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第八章~クラス分裂!~

 日に日に深まる秋。街路樹の紅葉が散りゆく様は、儚くも美しいものだ。学校帰り、こりすと2人並んで歩道を歩きながら思う。しかし、笑顔という花が枯れゆく光景は、悲しすぎる。うさぎ先生のプール事件以来、親うさぎ派と反うさぎ派でクラスはまっぷたつに割れてしまった。僕はどっちつかずのコウモリではない。反うさぎ派は、これまで特定の生徒しか救ってこなかった僕も、目の敵にしているらしい。この間、親うさぎ派の押田からそう聞かされた。これはまずい。モアイに知られたら、スクラップかもしれない。さらにこの対立が続く中、クラス対抗の体育祭を終えた。結果は最下位だった。敗因はクラスのチームワークのなさだ。そんな状況なのに明日から文化祭の準備が始まる。あーっモヤモヤする。文化祭は滞りなく終わるだろうか? そう考えていたら、家である研究所についた。結局こりすとは一言も交わさなかったな。


 その時、突然研究所前に停まっている赤いスポーツカーから、エリーザが出てきた。


「あれ、ハルディとこりす。もしかして、倦怠期?」


 いきなり変なことを尋ねるなっ。頬が熱くなったじゃないかっ。エリーザはそう尋ねておきながら、なにやら嬉しそうな顔をしてるし。などとエリーザの顔を拝んでいるうちに、こりすが会話しなかった理由を弁明していた。ナイスだこりす、後光が差してる。と思ったけど、今の会話モアイに聞かれていないだろうな。しかし、うっとおしいモアイの姿がないので一安心だ。いや、盗聴機があるかもしれないな。探してみよう。




 気づけば、次の朝だった。


「誰も教えてくれないなんて皆は鬼かっ!」


 リビングで机を囲み、のうのうと朝食を摂る制服姿のこりすとモアイ。加えて、何もしていないエリーザに向けて怒りをぶちまけた! 謝ったのはエリーザとこりすのみ。モアイは無言でパンにかぶりついている。相変わらずいけ好かない奴だ。最近モアイを見ていると、かつての助手であるもやし白衣の言葉をしきりに思い出す。モアイの危険な思想とは、一体なんなのか? 生みの親のことなのに僕は全く知らない。


「ハルディよ」


 いきなりモアイに話しかけられたので、びっくりした。とりあえず「なんだよ」と返す。


「学生たちの悩み相談は順調か?」


「ああ。なんか文句あるか?」


「いや、それならいいんだ。うまくいってるようで安心したよ。心配したんだよ。もしかしたら、ほとんどの生徒の悩みを解決していないんじゃないかって」


 口の端を歪めるのはモアイの十八番だ。僕をスクラップにしようとしているだけでなく、真意が計れないところも嫌いだ。


「さあて、食事を終えて満足した。エリーザの料理はやはりうまい。さて、研究の続きを行うとしますか」


 モアイはきびきび歩いて、研究室へ入っていった。おい、早々と去るなよ。僕はお前に言いたいことがあるんだ。


「ごちそうさまくらい言ったらどうなんだーっ!」


 僕は力一杯叫んだ。もしかしたらエリーザとこりすに、『口内に拡声器をしこんでいるんじゃないか』と疑われたかもしれない。


 その時、モアイが再びリビングに現れた。


「いやあエリーザ、すまんすまん。ごちそうさまでした」


 僕を一瞥して去っていったな、モアイめ。教えてくれてありがとうと、感謝してもらいたいものだ。まあ、あんな奴は放っておこう。


 そういえば、昨夜はノンストップで動き続けていたから、疲れたな。今日は学校を休もうかな。


「ハルディ、体の方は大丈夫?」


「ああエリーザ、疲れてるよ。それに、最近学校も雰囲気悪いからな。……今まで皆勤賞だったけど、休んじゃおうかな。ねえ、こりすはどう思う?」


「うーん、無理しない方がいいと思うます。私も疲れて本当に動けないときは、休むようにしてる、ます。無理がたたって体を壊してもいけないですし」


 こりす、相変わらず敬語とタメ口が混じってるぞ。


「確かにこりすの言う通りだな。今日は休む……ん、どうしたエリーザ?」


「ハルディ、君ならがんばれる! さあ、このジョッキ入りオイルを飲むのよっ」


「うおおっ、うまいっ、うまいぞっ。よーし飲み干した! うおおっ、力がっ、力が満ち溢れてくるっ。……ってCMかっ!」


 いや、本当に元気になった。


「それだけ威勢のいいツッコミができるなら大丈夫よ。リュックの中にもう2、3本水筒をいれておくから、エネルギーが切れかけたら補給してね」


「ありがとう、これさえあればエベレスト登頂だってできる! さあこりす、出発しようっ」


「ちょっ、ちょっと待ってほしいますっ。まだ時間に余裕がありますから、ゆっくりいきたい、です。早く行っても、ぎすぎすした教室で嫌な空気に押しつぶされるだけだすし……」


「それもそうだな。しかし、このありあまるエネルギーを早く解放したいんだ! じっとなんかしてられないっ。さて、何しようかな? そうだ、盗聴機探すぞっ」


 だが、すぐに我に返る。昨日あれだけ探してもなかったじゃないか。あーっ、暇だ。こりすは呑気にテレビを見ている。確かに学校という場に限らず人の集まる場所は、コミュニケーションが苦手な人間にとっては窮屈だろうな。基本的に休み時間は僕と喋るか、机に顔を伏せているこりすの立場になってみれば、そう思えてくる。それならば、人で溢れている所へ行くことを渋るのは仕方ないだろう。さらに、教室内が2派に分断されているんじゃ余計嫌なはずだ。テレビを消して、背伸びしながらゆっくりと立ち上がったこりす。


「よし、出発だな。学校に行こう!」


「ちょっとトイレです」


 何っ、まさかのフェイントだ。そろそろ通学しないと遅刻だぞ。そう思いながらリュックを背負う僕。


「おまたせ、ですっ!」


「爽やかな顔してる場合かっ、遅れるぞ!」


「ごめん、なさい。行こうです!」


 手提げ鞄を持ったこりすの手を引いて、僕たちは外へ飛び出した。


「あっ、あの……」


「こりす、どうした?」


「さ、さすがにお外でも手を繋いだままだと、は、恥ずかしい、ですっ」


「あああっごめん!」


 僕はとっさに手を離した。恋人同士と勘違いされるだろうから。今でも掌にかすかに残る柔肌の感触、ぬくもり。こりすの顔を見ると、紅潮しながらうつむいている。清純な子だなぁ。こんな無垢な子は恐らく、今の3年1組という情念のたまり場に一度身を落とせば、人一倍傷つくだろう。よし、


「こりす!」


 故障したと間違われても仕方ないくらい、いきなり大声を張り上げた僕。こりすは驚いている様子で、


「ひゃっ、ひゃい!」


「君は僕がなんとしても守ってみせる。だから安心して学校へ行こう! たとえどんな困難が襲ってこようとも、僕と一緒なら平気だろっ」


「えっ、ハルディさん。それはもしかして……、こくは……」


 頬を深紅に染めて、なぜかあわてふためいているこりす。そんな彼女の背中を、そっと押した。『少しでも学校を楽しめますように』と願いを込めて。

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