ささやかな休日
ただいま僕は、自宅である研究所にて充電中。40パーセント充電済み。
「ねえ、ハルディ起きてよ! 今日はあたしとこりすちゃんと、ショッピングに行く日でしょっ」
ん? この声はエリーザか。でも、まだまだ充電完了には至らない。さては、予定の9時より早く起こしたな? 開眼、クレーム発動。
「エリーザ、早く起こすなよ! せっかくいい気持ちで充電してたのに……」
「いや、今9時半! 予定より30分も遅れてるんだけど」
白い半袖Tシャツに、デニムを履いたエリーザ。彼女が差し出してきた目覚まし時計を見ると、本当だった。今度は彼女が僕を詰問してきた。
「だいたい昨日は遅くまで何をしていたのよ? あたしたちが夫婦なら浮気を疑うわよっ」
なんで夫婦の設定なんだよ? エリーザのルックスは、名画『ビーナスの誕生』のビーナス。片や僕は雪だるまだから、釣り合わないよ……。って、正論をふりかざしたら、ネガティブが押し寄せてきた……。
「ハルディ、何してるの!? 四つんばいになって頭を垂れてないで、準備しなさいよっ」
「はいはい、わかりましたよ、ナイスバディ。ぽっちゃり雪だるまは動きが遅いものでね」
といっても、僕は手ぶらでいい。右かかとに設置されているプラグから、コンセントを抜くだけ。どうせ僕はエリーザみたいに、オシャレな服など着られませんから。ああっ、またマイナス思考が……。
「ハルディ、いい加減早くしなさい! こりすちゃんも待ってるのよっ」
うるさいな、エリーザ。まてよ、何か大事なことを忘れてるような……。あっそういえば、昨日灼耶が忘れ物取りに戻ってきて、10時に学校前で待ち合わせをしていた! もたもたしてはいられないっ。すぐさまコンセントを抜いて、エリーザは伴わず1人で外に向かう。
外に出ると、玄関先に赤いスポーツカーが停まっている。後部座席にはこりすが座っていた。白いワンピースか、清楚なこりすらしくていいな。一方、僕は裸だ。よく考えたら変態じゃん……。のああっ、ペシミストな自分が辛い……。僕がまたうなだれていると、エリーザの声がした。
「ちょっとハルディ、うなだれるの3回目! もう10時前よっ」
そうだ、こうしちゃいられない。灼耶を待たせることになる。僕は栄養ドリンクを飲んだ後のように、シャキッと立ち上がる。それから、すばやく助手席に座った。エリーザが乗り込んだのを確認した僕は、
「エリーザ、急ぐんだ!」
「ハルディがもたもたするからでしょ!」
「ああ、それは悪かった。それより、早く学校へ向かってくれ」
「えっ、なんで?」
「実は2人に会わせたい人がいる。元家灼耶っていうんだ。こりすは知ってるだろ?」
「うん、話はしたことないけど。でも、私と一緒でおとなしい雰囲気だよね」
「ああ。僕もこりすと少し似ていると思う。だから、仲良くしてほしいんだ。それとエリーザ」
「何よ?」
エリーザは、首を助手席にいる僕の方に向けた。
「元家灼耶の悩みの正体が、よくわからないんだ。ヘルプミー」
「もう、ハルディも急なんだから! わかったわよっ、学校前まで連れて行くわよっ」
こうして、車は学校へ向けて発進した。
わりと早く校門前に着いた。僕がエリーザに催促したからだろう。しかし、時刻は10時5分なので遅刻だ。僕は慌てて車から降り、校門前に立っている灼耶の下に駆けよった。
「ごめん、待った?」
「はっ、はい。ま、待ちました」
「ごめんね、待たせてしまって」
「いっ、いえっ」
それにしても、プライベートの灼耶の服装。白のノースリーブにデニムのショートパンツ。妙に露出が多い。僕が観察していると、指摘された。
「ハッ、ハルディさん。そっ、そんなにじろじろ見ないでください。はっ、恥ずかしいです……。私だって好きでこんな格好をしてる訳じゃないんです。中学時代は活発だったから、その名残です」
「ご、ごめん」
僕は視線を逸らして呟いた。灼耶は赤面しているものの、緊張ではなく恥じらいと感じとれるので、可愛かった。同時に、彼女を救済したくなった。僕は灼耶の手を引いて車まで連れ込むと、なぜか車内の2人ににらまれた。ちょっと気まずく感じたので灼耶をこりすの隣に促すと、そそくさと助手席に座った。
車が動きだしたけど、会話がない。とりあえず、灼耶に2人を紹介しておくか。僕は灼耶の方を向いて、
「灼耶。僕の隣にいる運転手が、昨日話した先輩ロボットのエリーザだよ」
「よよよっ、よろしくお願いっ」
灼耶は緊張して、うまく喋れないようだ。すかさず僕がフォローする。
「エリーザ。彼女はうまくあいさつできなかったけど、変に思わないでくれ。どうも、人前に出ると緊張して、頬が赤くなることについて悩んでるみたいなんだ」
エリーザは「そう」とだけ呟いて、なぜか100均の駐車場に車を停めた。そして、店内に入っていく。
しばらくすると、エリーザが戻ってきた。
「えっと、灼耶さん。それは恐らく赤面症だよ。さっき、頭の中でグーグルを使って検索してみたから。ほら、マスク買ってきたよ。これがあれば症状が和らぐはずだから」
さすがエリーザだ! 頭の中でグーグル検索とか、うらやましい。灼耶も、噛まずに「ありがとう」とお礼を言っている。マスクの効果はあるな。
車は、目的地であるゲームショップにたどり着いた。こりすは本の他にゲームが趣味だ。アニメにも造詣が深い。車が停止すると、彼女はおっとりしている普段とはうって変わって、すばやく入店する。灼耶もこりすに続いて、弾丸のようにすばやく店内に入った。子供のような2人見て、僕は笑む。多分、灼耶の服のサイズはM。なぜか押田を思い出した。相変わらず空想家の僕は、考え事ばかりしながら入店する。
「うおーっ。ボードゲームだ、カードだ、テレビゲームだーっ!!」
僕も子供のようにはしゃいでいいじゃないか!
「あれっ、騒いでるバカがいると思ったら、ハルディじゃない!」
後ろから聞き覚えのある声がする。だけど今はゲームが見たい!
「シカトすんな」
後ろからの呼び声がしつこいので、仕方なくふりかえる。すると、ピンクのツーピースの上に、白地で『GAME』とプリントされた青エプロンをつけたミソノがいた。
「ミソノ、結局メイドのバイトはやめてここで働いているのか?」
「やめてって、最初からメイドのバイトなんてしないわよっ! そんなにメイドが見たければ、奥にある『惑星少女・メイドインスペース』のコーナーで、メイド服の店員がゲームを販売してるから、見に行けばいいじゃないっ」
なぜ怒る? そして、彼女は僕に背を向ける。腑に落ちないが、メイドは楽しみだ。
お世辞抜きで小さい店なので、すぐにメイドは見つかった。カウンターの中で、惑星少女のゲーム販売をしている。しかし、メイドは顔を赤くしてマスクをつけている。もしや、灼耶か? いや、メイドは茶髪ロングだから違う。
その時、黒Tシャツにデニム、その上に青エプロンをつけた男性店員が、メイドに近づき話しかけた。
「おい、大丈夫か?」
「て、店長。ごめんなさい、コホコホッ。夏風邪が酷くて……。ご主人様たちにうつるといけないからマスクしましたけど、これではメイドとして勤まらないかも……。ケホケホッ」
メイドは咳をして苦しそうだ。って、よく見たらこのメイド、うさぎ先生じゃん。教師がバイトしていいのか? もしや、メイド服を着るために……。店長と呼ばれた優男が、先生をカウンター裏にあるスタッフルームに連れていった。
ほんの数秒で、店長のみがカウンターに姿を現した。
「困ったな。ミソノちゃんは、頑なにメイド服を着たがらないし。いや、最近この店の客入りは低迷気味だ。やはり、大手のように客寄せするなら、ミソノちゃんにメイド服をお願いしたい。でも、無理強いはよくないから、ダメ元で聞いてみるか。えっと、彼女はどこかな?」
よし、ミソノの高慢な鼻っ面をへし折ってやる。
「すいません店長。ミソノさんなら入り口の辺りにいましたよ」
「ありがとう鏡もち!」
鏡もちじゃない、雪だるまだろ。いや、縁起がいいから悪くない。悪くないぞ! バケツの帽子はやめて、今度から頭にみかんを乗せようかな。いや、みかんはマヌケだな。帽子なら何がいいだろう? うーん、ヘッドドレス。いや、僕には似合わないか。ちょうど目の前にいる金髪で巨乳でミニスカートのメイドには、ヘッドドレスがお似合いだ。って、ミソノじゃん! ミソノがメイド服でカウンター内にいる。冷やかし開始だっ。
「やあやあミソノ、制服より似合っているぞ。その格好で学校行けよ」
「な、なによっバカハルディ! 好きで着てるわけじゃないっ。店の発展、あたしの昇給のためよっ」
「バカハルディとは失礼じゃないかっ。お客さんに言う言葉じゃないだろ!」
「じゃあ何て言えばいいのよっ!?」
「お客さんはご主人様だろっ!」
ミソノは紅潮して、唇を震わせる。
「も、申し訳ありません……。ご主人、様。学校で覚えてなさい、ませ」
「なんか、その、な。その格好で、照れてるのも……。か、かわいいぞ」
ミソノは顔を真っ赤にする。これだから、つい彼女にはちょっかいを出したくなる。女の子が赤面すると愛くるしい。でも、これで悩んでいる子もいる。僕が灼耶に同情を寄せていると、入り口の方から彼女とこりすの叫び声がした!




