エピローグ
今回の一件の後、モアイことドクター機島は警察に自首した。その後、彼はこりすを殺した罪で投獄される。これにより、ライトノーベル賞は剥奪、研究所は閉鎖、彼の社会的地位も失墜した。エリーザも殺人に加担したとされ、廃棄になってしまった。
現在、僕は下野の研究所の一室をもらい、住んでいる。おまけに、重装雪だるまの身体を再び与えられた。しかし、多くをものを与えられても、あの家族のことを思い出す。
白梅が香る、3月の曇り空の下。僕は、更地となった研究所の跡地を訪れていた。そう、こりすの墓参りをするため、たった1人で。僕は、彼女の墓前に添えられている本を手に取った。
「こりす、覚えているか? 君と初めて出会った時のこと。本が友達と言って譲らなかったよな。別に本は君だけの友達じゃなくて、みんなに勇気を与えるものなのに。本気になって」
灰色の空に、僕の乾いた笑い声がこだまする。僕は皮肉を言ったが、墓は言い返さない。反応がない。
「こりす。今でも、本だけあれば満足か? こんななにもない更地に、たった1人。寂しくないのか」
応答なし。
「返事がない、ただのしかばねのようだ」
重ね重ねの皮肉を与えても、墓は黙していた。僕はあの日を思い出す。こりすは1人で本を読んでいた。その後、火災で本はすべて燃えて。家さえも……。
それから、1組の家族ができた。
「こりす、エリーザ、モアイ、そして僕。個性的で美しい面々が、1つ屋根の下で暮らしていたんだな……。でも、エリーザは廃棄、モアイは投獄、こりすは1人眠っている……。僕1人だけ残された……。なあ、こりす。もう一度、家族にならないか? こんなところで、1人寂しく佇んでいるだけじゃ辛いだろっ。寂しいだろう! なあ、もう一度一緒に暮らそう」
それでも、墓はだんまりしている。
「こりす、頼むよっ。一言でいいから、返事をしてくれ! 話をしようよっ。そうだっ、こりすはアニメが好きだったな。惑星少女っ。へっへー、今日はDVDを持って来たんだ。早速見よう! ……見よう」
3月の冷たい風が肌を刺す。僕は震えていた。寒いからじゃない。悲しくて、目からオイルが止まらないんだ。大好きなこりすが、返事をしてくれない。笑顔を見せてくれない。僕は無力だ。たった1つのこりすの物語を、終わらせないと誓ったのに……。
「ハルディさん。大丈夫、ですか?」
今の声はもしかして、こりすか? 僕は振り返ってみる。
「なんだ、灼耶かよ」
「ひ、酷い言い方ですね。せっかく、卒業式抜け出して探しに来たのに」
マスクをしていない灼耶の顔が、悲しみの色に塗り替えられていく。
「無神経な発言をして、ごめんね」
僕が謝っても、灼耶の表情は変わらなかった。
「ありがとう、灼耶。でも、僕は卒業式には行かないよ。こりすを置いて行くわけにはいかない。……一緒に、卒業をお祝いしたかった。進路について、語り合いたかった……」
「私もです……。こりすちゃんを残して、卒業したくありません……。せっかく、私にも友達ができたと思ったのに……。こんな、あんまりです……」
僕らの泣き声は、デュエットからオーケストラに変わった。なぜなら、3年1組のみんながこの場所を訪れ、こりすの死を悼んでくれている。泣いてくれている。僕は心が1つになったと感じた。提供された理念ではなく、みんな自らの意思で悲しんでいるはずだ。1人ひとり違う美しい個性が、一体化する。その輝きは、形容しがたい美しさだ。こりすは死してなお、人から愛を受け取っている、彼女は孤独ではない。そう感じた。
ふわりふわりと、3月の名残雪が舞い降りてくる。空はまるで、僕の心を映し出す鏡のようだ。それは、こりすが僕の心を察して、悲しんでいるのだと思った。美しい絆を感じた。だから、今は思いきり泣こう。灰色の空の下、桜のつぼみが揺れていた。もうすぐうららかな春がやってくる。了
ブックマークをつけていただいた方、閲覧された方ありがとうございました。皆様の存在があったからこそ、無事にこの作品を完結させることができました。厚く御礼を申しあげます。




