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1人で悩まず相談しよう

 引龍はいじめっ子5人をにらみつけている。あの無表情だった彼が、顔で自らの感情を訴えている。


「なんだよ、その目は。弱虫引龍は引っこんでろ!」


 腹に押田のパンチを受けた引龍、それでも怯む様子もなく立っている。


 しかし、卑劣ないじめっ子たちは彼を囲んでタコ殴りにする。無慈悲なほどに……。


「どこまで卑劣なんだ。いじめってどこまで悲惨なんだよ。みんなでよってたかって、一人を攻撃する。どれだけ心が痛めつけられるか考えろっ!」


 咆哮(ほうこう)した僕は引龍を救うべく、果敢にもいじめっ子の輪の中に飛び込んだ。だが、すぐに無謀だと思い知った。血も涙もないいじめっ子たちは僕と引龍を袋叩きにしたからだ。




 僕らをさんざん痛め付けてくれた押田は攻撃をやめ、両手を広げて空を仰いだ。


「さあ、とどめだ。快楽のままにいたぶってぶっ殺してやるよ、特に糞ロボット。お前は邪魔だ、ぶっ壊す!」


 押田ライオンも芸のないやつだ。床に寝転がる僕に蹴りを放つ。しかし、チープな攻撃でも、心にはしっかり効いている。痛い、苦しい……。


「ハルディ!」


 エリーザが僕に駆けよってきた。しかし、彼女の背後にギラつく十の目。大切なものを壊されるーー。


 立ち上がった僕は、エリーザの下まで走っていき、彼女を突き飛ばした。


 なぜなら、エリーザの背中に多数の拳が迫っていたからだ。その拳の群れは僕の体にすべてヒットする。顔、胸、腹に……。


 苦しい……。だが、痛みはなかった。


 殴られど殴られど我が体痛みを感じざる。じっとライオンを見る。獣の形相。僕の顔面めがけてナックルダスターをぶつけてくる。鈍い音がしたが、痛みは全く感じない。ライオンは激昂し拳を5連続で叩き込んでくるが、蚊ほどの感触もない。顔中に血管を浮き上がらせたライオンが、


「くそうっ、なんで立っているんだよ! さっきまでは面白れえくらいぶっ倒れてたのによ」


「バリアーだよ。僕の体を緑色の光が包んでいるだろ。もう一切ダメージを受けない」


 押田ライオンは歯ぎしりをしながら、茶色の長髪を揺らしつつ、僕の腹めがけて殴りかかってきた。


「チープな奴だな。パンチしかできないのか?」


「な、なんだよ。バリアーって」


 押田はもとい、彼の後ろにいるいじめっ子4人もすくみあがっている。


「バリアーなんて反則じゃねえかよ。卑怯だ、まるで痛みを感じねえなんてよ」


「反則、卑怯? お前が言うなライオンっ。一人を囲んでいたぶりなぶっているお前らの方が反則であり卑怯じゃないかっ! 人に痛みを与えてストレス解消するお前らは、人間として反則であり卑怯だっ」


「うっ、うるせえっ! 人間は所詮弱肉強食。弱いやつは強いやつのストレス解消の的になるだけだ。引龍だってそうだ。気に入らないやつを殴ったり蹴ったりすれば、俺たちはスカッとして気持ちいいんだよ」


「殴ってるお前らは痛いって叫んでる相手の気持ちを考えたことあるのか? 僕もお前らに殴られて気づいた。消えることない痛みを。心は常にマイナス思考になって、体は常に痛みに晒されて生き地獄。それを毎日受けていた引龍のことを思うと断腸の思いだ!」


「引龍なんて知るかっ! 俺たちは自分たちさえ良ければそれでいいんだっ」


 押田ライオンは懲りないやつだ。右ストレートを僕の顔面に放ってくる。衝撃音はすさまじいが、ダメージは皆無だ。


 押田の拳が僕の顔からずり落ちる。その様子を見て、はっきりと言ってやった。


「効かないんだよ!」


 怒り狂う押田は、僕の双肩に手を置いて揺さぶってくる。


「ふ、ふざけるなっ、ふざけるなぁあああっ! 俺はケンカ強ええんだっ。負けたことはないんだぞ!」


「ケンカが強い? 引龍1人相手に5人がかりって強いと言えるのか。力は強くても、心は弱いだろうがっ! 結局引龍とケンカするにしても、1人ではできない弱虫だろうがっ。群れないと戦えない動物みたいな奴らだろうがっ!」


 押田ライオンがその場にへたりこむと、ミソノと子分たちが慌てて奴に駆けよる。


 そして、ミソノは僕をにらんで、


「忍は強いよ。今日は調子が悪いだけ。アンタがいくらうわ言を言おうが、いつか拳で黙らせるよ!」


「拳で黙らせる? それは動物じゃないか。人間は言葉という解決方法を持っている。そんなすばらしいものがあるのに、いつまでも暴力で解決しようと思うなっ!」


 ミソノは顔をひきつらせているだけで、反論してこなかった。議論では完全に僕の勝利だ。


 やがて、押田ライオンは立ち上がると、ミソノ、子分たちと共に尻尾を巻いて逃げていった。


 ため息をついた僕に、話しかけてくる人がいる。


「……ハルディさん。あ、ありがとう……」


「引龍。気にするな、いじめは卑劣。受けてそれを思い知ったよ。でもなんで誰にも相談しなかったんだ?」


「……学校に告げ口すると、押田たちの仕返しが怖かった。恥ずかしいし……」


「でも、勇利はずっと君のことを心配してたんだ。相談もしてくれないと寂しそうだったぞ」


「……相談しても、いじめとか迷惑かな、と」


「引龍、そんなことないさ。勇利の顔の傷は誰につけられたか知ってるか」


「……知らない」


「あれは彼の母からだ。勇利も母からいじめられてたんだ」


「……そう。僕、無口であまり話せなくて」


 その時、僕たちの会話に勇利が割って入る。


「でも、ゲームの中のメッセージは饒舌だったじゃないか!」


 引龍は頷く。


「言葉はさっきハルディさんが言ったようにすばらしいものだけど、文章もまたすばらしいな」


「……うん。コミュ障な僕でも、文字なら思いを伝えられる」


 突然勇利の表情が険しくなった。


「だったら、文字で相談してくれよ! なんでうちあけてくれなかったんだよ、バカっ。心配したんだぞ!」


「……相手は押田だぞ。1人で我慢すればいい」


「1人で我慢することの辛さは僕も知っている。辛くて、苦しくて、でも誰も助けてくれない。……でも、さ。……いや、やっぱり、なんでもない」


「……言ってよ、気になる」


「あの、な。その……、僕たちは、友達、だろっ」


 引龍に顔を背けたまま途切れ途切れに言葉を紡ぐ勇利。しかし、引龍は聞こえなかったみたいで、


「……なんだよ。よく聞こえないんだよ」


「ぼっ、僕たちは友達だろっ! 遠慮なんてするな、辛さをわかち合おう」


「……勇利」


 僕たち3人の下に銀色ボディのエリーザが近づいてきた。


「引龍君。あたしもハルディもロボットのくせにマイナス思考。もし、あたしたちが人間だったら、あなたの無口と同じく生きづらいだろうね。でも、その辛さを親、先生、友達に話せば辛さも半分になる」


 エリーザに続いて、うさぎ先生が引龍に迫ってきた。


「もし、身近な人に相談しにくければ、いじめ相談の機関もあるから。電話したら、必ず助けてくれるから! それに、今度押田君たちがいじめてきたら、先生が教育指導するからね。ムチで」


 なんか……性的な教育指導になりそうだな。僕は気をとり直して引龍に言った。


「こりすも内向的で生きづらい。マイナス思考、コミュ障、内向的な人は優しい人が多いから、多分悪いやつに狙われやすいんだろう。でも、ロボットも人間も誰かと必ず支えあってる。敵だらけじゃない。だから恐れず相談しよう。きっと君のバリアーになってくれるはずだから」


 引龍は破顔しながら頷いた。コミュニケーションが苦手でも、笑顔により感情が伝わってくるので、僕は嬉しかった。

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