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1:出会い

 俺の名はネッド・スぺイア。

 職業は「二等冒険者」


 冒険者と言いながら、モンスター相手に戦ってばかりの奴がほとんどだが俺は違う。俺は本当にこの世界で冒険をしている。冒険者組合で二等級という上位まで上り詰めたのもあらゆる遺跡を巡るための身分証明が欲しかったからだ。



 16歳の時に冒険者組合に登録して、五等冒険者から8年で二等にまで昇格したのは異例らしい。それも遺跡探索の為。昔はモンスター討伐依頼の合間に時々こっそり遺跡探索に出かけたものだが、今となっては自由に行きたい遺跡に行けるようになった。当然それだけの危険が伴うし、等級を上げるため血の滲むような努力もしてきたわけだが。


 遺跡と言ってもダンジョンのようなものとは限らない。城跡や数百年前の建造物、100年以上前に難破した貨物船、アンデッドが闊歩する遺棄された墓地。

 そういった様々な遺跡を好奇心で調査し、報告書を書いては組合に送り付けている。最近では著名な考古学者からの調査依頼も増えだした。今の自分にとって冒険者とはまさに天職といえるだろう。



 最近では自分の研究テーマである「各地に伝わる歴史伝承」について研究している。かつてこの世界にいた偉大な旅行家セブルク・ダットゥーパが世界を旅して集めた歴史伝承をまとめ記した「世界見分録」を読んで自分はこの道を志した以上、その伝承について研究したくなるのは必然といえるものだった。


 今自分がいるここセパル地区もセブルクが集めた歴史伝承の一つ「英雄ヒルミア」に深い関わりを持っている。


 その伝承の概要はこうだ。



 かつてエアインと呼ばれた森にはエルフの国があり、その自然の豊かな恵みとエルフの戦士たちの強さゆえに繁栄していた。そしてその国にヒルミアという英雄が現れる。彼女はエルフの中でも極めて優れた容姿と武勇を併せ持つ存在だった。単独で国を襲ったドラゴンを退治し、他国との戦争でも活躍をしたといった武勇伝は枚挙にいとまがない。


 またエルフはその容姿ゆえに捕獲し奴隷にしようとするものも多く、そういった奴隷狩りを始末するのもエルフ戦士たちの仕事だった。ある時、例によって奴隷狩りを始末した時、隣国のケルシュ統制国から「エルフにより自国民が殺害された」として当該の奴隷狩りを殺害したエルフ戦士の身柄の引き渡しと賠償金を要求。エルフの国がそれを拒んだために両国間で戦争が勃発する。後にこれは統制国がエアインへの侵攻を正当化するための工作であったことが分かっている。


 この戦いにおいてヒルミアは文字通り一騎当千の武勲を立てたがエルフの国を統治する長老会の油断と統制国の強大な軍事力もありエルフの国は敗北。旧態依然とした長老会にエルフたちも反感を募らせヒルミアを王に掲げようとする運動も盛んになりつつあった為、ヒルミアのクーデターを恐れた長老会は捕虜になり奴隷に落とされるところであったエルフ戦士たちの解放と引き換えにヒルミアの身柄を引き渡すことを独断で決定。


 国に尽くしたエルフの英雄は国に裏切られ大罪人としてケルシュ統制国セパル地区にある監獄に収監された。また心の拠り所でもあった英雄を失ったエルフの国は衰退の一途をたどることになる。



 というのがセブルクの記述に基づいた本来の伝承の大筋で後世の作家がそこにヒルミアの婚約者との別れとか色々書き足して悲劇に作り上げてしまった。現在では今自分が活動の拠点にしている王都でも劇場で人気の戯曲の一つとなりヒルミアの名は悲劇の英雄として広く知れ渡っている。


 しかしセブルクが記したこの伝承には続きがある。


「ヒルミアの収監から約10年後、獣人の遊牧民族たちとケルシュ統制国の間で戦争が勃発し、獣人を所詮動物の類に過ぎないと侮っていたが為に予想外の猛攻を前に敗走を重ね監獄のあるセパル地区や占領したエルフの国の領土の一部を含む広大な地域を放棄することになった。エルフの長老会に続きケルシュ統制国もまた己の力を過信したが故に敗北したのである。しかし、戦乱の続いたセパル地区は荒れ果て魅力的な土地ではなくなったため獣人にも放棄され支配者のいない空白の地域となった。それゆえヒルミアの行方を知る者はいない」

                    


 そして現在でもセパル地区は支配者のいない空白地帯である。獣人族がここを去った後ここら一帯は三等冒険者でもてこずるような魔物の巣窟となってしまい統制国政府も再入植を諦めてしまったのである。

 そんな場所に自分が危険を冒してまで来ているのはその監獄の廃墟を調査するためだ。有名な伝承に出てくる場所なので多くの学者が来たがっているが魔物が多すぎて実地調査に赴けないでいる。

 また、冒険者を介した調査をするとそこに歴史的に価値があるものが存在していたとしても奪われたり見落とされたり破壊されたりするかもしれない。そのような理由からこの場所は世界見分録が世に出てから100年がたった今でも未だ手付かずのままなのだ。


「───だからこそ調査のし甲斐がある!」


 セパル地区に入ってから一週間になるがテンションは上がりっぱなしだ。当時の国民の住居跡や放棄された施設などが点在していてついつい寄り道をしてしまう。それでもようやく目的の監獄に近付いてきた。


 セブルクの記述をもとに製作した特製の地図を見ながら、林を抜けさらに背丈を上回る程の草の群生地を抜ける。迷わないように進むのも大変だ。


 すると目の前に黒く厳つい石造りのこじんまりとした城のような建物が現れた。その物々しい雰囲気は廃墟となってなお来るものを拒むような威容を保っている。


「……あれが監獄か?」


 石壁は苔むしていてところどころ崩れている。正門と思わしきところも崩れており誰でも入れるようになっている。もぬけの殻だ。風雨にさらされながらもあらゆる道具がそまま放置されているのでここにいた奴等はかなり急いでここから逃げ出したのであろう。


(でも……なんだ?魔力を感じる。魔物でも住み着いているのか?もしくは昔の魔道具があるかもしれないな)


 昔から魔力を感知することには自信があった。人より鋭敏なその感覚のおかげであらゆる修羅場を潜り抜け今がある。


(魔力の気配は地下からみたいだな。こっそり地下を覗いた後に問題がなければ地上を調査しよう)


正面の扉は朽ち果て奥の広間までよく見える。広間を抜けそのまま歩き回っていると両側に白骨だけが残された牢屋がいくつもある通路に入った。


「もしかして囚人は置いてけぼりだったのか?囚人とはいえ酷いもんだな」


 見れば囚人のものと思われる白骨の多くが鉄格子に手をかけていたり窓に手を伸ばしている。必死に出ようとしても出る事が出来ないまま衰弱して死んだのだろう。牢屋の中は風雨に晒されないからか骨が比較的綺麗に残っている。

 通路の突き当りに着くとそこには地下へ行くであろう石の階段があった。看守用の通路だったのだろう。魔力の気配は下からするので慎重にらせん状の階段を下りていく。


 階段を降りるとそこは日の光の届かない真っ暗な空間だった。松明に魔法で火を灯し進んでいく。そこには上の階と同じようにいくつも牢屋が並ぶ通路があったが、どれも上の階の牢屋より造りが頑丈だ。鉄格子にはびっしりと刻印があり今でこそ力は失われているもののかつては魔法が込められていて囚人に鉄格子すら握らせないようにしていたのだろう。


(しかし、ここが本当に伝承に出てくる監獄なのか?もっと他にあるのかもしれないな……)


 牢屋の中にあるのはせいぜい囚人の白骨ぐらいのものであまりめぼしいものはない。


(とりあえずさっさと魔力の発生源を特定して上の階を探索しよう)


 逸る気持ちを抑えて慎重に通路の奥へ向かう。すると奥に近付くにつれ微弱だった魔力の気配が少しずつ大きくなっていく。


 たどり着いた通路の奥に松明を向けるとそこにあったのは金属の扉。のぞき窓から中を覗けるようになってるが光のない今中がどうなっている分からない。しかし、魔力の反応はおそらく中からだ。


どうやってこの扉を開けたものかと悩みながら近付くと、施錠に使われている魔道具の魔力が切れており、手で触れただけでガシャンと音を立ていとも簡単に外れてしまった。


 驚いて2,3歩下がってしまったがそんなことは意に介さないかのように、ゆっくりと重厚な扉が開く。想像以上に分厚い扉だ。並みの攻撃ならば傷一つつかないだろう。

 

中へ踏み込み松明を掲げると部屋の内装が火に照らし出された。部屋の中は牢屋というより─────そう、拷問室とでもいうべきものだった。


 天井から壁からいくつもの鎖が垂れており、いくつもの拘束具や数種類の鞭だけでなく何に使われるのか考えたくもないような金属製の器具がいくつも詰められた箱もあり、それらがこの部屋で何が行われていたかを静かに物語っている。


「誰かいるのか?いるなら答えてくれ」

 

 声を出すのは危険だと思いながらつい声を出してしまった。己の声が反響するのが聞こえる。


 明らかに今まで見てきた牢屋より広い。数倍の広さはあると思われる。松明を掲げながら抜き足で音をたてないようにして魔力の発生源の方へ向かう。


 その時松明が照らし出したのは……


「人?……いやエルフか。……もしかしてまだ生きているのか……?」


 壁にもたれかかって座っている女のエルフだった。何も身に着けておらず裸の状態で、よく見ると天井から垂れ下がった二本の鎖に両手をそれぞれ吊るされている。体に目立った外傷はないが衰弱しているように見えた。


 驚きの余りどうしていいか戸惑っていると、そのエルフは目を薄く開いた。瞳は火に照らされ碧色の輝きを放っている。薄暗い牢の中でもなおその美しさに目を引かれた。


そしてエルフはこちらを見つめながら口を開いた。



「……そこのニンゲンよ。……私を助けてくれないか?」






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