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魔王さまが、人間ぽいのを拾ったみたいです。  作者: 冬野ゆすら
魔王が逃げて、何が悪い?
5/25

4 ――なあ、少年。私を手伝わないか?(改)

2018年11月2日 改稿しました。今後の流れを前提にこれまでとの整合性を合わせたので、多少変化があります。

(配下ねぇ)

 部下じゃないんだ、という感覚で少年は考える。一人で生きていくことは出来そうにないし、この魔王さまは面白そうだし、拒否しようとは思わない。ただまあ、それがどういうことになるのだろうかと、そこは気になった。


(この魔王さま、威厳はないしなぁ)

 口に出したらどういう反応をするのだろうと思いつつ、彼を見る。まさか、そんなものはないと開き直るとは思えないので、もしかしたら涙目になるのだろうか。ああ、今もなんだか不安そうだし、……案外それで当たりかも。大勢いる中の一人とか言ってたし。

 つらつらとそんなことを考えたところで、疑問が浮かぶ。だからその心のままに、あのさ、と口を開いた。


「”魔王”って、何?」

「え?」

 固まる魔王さまに、おいおいと少年はこめかみを掻く。


「いや、だからさ? 魔王さまって、大勢いるんだよね?」

「…いや、多くはない…というか……わからないか?」

「――”魔王”。魔を統べる者。歌劇に於いては子供の息の根を止める悪役が有名。魔術分野に於いては悪魔を従える王であり、地獄の貴族とされる」

「……そうか。メモリアだったな」

「よくわかってないけどな?」

 それには、この世界のことも含まれるのだ。まったく、「この世界の知識がない存在」と自分でそう言っておきながら、何の説明もないままである。それで何がわかるというのか、この魔王さまは迂闊すぎる。

……そして、当人はそこで頭を抱えているわけだが。


「もしかして、説明苦手?」

「ああ、この上なく」

 うわ、あっさり認めたよと少年は苦笑した。そういえば、先ほどこの魔王さま、なんと言ったか?

 見せてやるから来い。そう言わなかったか?


「そのほうが早いからな」

 なるほど、納得だと少年の苦笑が深まった。そこには彼が「伝手」と称した面々への憐憫も含まれている。きっと、相当な苦労をしているのだろう。いや、もしかすると彼に仕えることで鍛えられて、けっこうなレベルになるのかも。しかし、配下に入るとなると、もしかして自分もそこに含まれるのだろうか。そういう苦労をして育つのも面白そうだけれど、出来ればあまり、味わいたくない疲労が付き纏いそうだ。

 そんなことを考えていたら、魔王さまが震えた。何やら腰が引けた様子で自分を見ているが、どうしたのだろう?


「で? 何で魔王さまが大勢いるわけ?」

 促すと魔王さまがガシガシと頭を掻いた。掻き毟る、が近いだろうか。不思議なのは、手を離した瞬間に元に戻ったことだろう。いったいどういう仕組みなのか、気になるところであるがそれについての説明はない。


「一言で言うなら、エミーリア妖皇国妖皇配下の役人だから、だな」

「役人? え、役人? 魔王さまが?」

 イメージが合わないと困惑しつつ、少年は説明を待つ。


「まあ、本来の役目は別にあるんだが、名目上の話だからな。大半が何らかの役職持ちだよ。私の場合は”外遊官”だな」

 妖魔の中でも、魔王徽章を持てる者が魔王であり、魔王はほぼ全て、国の運営に関わらさせる。内政と外政に分かれていて、一応は本人の希望が尊重されるらしい。フェネクス自身は内政部に所属するが、実際には外遊が主体なので、ほとんど関わることはない。なお、肩書きは”外遊官”であるのに何故内政局なのか、そこは彼にもわかっていない。仲間内では、初代の趣味だろうということで、意見の一致を見ている。


「これが”魔王徽章”だ。元は何の模様もないただの釦みたいなものでね。限界まで妖力を注いで、何らかの模様が確定したら魔王の仲間入りさ」

 燻し銀に複雑な模様が浮き彫りにされた、洒落た感じの徽章である。手作業でこれを彫ろうとしたら、相当の熟練した職人でなければ出来ないであろう細かさだ。…だがそれが、着流しの襟につけられているのは、如何なものだろうか。似合わないことこの上ない。

 そんなことを指摘してみると、魔王さまは複雑そうに眉根を寄せた。


「仕方ないだろ、一度受けたら必ず服につくんだ。大した術だよ、まったく」

 ぴん、と弾いて見せる。一応取り外すことは出来るし、印章の代わりに使うことも出来るらしい。本来なら役職に合わせた印を創るべきなのだろうが、必要ないと一蹴されて、そのままだと笑った。国詰めではないから、無くす心配がないのは楽だけどなと本音を転がして。


「じゃあさ、”外遊官”って何? 何してんの?」

「ここしばらくは、何もしてないな。職制としてはまあ、同朋の救出と保護?」

 何やらはっきりしないのは、その辺りが規定されていないからということだった。「政治に関わる必要はない、好きにしろ」と断言されて誘いに乗ったが、まさか職制の規程がないとは思わず、本当にいいのかと繰り返し確認したらしい。引き篭もっていること自体も、それが理由でまったく問題にされていないというあたり、剛毅な御国柄である。


「妖魔は”異域”で生まれ、現界へ落ちて生きていく。私のように独り立ちできるだけの能力があればいいんだが、全てがそうとはいかなくてね」

 有り得ない扱いを受ける彼らが見過ごせず、助けて歩いていたら、いつの間にか有名になっていたらしい。そんな彼でも、噂に聞いた妖魔の国からの使者と聞いて、驚いたのだとか。


「魔王としてエレーミアの国籍も得たが、やることは変わらなくてね、気ままに動いたよ。保護した子供たちの受け皿が出来たのは助かったな」

 実を言えば俸禄も出るようになったので、資金繰りも楽になっていた。その辺りは何とでも出来ていたので、あまり気にしていないし、するなと言われたとか聞いて、豪快すぎるだろうその国、と少年は呆れた。


「……どうして、引き篭もったんだ?」

 さて、と魔王が首をかしげた。自虐的な笑みを浮かべて――そのまま、動かなくなる。


「……魔王さま?」

 声をかけても反応はない。では、と正面から。その彫像のような顔を覗き込んだ少年は、息を呑んだ。

 彼の瞳だけが、虹色に輝いている。それはとても不自然で、どこか怖い、そんな輝きで、声がかけられない。それをしたら、彼が消えてしまいそうで。

 幸いにも長くは続かず、その瞳は瞬きとともに色を失った。


「……これはこれで怖いな」

 思わず呟いた少年に、魔王さまは噴き出して笑う。もちろん彼は、この状態の自分がどんなふうになっているか知っているためだ。石膏彫像が動いて話している、そう思えばその怖さは、ご理解いただけるだろうか。


「――なあ、少年。私を手伝わないか?」

「え?」

 それだけ言って、魔王は視線を外した。どこか遠くを見る目をして。


「もちろん、お前が嫌ならそれでいい。ただ、どうせ国を出るなら、本来の職制に戻ろうかとも思ってな」

「ああ、そういう……んー……」

 少年は眉根を寄せて考える。それはつまり、騒動の元を探してそこへ飛び込む魔王さまのお守りというか仲間というか道連れになるということだろう。

 そう思うとちょっとだけ、少年の心が動く。妖魔は何でも出来ると豪語しているし、実際この衣服といいい、わけのわからないこの世界といい、嘘ではなさそうだ。となればそれは、面白いのではないだろうか。


「…オレの立場は?」

「んー…まあ、私の従者だな。何なら、”魔王徽章”に名乗りを…あ、いや、それは不味いか」

 どういう意味かと思えば、当代妖皇――彼の言うところの三代目妖皇には、側近がいないらしい。対外的に必要な場合は、魔王たちが何人かお目付け役で侍るのだとか。魔王徽章は妖皇から下賜されるものなので、現状で当代から受け取ろうものなら即、側近扱いになるらしい。「やつらだって、気ままに過ごしたいからな」とはフェネクスの言で、要は貧乏くじということだ。

 うむ、あったことすらない相手の側近とか、それは嫌だなと少年は頷いた。


「飼い殺しよりひどい目にあったり、しないよな?」

「――合わせる気はないが、目にはするかもな」

 ああ、と納得する。「助け出す」とは、つまりそういう意味を含んでいるのかと。そういうトラブルなら、歓迎とまではいかないが――嫌でもない。


「いいよ、行こう。オレ、魔王さまの配下な」

「――そうか」

 ありがとう、と聞こえた気がして、少年は彼を見た。だが楽しげな笑顔には裏も表もありそうにない。空耳かなと結論づけて、言葉を続けた。


「ま、どう考えても俺のほうが弱そうだし。やろうと思えば無理やりとか、出来るんだろ?」

「まあ、そういう方法がないとは言わないが」

 どこか嘆きを含んだその声と同時に、煌めく光が少年を取り巻いた。まるで鎖のようなそれに少年が触れると、それだけで弾けて消える。


「……何、今の?」

「”術式・隷属の鎖”」

 頬杖を付いて、ぶすくれた表情で魔王が答える。人間風に言うなら奴隷にするための術のようなものである、と。


「っておい!? 隷属って、奴隷かよ!?」

「解けるんだよ、自力で。てかそもそも、効かなかっただろう?」

 実のところ、未熟な妖魔にかけるものであり、これが解けるようになったら一人前として独り立ちを認める、という暗黙の了解がある術だと魔王は解説を加えた。告げるかどうかは術者次第らしい。


「無知と莫迦はほどほどにしろよ、あれだけ簡単に術を弾いて私より弱いとか、ありえないだろうが」

「知るかっ」

 何か早まったか、と少年はまた半眼になる。そもそも彼の話では、自分は妖魔としての知識などが一切ないということだったはずだ。それで術式がどうとか莫迦はほどほどにとか、何を言うのかなこの――莫迦魔王さまは!?

 そう怒鳴りつけようとして、しかし思いとどまったのは、頬杖を付いた魔王の顔が、どうみても拗ねた子供にしか見えなかったせいだ。


「…なんだよ、その顔」

 ぷくく、と少年が吹き出す。魔王は彼をちらりと見て、そっぽを向いた。そして何故かその頬から、カシリ、と音がする。


「?」

 またカシリと音がして、今度は魔王の口が動いたのが見えた。もしかして、何かを食べているのだろうか?


「んっ!?」

 問いかけようとした少年のその口の中に、何やら大きな珠のような現れた。飴玉にしてはトゲトゲしている、とそれを口の中で転がしながら考える。


「――甘くないけど、金平糖?」

「ああ、わかるのか?」

 魔王の声に反応したかのように、少年が口を開く。


「――”金平糖”。芥子(けし)の実を芯に、ザラメ糖の蜜をかけながら転がすことで、無数に(つの)が立ったほんのりと甘い菓子。果汁などを加えることで、風味を変えることも出来る」

「正解。残念だな、せっかく味がつけてあるのに」

「へ?」

「お前の妖力がまだ余ってるようだったから、ちょっとな」

 本来それは、妖力を取り込むための薬のような使い方をするものだと魔王が解説を加えた。練り上げられた妖力をさらに加工し、そういったものを創るらしい。これもまた、見た目や強度は自由自在だそうだ。


「変なもの食わすなーっ」

 半泣きの体で、少年が嘆く。面白いだろ、と魔王はまったく悪びれない。ただ、味がつけられるのは、”白の領域”ならではのこと。本来の世界でやると味がつかないので、手持ちの砂糖や蜜を表面に塗ってごまかしたりもするのは内緒である。


「…鬼」

 ぶすっとしたその一言で、魔王に角が生えた。が、頭の上のことなので本人には見えないし、少年もまさかそんなことになるとは思っていないので、気づかない。


「鬼って」

 それが何か知っているのか、魔王が苦笑する。


「悪魔」

 ばさ、と魔王の背に翼が広がる。流石にこれは何かを感じたのか、魔王が振り向いた。



「……天鼠(てんそ)の翼?」

「――”天鼠”。蝙蝠の別名。空を飛ぶところから飛鼠(とびねずみ)という別名もある。吸血鬼の代名詞でもあるが、実際に吸血或いは肉食の蝙蝠は稀である」

「…うん、聞きたいのはそれじゃないからな?」

 分かっていながら魔王が突っ込んだ。少年は平気な顔…ではないけれど、気にする気配はない。

 とりあえず、と魔王はその翼に触れてみた。そのまま霧散するところを見ると、”変態”ではないらしいと理解する。


「術の使い方が飲み込めたようで何よりだが、私で遊ばないでくれるか?」

 そもそもが拗ねていた己が原因なのだが、魔王さまは少年の肩を掴んでマジマジと彼を見た。が、しかし。ペロンと舌を出した彼に、通じている気配はない。どころか何か、ふさっとした何かが、背後にいるような気がさせられた。ちらりと視線をやってしまった結果、揺さぶる手にさらに力が入ってしまう。


「だーかーらっ」

「え、なに、なに!?」

 さらに激しく揺さぶられたところで少年はそれに気づいた。魔王の背後、何やらゆらゆらと揺れるふさふさの何かが……。


「おお、九尾だ」

「なんでだよ!?」

 悪魔が蝙蝠の翼、それは宗教画にもあるので理解は出来た。しかし、どうして悪魔まで尻尾なのか、それも九本で金色で、しかもこのふさふさ具合は、とある生き物の尾にしか見えない。たしかあれは傾国の美女とか希代の悪女とか非常によろしくない評判しかついていないはずなのだが、どうして自分にそれがあるのか。


「え。自覚ない?」

ぐ、と魔王が黙る。…そう、仕掛けたのは彼自身だ。ちなみにこの時点で金色の三角のものが頭に二つ、追加されているが気づいていない。さらには本来の耳が消えたようにも見えるのだが、それも含めて。


「……もういい。どうせ向こうに出れば消えるし、好きにしろ」

「いや、もういいけど。どっちかってーと、何で急に出来るようになったか知りたい」

「ああ……さっきの金平糖だろうな。あれ、お前の妖力だから」

 何やらとても、投げやりな魔王さまである。自分が原因なのがわかっているから、不貞腐れているのだろうか。


「……説明して?」

「いや、だからな? 妖魔の術に手順はない、思うだけで発現するとさっきも言っただろう?」

「こんなことも出来るの!?」

「お前以外でやったやつ、知らないけどな。ほら、受け取れ」

 手の中から小さな杯を取り出して、魔王が差し出した。何も入っていないそれを受け取らせて、その中に――指先から、蒼い液体を滴らせる。


「え――…血…?」

「いや、流体の魔素だ」

 いきなり意味の分からないことを言われて、少年は杯を取り落としそうになるが、どうにか堪えた。


「私たちの身体は魔素で出来ているのは話したな。その魔素を体中に行き渡らせるのに、流体にすると都合がいいようだぞ?」

 ご都合主義、という言葉が少年の頭を過ぎるが、懸命にも言葉には出さない。

 促されて一瞬ためらったが、血ではないならいいかと一息に呷る。刹那の間を置いて、少年の身体が一瞬、光った。


(光ったっていうか、…なんか、砂みたいな……?)

 閃光(フラッシュ)ではなく、粒子。まるで何かに覆われるかのように見えたそれは、既に消えている。


「これを弾くか」

 参ったなと魔王がこめかみを押さえた。その仕草で今のが何かの術だったらしいと気が付くが…うむ、もう遅いだろう。


「さっき言ってたあれ? ”隷属の鎖”だっけ?」

「いや、それの上位に当たる術式だ。”盟約の鎖”というんだが」

「ああ、だから首の周りになんかあるのか」

「首?」

 少年の視線から、それが己の首のことだと見抜いて手を触れる。そこには確かに、煌く何かがあって魔王の首を取り巻いていた。


「……反転されたか」

 溜息もつかず、魔王は卓袱台に突っ伏した。その上で頭を抱える様は、…非常に、彼に似合わない。


「これな。妖力の差が大きすぎて、効果が反転したんだよ」

「反転?」

「簡単に言うと、お前が主で、私が従者。そういう状態の仮契約だ」

「は? なんでおれ!?」

「お前の妖力が強すぎるんだよ」

 相当な力があるということはすでに分かっていたから、”隷属の鎖”は使わずに”盟約の鎖”を使ったのだが、と魔王はぼやく。本来は、同等の妖力を持つ相手に主従契約を結ぶときに使われる術なのだ、と。


「いやいやいや俺が下につくんだって!?」

「術式に判定が含まれてるんだ、どうにもならん。別に、私が下に付くのは構わないんだが」

 問題はそれだと少年に主がいない状態であり、服従させられる可能性が高いことだ。もしかしたら同じように反転出来る可能性がなくはないけれど、流石に希望が過ぎるだろう。


「……騙せない?」

「相手が当代でなければそれもありだけどな。上書きを仕掛けてくるから無理だ」

「上書き? え、信じないってこと?」

「いや、関係なく仕掛けてくる。ああ、盟約は先約優先だから、そこは安心しろ」

「え?」

 それはつまり経験済みということで、既に誰かがその犠牲になりかけたと、そういうことになるのだが。


「何人か物好きがいてね、互いの配下で試したんだ。むろん、本人了承の上でな。結果、どの術式でも先約優先だと判明している。人間の魔法もきっちり弾くから、まず心配はないな」

「……人間の?」

 うん、と魔王は顔を曇らせる。


「メモリアはな。この世界にない情報を持った存在なんだ。しかも妖魔としての能力を併せ持っている。目覚めたてで右も左も分からないままに、人間に拾われたらどうなると思う?」

「――……」

「私のように契約を持ちかけるか、それとも教育を施して人間として育てるか。――それ以外の選択肢を、相手が選んだら?」

 その意味することを悟り、少年は顔を顰める。それはどう考えても、楽しい結果になることはない。


「自我を壊し、意のままに。――過去、人里に落ちたメモリアの末路だ。箱庭は、それが理由で作られた」

 だから、表立っての反抗はしない。したくないのが、現状だと魔王は嘆いた。


「……ああ、もう一つ方法を思いついた」

 魔王は顔の前で手を組んで、その上にあごを乗せた。


「お前さ、私を喰ってみないか?」

「……は? 食う?」

 意味が分からないと少年は眉根を寄せる。


「そう、魂ごと。私の妖力がそのままお前に引き継がれるから、魔王の称号も継ぐことになるけどな。その上で魂だけより分けて、私を再生してくれればいい」

「いや、意味わかんねぇから」

「そうか? 妖魔の成り立ちを考えれば、ごく普通に思いつくが」

「思いつくな、んなもんっ!」

「だが、自由になれるぞ?」

 あっさりと告げられた一言に、少年が口を閉じた。返す言葉を見失って。


「私は二代目妖皇との契約があるからな、それごと引き継げば、三代目が割り込むことは出来ない。それに、食らえば私の知識が手に入る。そこらのものでは比べ物にならない術式も大量にな。どうだ、欲しくないか?」

 知識はまあ、ほしいけど。少年はそんなふうに嘯いた。


「もしそれやってさ。お前を再生出来なかったら、どうなる?」

 それは、と魔王が微笑った。分かりきったことを聞くやつだなとでも言うかのように。


「お前が自由になるだけさ。ああ、私の財産の在り処も分かるから、それで世界旅行でもすればいい」

「独りでか?」

「楽しいぞ、一人旅は。好き勝手やれるしな」

「一人でかって聞いてんだよ!」

 少年に怒鳴られて、魔王の笑みが消える。そうだな(YES)、と呟くように応えを返して、俯いた。


「絶対じゃないんだろ、オレが術を使えるようになるってのは」

「ああ。術というより術式だからな――向き不向きがあるから、やってみないとわからん」

 複雑ならさ、と少年が魔王を睨みつつ問いかける。


「お前が教えてくれるなら、やってみるけど?」

 いやその、と。ぼそぼそもそもそもごもごと、顔を上げない魔王の口だけが動く。

 あー、と少年は気づく。そういえば、説明がかなり下手だと言っていたな、と。


「って待ておい、まさかそういう理由かよ、マジで!?」

 はっはっは、とわざとらしい笑い声が返されて、少年は思わず魔王を締め上げた。痛い痛いと声を上げる魔王だが、その笑顔を見れば全く効いていないことは明白だ。


「んな理由で命かけるな! あーもうなし、それなし! ほかの方法考える! ってか何だよ、この鎖のせいかよ、お前が変なこと思いついたの、そうだよな!?」

 少年よ、と魔王は思っただろう。それは八つ当たりである。紛うことなく八つ当たりであり、しかもそれの相手が術である。というか、彼自身がダメにしたはずの術なので、理不尽極まりない、と術に自我があれば申し立てただろう。幸い、術に自我などないのだが。

 締められるけれど苦しくないという面白さの中でそんなことを考えていたから、魔王は少年の手が伸びてきたことに気づかなかった。


「外せよこんなの、いつまでもつけてんじゃねぇょ!」

 だから、遅かった。魔王の首を未だに取り巻いていた術の残骸――それを引きちぎろうとした少年を止めるには。

 少年の手が触れて、鎖が光る。その眩さは、盟約の鎖を弾いたときより更に、激しく。


「馬鹿か、暴発す――っ?」

 無音のまま、光の粒子と化した。今度こそはと身構えていた魔王は、周囲を舞うその光に言葉を失った。

 少年にも、魔王にも等しく降りかかる、光の粒子。それはまるで、粉雪のように、彼らに振り積もる。


「――砂糖菓子みたい」

「菓子って……」

 この感動的な光景を見てそれか、と魔王が半眼になる。せめて、氷霧とか細氷という表現はできないのか。ああ、これは失敗だ。うん、彼に再生を任せるなどという選択をしなくてよかった。自分とは感覚が違いすぎるようだし、きっとあの術式、使いこなせないだろう。本気ではなかったけれど、あんなことを提案した自分を殴りたい。ああ、苦しくもない締め技程度ではなく、本格的に殴り飛ばすべきだっただろうに。いや彼にではなく自分自身が。だがそんな器用なことは流石にやったことがないし、どうすれば出来るのだろう。


「…あのさ、魔王さま? とりあえず戻って来い?」

 真剣に考えてこんでいるような魔王さまを、少年がじと目で睨む。ぶつぶつぼそぼそとした魔王のつぶやきは聞き取れないが、何やら自分に思うところがあるらしいことはわかった。だが、それは今ではなくていいよな、と目の前に、それを突きつける。


「これ、見えるよな?」

「……巻物(スクロール)?」

 卓袱台に降り積もった粉砂糖が姿を変えたものだと少年は告げる。魔王はそれを受け取って、矯めつ眇めつ眺め、書かれた文字に気がついた。


「”盟約の書”か」

 聞いたことのない名前だが、おそらくは新しい術式なのだろうと見当をつける。まったくこのメモリア、ずいぶんと才能に溢れているようだ。…感性はあやしいようだけれど。


「読めねえ」

「……まあそれは仕方ないな、戻ったら教えてやるよ」

 かくいう魔王自身も、元は字が読めなかった。必要に応じて覚えたものだから、そこは仕方がないだろう。そういえば会話はどうやって取得したんだったかなと、ちょっとだけ遠い昔に思いを馳せるが思い出せなかった。人との会話が苦手だったことは覚えているし、今も得意とは言えないのだが。

 ちなみに、書かれている文字は世界共通語である。エレーミア妖皇国でも使われているので、読むことに苦労はない。読めない文字が使われたのは、たぶん、魔王の術が素地となっているからだろう。


(そういうことにしておこう、うん)

 詳しくは解説せず、それを紐解くことにする。だが、中にあった一文――ただ一行のそれに、魔王は苦笑せずにはいられなかった。


  **互いに支配しない、対等な関係としての主従契約であること**


 それが、全文なのだ。


「盟約の明文化か。面白いことを考えたな」

 ”隷属の鎖”は親心。”盟約の鎖”は忠誠。いずれも、そんな漠然とした意味合いで作られただけの術式だ。はっきりと内容を打ち出したものではない。


「考えたって、誰が?」

「お前が」

 いやいやと少年は首を振る。盟約が何か、そこからだし、と。

 ふむ、と魔王は考える。まるっきり自覚がないというのは、やはり考え物だな、と。

 そうして互いに沈黙し、文面に目を向ける。


「読めてるか?」

「いや、意味が分かるだけ」

 不思議でもないなと魔王は頷く。そもそもが感覚で作られた術だし、そんなものだろう。


「──対等、か。まあ元からそのつもりではあるんだが…物事を教える立場としては、完全対等ってのは、些か……なあ?」

 意味ありげに少年を見上げると、小さめに一文が追加された。


 **主が誠実な師となる場合に於いてのみ、従属は帰順する**


「ん? 普通、逆だろ。ていうか、相互に誠実であるべきだよな?」

 少年の一言で、内容が書き換わった。


 **主が誠実な師となる場合に於いてのみ、従属は誠実に帰順する**


「うん、そんな感じ」

「……いいのか、それで?」

 目の前で書き換わった内容に、少年は満足げである。だが、少し考えれば分かるはずだ。自縛条項だと。たぶん彼の性格からして、かなり自爆することだろう。…むろん、”誠実”の解釈次第だが。


(……ここまでやって、自分の作った術だという自覚がないのもどうかと思うんだがな)

 だが証拠はないのだ。自分がそう感じる、それだけでは証拠として弱い。というより、この少年は信じまい。


「……何かすごく失礼なこと考えてるよな?」

「さあ?」

 失礼かどうか、それは人によるからなあと魔王は流し、少年が舌を打つ。


「この内容で文句ないんだよな?」

「文句はないが……破格過ぎて逆に怖いな」

 笑えない本心を吐露し、魔王が溜息を吐く。少年がちょっと何かを考えて──追加された一文に頷いた。


 **従の申し出以外、この契約は変更・破棄出来ないものとする。故に申し出も禁じられる。**


「よし」

「お前の術じゃないか、やっぱり!?」

 思わず叫んだ魔王を誰が責められようか。


「じゃ、そういうことで締結な」

「あーもうどっちが主だか…いいよ、文句はない、それでいい」

 口調まで変わった魔王と笑う少年の間で、巻物が空気に溶けた。一瞬の後、魔王の心臓から少年の心臓へ、細い鎖が互いを縛る。


「ああ、こうなるのか。互いに誠実であれ…なるほどな」

 少年が沈黙している意味に気づかず、魔王は納得していた。

 少年としては、誠実であることの象徴がなぜ鎖なのかとか、互いの心臓を縛るとかどういう冗談だとか、いろいろと言い募りたいのだろう。

 だがまあ、これで。


「盟約は成った。これからよろしくな、少年?」

 まあ、そういうことなのだ。

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