スクラップが現実味を帯びてきた
こりすの下にたどり着いた時には、彼女はしゃがみつつ顔を伏せて震えていた。
「いい加減、消しゴムを投げるのをやめるんだっ!」
僕は消しゴムが飛び交う中、大声で威嚇した。すると、反うさぎ派の連中は口を揃えて、
「やっぱりハルディはえこひいきするから嫌いだっ!」
「ちがう、お前らがこりすに酷いことをするからだろう! 大勢で1人を攻撃するのはいじめだろっ」
「うるさい、言い訳するえこひいきロボットめ! うさぎも嫌いだっ。文化祭も失敗すればいい!」
「揃いも揃ってよく同じ言葉が出るな。そんなに心が通じあってるなら、さぞいい歌が聞けるだろうな」
「なんだと!?」
「クラスの生徒全員が歌がいいって、アンケートに書いてあったぞ。昨日、うさぎ先生のアンケート集計を手伝ったんだ、間違いない。みんな本当は、心の中で望んでいるんじゃないのか? クラス一体となって歌うことをっ。いつも一体化して騒いでいるように!」
昔は派閥などなく入り乱れて騒いでいたが、今は同じ派閥内でしか彼らは騒がないし、つるまない。もしかしたらそれが寂しくて、みんな1つになれる『歌』と書いたんじゃないだろうか? あくまで、僕の憶測でしかないが。などと考えている中、反うさぎ派に属す1人の金髪ロン毛男子が、怒号を発した。
「俺たちのことなにも知らないくせに、わかった風な口を聞くなっ!」
その言葉を皮切りに、反うさぎ派の生徒たちは揃いも揃ってぞろぞろと、教室を出ていってしまった。
「ハルディ、気にするんなよ。ウザいやつらがいなくなってせいせいしたじゃないか!」
うつむいている僕を押田が励ます。でも、せいせいしたという問題じゃないんだよ。
「ちょっと押田君! 木中さんの気持ちも考えてあげなさいっ。それにみんなが1つにならなきゃ、文化祭は成功したとは言えないでしょう!」
うさぎ先生が僕の気持ちを代弁してくれた。押田は舌打ちをしているが、退室しなかったので丸くなったものだ。
「全く、勝手に抜け出していくなんて……。仕方ない。曲はまたアンケートをとるとして、誰か楽器できる人を募ります。我こそはという人は挙手願います」
すぐに手を天に伸ばしたのはなんとマスクをした灼耶だ。うさぎ先生に名を呼ばれた彼女は立ち上がって、
「あ、あの私。ピ、ピピピ…」
しかし、わずか10秒くらいで座りこんでしまった。みんなが灼耶に注目していたことが原因だと思われる。しかし灼耶はうつむきながら、
「私はピアノが弾けます!」
堂々とした口調だった。
「そうなんだ、元家さんすごいね! 先生はピアノなんて弾けないよ。よし、楽器担当は決定したので先生はアンケート作成を行います。今日は授業なしになるので、皆さんはアンケートができるまで静かにくつろいでいてください」
いきなりうさぎ先生に右腕を掴まれた。それから引っ張られ、引きずられる。僕を物のように扱わないでくれっ! その願いも虚しく教室から廊下までうつぶせで摩擦熱を感じた。しかし、どういうわけかうさぎ先生は突然手を離した。
「さあハルディ君起きて、アンケート作るわよ!」
「いやいやその前に、なんでいきなり引きずるの? 僕の体、前面が熱いんだけどっ」
「ごめん、急いでアンケートを作りたくて。手伝ってほしくて……」
「相変わらず乱暴なとこがあるなぁ……。もっと丁重に扱ってほしいよ」
「わかった、わかったから急いで職員室へ」
反省していないな、この人。またしても校長に見つかったら大目玉というリスクを冒してまで、僕らは廊下を走る。階段も、3段飛ばしてかけ降りる。よいこは絶対に真似しないような所業を、平然とやる悪い大人とロボット。いや、僕は悪いロボットじゃない。うさぎ先生にまた引きずられたくないからだ。誰に向けるわけでもないのに言い訳をしていると、3階から1階までの道のりを踏破していた。右に曲がればすぐに職員室がある。
「うさぎ先生、後はゆっくり入ろう。校長とエンカウントする恐れがあるから」
「うん、そうだね」
「といいつつ走ってるし!」
うさぎ先生は、突如職員室から出てきた何者かに激突した! よく見ればバーコード頭、校長だ。やばい、彼は目を血走らせてうさぎ先生をにらんでいる。そして、バーコードを形作っていた髪たちは全員逆立っている。
「わしこそ、穏やかな心を持ちながらハゲしい、いや激しい怒りによって目覚めた、スーパー教職員・校長だ!」
見た目はバーコードヘアが空に向かって伸びているだけだが、威圧感がすごい。
「反面教師たちよ、おしおきを受けていただこう!」
うさぎ先生は校長に背を向けて走り出したが、双肩を掴まれてしまいお腹を抱き抱えられる。それから、おしりを叩かれた!
「ああっ、あたしはおしおきをする方が好きなのに!」
歯を食い縛り汗を滴らせる彼女の表情から、苦痛の色が窺える。恐怖心からその場にへたりこんだ僕。校長は、うさぎ先生のおしりを叩いて赤くなった右手をふりかざした。そして、僕に向かって突進してきた。殴られるか? 僕の顔に、校長の右手が迫った。思わず僕は瞳を閉じる。
肩に柔らかい感触を感じた。目を開けると、校長が満面の笑みを湛えている。
「あのさ、機島さんに報告しておくから。ハルディ君は学校のルールを守れませんって。さっき見てたよ、階段を3段飛ばししてた。生徒が真似したらどうすんの。大方、廊下も走ってたでしょ?」
「は、はい。すいませんでした。もうしませんからどうか、どうか報告だけは、勘弁してください……」
校長は笑っている。本心はわからない。その様子は、モアイことドクター機島を彷彿させる。威圧感は消え失せ、バーコード頭に戻っている。校長は笑顔を崩さず口を開いた。
「すまないが、最初の契約で機島さんから言付かっているんだ。ハルディ君が不祥事を起こすたびに逐一連絡するようにと」
「そ、そんなのありかよ……。お願いします! スクラップになってしまうんですっ。報告だけは……、どうかっ!」
「それは無理だよ。君はわしが書いた貼り紙を、幾度か無視して廊下を走っている。それに……、3年1組はうまく統制されていないようだね」
「つ、ついにバレてしまったか……」
「ああ。今職員室に、3年1組の生徒たちが詰めかけていてさ。ハルディ君と望月生徒から嫌がらせを受けたと、苦情が寄せられているんだよ。これは、もう報告するしかないよね」
「ど、どうかそれだけはっ! お願いしますっ。ご容赦を!」
とっさに頭を垂れる僕。しかし次の瞬間、腹に猛烈なキックを受けた! あお向けにひっくり返りカメのようにじたばたする僕を、校長が睨んできた。再びスーパー教職員となっている。
「この失敗作がっ!」
スーパー教職員は、背中を見せて職員室内に去っていく。何も言えず見送ってしまった。すると、恐らく赤くなっているおしりをさすりながら現れたおさる先生。いやうさぎ先生が、本物のうさぎの如く瞳を朱に染めてからから泣き濡れている。
「ああーん。もうダメだわ……。クビよ懲戒免職よーっ。ハルディ君、あたしこれからどうしたらいいの?」
「うさぎ先生はまだいいだろぉっ。命があるんだから……。僕は、僕は……。スクラップだよぉーっ! もう、みんなともお別れだよーっ」
たまらず僕も、瞳から涙ならぬオイルを流す。その時、職員室からスーパー教職員・校長が再登場した。スーパー教職員の後ろには、葬列のように反うさぎ派の面々が連なって歩いている。スーパー教職員は僕と目が合うやいきなり、
「さあ、君たち2人を断罪しようかぁあ! まずは、ハルディ君だなぁ。機島さんから許可が降りたよぉ。これより、スクラップのため解体作業を行う!」
「お、おいやめろっ。せ、生徒たち、手に持っているスパナやドライバーをすぐに捨ててくれぇっ。やめろっ、やめてくれぇええーっ!」
こ、このままではスクラップになってしまう!




