2:衝撃
「……そこのニンゲンよ。……私を助けてくれないか?」
監獄が廃墟となっても囚われ続けていた女エルフは自分に助けを求めてきた。状況から判断するにこのエルフは少なくともケルシュ統制国がこの地を放棄した200年前からここにいることになる。その間どうやって生き延びたのかは分からないが現に目の前でこうして助けを求めている。
しかし、ここにいるということは罪人だ。助けた瞬間に身ぐるみを剥がれることだってあるかもしれない。ましてやこんな拷問室のような牢屋にいる囚人がただの罪人のはずがない。どうしていいものかと考えあぐねているとじれったく思ったのかエルフはこっちをじっと見つめながらまた口を開く。
「頼む。『鎖を引きちぎってここから出ろ』と命令してくれるだけでいい。そうすれば私はここから出られる。その後は私を好きなようにしてくれて構わない。だからお願いだ。もうすぐしたら私の魔力が尽きて死んでしまう。こんな機会は二度とないんだ」
引っ掛かる言い方だ。出ろと命令するだけで出られる状況ならなぜ自ら鎖を断たないのか。
「命令するだけでいいのか?」
「ああ。私に嵌められたこの首輪は装着者の自主的な行動を制限するもの。今の私は他者の命令なくしては何もできない」
見た感じ悪い奴には見えない。それにもしこのエルフを助ければかつてこのセパル地区に囚われていたというエルフの英雄ヒルミアについて何か教えてくれるかもしれない。エルフの知識をその一端でも得る機会は例え冒険者といえどもそうあるものではない。
「じゃあ助けたら俺の質問にも答えてくれるか?」
「もちろんだ。私にそれを拒否する権利はない」
「分かった。あんたを信用する。『鎖を引きちぎってここから出ろ』」
その瞬間自分の中の魔力がほんの少し失われた気がした。言葉に魔力が乗ったとでも言うのだろうか。そしてエルフの首輪が赤色に光りだす。
そして瞳に生気が宿ったエルフはいとも簡単に鎖を引きちぎってしまった。
「ありがとう。感謝するニンゲン……いや私の主人よ」
「──────主人?」
★
とりあえず監獄の外に出ようとしたがエルフは牢屋の外で立ち止まったままだ。『ついてこい』と命令するとようやく歩き出した。しかし裸のまま歩き回らせるのは目のやりどころに困るし不憫なので手持ちのありあわせの布と服をあげて着てもらった。
そのまま監獄の近くに作ったキャンプまで戻りこのエルフに詳しく話を聞くことにした。おそらく長い間何も食べずに己の魔力をすり減らしながら命をつないできたのだろう。なのでシチューを作り焚火を囲みながら話をしようと考えた。しかし立ったまま座ろうとしないので『座ってくれ』と命令するとようやく腰を下ろした。
「めんどくさいな……。『自由にしていいぞ』」
「良いのかそんな命令をして」
自由にしていいと言った途端しゃべりだした。もし首輪のせいで自由に喋れないのなら何故あの時喋れたのか……あ、いるなら答えてくれって言ったからか。
「いちいち命令するのも面倒なんだ。というより聞かせてくれ。なんであんたは俺のことを主人と呼ぶ?」
「あぁ、それは……」
その後首輪について色々聞いた。分かったことは5つ
・隷従の首輪という宝具であり外すことは容易ではない
・命令の有効期間も指定できるが指定しなかった場合は自動で無効になる
・最初に命令した者が装着者の主人となるがその主人が死んだ場合、次に命令した者が新たな主人になる
・主人は装着者のあらゆる耐性や特性を無視してダメージを与えることが可能
・首輪の装着者は主人を傷つけることは出来ない
宝具というだけあってなかなかにえげつない首輪だ。さっきの命令でこれからしばらくは普通に話せると思うのでもう少し色々聞いてみようとも思った。こっちに話しかけることも出来るだろう。
ふと彼女の方を見ると美味そうにシチューにがっついていた。鍋もすっからからかんになっている。ひとしきり食べた後、彼女の方から話しかけてきた。
「主人の名前は何というのだ?」
「俺の名前か?俺はネッド・スぺイア。普段は冒険者として各地の遺跡を調査しに回ってるんだ。じゃあ『あんたの名前も教え……
その時、地の底から震えるような咆哮が響いた。
空を見上げるとそこには翼を大きく広げ飛んでいる魔物がいた。あれほどの魔物に対して自分の魔力感知が働かなかったことが理解できない。
「なんだあれは……」
「あれはブラックワイバーンだ。最近ここらに住み着いたらしい。あの咆哮は牢屋の中からでも何度か聞いた事がある」
「強いのか?...」
「まあ小さな街ぐらいなら潰せるだろうな」
「なっ、あんたは怖くないのか」
「なにあの程度なら問題ない。さっきからずっと気配があったから気にはしていたが」
(なら先に教えてくれよ!……って今さらか。てか今問題ないって……)
「もしかしてあんたはあれを倒せるのか?」
「主人がそれを望むのなら」
「分かった。剣を貸す。『あのワイバーンを倒してくれ』!」
剣を渡すとエルフは慣れた手つきで剣を抜き構えた。あの牢屋に入れられる前は戦士だったのだろう。あれほどの魔物に動じない辺り相当の手練れかもしれない。
グルオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!
ブラックワイバーンが先程より大きな咆哮をあげながらこっちを目掛けて突っ込んでくる。二等冒険者になるまでもなった後もあんんな強大な魔物は見たことがない。足がすくんで動くことが出来ない。
「私を助けてくれた上に食事まで与えてくれた恩は働くことで返させてもらう。──────散れ」
その瞬間、速すぎて見えなかったがエルフは剣を振ったのだろう。ブラックワイバーンの首が飛んでいた。飛び散る血しぶきに向かってまた剣を振って被らないように吹き飛ばす。
「あ、あんな魔物を一撃って……」
(もしかして自分はとんでもないエルフを解放してしまったのでは……)
「多少鈍っていたがこんなものだな」
エルフは剣を鞘に納め、こちらの方に歩いてくる。内心このまま切り捨てられるんじゃないかと怯えていたがどうしようも出来ない。
「先ほど私に名を言えと命じようとしていたな。私の名はヒルミア。これでも昔は戦士をやっていた」
「・・・・・・・・・、えぇっっ???」