クラスは鶏小屋かうさぎ小屋か?
右を見ても左を見ても、もう一度右を見てもビルだらけな街に溶け込むように建つ名宮高校。
僕が相談員として赴任する学校はここだ。
敷地内を見回せば人だらけ。男女女男女男男女といった具合で生徒たちがひしめいていて、少々うるさい。
校門から生徒玄関まで延びている石畳を歩いていると、
「生徒の皆さん、おはようございます」
と、流れるアナウンスが少々うるさい。
石畳の両脇にある花壇の中で咲き誇る桜を散らす風も少々うるさい。
かまびすしさに苛まれながらも、生徒玄関前までたどり着いた。
玄関右側の看板には、ご丁寧に校内の地図が貼られている。
「えっと、ここは学校の東側、僕は職員だから南の職員玄関から……エネルギー節約のため、ここから入ろう」
生徒玄関も少々うるさいが、ここに来てようやく雪ダルマシンである僕に五十代くらいのおじさんが声をかけてくれた。
「もしかして、ハルディ君?」
「はい、そうですが。あなたは?」
「わしはこの学校の校長だよ。インターネットを通じてエリーザさんから話は聞いている。君には、難癖があって手がつけられない3年1組を担当してもらう。よろしく頼んだよ」
「はい、任せてください!」
「うむ、頼もしいな。あっ、それと」
「なんですか?」
「ここは生徒玄関だよ。職員はルールの遵守が鉄則だ」
「校長、ルールってなんですか?」
「いいかね。ルールというのは、皆で守るべき決めごと。これを守ることで、社会秩序、公序良俗が守られ……」
言ってることさっぱりだ。頼むから日本語で喋ってくれ。
「ハルディ君!」
「はい!?」
「わしの言いたいことがわかっていないな」
見抜かれていたか……。さては校長、眉間のシワと頭のバーコードで僕の思考を読みとったな?
「とにかく、職員は職員玄関から入ってくれ」
「わかりました。すいません」
僕は校長の指示に素直に従い、迂回した。
「はー、職員室でのミーティング長かったな。校長も途中でフランス語喋り出すし」
「まあ、そう言わないでハルディ君。校長は東北なまりだからたまにフランス語に聞こえるのよ」
現在、僕と一緒に階段をかけ上っているのは、胸元のあいた赤いガウンにピンクのミニスカートを穿いている女性職員、『望月うさぎ』
彼女は茶髪ロングを揺らしながら僕の前方にいる。
「みんながハルディ君に期待してるよ。がんばって!」
「そうかそうか。よーし、はりきって教室に入ろうか」
会話しているといつの間にかうさぎ先生が担任をしている3年1組の前までたどり着いていた。
僕は教室の引き戸を外れんばかりに開いた。さあ、みんなが僕を待ち望んでいるはずだーー。
「うわぁぁぁっ!!」
「きゃああああっ!!」
教室内、石畳よりも百倍うるさい……。しかし、僕はくじけずに、
「みんな、お待たせ。僕がアンドロイド、ハルディ・ターメリックだ! 君たちの深刻な悩みを聞いてあげるため、只今参上」
「おわああああっ!!」
「きゃああああっ!!」
……誰も聞いていない。
だが、うさぎ先生が室内に入ると、男子は皆彼女に視線を移し、沈黙し始めた。
……誰も僕を必要としていないのね。またマイナス思考が……。
落ち込むこと数分、不要な感情をリカバリし、ハルディ復活!
ひとまず男子は静まったので、今度は女子をおとなしくさせようと僕はボイス変換機能を使い、高く甘い声を出した。
「やあやあ、女性諸君。僕の話を聞いてくれないかな?」
「きゃああああっ!!」
効果がない……。どころか、なぜかまた男子が騒ぎ出した。例えるなら鶏小屋。隣近所で喋りすぎ!
「うさぎ先生、このクラスはいつもこんな感じなの?」
「ええ、そうよ」
「なんか、みんな悩みとは無縁のような気がするんだけど……」
「みんな、悩みがあるからこそ騒いでいるのよ。江戸時代の『ええじゃないか』みたいなものよ」
「ふーん。じゃあ一番後ろの右端の席に座っている子だけ騒いでいないけど、あの子は悩みがないんだね」
「さあ? そんなことより、春なのに暑いわね。いよいよ地球温暖化かしら?」
ぶつぶつ言いながら、風呂でもないのになぜかガウンを脱ごうとするうさぎ先生。背中の半分まで服の裾が上がっている。
生徒たちのうるさい声が止んだ。
しかし、声が止んでいるにもかかわらず、うさぎ先生の手は止まらない。ガウンとスカートを僕の顔に放り投げてきた。
いい香りのする布に覆われるも、視界は暗黒……。
「うわあ、先生、グラマラス!」
男子生徒の一人が叫んだ。
「先生、そんな小さな布に締め付けられて、大きな胸が苦しくないですか?」
「スラッとした美しい身体だ!」
「あのスレンダーな脚に蹴られたい……」
「あたしも先生のような体型に憧れるー」
生徒たちの声が聞こえているが、僕は一向に布から顔が出せない。
スラッとした身体、スレンダーな脚、大きな胸を締め付ける小さな布……。昨日のエッチな本をふまえて妄想してみる―ー。
なぜか、身体が熱くなった。まさか人間の女性に胸がときめいて―ー?
見たい一心でガウンとスカートをとりはらい、肉体美を拝む。すると、僕の視線に気がついたらしくうさぎ先生が話しかけてきた。
「どう、あたしのビキニ姿。これでも前職はグラビアアイドルだったのよ」
確かに、上下水色の下着のような格好をしていて、胸が締め付けられて苦しそうだ。それより、僕の胸の高鳴りが気になる。ああっ、頭から湯気がっ!!
「消火器っ、消火器!」
うさぎ先生が騒ぎ、生徒たちもてんやわんや。
しかし、さっき騒いでいなかった子だけは俯いているだけ。やはり一言も発してはいない。