コミュ障の生きづらさといじめ
5階建てアパートの3階に引龍の部屋があった。今僕たちは共用廊下、引龍の部屋の前にいる。
僕はドアを2回ノックすると、
「2回ノックはトイレだよ」
と、うさぎ先生に叱られた。
次にうさぎ先生が3回ノックして、
「ごめんください。名宮高校3年1組の担任を務めています、望月ですけどー。引龍君はおられますか?」
しかし、返事は返ってこなかった。
でも、開扉した。中から、黒の長髪に奥二重、黒ジャージ上下を身につけた男子が出てきた。なかなかのイケメンだ。
「初めまして引龍君。僕はハルディ。いじめられてると聞いて話を聞きにきたよ!」
しかし、引龍は無表情で首を縦に振るだけ。僕はムッときて、
「なんだよ、声出ないの!?」
またしても引龍は頷くのみ。
「全く、無愛想な奴だな!」
イライラする僕の前に突然エリーザが飛び出した。
「ごめんね、ハルディは皮肉屋なのっ。でもわざとじゃなくて不器用なだけだから許してあげてね」
なんだよ、引龍があいさつしないから悪いんじゃないか。それに、エリーザの諭しにも首を縦に振るだけだし。
モヤモヤが止まらない僕にエリーザが思念送信機能で話しかけてくる。
「ちょっとハルディ。引龍君はいじめられてるのよ。もう少し優しく接してあげたらどうなの?」
僕もエリーザに思念を送信する。
「だって、あいつ返事しないし。そもそもいじめって何?」
「いーい、いじめというのは相手に苦痛を与えて加害者だけが喜ぶことなの」
「つまり、ドSってこと?」
「それは性的な意味での話じゃない。人間は本能的に相手が強いか弱いか判断することができるらしいの。そして、弱いと見下した相手を苦しめて、憂さ晴らしをするの」
「へぇー、人間って酷いんだな……」
「ところが、一概にそうとも言えないの。最近はストレス社会。みんな大切な人や将来のために一生懸命働いたり勉強してるの。そんな中でストレスにまみれてしまうと、人を傷つけたいと考える悪い人間も出てくるんだろうね」
「なんで、楽しそうな世の中だと思うけどな」
「確かに、世の中は娯楽で溢れているけど、競争とか激しい社会だからそれらも楽しめない」
「なら、みんなもっとゆったりしたらいいんじゃない?」
「いえ、世の中そう簡単に変わるものじゃない。競争社会はコミュニケーション能力が高く、心の強い人が歓迎されるから、引龍君みたいに無口な人は不利なんだよね……」
「えっ、あいつ無口なだけなのか? てっきり性格が悪いのかと」
「ほら、そう見えるでしょ。おとなしい人は生きづらいのよ」
僕は頷くと、怪訝そうにこちらを見つめている引龍に笑顔をふりまいた。
「いやぁ、引龍君。さっきはごめんよ。君は無口だと知らなくて……。てっきり性悪かと」
引龍は「……うん」とだけ発して、口の端を歪めた。相変わらず無表情だけど、なんとなく笑ってる気がした。
僕は安心した。すると、引龍は覇気のない声で呟いた。
「……あがって下さい」
僕たち4人は、口を揃えて「お邪魔します」というと、入室した。
引龍の部屋は一畳くらいで、TVゲームやPCゲームのソフトが棚を支配している。さらに、床にはゲーム機やコントローラーがあちこちに放置されているので、踏みそうで怖い。
ゲーム機に足プレス攻撃することなく、無事部屋中央のガラステーブルまでたどり着く。
皆四角いテーブルを囲んで座ったけど、5人なので、1人余る。
と思いきや、僕のとなりには制服姿のうさぎ先生が座った。ひな人形みたいに並んでいる。これは僕に好意があるということか? まるで、新郎新婦みたいじゃないかっ。
僕は結婚生活を妄想してみる。……ムチで叩かれてばかり、却下。
僕が現実に帰ると、勇利が嬉しそうに引龍とスマホの見せ比べをしていた。
「なんか、引龍に会うのは久しぶりって感じじゃないんだよな。いつもソシャゲで協力してモンスターを倒してるし」
勇利の言葉を皮切りに、男子生徒2人は画面に目を落とす。なんか、兄弟のようでほほえましい。隣に座るうさぎ先生も笑顔だ。
「確か、引龍君のご両親は共働きで忙しいんだよね。学校ではいつも無口で無表情、無駄な動きのない子だけど、こうやってゲームをする友達がいたから安心したわ」
うさぎ先生が流暢に語った後、メール音かな? 引龍のスマホが奏でる。他に友達がいるのだろうか?
いや、引龍の指が止まった。僕は不審に思い、「どうしたんだ」と尋ねた。すると、彼は画面を僕の眼前に突きつけてきた。
そこには、エリーザもよく利用している人気SNSが映し出されていた。
ニックネーム・リュウ宛にたくさんの誹謗中傷コメントがきている。
ニックネーム・押忍の書きこみ
「リュウは引き篭りのキモい人間」
ニックネーム・ミソノの書きこみ
「僕はリュウ。本名は竹内引龍。18歳だよ。将来はニートでーす。キモッ」
僕が怒りにうち震えていると、押忍の新たな書きこみが!
「おい、リュウ。お前うざいから今すぐしばいてやる。今からお前んちに乗り込んでやるからな!」
続いてミソノの書きこみ。
「でも、臆病だからどうせいつもみたいに玄関に鍵をかけてるんだろうね(笑)」
すぐに恐れていた事態は起こった。
大声で引龍の名を呼ぶ複数の人間。外からだ!
一方、引龍は床に両腕をつき、その中に顔を埋めながら震えている。
やがて、引龍は泣いているらしく、鼻が鳴り出した。よほど怖かったんだろうな……。今まで、感情をあまり表面に出さなかった彼が泣くなんて。辛かったんだろうな、苦しかったんだろうな……。
僕はいじめが許せないという衝動に駆られて、走り出した。
「ハルディ君、待ちなさい! 鍵を開けてはいけないっ」
後ろからうさぎ先生の声が聞こえたが、無視をして玄関へ赴く。
ドアの向こうから、罵声とドアを強く叩く音がする。
「引龍が怖がっているだろっ、やめないかっ!」
絶叫して勢いのままドアを開けた僕。そこには、ほくそ笑む押田、ミソノ、そして子分3人の顔があった。
許せない、絶対反省させてやる!




