいったい誰なんだ」
「……正真正銘、本物の”魔女”だ」
薄暗い中に足を踏み入れると、匂いが余計にきつくなった。たちまち鼻がむず痒くなっていく。常人ならくしゃみや咳が止まらなくなってしまうほどに。だがそれは少し懐かしい香りでもあった。
ふと目を移せば、見上げるほどの高さの棚が、二人を挟み込むように通路の奥まで両側にそびえたっている。棚には年季の入った書物や、瓶詰にされた動物の目玉や、毒々しい外見をした草花の標本など、ありとあらゆる怪しいモノが所狭しと並べられている。そんな通路の突き当りには古びた勘定台がある。一人の女がその上に腰を掛けていた。
その女の長い髪は闇に染め上げられたかのように黒く、それでいて高貴な紫をはらんでいた。魔獣の毛皮で仕立てられた特製のローブは胸元が少しはだけていて目のやり場に困る。彼女がそういう年齢ではないことを知っている自分でも、未だに惑わされ兼ねない。それほどの色香と美貌。
互いの目線が交わされ、久々の再会にはどういった挨拶がいいかと少し迷った時、先に彼女のその艶のある唇が開かれた。
「あらぁ、ネッドじゃない。最近顔を見せないと思ったらエルフの奴隷を連れてるなんて。あなたも隅に置けないわね。」
「お久しぶりです。今日は頼みがあって……」
「……ふぅん。それがあなたの”出土品”ってわけ?」
「いえ、その……」
「頼みごとをする時くらい師匠って呼んでくれてもいいのよ?それとも昔みたいに無理やり言わせて欲しいの?”お師匠様ぁ”って」
「し、師匠、そうではなくて……」
「分かってるわよ。そのエルフの首に嵌まってる首輪のことでしょう?どす黒い魔力が宿っているわ。何が聞きたいの?」
それからヒルミアとの出会いとその首に嵌められた首輪についてひとしきり説明した。そのあとでヒルミアも自分の過去や今までのいきさつについて語り、尋ねた。首輪の扱い方や外し方について何でもいいから教えてほしいと。
特にヒルミアの出自については何が琴線に触れたのか魔女の方が質問をすることも幾度かあった。三百年以上前のエルフの里の情報など何処にも流れていないであろうから興味を引いたのだろうと納得しておく。
魔女はどこからか取り出したやたら長い煙管をふかし煙を吐いた後、ヒルミアの瞳をじっと見つめる。
「で、ヒルミアちゃんはどうしたいの?囚われて辱められて挙句の果てに死ぬまで他人の命令に逆らえない体にされた今、あなたがどうしたいかが大事なのよ」
「し、師匠っ!それ以上は!」
「あなたは黙ってなさい。これは彼女の問題なのよ。…で、答えはある?」
魔女の言葉に顔を伏せていたヒルミアは、顔を上げ確かな目付きで魔女を見返し口を開く。
「……今はない。だが主人と、ネッド・スぺイアという男と共にいれば何かが掴める気がしている。私の勘に過ぎないがそれは確かだ」
魔女は少し驚いて瞳を見開いたが、すぐに目を細めてかすかではあるが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「まぁ……思った以上にうちの弟子は気に入られてるみたいね。いいわ。予測の域を出ないけど少し教えてあげる」
魔女曰く、その首輪は体の深い所に結び付いており外そうとすれば装着者も命を落としかねないらしい。また。命令が認識されるには微弱な魔力を主人が込める必要があり、主人である自分の感情の起伏で魔力が乱れた時に意図せずとも命令が受諾されてしまった可能性が高いとのことだった。また「命令」のほかに「許可」をすることも出来るという。
いずれにしろヒルミアのようなでたらめに強いエルフでさえ無理やり服従させてしまう首輪だ。魔道具の中でも相当に強力な部類で宝具であることは間違いないとのことだった。
「師匠、ありがとうございました。では……」
「何言ってるのよ。お代をもらってないわ。今日から数日私の実験台になってもらうわよ。いくつか新しい薬が出来たのに試す相手がいなかったから丁度良かったわ」
「そ、それはまたの機会に……」
「今じゃないとだめ。これとこれ今から飲んで明日にまたここに来てね」
矢継ぎ早に怪しげな丸薬や鮮やかな色を放つ液体の詰まった小瓶が並べられていく。自分の顔から血の気が引いていくのを目の当たりにしたであろうヒルミアも自責の念に駆られてしまったようだ。
「済まない、私のせいで主人を……」
「あら、ヒルミアちゃんは気にしなくていいのよ?前にも似たようなことやってもらってたし、この子は体も頑丈だから。ねぇ、ご主人サマ?」
「ハイ」
魔女の館を後にして宿へ帰る道すがら、二人は互いのことを色々聞き合っていた。
「しかし主人の師匠というのは何者だ。およそ人とは思えない気配だったぞ。単なる強者の気配とはまた違う何かを感じた」
「魔女だからな。魔法使いとは違う。理の外にいる類いだ。だけどそんな師匠でも首輪の力は予測しか出来なかった……」
「この首輪もまた理の外にあるということか」
「あぁ……」
確かに有益な情報は得られた。でも何も解決していない。それどころかどうしようもないことが明らかになっただけではないか。一体どうすれば……
「主人よ。そう、焦らないでほしい」
「え…」
「焦りが顔に出ているぞ。……確かにこの首輪は憎たらしい。これを嵌められてから私はありとあらゆるものを奪われた。だが、今は主人のおかげで陽の光の下を歩けている。この首輪を外そうとしてくれるだけで十分嬉しいんだ。だからどうか、そんなに思い詰めないでくれ」
「……そうだな。ありがとう」
自分の顔に落ち着きが戻ったからだろうかヒルミアは話題を変えた。
「───それにしても師匠相手にあたふたしている主人は見てて面白かったな」
「その話はやめてくれ……。だから行きたくなかったんだ」
ようやく宿に着いた頃には、もう日は暮れようとしていた。
受付で夕食を持ってくるよう頼んでから部屋に入ったが、とうとう飲まされた薬が胃の中で暴れ始めたのでヒルミアに二人分食べてもらう羽目になってしまった。
そうして数日の間、胃が裏返りそうになるほどに不味い薬をいくつも飲まされることとなり、解放されたころにはやつれて食事も喉を通らなかった。
色々試行錯誤している段階なので視点が安定しなかったりして読みづらいかもしれません。
何かあれば感想の方にお願いします。
(全然アクションシーンがない……)