緊急捜索 ライオンが山へ逃げた
押田がいなくなった後、僕の頭にある矛盾が生じた。それを思わず口走ってしまう。
「押田……。逃げるなよ……。結局、自ら進んで負けを認めているじゃないかっ」
「いえ、ハルディ君。逃げることが必ずしも負けに結びつくとは限らないの。うさぎ流ことわざの授業になるけど、『三十六計逃げるに如かず』。つまり、逃げることはどんな作戦にも勝るって場合もあるの」
「でも、押田は作戦なんて考えられるような奴か?」
「ちょっと、そんなことよりことわざの授業料払いなさいよ! 30万円」
「ぼったくりにもほとがあるだろ! そんなに払ったことがモアイにバレたら間違いなくスクラップ。絶望一直線だよ!」
「そうよね。今の押田君を放っといたら、絶望へ一直線に進んでいくかもしれない」
「お、おい。急に話題が変わったな」
「ねえ、ハルディ君。あたし、教師として、いや、人として押田君を助けなくちゃいけない。ドMを前にして自制が効かなくなった自分自身に責任を感じてるから」
「うん。彼が逃げ出した全責任はうさぎ先生にあると思うよ」
「……もっとオブラートに包んだ言い方ができないの?」
うさぎ先生はメスヒョウのポーズでうなだれてしまった。
しばらくして、うさぎ先生は顔をあげた。
「協力してくれたらことわざの授業料免除!」
「いや、授業料勝手に発生して勝手に消えたなっ。僕の意思も尊重してよ」
「うん、わかった。じゃあハルディ君。一緒に押田君を探そうね」
「本当は嫌だよ。だって、押田は僕の敵だし、今回はうさぎ先生が悪いんだし。本当は1人で行けば? って思うけど……、押田を野放しにしていたら何をしでかすかわからない」
「ハルディ君も素直じゃないね」
なんだかんだ敵でも見捨てられない僕は、生まれながらに献身的なのだと悟った。同時に、『生徒を救いたい』という気持ちが自身に芽生え始めていると気づいた。
うさぎ先生は拳を天高く掲げて、
「よーし、じゃあハルディ君、山のふもと目指して走るわよっ! あっ、生徒のみんなは無理のないようにペアで2列になって、ゆっくりと歩いてきてね」
うさぎ先生の指令で再び長蛇の列ができ上がる。最前列に勇者気分の僕、続いて恐らく賢者を気取っているうさぎ先生。その後ろにエリーザとこりすが2列に並んでいる。その他生徒諸君はエリーザとこりすの後ろを気だるそうにぞろぞろと歩いてる。
僕は引き返す。それから、優秀で押田探しの役に立ちそうなエリーザの右手を引き、
「ライオン捜索にご協力願います」
エリーザを連れて再び最前列に戻った。しかし、よく見るとエリーザの左手にか細い手が繋がれている。
「ハ、ハルディさん。ひどいよです。私も連れていってです」
「こ、こりす。山は獣がいて危険だよ。みんなと一緒にいた方が安全だ」
「ハルディさんがいたら安全だです」
微笑むこりすにノックアウトしてしまった僕は、ついつい頷いてしまった。
こうして、押田ライオン捜索隊は男型ロボット一体、女型ロボット一体、人間女性2人という編成になった。両手に花ではなく、僕を巡る三つどもえの争い……は起こらないか。変な期待はせず、押田救出に専念しよう。今、僕たち4人は走り出した。
走る走る僕たち、目指すのはビル街をぬけた先にある山のふもと。歩道を4人が2列になって駆けている。僕の前にはエリーザとうさぎ先生。2人ともヒップが弾んでいる。そして、左隣にはこりす。こちらも発展途上な胸が揺れている。美しい彼女たちの身体を拝んでいると、山のふもとの新緑より美しいんじゃないかと思えてくる。そういえば、山のふもとは勇利の母が燃やしたので、せっかくの新緑は台無しだろう。もはや、遠足というよりムダ足だな。
相変わらず、走っている時でさえ僕は思慮に耽っていると、真横から小刻みかつ艶やかな息づかいが聞こえてきた。呼吸のする方へ視線を送ると、こりすが紅潮しながら両目を半開きにして苦しそうに喘いでいる。これはもしや、介抱してあげたら感謝されて、今夜こりすの部屋に呼ばれるかもしれない。よし、こりす。今うさぎ先生に休憩を促すからな。
「先生、こりすが苦しそうだ。ちょっと休憩しようよ」
「ダメ! 押田君にもしものことがあったらどうするのっ」
「なんだよ、ケチ! ドSスパルタ教師っ」
「なんと言われようとダメなものはダメ! 走り抜くわよっ。伊賀の修行はこれの100倍辛いんだから、これくらいで参ってもらっても困るわ!」
「自分だけの価値観で物事を考えるなよ! 先生は目の前で苦しんでいる生徒を見殺しにするつもりかっ。そんなんでよく教師をやってるよなっ!」
「今は押田君のため急がないといけない! こりすさんはいずれ後続の生徒たちと合流できるから。ここはまだ街中。こりすさんが1人で休んでいても獣に襲われる心配はないわっ!」
珍しく全うなことを言う。僕が感心していると、こりすがかすれそうな声で話しかけてきた。
「ハアッ、ハアッ、ハッ、ハルディさん。私ならまだ大丈夫です。せ、先生の言う通りしんどくなったら座ってみんなを待ちますからっ」
やはり、こんなに必死になって走っているこりすを置いていくのはかわいそうだ。僕はうさぎ先生に車で移動するよう提案してみた。
「先生、今まで何十台もの車とすれ違っただろう。ヒッチハイクしようよ。山を目指している車もいるかもしれない」
「その時間がもったいない。走り抜くわよ!」
「あっ、先生。バス停にバスがいる。キップ買って乗ろう!」
「キップ買う時間がもったいない!」
「先生、頭上に飛行機がっ!」
「飛び上がる時間がもったい……っていうか無理よっ!」
「あっ、先生! 目の前にレンタカーの看板が」
「よし、乗ろう!」
「……レンタカーはいいのかよ」
今まで渋っていたのに、即断即決って……。借りる時間こそもったいない気がするけど。
僕たちはレンタカーに乗りこみ、いざ発進! 運転はもちろん、エリーザだ。助手席にはうさぎ先生。後部座席は僕とこりすが占拠した。僕の十八番の思考をする暇もなく、車外の景色は緑に変貌した。路面はアスファルトだが、道幅は狭い。しかし、ここをまっすぐ走れば、遠足の目的地、勇利の旧家前にある開けた場所に着く。
それにしても、窓の外は広葉樹はおろか針葉樹もない。シダ植物の縄張りだ。相変わらず、鬱蒼としている。なんか化け物とか出そうで不安だ。
その時、どこからともなく叫喚するようなおぞましい声がした。それと同時に、「きゃあっ」と叫んだこりすが僕に抱きついてきた。僕も驚いたのでこりすを抱き返してしまう。なっ、なんだ? 僕の胸に柔らかくて小さいクッションのようなものが2つ当たる。まてよ、僕たちは抱きあっている。この柔らかい2つの感触はっ!
僕の胸が高鳴ったその時、こりすは急に耳まで真っ赤にして背中を向けてしまった。
照れてる彼女もかわいいなと思いつつも、やはりさっきのおぞましい声が気になったので、エリーザに尋ねてみる。
「さっきの鳴き声はなんだ? 化け物か」
「今のはきっとアオサギよ」
「なんだよ、鳥か。脅かさないでくれよ」
思わずため息が漏れた。しかし、安心もつかの間、今度は轟音のようなうなり声がこだまする。
心臓が飛び出そうなほど驚いた僕に更なるハプニングが! またしても、こりすが抱きついてきた。抱き返す確信犯の僕。柔らかい腕、柔らかい頬。そして、柔らかい発展途上の……。しかし、幸せとは儚いものかもしれない。すぐにこりすは僕から離れた。でも、視線は今でも重なりあっている。もっとも、こりすは高速で逸らしたけど。
でも一体、さっきの轟音のようなうなり声はなんだったんだ? 再びエリーザに尋ねる。
「なぁ、エリーザ。さっきすごい声が聞こえたな。あれもサギか?」
「知らないわよ! 自分で考えれば」
「急につっけんどんな言い方になったけど、どうしたんだ? エリートで淑女なエリーザらしくないぞ」
「うるさいわね、本当に知らないのよ。化け物なんじゃないの? せいぜい、こりすちゃんが食べられてしまわないように気をつければ」
なぜかそっぽを向かれた。しかし、化け物とは恐ろしい。いよいよ押田が心配になってきた。
あの轟音の声が聞こえてから車は一歩も進んでいない。またあの轟音が聞こえたからだ。不安な僕は、機嫌が悪いと知りつつもエリーザに尋ねようとしたーー。
突如、獣道の右脇に生えているシダの茂みから何かが飛び出してきた! 「出たーっ」と叫んだのは僕1人。だって、よく見れば押田だったから。一点、気になることがある。押田は顔中がアザだらけ。一体、何があったというのか?




