第一話 第一異世界人との出会い
「へえ~これが異世界か」
頭の中に思い描いていた異世界と、ほとんど変わらない風景がそこにはあった。中世ヨーロッパ風とでもいうのだろうか、いかんせん俺には、この風景を詳しく説明できる語彙力がないので、とりあえず中世ヨーロッパ風としか表現できないのが悲しい。
歩いている人も、もちろん現地人の人であり俺からしたら異世界人ってやつだ。
正直テンションが上がらないわけがない。
その中でも、ここが異世界と証明できるものがあり、それは所謂ゴーレムという土人形だ。
人の何倍もの図体をしており、その巨体通りに人では到底持てない石材や木材などを運んでいる。
しかし容姿でいったら、ただ土を固めて人型にした程度で美しいとはお世辞にも言えない出来だった。
いや、それこそがゴーレムだ、と言われればそうなのだが、俺的に言えばせっかく動かせるのなら綺麗
なものの方が嬉しい――たとえば、こいつとか。
そう思いながら横に目をやると、そこには俺が特典で連れてきた『嫁』がいた。
サイドポニーテールが似合う、とても可愛らしい容姿であと何年かしたら必ず美人になること必須だ。
男なら誰でもチラ見してしまうことだろう。
案の定、道ですれ違う人々が俺の『嫁』を見てはざわついている。
その光景に、どこか満足気になってしまう。
だが実際に注目を浴びている『嫁』は一切興味がないかのように沈黙している。それどころか瞬き一つしていない。更に言ってしまえば息さえしていない。
まあ、それもそうだ。なにせ俺が異世界に連れてきた『嫁』は――フィギュアなのだから。
そうフィギュアなのだ。俺のいた世界では2.5次元に属しているアニメキャラを模して造られた人形。
主な材料は合成樹脂などで、それをアニメキャラに仕立てていく。
しかし俺の『嫁』であるフィギュアを、そんじょそこらのフィギュアと一緒にしないでもらいたい。
なぜなら俺の『嫁』は等身大フィギュアなのだ! お値段はなんと三百万!
あまりの高さに購入者は俺一人だったようで、このフィギュアを持っているのは世界中に俺一人ということになる。
そうなれば、このフィギュアは俺の『嫁』と言っても過言ではあるまい。いや、むしろそうとしか思えない。
だからこそ俺は異世界にまで連れてきたのだ。聖剣やら妖刀、魔法の類を捨ててまで。家族なのだから当たり前だ。
決して折角大金を支払っておきながら、もう一生会えないのが勿体ないとかセコイ理由ではない。
アニメキャラを俺の嫁と表現することはオタクの間では、よくあることで『嫁』であるなら連れて来ないわけにもいくまい。単身赴任とかならまだしも異世界に行くのだから。
それにしても、ゴーレムが闊歩している状況を見るとリース様がフィギュアを持っていくと俺が言ったときに、言っていた言葉が理解できた気がする。
『枢様はフィギュアを持っていかれるのですね、分かりました』
『ですがフィギュアを選んで持っていくとは狙ってないにしても良い選択だと思います』
『えっ? 言ってる意味がよく分からない? 大丈夫です。あちらの世界に行けばきっと分かります』
『それでは異世界への転生を始めます。良い新婚生活を』
つまり、この世界ではゴーレムもとい人形を動かす魔法が存在していて、同じ人形であるフィギュアも動かせるということである。
そうなれば俺の『嫁』は独りよがりな考えではなく、本当に動く『嫁』になるということ!
勝った! これは勝った! 間違いなく良い選択肢を選べたはずだ!
今まで不可能だったアニメキャラとの結婚生活。二次元と三次元を超えた夫婦が今ここに誕生しようとしている。
もうこれだけで異世界に来て良かったと、心から思える。
当初は魔王と戦うのもテンプレ的でいいかな、なんて考えていたが、そんな考えは微塵もなくなった。
嫁が出来る以上、魔王なんかと戦ってられるか! 俺には生きて新婚生活を送るんだ!
とりあえすリース様に謝っておこう。ごめんなさい。
さてと今後の予定が決まったところで、早速俺の『嫁』を動かさなくてはならない。
とりあえず、迷ったときにはギルドに向かえばなんとかなる気がする。
そう思い適当に声を掛けようと思ったのだが
「ちょっと、そこのアンタ!」
逆に声を掛けられて思いっきりビックリしてしまった。
「な、なんでしょうか?」
そもそも言葉が通じるのか、と思ったが相手の声も問題なく聞き取れたし、そこら辺は大丈夫だろうと確信していると、どうやら俺の考えは正解だったらしく普通に会話が出来た。
「アンタの隣にあるゴーレム? 見せてもらってもいいかしら?」
俺の隣にあるゴーレムなんて言えば『嫁』であるフィギュアしかないだろう。
本当はあまり触らせたくはないのだが、もとから誰かに声をかけようとしていたところだったし、この人から話しを聞くために円滑に会話を進めるとしよう。
「どうぞ。でも丁寧に扱ってくださいね」
「ありがとう」
そう言うと声をかけてきた女性は、まず隅々まで『嫁』を観察し始めた。
「これ本当にゴーレムなの? まるで人間にしか思えないのだけど。でも間違いなく人形よね……」
その言葉に悪い気はしなかった。
このフィギュアが発売されたキャッチコピーが「本物よりも本物らしいフィギュア」だったのだ。
さらに、こういった異世界の技術で作られたフィギュアは、さぞリアルに感じてしまうだろう。
「このフリフリとした服も皺まで再現されてるし、色もこんなにカラフルで鮮やかだし、どうやって作ったのかも想像できない」
そうだろう、そうだろう。衣装もアニメ完全再現の仕様で、出来も申し分ない。
どうやら目の前の女性は見るだけでは我慢できず、触り始めた。
「うわ、なにこの触り心地! 普及しているゴーレムとは比べ物にならないぐらいツルツルしてる! もしかして材料は土ではないのかしら……」
正直説明してあげたいところだが、俺もそこまで詳しいわけではないし、そもそも女性は観察するのに夢中で、俺の声は聞こえなさそうだ。
「すごい! スカートの中にちゃんと下着まで着けている! こだわりが半端じゃないわね!」
人目のある場所で堂々と等身大フィギュアのスカートを覗きこむ女性。
なかなか凄い絵面だ。背徳感を感じてしまい、少しドギマギしてしまう。
「ねえ、アナタ。このゴーレムに名前とかあるの? それに作ったのもアナタ?」
ようやく観察を止めた女性の興味は、次は俺らしい。
それもそうか。この世界にとっては、かなり精巧に作られたフィギュアを持っている俺に興味があるのは仕方がない。
それに『嫁』について知りたいと言ってくれるのは悪い気はしないので、丁重に質問に答えてあげよう。
「このゴーレムは正式にはフィギュアといって名前は『魔法少女なずな』っていうんだ。あと作ったのは俺じゃないよ」
名前というかアニメのタイトル言ってしまったが、たいして問題はないだろう。それにちゃんと名前だって入ってるし。
「魔法!? このゴーレムは魔法も使えるの!? 信じられない……」
「普通は使えないものなの?」
「アンタそんなことも知らないで、こんな凄いゴーレム連れて歩いてるの?」
「すいません……」
なにせ、たった今この世界にきたもので。
なんてことは言えず素直に謝っておく。これが俺の処世術。
「簡単に説明すると魔法は人の形をしていれば使えると言われているわ。どうやら人間の形が魔法を使うのに最も最適みたいなの」
完璧には把握できないが、そういうものだと理解しこう。
「だからゴーレムは人型を模して造られているのよ。それすることによって魔力を通わせられるようになり動かすことが出来るの」
なるほど。つまりは魔力を操るのには人の形をしていることが重要なわけか。
「ならもっと人型に近付ければいいじゃないか? 流石にここまでとはいかないけど」
俺のフィギュアを指差す。
「こんな完璧なゴーレムが簡単に作れたら誰も苦労はしないわよ……。私たちの今の技術では無理なのよ」
そういうものなのか。
「ねえ、ここまで色々教えたんだから、このフィギュアだっけ? 動かしてくれない?」
「動かしてくれって言われても……。動かし方が分からないんだけど……」
「うそ!? アンタまだマスター契約してないの!?」
「マスター契約?」
「はあ……分かったわ。ここまで来たら動いてるところみたいし、私が面倒みてあげるわ。ついてきなさい」
そう言うと足早にこの場を去ろうとするが、こちらはその前に聞きたいことがある。
「俺は橋咲枢っていうんだ。キミの名前は?」
「あら? まだ名乗ってなかったかしら、私はクトラ・リリーク。クトラって呼んで頂戴」
振り向きざまに、そう答えたクトラは俺の『嫁』のなずなまでといかないながらも、とても可愛い笑顔だった。




