7 逃げた幸せ、捕まえてみた(改)
「えっとー…フェネクスさまー?」
「……なんだ、少年?」
「え、それ? それで定着? おれ、アーヴェントじゃないの?」
楽しげだった彼に声をかけたら急転直下である。流石に戸惑わないはずがない。
焦る少年に、とても物言いたげな魔王さまであるが、何も言わない。気づけ、という無言のアピールである。…まあそれが難しいような場合もあるが、今回は簡単だろう。というか、少年自身が、答えを口にしているわけだし。
「……」
えっとー、と少年が口ごもる。あー、とか。うー。とか。唸りつつ、その視界にちらちらと現れる何かに気を取られつつ、しばし悩んでから、魔王さまを見上げて。
「イーリスさま?」
「……」
返事がない。答えが違ったようだ。魔王さまは素知らぬふりで、視線が何かを追っている。
「いやいやいやいや待てちょっと待て、あってるよな、イーリスであってるよな!?」
「ああ、合ってるな」
にっこりと笑う彼に、少年は……たぶん、立っていたら数歩、身を引いただろう。
「……イーリス?」
「なんだ、アーヴェント」
「…………イーリス様?」
「…遊ぶつもりか、少――青年?」
「いやいやいや待てよ待ってよ不味いだろそれ、おれ従者だろ!? ってか何で青年!?」
ふん、とイーリスは鼻で笑った。
「従者としての振る舞いなんぞ、要求した覚えはないが?」
「…っ、いや、そうだけどさぁ!?」
「それなりの場へ出ることになったら考えてもらうが。あと、自分の見た目には気を配れよ?」
先ほど使った鏡を示された少年改め青年――アーヴェントはそれを覗き込み、そして固まった。
「…これ、オレ? ってなに、なんで髪伸びてんの!?」
つい先ほど見たときは、贔屓目に見ようが何をしようが、少年でしかなかったことは自覚している。少なくとも髪だって、肩につくかどうかという長さだったはずなのに、何故だか今、肩どころか背中の半ばまで伸びていた。
流石に魔王さま――イーリスにも、その理由はわからない。まさか有り余っている妖力が、勝手に主を真似たのだ、とは。
「まあ、鬱陶しいなら短くしていいぞ?」
「どうやって!?」
ふむ、とイーリスが頷き、アーヴェントの髪に触れた。自分と同じくらいに伸びた質のいい髪で、このままでも悪くないのだと少々残念に思いながら。
「どれくらいがいい、肩につくくらいか?」
「いやいやいやばっさりやって、ばっさりっ」
「なんだ、面白くないな」
残念そうなイーリスに、ちょっとだけ心が痛んだ気がするアーヴェントだが、流石に長髪はお断りである。あれやこれやと誘いをかけるイーリスを断固拒否し、どうにか切ってもらったときには、ほっとした様子を見せた。ちなみに切られた髪は空中に散逸してそのまま消えているのだが、アーヴェントはそれに気づかない。ちらちらと視界に入っては消えていくそれのせいである。
「……何をしている?」
「え、いや、なんか綺麗だなって」
蛍のように舞うそれを、アーヴェントは捕まえようとしていた。しかし、手の中に握り込むことは出来るものの、そのまま消えてしまうだけである。
「何って、お前の仕業じゃないのか?」
「オレ?」
お前だよ、とイーリスは内心でこぼした。自分でなければ、アーヴェントしかいないのである。あの妖精モドキに出来る真似ではないし、閉じ込めた以上、何が出来るということもない。”異域”で髪を光らせて彼の興味を引いたけれど、まさかこうなるとは思わなかった。まったく、無駄に器用なメモリアだと額を押さえる。
「……時間がもったいないな。とりあえず、動けるか?」
意外にあっさりと思考を放棄したその言葉に、アーヴェントは首を傾げた。そんな彼に、イーリスは窓の外を指す。
「結界を張りなおしに行くが、来てみないか?」
「結界?」
「ああ、侵入者対策でこの屋敷全体に張ってあるんだ。けっこうな見物だぞ?」
ずいぶんと自信ありそうな様子に興味を引かれ、アーヴェントは寝台を降りようとする。が。
「おわっ!?」
「お前もか、アーヴェント」
自分の寝巻きを踏んで、すっ転んだ。そんな彼を見るイーリスの目は楽しげだ。
実はこの魔王さま、従者を得るたびにこの着流しを進呈している。これがまあほぼ全員、見事に転ぶのだ。女性妖魔にも同じようなものを進呈するものだからけっこうな惨事にもなりかける。それが見たいわけでも、忘れているわけでもないのに、どうしてもやめられない悪癖である。
――うん、楽なのは認めるけどね?
――ええ、楽ですね。身体が締め付けられないというのは、とてもいいです。
そんな会話をしたのはいつだったか、誰とだったか――そんなことを思ったイーリスの動きが止まる。
「――イーリス?」
急に動かなくなった彼を訝しみ、アーヴェントが声をかける。
それに遅れること数瞬、イーリスは何事もなかったかのように、少年の着流しを整えた。
「歩きにくいみたいだし、少し裾を上げておこうか」
帯で調整するのではなく、その言葉に合わせて裾が短くなり、ついでに忘れていたらしき足元に、足袋と草履を追加する。アーヴェントが自分を見る目に気づかないままで。
「急ぐほどじゃないからな。ゆっくりでいいよ」
連れ立って庭へ出て、ゆっくりと少年を先導する。己の足で歩くのは、アーヴェントの慣らしの意味もある。段差も危なげなく降りられるし、特に問題はなさそうだ。うん、彼には。
「綺麗だな、それ」
「……まあ、そうだな」
外へ出て薄暗くなりつつある中ではそれが顕著に現れた。先ほどは触れたときにだけ光が散っていたけれど、今は歩くに連れて…つまりは揺れると光が散るという、すばらしく幻想的な雰囲気を醸し出していた。つまり周囲が淡い光に照らし出されるという、一種のスポットライト状態である。
「お前が女だったら最高の演出なのになー」
「……やろうか?」
「……はい?」
「どうせ、長くは持たないんだ。“メタモルフォーゼ”を継承してみないか?」
ちろりと横目で彼を見ながら、イーリスは応えた。自分が現界で発動出来ないのは、単純に妖力が不足するためであり、魔王一人の存在を補ってなお余裕がある彼であれば、発動可能だろうと見たのである。
一瞬、アーヴェントは考えた。確かに、”異域”で出会った美女でこの光景を見られるなら、それは悪くない。彼にそっくりのはずなのに別人にしか見えなかったし、ちょっとした眼福だろう。長くは持たないと言うし、いいかもしれない。とまで、思った。思ったが、しかし。
「うぐっ!?」
返事をするより先に、額が寄せられた。つき合わせて、ほんの数秒で、アーヴェントは呻いたのだ。涼しい顔をしたイーリスが内心で冷や汗を流していることに、気づく余裕はない。
(流石に無茶だったか)
少々複雑な術式なので、継承自体が難しいかもしれないと思ったのだが、それは杞憂だった。ただ、どうやら彼に馴染まないようだ。術を理解するにも手っ取り早いと考えてのことだったが、うまくいかないものである。そんなふうに、イーリスは考えたのだが。
「……、おま…なにこれ、マジ? なんでこんな設定なの!?」
「ん? 設定?」
予想と違う答えを返されて、イーリスは考えた。なんのことだろう、というかその質問が出るということは、術式の継承自体は成功したのか。となると構成内容に何か不備でもあったか? いや、彼に読み解けるはずがない。流石にまだ無理だろう。となると。
「…ああ、継続手順か? 妖力の譲渡とかいろいろあるが、交合うのが一番確実で早いから?」
「わーっわーっわっ……――”ま」
がちん、と何かがぶつかるような音がして、イーリスは彼を見た。むぐむぐと動く口を、手で必死に押さえている。かなりがんばっている様だ。
(……「交合う」に反応したのか。 …羞恥心か?)
くすくすと笑ってしまうのは、その新鮮な反応がかわいいと思ってしまったからである。真っ赤な顔で、答えまいと葉を食いしばる様は、見ていても面白い。さて顔が赤いのは、その意味によるところなのか頑張っているからなのか、気になるところだ。
「おま…、なぁ…っ」
お、とイーリスは笑う。どうやらアーヴェントの羞恥心が勝ったらしい。己の特性に打ち勝つなど聞いたことがないけれど、どうやら回答自体を止めることは可能なようだ。しかし、その度にこれとなると、かなり分かりやすいし、何より怪しまれる。下手に止めないよう言い聞かせたほうがいいかもしれない。いや、だがそうしたらもしかして、もっとあっさり止められるように明後日の方向への努力をするのだろうか。それもまた、面白そうだが。
ぜえぜえと息を荒らげつつ、アーヴェントは他人事のように観察しているイーリスを睨みつける。
「ま、冗談だ。知ってて損にはならんさ」
「それだけかよ!? オレがやったらどうする気だったんだよ!?」
それはもちろん、とイーリスは微笑んだ。…アーヴェントに語彙があったなら、きっとそこには「妖艶な」の一言が追加されたことだろう。彼にとっては、蛇に睨まれたかのような笑みであっても。
「別に、否とは言わないが?」
アーヴェントの顔が真っ赤になった。ピーっという音が聞こえてきそうなほどの色づきようである。そして彼から、「ご」と言葉が漏れた。流石に意味がわからず、イーリスは思わず鸚鵡返しに問いかける。
「ご?」
「ごめんなさいやりません許してください断ってください拒否ってください俺にその気は無いです術式も返したいです忘れたいです」
「……そこまで言われると、ちょっと傷つくんだが」
傷ついたふりで苦笑して見せても、アーヴェントは首を横に振り、振り続けた。断固拒否、という姿勢らしいが……ちょっと情けないのではなかろうか。そう言えば”白の領域”でも似たようなことをしたような、されたような。お子様なのか真面目なだけか、さてどちらだろうか。
「――なあ、アーヴェント」
苦笑を消したイーリスの問いに、アーヴェントは顔を上げた。まだどこかびくついているが、それはまあ、自業自得だしと意識の外に追いやっておく。
「落ち着いてからと思ったが、いい機会だから教えておこう。私たち妖魔は、人間やそのほかの生物と在り様が違うんだ」
「…ありよう?」
「ああ。人間たちには生まれた日を祝う習慣があるだろう。私たちにその概念はないし、習慣もない。親から生まれるわけではないから、わからないということも理由にあるけどな」
それはまあ、とアーヴェントは頷く。なんとなく、わからないこともないと。
「親から生まれないということは、種族を繋がないということでもある。だから、わたしたちは”種の保存”という生物が持つ本能を持っていない。…これは、わかるか?」
振られたその内容を、アーヴェントは口の中で繰り返した。自分がそうだという自覚はないけれど、それが”妖魔という種族”であるなら、そういうものだと理解しようと懸命に努めた。だがそれは、言い換えれば”生物ではない”ということに、繋がるのではないか。そんな疑問が、その心に浮かび上がる。
「それでも欲情はするから、そういったコトも出来る」
「へ?」
真面目な顔のイーリスが、そんなことを宣うものだから、理解しかけていたはずのそれが浮かび上がった疑問ごと吹っ飛んだアーヴェントである。気づかぬ気に、イーリスの言葉は続いた。
「情報を集めるのに、娼館を使うと手っ取り早くてな。まあ、私にとってはよくあることだったんだ。妖魔ならそれが当たり前だから気にもしないが、メモリアは――」
ぷくく、とイーリスは吹き出した。アーヴェントの顔が、またも真っ赤に染まったのを見て堪えきれなくなったのである。
わかりやすい。これはもう、とてつもなく分かりやすい。甘い罠を仕掛けられても、きっと効果がないだろう。早急な教育は必要だが、心配はしなくてよさそうだ。
「おま、…おまえ、なあ……っ」
ぎりぎりと拳を握り締め、アーヴェントはイーリスに食って掛かった。あははははと爆笑しつつ、イーリスはその拳を甘んじて受けた。痛覚は復帰しているのだが、まったく痛くないその拳を。
やがて疲れたのか、アーヴェントは拳を下ろした。
「悪かったな、もうやらないから安心してくれ」
その言葉には、無言の冷たい視線が返される。笑いながら言うその言葉に、どれほどの信憑性があるのやら、である。
「本当だろうな?」
「ああ、約束しよう。――っ!?」
その言葉にかぶせるかのように、バチッと音がした。一瞬怯んだイーリスのその首に、一つの輪が現れ、消える。
何が起きたと疑問に思ったのはアーヴェントだが、イーリスは正確に理解した。盟約の書の発動だ。どうやら物理的?にロックがかかったらしい。
(かなり厄介だな、あれ)
ちょっとした悪戯を思いついて実行した、イーリス的にはその程度の内容である。詫びたのも本心だし、やらないという言葉に二言はないが、あくまで悪戯なのだ。なのにこれか。…どのあたりまで作用するのだろう、もうからかえないのだろうか。
『誠実であれ』、その一言がこんな風に作用するなど、誰が思うものか。
「……便利だな、誓約って」
「いや、こんな効果は初めて見たぞ?」
そこだけは訂正しておく、とイーリスは溜息をついた。
ぱんっ。と、少年が不意に手を叩き合わせた。何を思ってのことか、にやにやしながらもその手を離さない。
「……なに、してる?」
突っ込みまちと判断し、放置しようとしたイーリスであったが、自然にそんなことを問いかけていた。誠実な男である。
「逃げた幸せ、捕まえてみた」
「しあわせ?」
「溜息をつくと幸せが逃げる。…言わない?」
「ああ……」
聞かなくはないな、とイーリスは笑った。だが、と彼の手――正確にはあわせたその手を掴んで、ぎりぎりぎり。
「叩き潰したの間違いだよな、それ?」
いししししとアーヴェントは笑っている。
「潰した幸せ…っ、どう、なるんだろう、な……っ」
「ま、た…っ、育つ――っ」
ばん、と音を立てて二人はひっくり返った。イーリスの言葉のごとく、アーヴェントの手の中から散る光が周囲を照らし、明るく輝いた。
気づけば既に、日は完全に落ちている。夜目が利く身でも灯りなしに歩くには少々厳しい、そんな頃合だ。
「…消えたな」
「ああ、消えたな」
幸せが光り輝いたのは、ほんの数秒のことであった。まあたぶん、消えて種になってどこかで育って花開くのだろう。
しばらくの沈黙が続いた後、アーヴェントが呟いた。
「…灯になってるな」
「……私としては見えづらいんだがな」
イーリスの髪は、相変わらず光を放っていた。彼の動きにつられて飛び交う蛍のようでありながら、周囲をしっかりと照らし出してもいるのである。中々と便利な灯り状態…と、アーヴェントは思ったのだ。
しかし、想像してみるといい。自分の周囲で次々と光が弾ける様を。一歩を離れたところから見るには悪くないだろうが、弾ける光、踊る光の中心にいたら、どう考えても鬱陶しいの一言である。
さらに言えばイーリスは夜目も利くほうなので、これくらいなら灯がないほうが歩きやすい。
悪気がないのは分かるんだが、とイーリスは深く息を吐く。いつまで続くのだ、これは。
「なあ、アーヴェント。”イーリス”には、どんな意味がある?」
「――”イーリス”。太陽光を水蒸気が反射することで現れる虹を指す。雨上がりに掛ることが多く、その根本に宝物が埋まっているという言い伝えもある。実際には、半円に見えるが実は円形の一部が見えている状態であるので、根元が見つかることはない」
ふむ、とイーリスは頷く。自身が知らない言葉だったが、そういう意味があったのかと。
――主従で発想が同じであることにはとりあえず目を瞑って考える。虹がこんな風に周囲を照らすか? 否。太陽そのものを見れば眩しいけれど、虹を見たからといって眩しく感じることはない。
「”イーリス”に、他の意味があったりしないだろうな?」
「――”イーリス”。花の名に於いて”菖蒲”の意味を持つ。すっくと伸びた先に紫の花を咲かせる。近縁種の杜若などとの見分けがつけづらい。花びらの根本に編み目模様を持つことから、文目とも呼ばれている」
「…それ、たぶん庭にあるぞ」
イーリスという名は知らなかったが、アヤメが咲いていることは知っている。綺麗な花で、嫌いではない。今年はもう終わっているから、枯れた葉が残るだけだが。…だがそれも、煌く光とは縁遠い。
些かの落胆を禁じえずにいたが、ふとアーヴェントの顔を見て首を傾げる。何かずいぶんと頑張っているようだが…いまさらというか、何を?
「……? どうした?」
「や、……べ、べつになにも」
あからさまな棒読みで、アーヴェントが答える。さすがにそれを見逃すようでは、魔王は勤まらない。
「……アーヴェント。他には、”イーリス”にどんな意味がある?」
しかし彼は答えず、がっちりと口を噤み、首を横に振る。絶対に言うものかという、けっこうな気迫である。
それを見て、イーリスはしばし考えた。命令してしまえば済むけれど、ここまで必死の形相を見せられるとそれもまた、可哀想な気がしなくもない。だが、気になることも事実である。なので、ちょっとだけ譲歩してみることにした。
「今の現象に関係がありそうなら答えろ。そうでないなら、答えなくていい」
気になるのは光り輝いているこの現状なので、妥協案だ。
幸いと言うべきか否か、アーヴェントはそれに答える気配がない。そうなると、何か別の理由があるはずなのだが……とりあえず、思い出したことがあったので、詠って見た。
「…五月雨に沢辺の真薦水越えていづれ菖蒲と引きぞ煩ふ」
「!?」
目を白黒させる彼に、これか、とイーリスは苦笑する。
「知ってるよ、その辺りは。確か美女を選ぶのに甲乙つけがたいとか、そんな意味で読まれた和歌だったか」
苦笑しながらイーリスが告げる。旧世界の古い文化の一つだったなと笑いながら。もっとも和歌そのものに興味があるわけではなくて、花の名を聞いたときに教えられたことにすぎない。つまり、これもまた、望む答えとは何の関係もないわけで。
さて、そうなるとなんだろう。なんだというのだろう。どう考えても彼の仕業なのに、取っ掛かりがつかめない。まったく、こんな現象は初めてだ。
綺麗だけどさ、とアーヴェントが口を開いた。
「その様子だと鬱陶しい?」
「鬱陶しいというか、眩しいんだよ」
その直後、目映いまでの光だったのに、それが淡い光へと輝きを落したことにイーリスが気づく。ついでに、その眩しさに隠されていたがさまざまな光の珠だったこともわかり、大きく溜息を吐いた。そういうことか、と。
『妖魔の術は自由自在』で、ついでに言うなら『想像がそのまま形になる』のである。
心底呆れたという表情で、少年を肩を正面から掴み、視線を捕らえて。
「アーヴェント。妖力の生成を止めろ」
びくり、とアーヴェントが身体を震わせた。それでようやく、髪の煌きが収まって、イーリスが安堵する。
自分が原因だと言わんばかりの現象に、アーヴェントは驚愕した。
「え、え、なんで!?」
「お前、『光ったら綺麗だろう』とか思わなかったか?」
「あ、それは思った。すごく綺麗だろうなって」
「それが”術”なんだよ。お前は自覚しないまま、術を使ってたのさ」
やっと納得したか、とイーリスは安堵のため息をついた。
”異域”であれを見せなければ、たぶんこんなことにはならなかったのだろう。まったく、我がことながら迂闊にもほどがある。しかし彼がこんな規格外だとは思わないわけだから、不可抗力でもあるし、…まあ、考えるだけ無駄ということで忘れておこう。問題は、先ほども妖力の生成を禁じたはずなのに、いつの間にかまた生成されていたことだ。絶対ではあるが、永遠ではない…いや、ごく短い間しか効果がないということなら、当分は気をつけたほうがよさそうだ。
そう考えたら、ぼそりと言葉が漏れた。
「妖力が見えれば早かったんだがな」
「ん? 魔王さまでも見えないんだ?」
「ああ、あれは特殊な視質がいるんだ。魔王だから見えるというものではないよ。感知出来れば妖力を借りたり出来るから、特に問題はないな」
「あー…なんか言ってたっけ」
アーヴェントの返答は、完全に他人事であった。
(まあ、仕方ないと言えば仕方ないんだが……なんとかしないとなぁ。生成機関が壊れるとまずいし)
妖力を練り上げるのは、実は結構負担が大きいのである。イーリスに限らず、全ての妖魔がそうなのであって、必要時以外は妖力を練ったりしない。彼のように常時練り上げるだけ練り上げて放置とか、あり得ないのである。
そもそも彼には、妖魔であるという自覚が皆無なのだ。自我こそはっきりしているが、自分が妖力を垂れ流しているという自覚が無い。いや、自覚以前に、そんなことをしているという話すら半信半疑である。そこは追々に理解させなければならないと、イーリスは深く溜息をついた。