6時限目・保健体育
6時限目。グダグダな授業もようやくラストだ。しかし、さっきのうさぎ先生の態度から推測するに、生徒たちとのいさかいがあるかもしれない。実際、教室で騒いでいる生徒の大半が、うさぎ先生への不満を漏らしている。
チャイムが鳴ると同時に、教室の扉が大きく開け放たれた。入室してきたのは真顔のうさぎ先生。なぜか制服のブレザー姿ではなく、白い装束に身を包んでいる。彼女は、教卓の隣につっ立っている僕の前まで歩を進める。それから、僕に『誠』と書かれた背を見せて、生徒たちに平伏した。
「申し訳ございませぬ。皆様方を危険に晒してしもうたことを、お許しくだされっ! この場にて、潔く腹を切りますゆえ……」
うさぎ先生はなぜか武士のような口調で、懐から短刀を取りだした。
「おい、よせっ!」
僕に続いて生徒たちが次々と止めに入る。
「短刀、奪い取ったりぃい~!」
僕が高らかに宣言すると、うさぎ先生は再び平伏した。
「本当に、本当にごめんなさい! みんなを傷つけるつもりじゃなかったのっ。ただ、言うことを聞いてほしかったの。でも、やりすぎました、ごめんなさいっ!」
土下座から誠意が伝わってくる。背中の『誠』はダテじゃない。一方、うさぎ先生を囲む生徒たちは、沈黙したままだ。ただ1人、押田を除いて。
「うさぎ、もういいからよ。授業を初めてくれよ。俺このままだと卒業できねえからよ。単位がほしいんだ」
うさぎ先生は頷いて、
「ありがとう、わかったわ。じゃあみんな、席について!」
反論することなく、自分たちのホームポジションに戻った生徒たち。それに並行して、うさぎ先生は白装束を脱いだ。下には、なぜか学校の黒ジャージを着ていた。疑問に思った僕は先生に尋ねた。
「なんでジャージなんだ? 制服はどうしたの」
「あっ、いやっ、この方が、教師らしいかなって……」
「いや、今日の先生は制服の下にスク水まで着てたよね。そんなに生徒になりきってたのに、なんかおかしいよ」
僕はうさぎ先生の眼前に顔を近づけた。だがその時、ロボットなのにくしゃみが出てしまった。その結果ーー。
うさぎ先生の胸に、顔が埋もれてしまった! な、なんだ。すごく柔らかい! まるで、下着をつけてないような……。
「ちょっ、ちょっとハルディ君! 離れなさいっ」
うさぎ先生に突き飛ばされた僕はのけ反った。
「痛いなぁうさぎ先生! これは事故だろっ」
「だからと言って、つけてないのにくっつかないでよっ! 恥ずかしいからっ」
「あっ、やっぱり……」
「そうよ、今日は家から制服の下にスク水着てきたから、うっかり下着を忘れたのよっ、悪い!?」
「いや、悪くないです……」
ふっ切れたようで、洗いざらい白状されたらもう何も言えないよ。
「そんなことはどうでもいいじゃない! さあ、はりきって保健体育・性教育の授業を始めるわよっ」
ノーパンからの性教育!? 流れはバッチリじゃないかっ。性教育やりますよーってムードが教室中に漂っているぞ。
「はい、今日の性教育は、恋愛と性について解説したいと思います」
ロボットの僕にとっても、これは興味ある。いつになく真剣な顔つきでうさぎ先生が語る。
「えーっ、まず思春期というものは、子供から大人へと成長する過程であり、大変多感な時期です。少年期ではおぼろげだった異性への興味が、明確になります。そして、特定の異性に特別な愛情を抱くようになり、一喜一憂する。心と体が繋がりたい気持ちで満たされる、これが思春期ですね」
のっけから専門的な解説だ。さすが、保健体育担当なだけある。
「えーっ、みなさんは高校生ですので、そろそろ大人の階段を登らなくてはなりません。恋愛も性も然り。今まで好きな人の定義は、『あこがれ』や『容姿端麗』だったと思いますが、大人の恋愛とは『安心』。これにつきると思います。『容姿』にこだわらず、自分に合っている人を見極めることも大切です。ただ、恋愛のしかたは人それぞれなので、『安心』が必ずしも答えではありません。アドバイスの1つとして心にしまっておいてください」
「はい」と返事をしたのは、約半数だ。残りの半数は、
「なんで先生は『安心』を求めているのにSM好きなの?」
「先生は彼氏いないから説得力ないよ」
「せめて彼氏を作っとけよ」
と、ブーイングの嵐だ。うさぎ先生の表情が曇る。さらに罵詈雑言は続く。
「ノーパンSM教師が『安心』って、おかしくない?」
「プールもドSな快感を満たすためにわざとやっただろ、変態!」
おいおい、言いすぎだろ。恐らくこいつら、プールのこと根に持ってんな。うつむいてしまったうさぎ先生。
「確かに、あたしには彼氏がいないから説得力がないと思う。でもっ、でもね、変態なのは、関係ないじゃない。プールのことは悪かったけど、快感を満たすためじゃなくて、授業が終わったから退去してほしくて、岩を……」
生徒たちは猛反論する。
「無理やり言うことを聞かせるのはおかしいじゃないか!」
「沸騰するほど煮えたぎっていたんだぞっ。気づけよバカ!」
「言うことを聞かせて従わせたい。それも、ドSなら醍醐味だよね!」
突然うさぎ先生の慟哭が室内に響き渡った。彼女は走って教室から逃走する。すかさず僕はその後を追った。




