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先生、ついに暴走

 『次は理科を教える』と言い残し、うさぎ先生は制服を着て立ち去った。小休憩なら見張る必要もないし、ボーッと空想に耽れるな。


「ハルディさん」


 誰だ、僕の思考タイムを邪魔するのはーー。こりすか。


「あ、あのっ……。男の人ってなんで、そのエッ、エッ、エリーザ」


「こりす、わけわからないよ」


「いや、あのっ、エッエッ……」


「ごめん、もう少し大きな声でお願い」


「なんで男の人ってエッチなんですか!?」


 全く、こりすは素直すぎる。そんな紅潮しながら大声で言わなくてもいいのに。


木中(きのなか)さん、そんな大声だしてどうしたの?」


 うさぎ先生はこりすにかけよる。そして、じっと僕の方を見て、


「そう、ハルディ君に悪いことを教えられたのね。スケベなロボットの言うことを鵜呑みにしちゃダメよ」


 いや誤解だっ!


「はい、スケベロボット。授業開始のあいさつ」


 くうぅっ、なんでこうなるんだ? しかし、雑念を払ってあいさつをしなければ理科が始まらず、再び虚しくチャイムがこだましてしまう。はりきってあいさつだ。


「起立、礼、着席。でも、僕だけ着席できずずっと突っ立ってるのは、バツゲームか?」


「そこ、皮肉を言わない。ロボットは疲れ知らずでしょう?」


「う、うさぎ先生、ごもっともで」


「ともかく、今日の理科は受粉について学びましょう。まずはめしべちゃん。おしべの憧れ、高嶺の花です。交配をわかりやすく説明するため、あたしがめしべの役をやりたいと思います」


 めしべの役? 授業の趣旨が謎だ。


「えっと、おしべの役は誰にしてもらおっかな……、鼻栓してる引龍君!」


 男子全員鼻栓してるだろ!


「えっ……、僕に、できるかな?」


「うん、あそこに突っ立ってるだけでいいから」


 引龍はうさぎ先生が指差した、ホワイトボードとは対をなす壁まで移動した。


「残りの男子全員花粉役をお願いします。引龍君からあたしに向かって走ればいいから。えっと、あたしが『3年1組』って叫んだら、『うさぎ先生』って雄叫びながら迫ってきてね。じゃあいくよ、あっさんねーんいちくみぃいーっ」


「えすえむせんせーい!」


 全員見事に間違ってるだろ! でも、そう雄叫びながらうさぎ先生に迫る男子一同。そして、あっという間に彼女を取り囲んでしまった。うさぎ先生に逃げ場はない。どうなる?


「はいみんな、体で受粉を説明してくれてありがとう。めしべに花粉がつく、これを受粉といいます。男子のみんな、もう席に戻っていいわよ」


「えーっ、せっかくノリに付き合ってやったのに、タダで帰すのかよ!」


「押田君、どういうこと?」


「こほうびくらいくれたっていいだろ? 例えば、キスとか」


 押田ライオン、いや押田タコはうさぎ先生に向かって唇を突き出した。その他の男子も、ティッシュで鼻栓をしたままタコになっている。うさぎ先生、なんとか刺激せずに追い払ってくれ。今の彼らは、スミではなく鼻血をばらまくぞ。


「えーっと、キスではなくて、1人ずつ握手をするってことでいい?」


「はあ? 握手だとぉ。それじゃあ俺たちの欲望は収まりきらねえぜ。なあ、みんな」


 押田の言動に男子たちは頷く。そして、ついに総攻撃が始まった! 押田が襟元のリボンに手をかけ、他の男子たちはカッターシャツのボタン、スカートを脱がす。まずい、男子たちが暴走した! なんとか止めなくてはーー。スク水の上から、胸を揉まれるうさぎ先生。


「あっ、あんたたち! よくもっ。ムチ、ムチ……」


 うさぎ先生から異様なオーラが感じられる。その瞬間、男子たちはのけ反った。自由になったうさぎ先生は、教卓の下から手提げ鞄を取り出して教壇に置き、ファスナーを開けた。鞄から出てきたのは網タイツだ。先生はそれを両足に履く。さらにうさぎ先生は鞄を物色した。取り出されたのは、ドミノマスクだ。それをつける。こ、これって、まさか……。


 「変身」と叫んだうさぎ先生は、最後に鞄から、ムチを取り出した。まずいぞ、とうとうドSな本性を現した。止めなくては、生徒たちがムチの餌食になってしまう! 僕は駆け出した。しかし、3歩ほど進んで急ブレーキ。なぜなら、男子たちはそれぞれ手にスマホを持って、うさぎ先生を撮影していたからだ。


「おおっ、スク水SM女王だ! これぞ、セクシーとキュートが見事に調和している。かつスク水の健全さと、SMグッズの危険さが同居している、エロ美しい服装だ!」


 おいおい、評論家までいるぞ。と思ったら勇利かよ! うさぎ先生も、勇利の饒舌ぶりに唖然としているもよう。どうやら怒りは消えたみたいで、固まったまま動かない。教室は完全に、スク水SM女王の撮影場と化していた。またもや、虚しくチャイムの音がこだまする。結局、授業になってないじゃん。


 男子たちは、満足そうにお昼の弁当を食べている。彼らに話しかける女子は、1人もいなかった。このクラスの女子たちはわりと純粋だから、あんなことあった後に話しかけづらいのだろう。




 昼休憩終了後、5時限目が始まった。爽やかな秋風が、女子たちやうさぎ先生のしなやかな髪を揺らす。そんな中、季節が逆戻りしたかのように、彼女たちはスク水姿だ。ついでに男子たちもスク水姿。そう、今は体育。水泳の時間なので、僕を含めて皆プールサイドに散らばって立っている。もう生徒なのか教師なのかわからないくらい、周囲に溶け込んでるうさぎ先生。とりあえず、制服の下にスク水を着ていた理由がわかった。そんなスク水先生が笛を吹くと、生徒たちは先生の前に整列した。まるで、兵士を統率する女王様だ。満足そうな顔をして、うさぎ先生は口を開く。


「えーっ、9月の頭なのに、もう秋の空気です。プールは寒いので温めてくれる、素敵なゲストを招いてます」


 ん、ゲスト? この広いプールを温めるなんて、すごい芸当をできる人がいるのかな。少なくとも僕は知らない。


「さあ、ゲストを紹介しましょう! エリーザさんです」


 身内じゃん! しかも、洗眼機の下から飛び出してきた。


「はーいみなさん、エリーザです。いつも、ウチのハルディとこりすがお世話になっています。では、早速プールを温めたいと思います!」


 どうやって温めるのだろう? 恐らく超常現象を引き起こすのではなく、化学的理論に基づいて熱を発生させるのだろうけど。僕がそう思っていると、いつのまにかエリーザがいなくなっていた。


 数分後、両手に鉄のバケツを持ったエリーザが戻ってきた。もしや、そのバケツに何か秘密が? どうやって温める。……そうそう、そうやってな、バケツをひっくり返して、熱した岩をプールに落としてな……。って、バケツに入ってたのは熱した岩だったんかい! これで温かくなるのだろうか……。


 40分後。


「温かくなりました!」


「エリーザ、胸を張って言うなよ! 校舎に付いてる時計見てみろ、体育の授業後10分しかないぞ」


「まあまあ、ハルディ。そう怒らないで。おわびに温泉の素を入れておくから」


「これ風呂じゃない、プールだよ! ほら、どこからともなく野生のニホンザルが集ってきたじゃないかっ。いったいどうしてくれるんだ?」


「いや、生徒のみんなも、ゆっくりと浸かっているよ」


 本当だ、みんな幸せそうな顔。勇利なんて、


「あー、生き返る。極楽じゃわい。ほっほっほ。それにしても混浴とは、長生きはするもんじゃわい」


 じいさんかよ! そのセリフは50年早いぞ。次から次へとつっこみ甲斐のある人々よ。エリーザなんて1メートルくらい飛び上がって、華麗に水中にダイブした。なんか、エリーザのキャラが、違う……。夏の暑さで回路がイカれたかな? 溺れてるし。うさぎ先生に助けられ、なんとかプール端まで帰還したエリーザ。プールサイドにあがった、エリーザとうさぎ先生が僕の目の前にいる。うさぎ先生はスク水が濡れた影響で、ボディラインがくっきりしている。一方、エリーザは銀色のワンピースが透けて、パンツ状のおしりが見える。いつも体育の見物人な僕は、退屈だと感じることがしばしばあった。しかし、今日は煩悩が刺激される、最高の授業だ! ゆえにチャイムが鳴っても、気にしない気にしない。ほら、生徒たちもプールという名の銭湯から、出ようとしないじゃないか。しかし、うさぎ先生はそれが気に入らなかったようだ。


「みんな、体育は終わったわよ。早くプールから出て着替えなさい!」


 だが、生徒たちは無反応だ。おい、出ないとまた、変身するぞ……。ほら、顔も怖いし。


 やはり、再びスク水SM女王に変身した! そして、たくさん余っていた灼熱の岩入りのバケツごと、すべてプールに投げ込んだ。水が沸騰して、プール内は阿鼻叫喚(あびきょうかん)のこだまする、地獄絵図となった。皆早々にプールから退去し、校内へ走っていった。うさぎ先生の顔色を伺うと、眉間にシワが寄っている。彼女は肩をいからせて、校内へ去っていく。僕以外誰もいなくなったプールサイドに、一陣の秋風が吹く。爽やかなのだが、どこか切ない。小さくなっていく、うさぎ先生の背中を見つめながらそう思った。

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