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賭けの結末

 建ち並ぶビル。人々と着信音の喧騒に悩む。


 普段は気にならないBGMがうっとおしいのは、モアイと一言も交わさなかったからだ。




 モアイがようやく開口したのは、両隣をビルに挟まれている青い屋根の洋風建築にたどり着いたとき。


「ここだ」


 たった一言だったが、僕の心を軒昂(けんこう)させるには十分だった。


「よし、モアイ。ギャンブルの開始だっ、乗りこむぞ!」


 って、無視して先に行くなっ。モアイ!




 ハーブが香るエレガントな庭の中央に延びている石畳を踏み、玄関前へ。


 インターホンを押した後、こりすがいきなり抱きついてきて「寂しかった」言うんじゃないかという妄想に耽る僕。


 でも、現実は甘くはなかった。飛び出してきたのは、メイド衣装にジェラルミンケースを手に持つけったいなおばさん。


 はぐれたメタルモンスターのように、すばやくどこかへ行ってしまった。


 開け放たれた洋風の玄関からは白い煙。……さんまでも焼いているのか?


 ……そんなわけないだろう。


「こりす!!」


 僕と同時に叫んだモアイは、鼻と口にハンカチを当てて「入るぞ」と。


 僕はでかいわし鼻をハンカチごときで包めるのかと疑問を抱きつつも、モアイの後ろについて煙に満ちた家を進む。


 階段を上っていると、一階から熱気を感じたのでふりむけば、炎が猛り狂っていた。


 僕はモアイの背中に視線を戻す。


 すると、奴は階段を上ってすぐのところにある扉を開き、「こりすちゃん」と叫んでいた。


 あそこがこりすの部屋だと計算処理した僕は、モアイの手を引いて部屋になだれこみ、扉を閉めた。


 なぜなら、室内には煙が立ちこめていなかったからだ。


 それにしても、本棚が入り口以外の三方を囲んでいる書庫のような部屋だ。中央にベッドが一つだけ。


(ん? ベッドの布団が盛り上がっているぞ)


 不審に思った僕はベッドをはぐると、制服姿のこりすが!


「こりす! 一人で怖かっただろう、寂しかっただろう。このハルディが来たからにはもう安心だ!」


 こりすはきょとんとした顔をして、


「え? な、なんであなたがここに……」


「心配できたんだ。ほら、教室で泣いていたから」


「わ、私……。別に怖くも寂しくもないです。一人の方が落ちついてストレス解消できるから」


 僕の肩にモアイの手が置かれた。


「この賭け、わしの勝ちだな。約束通り、君はスクラップ、だ」


 ヤバい状況のなか、モアイのKY発言によって僕のネガティブハートは切り裂かれた。


 人間って難しい。心配してきてみれば、一人でストレス解消したいという。


 僕に相談員なんてできるのか? 多種多様な性格と悩みすべてを理解できるのかーー。


 そう自問していると、更なる恐怖が僕を襲った。


 それは、強烈な爆発音。そして、扉のすきまから、ゆっくりと火の手が伸びてくる。


「えっ、火っ。これはどういうことですか!?」


 こりすが驚いて(うめ)くと、モアイが拡声器使っているのかというほどバカでかい声で叫んだ。


「おそらく家政婦の仕業だっ! こりすちゃん、家政婦となにかもめ事を起こさなかったかい?」


「……機島のおじさん。あの人は私をぞんざいに扱うんです。両親がいた頃は優しかったですが、いなくなったとたん……。私がその事を指摘すると、大ゲンカになりました」


 やはり、こりすは信頼できない人間に養われていたんだな。


「ある日家政婦が言いました。『お金さえもらえればいい。あんたの面倒なんて見る義理はない』って。私が出てってというと、『そうはいかない。ここはお金がいい。私はあんたの両親から信頼されているから告げ口したって無駄よ』って」


「やはり、あの家政婦がクサいな……」


 モアイが顎にてをやりながら呟いたとき、またしても爆発音が!


 その後、家は揺れて傾いた。


 斜め30゜くらいの部屋にて、本棚から数冊落下し、滑走する本たちは入り口に向かう。


 その先に待ち受けているのは紅蓮の炎。


「わっ、私の大事な小説がっ!」


「やめろこりす! 今入り口に向かったら火だるまだぞっ」


 僕の忠告はこりすの耳には届いていないようで、彼女は本に向けてまっしぐら!


 しかし、僕は走って彼女に追いつき、後ろから両腕で彼女の体を絞めつけた……。正確には抱きついた。


 胸の柔らかい感触……に浸っている場合かっ、僕!


「こりす、なんでそっちに行くんだっ。危ないじゃないか!!」


「私と本とは友達! 目の前で友達がいなくなるなんて耐えられない」


「いや、その前にこりすの命が危ないんだぞ!」


「私、友達を守れるなら死んでもいい! どうせ、人間とは馴染めないんだし……」


 思わず僕は、こりすを絞めつける両腕を緩めてしまった。


 籠から逃げる鳥のように自由を得た彼女は、本を追う。


 だが、一つ、また一つと本は炎に飲みこまれていく。


 こりすは絶叫し、入り口に向けて全力疾走するも、しりもちをついてしまった。


 その瞬間、僕の脳裏に不安がよぎった。


 家が傾いているから、彼女はすべり台のように床を滑走して炎に飲みこまれていくだろう。


 悪い予感ほど的中するものだ。こりすの体はボブスレーのように滑走する。


 放水機能のない自分がふがいない……。


「おい、モアイ! なんで僕には放水機能をつけなかったんだっ」


 僕は後方にいるはずのモアイに首を向け、怒りをぶつける。しかし、そこに彼の姿はなかった。モアイはどこへーー?




 ふと、入り口の右隣に目を向けると、モアイの姿が。奴は床にあお向けに寝そべって、本棚の端を右手で掴んでいる。


 一方、左手で掴んでいるのは、あお向けになっているこりすの右腕。彼女の足下には炎がっ!!


「機島のおじさん……。私の手を離してもいいんですよ。どうせ私は、生きていたって一人……。それならば、せめて、本と一緒に!!!」


「ははっ、こりすちゃん、気が合うねぇ。私も一人。いや、正確には一人が好きだ。今まで、ここにもめったに来なかっただろう。一人で研究していた方が楽しいからな」


「おじさん、私もそう。一人で本を読んでいた方が楽しい」


「フフッ。それが、君のありのままの姿だろう。だから、変わる必要はない。もう、人と関われないことを嘆くな」


「……一人でもいい?」


「ああ、周りを気にするな。ありのままでいいんだ」


 炎もありのままに破壊している模様。


 再び、家が揺れだした。床から火柱が吹きあがる。


 孤独が好きなはずの二人は手を握りあいながら、必死に焼かれまいとふんばっている。


だがーー。


「モアイ! もう少しがんばれよっ。右手をっ、おい、やめろっ、離すなーっ!」


 炎の中へ消えた二人を追う僕は、繋がれたままの手を見ていた。


「モアイ……。一人が好きっていうけど、本当は寂しかったんだろ。だから、僕やエリーザを造って……。一人が落ちつく人間がいるってことは理解したけど、そういう人にだってかけがえのない仲間がいるはずだ。だからこりす、待ってろよ! 僕が必ず助けてみせる。せっかく、こりすにも手を繋いでくれる人間がみつかったんだ。死なせてなるものかっ」


 僕の叫びも虚しく、炎が部屋を囲んで燃え盛った。

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