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ミソノのゆくえ

第五章~もう二度と戻らぬもの~

 異例中の異例だ。今までは、人に迷惑をかけても悪びれる様子のなかった押田ライオン率いるチンピラたち。そんな彼らが、引龍にいじめたことを謝罪するようだ。


 ホームルーム前の教室にて。いつもはバカ騒ぎしている生徒たちも、報道陣のように引龍とチンピラ一同をとり囲んでいる。僕もかごめかごめの一員ではあるが、チンピラの一員には欠員がいるーー。


 ミソノがいない。遠足から1週間が経つが、教室内には出現しない。だから顔を忘れてしまった……いや、それは大げさか。こうも欠席が続いていると、いささか心配になってしまうものだ。やはり、押田がドMだったことがよほどショックだったんじゃないだろうか?


 押田も最近元気がない。食欲も減退している様子で昼食をほとんど摂らず、早退を宣言して撤退してしまう。1週間前の恐竜と戦っていたときの覇気はどこへやら。今だって囁くような声で、


「すまん、引龍。ミソノと全く連絡がとれないんだ。もちろん、あいつもお前をいじめた罪がある。だから、俺たちと一緒に謝るべきなんだが、これでは、どうしようも……」


 ライオン、いや、猫を被っているんじゃないかと思うくらいおとなしい押田がそう言った。引龍は「……そう」とだけ発してうつむいた。押田は手下のチンピラにもミソノに連絡するよう促していた。しかし、手下にも連絡はないようだ。困り果てている様子の彼らを僕は見かねて、


「クラスのみんな! 特に女子。ミソノの友達はいないか? もしくは、連絡先を知っている人は手をあげて」


 しかし、挙手はなかった。


「おい、ハルディ。残念ながら、ミソノとつるんでいるのは俺たちしかいねえんだよ」


 と押田。他に連絡先を知ってそうな人は、担任であるうさぎ先生くらいか。しかし、ホームルーム開始時間である9時を回っているのに、先生は現れない。 またしても、遅刻なのだろうか? うさぎ先生は遅刻魔、SM女王、コスプレ先生というアダ名がついている。クビにならないのが不思議だ。校長を色じかけで籠絡(ろうらく)しているかもしれないな。もしくは、うさぎ先生と校長のSMプレイ……。などと僕が妄想していると、教室の引き扉が開いた。遅刻魔の登場か? 足の方から入室した者を観察する。たまに、ロボットなのにエッチな僕自身に辟易する。しかし、自分らしく生きればいいとエリーザは言ってくれた。人間は思春期から次第に性に目覚めるものらしいが、僕も思春期かな? と、目の前のみずみずしい肌色の脚線美にみとれながら思考する。スカート丈は膝上まである。うさぎ先生ならミニスカートを穿くだろうな。先生以外で遅刻が多いのは……、間違いない。僕が入室した者の顔を確認すると、やはりこりすだった。彼女は人が多い場所は苦手だ。無理せずに休む日もあるから、体調を考えて出席する。だから、遅刻も多い。


「おはよう、こりす。先生はまだきてないよ。ラッキーだったね」


 あれっ、返事がない。それどころか、彼女は両手でブレザーに包まれた胸全体を覆っている。恐らく、Cカップだな……。はっ、また思考が煩悩に支配されて……。僕が慌ててこりすの顔を見ると、目と目が合った。すると、彼女は胸を覆ったままうつむいてしまった。「ご、ごめん」と謝っても返事はない。


 次第に周囲の視線が気になってきた僕は、


「あーっ、こりすっ。今日は君の持病である心臓神経症が出たんだね! その病気はストレスが原因らしいから気をつけるんだよ。今すぐ保健室に連れてってあげるから!」


 こりすは僕の嘘に気づいていない様子で、真剣な顔をして言う。


「いいよです、保健室にはさっき行ったです」


 しかし、僕は無理やり彼女の手を引いて教室の外へと連れ出した。突然のことにこりすは慌てて、


「え? ハルディさん。何を言ってるの、です。私、持病なんてない、です……」


 そう真剣な顔で真実を告げられると罪悪感が湧くな。しかし、彼女はすぐに嘘の意味を理解した様子で、また胸を覆いうつむいた。互いに沈黙。だけど、教室から無数の噂話が聞こえてきた。


「こりす大丈夫かな?」


「それにしても、ハルディとこりすって仲がいいよね」


「一緒に住んでいるらしいよ」


「うそーっ、まさか同棲?」


 僕はばつが悪くなったので、こりすの柔らかい掌を握って、有無を言わさず走った。そういえば、『廊下を走るな』という貼り紙をしょっちゅう無視しているな、僕。最近、校長とのエンカウント率が低めなのが幸いだ。


 まるで二人三脚をしているかのように、僕たちは歩調を合わせて階段を降りる。




 3階から保健室のある1階までたどり着いた。階段を右に曲がった廊下の右側には、職員室、校長室と入るときについつい遠慮してしまう部屋が並ぶ。しかし、校長室の奥にはこの階層で唯一の癒し空間である保健室がある。僕らは早足で、職員室と校長室を通り抜け、保健室の前にたどり着いた。


「さあ、ついたぞ」


 僕が額ににじみ出たオイルを腕でぬぐいながら発する。すると、こりすはすぐに手を離した。僕の右手から柔らかい感触が消えると、こりすは紅潮してうつむいてしまう。再びやってきた沈黙に、僕は耐えられなかった。


「こ、こりす。じゃ、じゃあ、僕は教室に戻るから。恐らくまだうさぎ先生も来ていないだろうし、今日はここでゆっくりしてくれ。1人で羽を伸ばしたいだろ」


 そう言い残し、返事も聞かずに背を向けた途端、後方から声がした。


「ハルディ君。なにこりすちゃんをサボらせようとしているのかな? 逃げようとしないで、こっちを向きなさい」


「そっ、その声は……。うさぎ先生!」


 僕が叫んだ後、すぐに後頭部を痛みが襲った! だからそこには大事な回路があるのに……。


「説教するからこっちを向きなさい!」


 これ以上、後頭部を攻撃されたくない。僕は振り返る。


「……なんでナース服?」


「うふふっ。あたし、望月うさぎは保健室で悩める子羊たちのケアも任されているの」


「保健体育だけじゃあ収入にならないだろうから保健室の業務なんて、なに仕事に保険をかけているの?」


「あら、こりすちゃん、本当に具合が悪いの? さあ、中へ入ってね」


「僕のダジャレは無視かよっ!」


 ダジャレをスルーされるのみならず、2人は入室して扉を閉めてしまった。僕は存在すらも無視されているようだ。


「ああっ、このままスクラップになった方が楽かもしれない……。屈辱だ」


 僕が吐露していると、満面の笑みを浮かべたうさぎ先生が僕の目の前に立っている。しかし、次の瞬間! 彼女は僕の頭を撫でだした。ああっ、まさに白衣の天使だな。それから、柔らかい口調で、


「ハルディ君。生徒の悩みを聞く立場のあなたがそんなにマイナス思考では、生徒全員を悩みから解放する以前に、あなたが不幸じゃない。もっと前向きに生きましょう。そうすれば、生きているのも楽になるわよ」


 確かにそうだ。僕は何かにつけて悲観的になり、自分を卑下してしまう。人間にも外向的、内向的とタイプがあるけど、それは生まれ持ったものだから変える必要はないようだ。でも、マイナス思考は当人の思考を乗っ取って苦しませる。さらに、人生を楽しむことを阻害する。だから僕は、ポジティブになりたい。目標は学生たちをオプチミストに変える。そして、みんなを幸せにして、スクラップという脅威を取り除く。その暁には、僕の幸せがある。


 などと考えている時に、うさぎ先生が再び話しかけてきた。


「あれっ、ハルディ君が固まったまま動かなくなった。壊れてしまったのかな? それとも、さっきの自分のダジャレで凍ってしまったとか……」


「壊れても凍ってもない! 僕は元気だ」


「あれ、立ち直ったみたいね」


「うん、おかげさまで。さすが、ナース姿は伊達じゃないな」


「ふふっ、そうでしょ。さあ、入り口で立ち話もなんだから、中へ入って。今まで4人の生徒を救ってくれてるから、癒してあげる」


 なん、だと!? 癒しとはずいぶん期待させてくれるな、先生。では、早速室内にお邪魔しようじゃありませんか!


 保健室の中央右端に置いてあるのは机。それにこりすは両肘をついて、丸椅子に座っている。左奥は白いカーテンで覆われている。以前入った時には、カーテンが開いていてそこにはベッドがあったな。まさか、うさぎ先生の癒しとは……。よし、カーテン前に到着した。


「うさぎ先生、癒しとはつまり、そのっ……。このベッドで、僕と……」


「あっ、ハルディ君。そのカーテンを開いちゃダメ! そこには」


 うさぎ先生、そこには何があるというんだ。気になるので、僕はカーテンを思いっきりひっぱって開ききった! そこには、うさぎ先生秘蔵のSMグッズとかが隠してあると思っていたが、違う。1人の女の子がベッドの端に腰かけていた。こちらを向いているので、容姿ははっきりとわかる。巨乳でスカートが短い。そして、金髪の女の子。そう、ミソノだ。

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