ハルディ死す!?
僕が連れてこられた場所は愛着がある、懐かしい所だ。入口横の観葉植物、リビング中央のガラステーブルとソファ。そう、ここは僕が生まれたモアイの研究所だ。こりすがいるかどうか気になるが、手錠で身動きとれない。イモムシのようにくねくねしていると、招かれざる男が。
「ハルディ。君は完成した日からスクラップにする予定だったが、バリアーが邪魔でできなかった」
「モアイ! お前っ」
「まあまあ、そういきり立つな。もがいても無駄だ。万が一手錠を外せたとしても、外は成功作だらけ。どうだ、刑務所いらずだろう」
「……くそっ」
「さて。ようやく君もスクラップだ。設計図は下野に破棄され、停止ボタンを造れなかった。さらに、ピンチになるとバリアーまで発生させる。スリープ中に暗殺しようと試みたが、やはりバリアーが出てしまう。君をスクラップにしたくても、できなかった。私は悩んでいたが、ある日バリアーを破る方法を発見する。覚えているか、恐竜を」
「ま、まさかあのときの恐竜をここへ?」
いつものように妖しく笑んでいるモアイは、エリーザを呼び寄せた。そして、彼女は僕の首に鎖をつけ、引きずる。
(おい、僕は犬でもないし物でもないぞっ!)
心で叫んでも虚しいだけ。
いつしか、視界を覆う灰色の空。研究所の右手には、エリーザの赤いスポーツカーが見える。しかしそれよりも気になるのは、僕たちを中心にして輪を作っている人々。モアイの発言から察するに、彼らはサイボーグだろう。
アスファルトの路に投げ込まれ、僕は寝そべったまま、囲む人々をにらみつける。その中に、黒いロングドレスを着ている見慣れた顔の人物がいた。
「こりす!」
僕が叫ぶと、彼女はこちらに近寄ってきた。そして、ひざまずいて呟く。
「ハルディ……。手錠で繋がれて、かわいそう」
「こりす、無事で良かった!」
「ハルディ……。でも、その姿は失敗作にはお似合いね」
無表情でこりすは言い放つと、群衆の中へ帰っていった。くそっ、モアイめっ! こりすまで改造したのかっ。ああっ、みんながモアイの言いなりになっていく……。彼らは、奴のためなら命すらも捨てるだろう。このままじゃいけない。なんとかしてこのピンチを切りぬけないと……。だが、僕の頭上にモアイが現れた。それから右手を高らかに上げて、なにかのリモコンを掲げた。
「皆の者、待たせたな。これより、ハルディ・ターメリックの公開処刑を行う。恐竜よ、始動せよ!」
モアイはリモコンを掲げつつ、親指で何やら中心の赤いボタンを押した。そのまま、雷にでも撃たれてしまえばいいのに。
(3年1組のみんな。悪い、僕死んだ)
瞳を閉じつつ念じたその時、
「ドクター機島。その処刑、お待ちください」
瞳を恐る恐る開けてみると、僕の周囲にいた人だかりが左右に退いて、道ができていた。そこを、黒いタンクトップとズボンに強面の、屈強そうな男3人が通っている。彼らが担いでいるのは、僕の大切な……。
「うさぎ先生、ミソノ、灼耶!」
彼女たちは、女性を丁重に扱わない脳筋たちによって、僕の目前まで放り投げられた。
「まだまだっ!」
脳筋の1人が叫ぶと、新たな脳筋トリオがこちらへ向かって歩いてくる。その肩には、
「勇利、引龍、押田!」
彼らもまた、まるでゴミのように投げ捨てられ、地面に顔がめりこんでいた。
その後も3年1組のメンバーや下野が投げ込まれ、気づけば僕の周囲は敵からクラスのみんなに入れ替わった。
「くそっ、モアイめっ! 酷いことをっ」
「フフ、ハルディよ。もう少し待てばいい。じきにさっき押したボタンの効果が現れよう」
すると、泰山が鳴動したかのような地響きが起こった。いきなり、耳をつんざくうめき声がする。
「この恐竜・メカレックスは、以前のようにゴミプレス機ではないっ。戦闘用だっ! すなわち、手加減などしないっ。さて私は、お前ら失敗作が一網打尽にされる様を見届けてやる」
咆哮するメカレックスを前にして、僕たちは文字通り手も足も出ない状況だ。そんなとき、エリーザがモアイの前に躍り出てきた。
「ドクター機島。ハルディたちは、これまで幾度となくピンチがありましたが、乗りこえています。つまり、並々ならぬ悪運の持ち主です。それに、メカレックスの攻撃は乱雑でしょう。手錠が外れてしまう可能性も示唆できます」
「ほう、ならばどうする?」
「私がハルディを放り投げ、メカレックスの口へ入れてみせましょう。バリアーを持たない残りの者の処遇は、お任せします」
「フッ、お前の好きにするがよい」
「ありがたきお言葉。まずは、ハルディから処刑しましょう」
エリーザはモアイに一礼すると、僕の下まで迫ってきた。やはり、彼女はロボットだ。僕は片手だけで持ち上げられてしまう。その瞬間、エリーザと目が合った。女神のような顔をして、柔らかい笑みを浮かべている彼女。なぜ微笑んでいるのだろう? もしかして、許してくれるのかなーー。
「ハルディが消えれば、ようやくあたしの責務も終わる。ドクター機島の望みも叶う」
くっ、微笑みに期待して損した。エリーザは、完全にモアイの僕だ。でも、本当はすべて夢であってほしい。僕の先輩で色々と教えてくれた、お姉さん的存在の彼女。容姿端麗で、家事全般をこなせる。そして、ナイスバディで優しい。僕が人間なら、お嫁さんにしたいと願うはずだ。まさに、非の打ち所のない魅力的なエリーザは、僕から視線を逸らした。それから彼女は、僕を見つめてよだれを垂らしている、メカレックスの方をじっと見つめている。こんなっ、こんな結末は嫌だ。僕は思わず、心情を吐露した。
「なぜだ。今まで優しかったエリーザが、急に敵に……。こんなのっ、こんなの認めたくないよっ! なぁ、エリーザ。今まで僕に注いでくれた優しさは、すべて嘘だったのか? 教えてくれっ」
「ふう……。思わずため息が出てしまうわ。相変わらず、あなたは質問ばかりで何も変わってないわね。ああ、あたしも変わってないけどね。すべては、失敗作を一網打尽にするための演技だった」
「いいや、僕は変わったよ。きっかけは勇利の実家に行ったとき、君が言ったことだ。マイナス思考になっていた僕に『くさるな』って、『弱音を吐いてちゃ何も守れない』って。そう、僕がスクラップにならないよう必死に諭してくれた。おかげで、マイナス思考も少しずつなくなっていった。でも君は、本気で僕を助けるために言ったわけじゃないんだろ? 失敗作を一網打尽にするため、僕にあのとき壊れられては困るからだろ」
「フフフ、そうよ。失敗作を一気に叩いた方が、低コスト。失敗作のくせに、相手の気持ちを察することはできるようね。さすがは相談員さん」
なんでだよ、なんで笑ってるんだよ。どうしてそんなに愉快そうな顔をしているんだよ。
「エリーザ。僕はあのとき、本心から心配してくれているのだと思っていた。そして、あの言葉のおかげで変わろうと決心できた。……なんで嘘なんだよ。信じられない。いや、信じたくない。モアイの言いなりになんかなるなよ!」
僕は、必死になってエリーザに懇願する。しかし、彼女は黙したままだ。何か考え事でもしているのだろうか?
「そう。『ドクター機島の言いなりになんかなるな』か……。やっぱり、あなたは失敗作だわ。我々ロボットは、インプットされた情報に忠実。言いなりになることが標準。あなたは、信じる信じないとか情をふりかざしている、異常なロボットよ!」
「異常でもかまわない。僕は、ほっとけないっ。モアイは、失敗作殲滅のためなら君たちをスクラップにすることなど、なんとも思っていないはずだっ!」
「ドクター機島のため。そうインプットされてるから。機島の行いに疑問は持たない」
「何っ」
「さようなら、ハルディ。もう話すことはないわ。メカレックスまで吹き飛びなさい!」
僕はエリーザに投げ飛ばされ、宙を舞った。そして、ゴルフで言えばホールインワン。メカレックスの口内に入ったので、投げやりな気持ちだ。上と下から迫りくる顎には、バリアーが発生したので潰されはしない。が、それも時間の問題だろう。あのときと同じようにバリアーは破られて、スクラップにされることは間違いないな。もう、しょうがないや。信じていたエリーザには裏切られ、こりすも改造された。今だって眼下に広がる光景では、3年1組のみんなが脳筋たちにいたぶられている。うさぎ先生や下野までも、なぶられている。彼らはもうじき力尽きるだろう。本望だ。守るべきものなんてもうない。せめて、クラスのみんなと一緒にスクラップになれたら、それだけでいいや。ほら、バリアーが破られた。メカレックスの牙の感触が、鉄の肌に。やがて、身体中穴だらけになるだろう。せめて、一瞬で楽になりたかった。だって、こんなにも痛い、苦しい。それよりも、裏切られた心が痛いよ……。エリーザ、インプットに忠実な君には、他人の痛みがわからないんだろうな。この心の痛みが、苦しみが。
内向的で本が友達、家を失ったこりす。母親が罪人という勇利。いじめの痛みを知っている引龍。大失恋をした押田。嘘をつかれ、ショックを受けたミソノ。人前に出るのが怖い灼耶。暴走して、敵を作りがちなうさぎ先生。そして、サイボーグで元自殺志願者のクラスメイトたち。
僕は、彼らのことを考えると断腸の思いだ。でも、僕は気づいているんだよ。みんな失敗作と言われても、辛いのを隠して笑っている。野宿のときも楽しかった。だから、僕も大切な人に裏切られて辛くても、笑っていよう。みんなと一緒に笑って逝けたらいいな。悲しみのない、無の世界へ。
そう考えている間にも、メカレックスの牙が僕の体を穿ち始める。痛みと、僕の鉄と鉄がぶつかる衝突音が響く。それに混じり聞こえる、もうひとつの音。それは、モアイの声だった。
「ようやく念願が叶い、邪魔者たちを葬ることができる。失敗作は、1人残らずスクラップだ!」
モアイの意気揚々とした台詞の後に、クラスのみんなの悲鳴が飛び交った。彼らはそれぞれ、『生きたい』と叫んでいる。そりゃそうだ、サイボーグたちの悲願だもんな。
フフッ、バカらしいな。生きることを諦めようとしていたことが。みんなが生きたいのなら、一緒に無の世界へは行けないだろう! 僕はありったけの気力をふりしぼって、メカレックスの口内から叫んだ。
「モアイ、やめろっ! クラスのみんなも、元は人間だったはずだっ。彼らは、今でも生きたいと悲鳴をあげている! それなのに、なぜ救わないっ。賞をもらったんだろ!? 死を望むも、生きたいと願った人たちを再生させたんだろ。ならば、なぜ叶えてあげないっ! 生を与えてあげな……」
牙が、僕の頭部に突き刺さったようだ……。薄れていく意識の中で思った。
(僕は、生きたい)
轟音とともに、視界が暗くなっていく。最後まで耳に残っていたのは、クラスのみんなの悲鳴だ。うさぎ先生と下野も、一緒になって『生きたい』と叫んでいた。
宙に浮いている感覚がある。自分が自分じゃないような……。僕は、みんなが叫んでいるのを見つめている。ただし、メカレックスの口内じゃない。ここは空中だ。ついに、スクラップになってしまったようだ。悲鳴をあげているみんなを見つめながら逝くのは、辛すぎる……。あんなにも必死に『生きたい』と叫んでいるのに、その思いを踏みにじられて……。普段は冷静なもやし白衣だってほら、叫んでいる。
「ハルディーっ! お前、軽装モードになったんだなっ」
軽装モード? なんのことだろう。




