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エリート超人教師

第七章~先生も辛いんです~

 夏の終わりの朝。秋風を感じながら出勤し、学校に至る。毎朝の如く、忠犬のように教卓の横でじっとして、うさぎ先生が来るのを待つ。時刻は、ホームルーム開始の9時だ。教室のドアが開扉した。うさぎ先生がきたか? 違う、現れたのはマスクをした灼耶だ。夏休み直前、ショッピングに行ったあの日からマスクを重宝しているらしい。また、外したとき素顔とのギャップがかわいいものだ。僕は、うつむきながら思い出してニヤけていると、


「あっ、あの。ハルディさん」


 うおっ、灼耶のこと考えていたら、彼女が声をかけてきた。これは一種のシンクロニシティ(意味ある偶然)か? ともかく、僕は平静を装う。


「おお、灼耶か。おはよう、どうしたんだ?」


「あっ、えと、前にエリーザさんから赤面症だと教わりましたよね」


「ああ、何かあったか?」


「実は、社会不安障害と診断されて薬を飲んでいるんですが、まだ人間関係が不安で……。私は進学しないので、来年は就職です! あわわっ、どうしよう……」


「灼耶、何事も適材適所だと思うよ。人間関係が辛ければ、1人でできそうな仕事をすればいい。例えば、監視のないデータ処理。テレワークという手もあるね。次に、派遣先へ単独で行く清掃。正社員登用もある新聞配達員。女性でもできる電気検針員。プログラマー」


「よく知ってるんですね」


「ああ、エリーザばかりに頼ってないで勉強しているんだ。無知だと相談に乗れないからね」


「やっぱり、ハルディさんは失敗作じゃないですよ。頑張ってるんですね!」


「そうかな、落ちこぼれだから努力してる。でも、そう言ってくれて嬉しいよ。いいか、灼耶。1人でできる仕事はさっき述べたものだけではない。ネットで調べてみるのもいいね。仕事は向き不向きが絶対にあるから、給料や休日のみでなく、まず自分の性格を考慮した上でみつけるのがベストだよ。誰でも最初は慣れないから、失敗はある。耐えることも必要だけど、うつになるくらいなら勇気を出して退職した方がいいよ。一度きりの人生、自分らしく生きてみよう!」


「ありがとうございます。やっぱり相談してみるものですね」


 突然灼耶に手を握られた。


(柔らかい素肌の感触、恍惚でとろけそうだーっ)


「あーっ、やっと風邪が治った! 恍惚で弾けそうだーっ」


 むっ、背後に僕の心の叫びをパクった奴がいるな。ふりかえると巨乳生徒、じゃなくてうさぎ先生だ。カッターシャツにスカート。今日の先生は、制服の夏服姿だ。


「ハルディ君、さっきのセリフかっこよかったわよ」


 うさぎ先生! そんなことを言いながら、僕の手をおもいっきり握らないでくれ。故障するから! 多分、握力測定不能だよっ。りんごとか素手で潰せる人だ!


「一度きりの人生、自分らしく生きてみよう! 確かにその通りよっ。自分らしくできなければ辛いだけよ!」


「先生! わかった、わかったからとにかく手を離してくれっ」


 ようやく強烈な握力から解放された。落ちつきを取り戻した僕は、


「そういううさぎ先生も、自分らしく生きていそうでいいじゃない!」


 ちょっ、僕なんか酷いこと言った? 何で急に思いつめた表情で、窓から身を乗り出そうとしているんだ先生。僕は慌ててうさぎ先生の腰を掴んで、教室内に引きずり落とそうとする。だが、その時ーー。強風が吹いてスカートがめくれ、僕の頭に覆い被さった。常闇なのに、何故か恍惚だ。って、うさぎ先生。左右に揺れないでくれっ! 前が見えないから。徐々にスカートが頭から離れていき、太陽光の眩しさを感じてきた。なぜなら、うさぎ先生はのめったからだ。大変だ! 常闇のうちに、うさぎ先生の体を離していたようだ。僕はすぐに彼女の両足を掴んだ。もはや、首の皮一枚で繋がっている状態。逆さまのうさぎ先生。当然、スカートは重力に逆らえず下降した。(あお)い下着が露になっている。大変エロチックな状態だが、このままだと『学校に宙吊りの人がいる』と、騒ぎになるだろう。さすがに、布団干しのように『日向ぼっこしてました』じゃあ、言い訳にならない。第一かわいそうなので、いまだ両足を握っている痛む掌に力を込めて、引き上げた。


 下着と同じく青い顔をしている先生のため、僕はコップに水を汲んできてあげた。それを彼女は一瞬で飲み干すと、唇が震えた。そして、さっき体内に貯めたであろう水を、瞳から流した。


「あ゛あーん! あたし全然自分らしく生きてないわっ。自粛はしているんだけど、やはり、あの感覚が忘れられなくて……」


 あの感覚とは? うさぎ先生は続けて、


「あたしの本性は、ドS。変わり者だと自覚しているわ。だから彼氏ができないのよ。あー、夏風邪で休日は家に篭っていた分、この満たされない気持ちが、爆発しそう!」


「お、落ちついてよ。ミソノと押田の一件を忘れたの?」


「はっ、そうだった。ハルディ君、でもっ、でもね……。あたしどうにも我慢することができないのっ!」


 と口では言っているものの、行動は冷静だ。うさぎ先生は教卓について、


「ホームルームを始めます!」


 開始のあいさつを僕が述べ終えると、皆が着席した。ここまではいつも通り、何の変てつもない学校風景だ。先生の服装以外は。そんな、コスプレイヤーな彼女が口を開いた。


「えーっ、今日は皆さんに重要なお知らせがあります。あたしは風邪で欠席しましたが、実は先日、教職員の間で親睦会がありまして、出席された先生方が、食中毒を起こされました……。命に別状はないようで安心しましたが、数日療養されるそうです」


「じゃあ授業なんてやめにして、みんなで遊ぼうぜ!」


「押田くん、甘いですね。あたしはこう見えても、ほとんどの学科の教員免許を持つ、エリート超人教師なんです!」


「コスプレドS教師の間違いじゃねえの?」


「失敬なっ、ムチでおしおきされたいの?」


「お願いします!」


 乗せられるなよ、押田。しかし、おしおきは行われなかったので、先生を見直した。


「というわけで、先生方の1日も早い復職を願いつつ、今日から数日、あたしが授業を請け負います。よろしくお願いします。以上です」


 ホームルーム終了のあいさつを僕がした後、うさぎ先生は退室した。果たして、うさぎ先生の授業は大丈夫だろうか?

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