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惑星少女・灼髪のマーズ!

 僕が灼耶の顔を凝視していると、彼女は顔を背けながら手紙を差し出してきた。『ハルディさまへ』と書かれた手紙を受けとる。こ、これはラブレターというやつか? 中身が気になる。でも、ここで開封するのもアンチマナーだ。ああっ、僕には関係ないと思っていたけど、青春を謳歌できるとは。この胸の高鳴り、止められない。僕はロボットだけど、


「トイレ行ってきます」


 と、誰に対してでもなく言ったあと、廊下に躍り出る。そして、スキップしながら男子トイレに駆け込む。よし、早速拝見しよう。ドキドキが止まない。


『拝啓 ハルディさまへ。こんにちは。私は元家灼耶。というのは世を忍ぶ仮の姿。本当は惑星少女・灼髪(しゃくはつ)のマーズです』


 のっけからわけがわからない……。しかし、本当の姿を告白しているので、信頼されているのだろう。気を取り直して続きを読む。


『私は火星を擬人化した少女なのですが、宇宙へ帰りたいのです。どうか、私を宇宙に連れてって』


 『連れてって』か。任せろ! 僕は灼耶と一緒なら、たとえ火の中水の中、宇宙へでも。なるほど、そういう想いの伝え方があったか。でも、まだ続きがあるな。もしかしたら、『好きです』と書いてあるかも。期待を込めつつ、続きを拝読する。


『宇宙へ連れてってもらえないと困るのです。私は元々火星、赤い星です。いつも赤い顔だから、人前に出ると、緊張してると思われているようで、不安なんです。こんな事を相談できるのは』


 僕は愕然とした。


『こんな事を相談できるのは、相談員のハルディさんくらいです』


 ラブレターじゃなかった……。ちくしょう、なんなんだよ惑星少女って。頬が紅潮するのは自分が火星だからだって? 紛らわしいんだよ。そんなに宇宙へ行きたければ、1人で行けばいいのに。頭にきたので、バラバラ死体と化した手紙は、洋式トイレにくれてやった。


 ああっ、失恋だ。それにしても、恋愛の勘違いってなんで、こんなに憎悪が沸くのだろう?




 悶々とした1日を僕は過ごし、逢魔(おうま)が時。夕暮れの切なさと自分の心を照らしあわせつつ、僕はこりすと帰路に就いた。ビル街を背景に、ため息ばかりついている。そんな僕をこりすは見かねた様子で、


「ハルディさん、どうしたですか? 元気ないけど、です。もしかして、もうすぐ家につくから、機島のおじさんの顔を見るのが憂鬱、ですか?」


「正解」


「やっぱりです」


「うん、半分はね。もう半分は帰ってから話すよ。ほら、もう着いたから」


 ビル街の外れにひっそりと佇む、白くて長方形の研究所は、どこか侘しい。正面の自動ドアから進入する。


 研究所内に入るなり、すぐに目についたのは、僕が苦手な人物だ。エントランス中央に置いてあるソファに座り、ガラスの机に頬杖をついているモアイ。彼といきなり目があってしまったが、僕は無視をした。一方、こりすは「ただいま」とあいさつをした。


「お帰り、学校はどうだった?」


「疲れました……」


「そうか。こりすちゃん、ここを自宅だと思ってゆっくりとくつろぎなさい」


「ありがとうございます」


 それにしても、モアイはいつも1人で何かを研究しているけど、はかどるのか? 僕がモアイを一瞥すると、彼は視線を僕に注ぎつつ、笑んでいた。その笑みが何を意味するのかはわからない。不気味なので、こりすの手を引いてエントランス右の自動ドア前まで行く。そこから、僕とエリーザの自室に入った。


 真っ白い部屋の中央右隅には、ソファが置かれている。そこに座るエリーザが、あいさつをしてきた。


「ハルディ、こりす、お帰り」


「ただいま」


 僕とこりすは同時に発声した。そんなことより、今日1日僕を苦しめていた灼耶のことを話したい。


「ちょっと、エリーザ。聞いてくれよ」


「どうしたの?」


「僕が担当している3年1組の元家灼耶って子から、今日手紙をもらったんだよ。てっきりラブレターかと思ったんだけど、違うんだよ」


「内容はどんなの?」


「えっと、自分は火星で宇宙へ帰りたいって。意味わからないけど、そんなことは置いといて。その灼耶って子、僕を見て顔が真っ赤になって、急に視線を逸らしたんだ。だから、僕のことを好きなのかなぁって思ってウキウキしたんだ。彼女となら、宇宙へ行ってもいいかなって」


 な、なんだ? エリーザとこりすの目付きが鋭くなったぞ。そうか、僕の怒りに共感してくれているんだな。続きを話すぞ。


「んで、意気揚々と手紙を読んだの。すると、内容は全然ラブレターなんかじゃなくて、頬が赤いのは自分が火星だからと言っているし、僕は恋愛対象なんかじゃなくて、ただの相談員としか見られてなかったんだ。とにかくショックでさ。勘違いしてた自分が、みじめで、腹が立って……」


「でもその子、ハルディに何か相談するつもりだったんでしょう」


「だから、宇宙へ帰りたいって。意味わからないでしょ」


「うーん、確かにそれは困るわね……」


 三人寄れば文殊の知恵というが、今回は答えを見つけられそうもない。ショートする前に思考停止した。


「まあ、いいじゃん。僕も正直、灼耶には協力したくないから、放っておけば」


 僕はすねて、部屋の中央左隅に置かれているソファに、勢いよく座りこんだ。こりすも、僕の右隣にあるソファに座る。


 その時、入り口の自動ドアが開扉した。現れたのはモアイだったから、ため息が出た。


「エリーザ、腹が減っては研究はできぬ。夕飯の支度を頼む」


「はい、ドクター機島。今日は何が入るかわからない、闇カレー鍋です」


「うむ、楽しみだ……。どうした? どこから持ってきたのか知らないが、フラスコなど手にして。ま、まさか、その薬品を入れる訳じゃなかろうな?」


「はい、そのまさかです」


「ま、待て。それは劇薬……」


「冗談ですよ!」


 エリーザはモアイを茶化して笑っている。どうやら、灼耶の話はモアイの耳には届いていないみたいだな。


 エリーザに手を振った後、彼女とモアイの背を見送る。すると、モアイが急に立ち止まり、僕を見つめる。


「ハルディ。新たな依頼、失敗しないよう頑張りなさい」


 そういい残し、モアイはエリーザを伴い退室した。それにしても、ものすごい圧力をかけてきたように感じた。時々モアイは、僕を寵愛(ちょうあい)してるんじゃないかと思えるくらい優しい言葉をかけてくる。でも、圧力だと捉えてしまうのは、僕はモアイを嫌っているからだ。体にインプットされている、『いつかスクラップにする』というモアイのメッセージプログラムに、僕は拒否反応を示しているからだ。せっかく、エリーザやこりすと出会えたのに、スクラップなんて嫌だ。僕はまだまだ生きていたい。その為には妥協が必要だろう。よし、明日は灼耶の悩み相談を行うぞ! 決意し、オイル補給の後スリープモードに入ろうとすると、モアイの絶叫が耳に入った。どうやら、闇カレー鍋はエリーザの女体カレー鍋だったらしい。僕は(いい気味)と思いつつ、夢の世界へ行った。




 次の日の放課後。僕は一人教室に残っていた灼耶の前まで歩を進めた。それから、席についている灼耶に、まるで親友のような軽いノリで声をかけた。


「おっす、灼耶。元気か? 昨日の手紙を見て思ったよ。ファックユー……、あっ、いやいや火星なんだってね。そのことについて詳しく聞かせてよ」


 言いつつ、僕は彼女の前の席に座り、イスごと体を灼耶に向けた。


「ひゃううっ、ハッ、ハルディさん!」


「そう驚くなって。君は敵……、いや素敵だよ」


 相変わらず、灼耶は紅潮してうつむいている。


「大丈夫だって。僕は君の敵……、じゃなくて味方だから。なんでも話してくれ! 隠し事なんて野暮だろ」


 なんか、恋人に言うセリフみたいで恥ずかしくなってきた。灼耶も恥ずかしいようで、机とにらめっこしている。この沈黙、耐えられないな。よし、こっちから質問してみよう。


「あのさあ、手紙読んだけど、宇宙って行くの難しいよ。もしかして、スペースシャトルにでも搭乗させてもらうつもり?」


「ち、ちち、違います! いっ、今私はっ、豊かなる海のように、深い優しさを持つ、アースお姉様に保護されています」


 うおっ、急に灼耶は顔をあげた……。顔が真っ赤。僕も緊張して、身体中が熱くなってきた。


「な、なぜ私が保護されているかと言いますと、暗黒巨星郡ダークマターが、大挙して宇宙中を無差別攻撃したのです。もちろん、太陽系の惑星少女たちも傷つきました。今、彼女たちは太陽の女神・シャイナ様に匿われています。ですが、ダークマターは強すぎる。このままでは、太陽系もダークマターたちに支配されてしまいます。だから、私は宇宙に行って戦わなくちゃならないんです!」


 急に関を切ったように饒舌になったな。もう緊張と話の内容についていけなくて、狼狽中だよ。灼耶は、話終えるまでずっと僕の目を注視していた。しかし、急にハッとした表情になり、またうつむいてしまった。彼女の視線ロックオンから外れたので、僕は正気に戻った。しかし、返事に困る。厚意を持って助けてやりたいが、灼耶はこちらを見ては下を向くという行為を繰り返している。やっぱり、僕に好意があるんじゃないだろうか? 僕は意を決して、核心に触れてみることにした。


「あ、あのな。灼耶って、僕といると、その、いつも顔が赤いじゃん」


 突然灼耶は立ち上がり、両手で机を叩いた。


「だから手紙にも書いたじゃないですか! 私の正体は火星ですよっ。顔が赤くて当然じゃないですか!」


 怒らせてしまったな。かなり興奮している。しかし、立ち上がった拍子に、スカートのポケットからスマホが落ちたことに気づいていないようだ。ここで拾ってあげれば彼女も冷静になるだろう、と考えた僕。イスに座ったまま腰をかがめた。床のスマホに触れたその瞬間、僕の右手の上に灼耶の手が重なった。柔らかいと感じたのも刹那。彼女は「ひゃっ」と声をあげ、右手を引っ込める。それから、右手を左手で覆い隠し、本当の火星のように紅潮して、僕に背を向けた。鉄の心臓が跳躍している。人間の女性の掌は、温かくて柔らかかった。恥じらう姿もかわいらしい。ここでスマホを渡したら、喜んでくれるだろうか? 嬉しそうに恥じらう灼耶の顔が見たい。僕はスマホを手に、背を見せる彼女の前に立った。しかし、僕はイスにつまずいてしまう。両手をじたばたさせたのでこけなかったが、指が当たりホームボタンを押してしまう。さらに、イスにつまずきこけた僕は、画面をスワイプしまう。ホーム画面に映し出されたのはーー。


 惑星少女・灼髪のマーズ?

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