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脆いバラ咲く花畑

 うさぎ先生の背中を追い、廊下をひた走る僕。しかし、彼女は文字通り脱兎の勢いのため、ぐんぐんつき放される。それから、うさぎ先生は廊下の突き当たりを右折した。やっとの思いで僕も突き当たりまでたどり着く。右手には、屋上へ続く階段がある。うさぎ先生の姿はもうない。悪い予感が心に居座り続けていても、それを抱えたまま階段を登った。


 登り終えた先には、階段と屋上を仕切る鉄扉がどっしりと居座っている。僕は両手で1つだけのノブをひねり、重い扉を押し開いた。


 屋上は爽やかな風が吹き抜け、群青の空が広がっていた。


「うさぎ先生ーっ! どこだーっ。いるなら返事をしてくれぇええーっ!」


 返ってきたのは虚しい山びこだ。一瞬返事かと思ったじゃないか、紛らわしい。屋上を見回すも、うさぎ先生はいない。最悪の展開を想像し、屋上の端にある手すりから下を覗いてみる。しかし、校庭には砂しかない。3.0の視力だから間違いない。そして、ノーパンジャージの先生も見逃すはずがない。じゃあどこへ消えたんだ? まさか空へ。いや、飛行機しかない。途方に暮れた僕は、とりあえず鉄扉まで引き返そうと踵を返した。


 その時ーー。開いたままの鉄扉の裏の方から、すすり泣きが聞こえてきた。もしやと思い、すすり泣きのする方まで駆けつけてみる。


 案の定、うさぎ先生が泣いていた。そうか、扉で遮られて死角になっていたから、発見できなかったのか。彼女を見つけて安心した僕は、泣きわめくうさぎ先生の肩をポンと叩いた。


「さすがにさっきのは言いすぎだよな。きつく注意しておくから、どうか元気を出してくれ!」


「うっ、うっ。ハルディ君……、ありがとう。あなたはあたしの味方だわ!」


「でも、押田とミソノを別れさせ、生徒たちをプールで苦しませた。うさぎ先生、過去を掘り返すのは野暮だけど、先生がまた同じ過ちを繰り返さないか、心配なんだっ。うさぎ先生が、己の欲望に押し潰されてしまうんじゃないかって!」


 そう話した途端、うさぎ先生の目付きが鋭くなった。


「欲望? あなたもやっぱり敵よ。失礼なこと言って! 確かに、押田君たちの時は己の欲望だったけど、きちんと反省してる。変身もプールの沸騰もすべて、あの子達が言うことを聞かないストレスから起きた行動なのっ。授業とは、あの子達の将来のためにあるのよ。それなのに、『ドSだから変態だから、言うことを聞かせて従わせてやりたいんだろう』なんて言われてまで、あの子達の未来に付き合うのは正直嫌よ!」


「だからといって、やることが過激すぎるんだよ! 彼らだって、プールで嫌な思いをしたから怒こってるんじゃないのかっ。確かに先生の言う通り、勉強とは生徒たちのためにやってる。だから正しい方に先導するため、従わせるのは間違いじゃない。しかし、相手の立場も思いやって行動すべきだっ。僕も人間のように心があるから、嫌なことをされてまで従いたくない!」


 声を荒げた僕に対抗しているのか、うさぎ先生もがなる。


「ロボットにあたしの気持ちはわからないでしょうね! 毎朝騒がれて、腐心の末あみだした、体を張ったお色気作戦。だけど、それをしなければ、彼らの心は掴めないから悔しいっ!」


 激昂したと思ったら、また泣き出したうさぎ先生。


「だからっ、だから少しでもっ、生徒たちと心を通わせたくて、制服着たりした。でも、心は掴めなかった。心労は溜まる一方。……結局、あたしは自分らしく生きていないの。心を掴むため、生徒を悩殺して喜ばせているだけ。この悲しみがわかる?」


 僕は黙ってうつむいた。瞳を閉じ、先生の言葉を思い返す。その結論はーー。


「先生の気持ちは、わからないな」


「ほらやっぱり、あなたにあたしの気持ちがわかるわけな……」


 うさぎ先生が言いきる前に、僕は声をあげた。


「でも、先生が生徒たちを好きだと確信した。しかし、先生の保健体育での熱弁を熱心に聞いていた約半数の生徒たちも、プールで酷い目にあわせた」


「いや、プールから出なくて頭にきたからそうしたのよ!」


「頭にきた? 結局先生は怒りに身を任せ、慕ってくれる生徒まで傷つけているだけじゃないかっ。それでいいのか? 自分らしさを考えるあまり己を見失って、愛する人々を傷つけていいのかっ」


 泣き崩れるうさぎ先生。その透明で綺麗な涙は、自らの過ちを洗い流すだろう。そう感じた僕は彼女の肩に優しく手を乗せて、


「だから、もう暴走して過激な行動をするのは、やめよう。自分らしさ半分、思いやり半分で生きよう。くじけそうな時は、僕が先生の心と体を支えてあげるから。1人で悩まないで。先生は1人じゃない」


「うん、SMプレイはシングルじゃできないもんね」


「いやいや、話が飛んだし! せっかく僕がいいこと言ったのにっ」


 その時、僕の背後から吠えるような声がした。これは押田だな。


「うさぎ、ここにいたのか。突然出てったから心配したぜ!」


 気づけばこりす、灼耶、勇利、ミソノ、引龍などクラスの約半数が先生を囲んでいる。うさぎ先生は脆いバラのようだ。でも、今はしっかりと支えてくれる花々がいる。僕は、これからも先生と咲き誇る生徒たちの笑顔の花に、励ましという名の水をあげたいと思った。

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