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5:老人

 前線基地。


 それはセパル地区周辺の、統治者不在の空白地帯を観測するために作られた砦だ。将来的には、軍事拠点になる予定らしいが、現在はセパル地区の観測や小規模の偵察をする程度にとどまっている。


 最近、王都から前線基地に最新の観測設備が導入されたと耳に挟んだが、まさかこんなにすぐ発見があるとは思ってもみなかった。王都の考古学者連中が、王国の評議会の連中から相当な金額の予算を取り付けた、という話もあながち間違いではないのかもしれない。



「すまない、目的地があるのでセパル地区には行けない。王都の考古学者の方には申し訳ないと伝えてくれ。またの機会があれば引き受ける」


「そうでしたか。かしこまりました。ではこの依頼は保留とさせていただくと私の方でお伝えしときますね」


 受付嬢が依頼を取り下げるのではなく、保留という形にしたのには若干納得がいかなかったが、こちらが強く出れる立場というわけでもないので、ここは素直に引き下がる。


「ああ、頼む」


そう残してその場を後にし、その日の宿へと向かった。




 

 仰々しいほどに厳つい、その石造りの建物は城と呼ぶには少々無骨で、やはり砦という言葉がしっくりくる外観だった。特に固有の名前が付けられることもなく、ただ前線基地とだけ呼ばれるそこは、今まさに学術的にも軍事的にも重要な拠点になりつつあった。


 砦の一角には塔があり、ここに運び込まれた観測装置は魔法の補助を借り、従来のレンズを用いた望遠鏡とは比べ物にならないほど正確に、かつ広範囲を観測できる優れものだ。そしてそのようなものを扱える人物というのもまた並大抵の者ではない。


 その頭にかぶる細長い帽子は、中ほどで折れ曲がっており、その折れた先っぽはその者の首にまで垂れ下がっている。身に纏うローブに目を移せば、これまた撚れていて、この者が身だしなみというものにさほど興味がないであろうことを窺わせるには充分だ。白く長い顎髭の途中をひもで括り、積み重ねた年月がそのまま刻まれたかのような皴の多い顔に、茶色の瞳が嵌め込まれている。


 その老人は、老いなど感じさせぬ確かな足取りで塔の階段を昇ってゆく。しかしいくらこの老人が並外れた体力を有しているとはいえ、この塔の上まで登るのは少し時間がかかる。その間、老人は終始愚痴をこぼしていた。


「まったく、評議会の連中を言いくるめるのに苦労したというのに今度は軍の奴らか。セパルの学術的価値も理解せず、見るもの触れるもの片っ端から壊していきおる。仕方なしに調査依頼をした冒険者は依頼を拒否ときた。使えん愚図どもめ」


 愚痴というにはやけに長く、何かを説明しているかのような独り言が終わる頃、老人は塔の最上階の観測室に着いた。

 長い階段を上り終えたというのに、息切れひとつしないこの老人が観測室に入ると、中にはすでに何人かの研究員が詰めており、皆一様に立ち上がり彼に礼をした。


「おはようございます、マスマコイ老。今ちょうど望遠鏡に魔力を充填し終えたところです」


 初めに口を開いたのは中肉中背の男だった。彼はこの観測所に詰める研究員を取り仕切る立場であり、老人との付き合いも部屋の中にいる者の中では最も長い。男の報告に満足した老人の顔からは、先ほどとは打って変わって笑みがこぼれ出す。



「うむ。ここから先は私が望遠鏡を調節せねばなるまい。分かっているとは思うが、今日は先日発見した牢獄遺跡を魔力を照射して観測する。前回は鮮明な視界の確保に魔力を割いたが、今回は遺跡の魔力残滓や残された魔道具などがないかを調べる。各自心してかかるように」


「はい。それではさっそくとりかかりますのでマスマコイ老はこちらにお座りください」


「分かった。……では始める」


 老人は用意された椅子に座ると、目を閉じ左手を上に高く掲げた。すると望遠鏡が淡く光り、一筋の光が発せられた。狙いは牢獄遺跡であり、他の研究員たちもまたそれぞれの観測装置で望遠鏡から発せられた光が正確に対象をとらえているかどうかを確認している。


「対象に正確に照射できております。徐々に圧力を開放してください」


老人は目を閉じたまま頷くと、高く掲げた左手を下ろし集中を高めていく。すると先ほどの光の筋が少しづつ太くなり、牢獄全体が魔力で照らし出された。


「おお、かすかだが魔力の残滓を感じるぞ……。人のものではないし魔道具でもないだろう。それに古き魔力でありながら新しさがある。もしや古の魔力を持つ者がつい最近まで中にいたのか……?」


「しかしながらマスマコイ老。古の魔道具が役目を終えて壊れたのかもしれません」


「むぅ……予測の域を出んな。……もう少し観測領域を広げる。微弱な魔力は観測できんが、なにか大きな異変があれば分かるはずだ……。お前たちは視覚での観測を続けよ」


そうして老人が再び手を掲げようとした時だった。


「マスマコイ老!」


「どうした。何が見えたのだ」


「ブラックワイバーンの死骸です!それも胴と首が離れております」


「何っ。ブラックワイバーンの首が狩られたということか!……魔力照射は中止じゃ。こちらも視覚での観測に切り替える!」


 魔物の死骸は魔力を放たないために魔力観測では発見できない。だからこそ視覚での観測に変えようという判断だった。



「しかし、もう魔力が残っておりませんっ!マスマコイ老も限界のはずです!」


「ぬぅ……仕方あるまい。今日の調査は打ち切りじゃ。また後日観測を行うが至急王都に遣いを出せ。セパルの地にブラックワイバーンを狩る者ありと伝えよ!」




 この世界において、老人であるということは、それだけで生きながらえるに足る何かを持ち合わせている、ということを意味する。引き際を知るということこそが彼を助け、今の地位に導いたのである。


 彼の名はダーズロー・マスマコイ。類稀な才を持つ魔法使いでありながら、その力のほとんどを古に紡がれた歴史の探求に注ぎ込む、名高い考古学者でもあった。



 前線基地から、黒き飛竜の首を斬り飛ばすものがいるという知らせが王都の評議会の下にもたらされると、ただちに軍の派遣が決定された。

 老いた考古学者の悩みの種が増えるのはもう少し先の話である。




 

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