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等活地獄と絆の歌

 いつの日からだろうか? 学校が悪魔の巣窟に変わったのは。罵声が飛び交い、ときに僕やうさぎ先生のみならず、他の生徒への誹謗中傷も聞こえてくる。等活地獄さながら、エリーザが録画してみている昼ドラにも負けない修羅の世界だ。僕が教卓の隣で立ちつくしていると、反うさぎ派の生徒が投げた消しゴムが顔に当たることもしばしば。まあ、鋼鉄ボディだから痛くもかゆくもないが。50人いるクラスの中でこりす、勇利(いさり)引龍(ひりゅう)押田(おしだ)、ミソノ、灼耶(しゃや)、押田の子分のチンピラ3名。そしてうさぎ先生が親うさぎ派。その中でも男子たちとミソノはいわゆる過激派で、僕やうさぎ先生の名誉を守るためなら手段を選ばない。さすがに女子には手を出さないものの、時には反うさぎ派とケンカになることもある。


 今日も戦いのゴングが鳴ってしまった! 押田が男子の机を蹴飛ばして、


「ああっ、てめえ今ハルディの悪口を言ってたな! 許さねえぞっ」


 イスの役割を理解できていない様子の男子は、机上に座していたため蹴られた衝撃で体が左右に揺れた。彼のふりこのような動きに、僕は笑いがこみ上げてきた。しかし次の瞬間、心が一瞬にして凍りついた。なぜなら、男子が押田の胸ぐらを掴んでいたからだ。押田と男子の視線がぶつかりあう。長いっ、にらみ合いが長い。もしかして、相思相愛? 怒鳴りあった後キスするという鉄板ネタをやりそうだ。なんて悠長に考えている場合じゃない。僕が至らないからこんな事態になっているんだ。止めなくては!


「おい、やめろ……」


 と弱々しく言う僕よりも、大きくてよく通る叫びが聞こえてきた。


「はーい、みんな。席について!」


 もう1人の至らない大人、うさぎ先生だ。今日はなぜかシスターの格好だ。彼女はプールの一件以来、全くドS行為がない。丸くなったものだ。僕と先生は、お互いに頭痛の種である反うさぎ派のことで、しょっちゅう慰めあう。やはり、今日も頭痛の種たちは言うことを聞かない。すると、うさぎ先生は懐から十字架を取り出して、


「ああっ、神よっ! この罪な子羊、いやうさぎをお許しくださいっ。みなさん、この場を借りて懺悔します。どうか、プールのことはお許しくださいっ! それと席についてくださいっ」


 ふざけているのか本気なのか、毎回コスプレをして生徒たちに許しを請う。プール事件後の数日間は真面目に謝っていたが、全く許す気がないようなのでこういう謝り方になってしまった。


「ああっ、神よ! (わたくし)の信仰心がたりないのですねっ。多数の生徒さんはおしゃべりをやめず、席につきません。もう一度懺悔(ざんげ)します。どうかお許しくださいっ。どうか!」


 効果なし。


「なあ、うさぎ。あいつらはほっといてホームルーム始めようぜ!」


「押田君。あなたそれは神への冒涜(ぼうとく)ですか? まだ懺悔を終えていません」


「ちげぇよ。アホかよ」


「アホとは、完全に神への冒涜! あなたの心に住まう悪魔、退治しますっ」


 うさぎ先生は左手で十字架をかざし、右手にムチを持った。そして、イスに座る押田の肩を打擲(ちょうちゃく)した。


「うへへっ、アホとか言ってごめんなさーい。俺は悪魔ですっ。おしおきお願いします!」


 しかし、うさぎ先生はすぐにハッとした表情になり、教卓まで引き上げた。


 ムチを教卓の下に置いた先生は咳払いをして、


「はい、ホームルームを始めます!」


 反うさぎ派をスルーしてホームルームを開始するのが、慣例となってしまった。そもそも、懺悔は終わったの? なんか、シスターが隣にいると教会のミサという感じがするが、とりあえずいつもの決まり文句を言おう。僕の務めだからな。


「起立、これからホームルームを始めます。礼、着席」


 反うさぎ派は起立すらしない。ずっと着席、机の上に。そんな彼らをうさぎ先生は一瞥して、


「えーっ、ホームルームに参加してくれない生徒がいるのは、私の不徳の致すところではあります。さて、本題です。昨日、3年1組が文化祭で実施する出し物を決めようということで、匿名アンケートを行いましたね。結果は『歌』に50票でした。なので今年は歌にします。どんな歌を歌いましょう?」


「……女子が制服姿で歌って踊るやつ」


 それじゃあ男子が参加できないだろ、というか欲望丸出しだよ引龍。


「俺はヒップホップがいいぜ!」


 歌の素人がラップとか歌うと念仏に聞こえるぞ、押田。


「なるほど、みんな個性的ね。先生は……、悪魔のコスプレでヘヴィメタる」


 シスターが悪魔に魂を売ったらダメ! うさぎ先生、今の発言神に懺悔しなさいっ。


「フッ、みんな一貫性がないな。文化祭でやるといったら、定番があるだろ。誰でも歌いやすく、人々からも絶賛の声があがる」


「勇利君、そんな曲あるっけ? 先生にぜひ教えてっ」


「はい。女子が下着姿で、アイドルの曲を踊るっ。これで人々の注目は全クラス1!」


 女子からの『ヘンタイ』コールが教室中に響き渡った。これには親うさぎ、反うさぎの垣根はなかった。僕は、一瞬だけでも派閥の壁が崩壊したことが、嬉しかった。いつもこんな風に仲良くなればいいのに。


「他に意見がある人はいますか? なければまた、歌いたい曲のアンケートをとらせてもらいますが」


 その時、挙手があった。


木中(きのなか)さん、手をあげてるわね。どうぞ」


「はい、……私は、みんなが1つになれる歌がいいです! 春からずっと、いじめ、失恋、強盗未遂に巻き込まれたり、放火があったりたくさんのことがありました。みなさんっ、押田さんたちが引龍さんに謝ったとき、温かく見守っていたじゃないですか! そして、拍手とエールを送っていたじゃないですかっ。あの時の一体感は、どこへいったんですか? 私は……」


 こりすの瞳から一雫。


「私は、あの頃に戻りたいっ。みんなが違う悩みがあっても1つになれた、あの頃に!」


 こりすの叫びに呼応するかのように、教室中の人間が同時に彼女へ視線を注いだ。こりすは不安定なクラスに耐えられなかったのだろう。彼女の優しさと繊細さが伝わってくる。クラスのみんなもそれに感じ入っただろうから、みんな同時に視線を注いだはずだ。


 だが、僕の予想は甘かった。反うさぎ派たちが、消しゴムを次々に投げたっ。このままではこりすがケガをする! 消しゴムの嵐を生身の人間が受けたときのダメージは、僕にはわからない。きっと、痛いのだろう。こりすの足に着弾、腕に着弾、背に着弾。なんとしても守ってみせると誓ったじゃないかっ、僕! なんで、なんでこんな悲しそうな顔させてんだよっ。友達以上の、家族だろっ! もう少し速く走れないのか、僕の体。早くこりすの元へーー!

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