天命
古代のことなので、想像をたくましくして書いています。
今年もまた月が巡ってきて、会盟の季節になった。
湯は東北の領地から、八方の諸侯が集まる夏の都を目指していた。1年に四回、東西南北、東北東南、西北西南の八方を治める諸侯は夏の都にやって来て会盟を行うことになっている。そして中央を治める夏の王を合わせた九人で、今後の政策を話し合い、議決し、王への忠誠の誓いを新たにして、王が生贄を捧げて終わることになっていた。
だが、今回都を目指す湯の心は晴れなかった。湯は宰相の伊尹に言った。
「近頃は雨が降らないからというので、王は雨を振らせるために貢ぎ物を増やせと言っているが、今年は前の年の倍にもなっている」
「そうですな」
「三年前にも雨が降らないからというので貢ぎ物を増やすように言われたことがあったが、その後雨が降っても王は貢ぎ物の量をもとに戻させはしなかった。そのころから数えれば、三年前の三倍になっている」
「そうですな。しかし雨乞いをするのは王ですから、貢ぎ物が少ないから雨が降らないのだという王の主張には一理ある…と言いたいところですが、雨が降らないために作物がとれないのは我らとて同じこと。そうそう貢ぎ物を増やすことはできません。他の地方の諸侯はどうか知りませんが」
「その通りだ。ではやはり、税を減らしてもらえるよう頼むべきだろうな」
「いや、頼んだところで、他の諸侯と差別をつけるわけにはいかないと断られるでしょうな。
我らは異議を唱えることはできても、決定権がありません。しかし、税は納める側と受け取る側の状況しだいで変わってくるもの。王にのみ決定権がある今の制度には不備があると思われます」
「お前の言う通りだ。それについても意見を述べたいところではあるが、あの王が聞き届けるかどうか…」
「そうですな。恐らく王はこれは昔ながらの神聖な権利であるから変えることはできないと言うでしょう。
確かに、昔はその制度でも問題は起こらなかったかもしれません。それというのも、昔の王は今の王とは違って、自らの権限を濫用してはこなかったからです。今の制度はこのような事態を想定していない。だから備えが甘いのです」
「そうだな…」
夏の都に着くと、すでに他の諸侯は揃っていた。諸侯が王宮にて到着を告げると、門が開いて王が姿を現した。
王の服装は前回会ったときよりも華美になっているように思えた。王は言った。
「よく我が都にやって来たな、諸侯よ。それでは会盟を始めるとしよう」
「王が長らえんことを。王に天佑があらんことを」
諸侯が祝福を述べると、王も言った。
「うむ。お前たちにも天佑のあることを祈るぞ」
湯は心に思う。
(以前はまず王が祝福を述べてから、我らが返したものであった。今の王はまず我らに述べさせている。ささいな違いではあるが、どうも気になるものだ。下手に出ることを強いられているように思える)
一同が祭壇にやって来ると、王は言った。
「それでは、鼎を受け取るがいい」
そう言うと、王は家臣に九個の鼎を持ってこさせた。この鼎は、昔、夏の初代の王が立った時、八方の諸侯それぞれの初代が忠誠の証として王に献上したものであった。八方の諸侯の鼎と、王の鼎を合わせて九個。この九個の鼎を持つことが王の証でもあった。
諸侯はそれぞれの鼎を受け取ると、それに持参した貢ぎ物の一部を入れて、王に差し出した。王はそれを受け取り、自らの鼎を合わせて並べると、柴を焼いて天帝を祭り、供え物をそなえて会盟の始まりを告げた。
諸侯と王が座に着くと、王は言った。
「さて、近頃は雨が降らないので、私はお前たちの利益のためにと思って税を増やすことにした。それは持ってきているかな」
湯は言った。
「持ってきてはいますが…」
「それは良い。まあ今部下に税を調べさせているので、足りなければ分かるがな」
(我らに断りもなく調べているのか)
湯は不快に思ったが、言った。
「そのことですが、王は三年前にも雨が降らないからというので税を増やすように言われました。しかしその後雨が降っても元には戻っていません。そして今また増やすように言われているので、三年前から数えれば税は三倍にもなっています。これだけ増やす必要があるのでしょうか」
「湯よ、雨乞いは私の仕事だ。お前のあずかり知るところではない。お前に天命が分かるとでも言うのか?」
「それは分かりませんが、雨が降らないので収穫が少ないのは我らとて同じこと。せめて去年の量に戻してもらいたいのですが」
そこで南方の領主が言った。
「そうです。私の国はそれほど水に困ってはいませんが、他の国にはここよりも足りないところもあります。それぞれの事情に応じて税を取るべきではないですか」
「雨が降らないのは誰の罪のためかも分からないのに、諸国の間に差別をつけるわけにはいかない。そんなことをすればそれが新たな罪となるかも知れないからな」
湯が言った。
「しかし、三年前は今より少ない税でも雨は降っていました。どうして今、雨が降らないのは我らの罪だと言えるのでしょうか」
「お前たちには天命は分からぬ。この件では、天命を知る私の命に従っていれば良いのだ。それがお前たちのためでもある。私はお前たちのためを思って言っているのだぞ」
「しかし…」
「まあ、まだ議決までには日にちがあるから、それまでの間に考えておくがいい。どちらの側に理があるのかをな」
「…」
「では次の議題だが…」
その夜、湯が自らの軍勢の宿営地に戻ると、他の諸侯がそこに集まっていた。湯は言った。
「あなたたちの国はどうかな。日照りの影響はどうか?」
西方の領主が言った。
「私の国はもともと土地がやせている上に、雨が降らないことはここよりもひどい。そのうえ税が増えたので、人民にかける税を増やさなくてはならなかった。そのことで私は人民の恨みを買っているかも知れない。そのことが、かえって罪になっているだろうとさえ思う」
湯は言った。
「それでは、やはり貢ぎ物を減らすようかけあってみるか」
東南の領主が言った。
「しかし、それが本当に罪になったらどうする?」
湯は言った。
「天の明察はあまねく天下を見通している。山河の鬼神も祖先の霊も見ている。税を捻出できないのが我らのせいでないことは彼らの知るところだ。もっとも、王はどう思うか知らないが」
「そうだな…」
一同がそれぞれの宿に戻ったあと、伊尹は湯に言った。
「どうでしたかな。王の答えは」
「思った通り、王は我らの頼みを聞くつもりはないようだ」
「そうでしょうな。しかし王は聞かなくとも、恐らく天帝は聞いて下さるでしょう」
「どういう意味だ?」
「別に、そのままの意味ですよ。天があなたの願いを叶えてくれると良いのですが」
「…そうだな」
次の日になって再び会盟が始まると、王は言った。
「前から考えていたことだが、今、諸侯はそれぞれの領地を治めているが、そこで過ちがあっても王はそれを直接知ることはできないし、それを正すこともできない。そうして諸国で犯された過ちのために災いが起こることを防ぐ手だてを、私は考えた。
私のもとから諸国に使節を使わして、諸国で人民が過ちを犯していないか、正しい言論が行われているかを見張らせることにしたい。彼らには私から、独自に罪人を取り締まる権限を与えることにする」
湯は言った。
「待ってください。一体、その彼らが取り締まるのは我々の配下の人民だけなのですか?それとも我々も含まれているのですか?」
「もちろん、広い意味で言えばお前たちも含まれることになる。だが別に問題ではあるまい。お前たちが過ちを犯さなければそれで良いのだから。それとも、お前たちは国に帰ったら過ちを犯すつもりだとでも言うのかね」
「もちろん違いますが…」
「それなら、問題はないな」
「いや、待ってください。その彼らが取り締まる過ちというのは、誰がどんな基準で決める過ちなのですか?」
「それはもちろん、我らが伝統的に罪と見なしてきたことだ。心配しなくとも、新たに適当な理由をつけてお前たちを罰したりはしない。ただ、こうして会盟でお前たちが私に従っているのと同じように、お前たちの領地でも、お前たちをきめ細かく指導してやろうと言うだけだ。それとも、お前たちはふだん領地にいるときは、私に見られたら困ることをしているとでも言うのかね」
「そうではありませんが…」
「それなら、異論はないな」
「いや、しかし待ってください。我らの領地の人民はすでに我らが監督しています。そこへ新たに独自の権限を持った者がやって来るのでは、人民は誰に従えばいいのかわからなくなります」
「今だって、お前たちは私に従い、そのお前たちにお前たちの人民は従っているのではないか。つまり、もとをただせば私に従っている。今までと何の違いもない。これはただ、今までの制度をより確かなものとするだけのことだ。何もお前たちが今まで持っていた地位や権限を奪おうというのではない。安心しろ」
「しかし…」
「私は天命を受けた王ではないか。お前たちの祖先が納めた鼎もここに揃っている。前回の会盟でも、お前たちは忠誠の誓いを新たにして、天に誓ったではないか。お前たちには従う義務があるのだ」
「…」
その夜、湯は再び諸侯に言った。
「あなたたちはどう思うか。今日、王が言ったことは正しいと思うか?」
東方の領主が言った。
「私はやはり納得いかない。何というか、うまく王に丸め込まれているように思える。王の言っていることは確かに正しいようには思えるのだが、しかし、何かがおかしいと思ってしまう。何がおかしいと、はっきりとは分からないのだが…」
北方の領主が言った。
「しかし、それをはっきり言えなければ、結局は王に押し切られてしまうだろうな。まあ、言ったところで、結局は押し切られるかも知れないが」
湯は言った。
「では、受け入れるのか?確かに、我々の立っている前提からすれば、王の言うことはもっともなように思えなくもないのだが…」
そこへ伊尹が姿を見せて言った。
「あるいはもしかすると、その前提が間違っているのかもしれませんな」
湯は訊いた。
「どういうことだ?」
「それはこうです。王はただ己の権限のみを語って、あなた方に従うことを求めていますが、王の権限は無条件の服従を求めるものではないはずだと、私は思うのです」
「ほう」
「そもそも王は、というより一般に人に君たるものは、何のために存在しているのでしょうか?それは彼に従う者たちを安んじるためだと、私は思います。つまり、人々は君がいれば治まるが、君がいなければ乱れ、乱れれば安んじて生きていけないからです。だから、人々は君を立てるわけです。そして人がこうした性質を持っているのは天によるものであり、だからこそ、人に君たる者は天命を受けていると言えるのです。
そういうわけですから、王はただ無条件に天命を受けているわけではありません。彼には、己に従う者たちを安んじる務めがあるのです。そしてその務めを果たさないようなら、従う者たちも、それに異議申し立てする権限があるはずです。君主の権限は、ただ一方的なものではないのです」
「なるほど」
西北の領主が言った。
「しかし、王がそれを聞き入れるかどうかだな」
湯は言った。
「もし我らの側に道理があるなら、それを聞き入れないのは王の過ちと言うべきだろう」
次の日、会盟の座で王は言った。
「今、お前たちはそれぞれ思い思いの場所に宿をとっているが、それではもてなす側として申し訳ないので、お前たちのために決まった宿を作ることにしたい」
湯は言った。
「そんな余裕があるのですか?」
「ああ。税を取っているからな。私だって、税を無駄遣いしているわけではないのだ。
そこでもしその宿ができたら、お前たちはそれぞれ己の宿に泊まることにして、会盟の場を別にして、お前たちだけで会って話し合ってはならないこととする」
「ちょっと待ってください。なぜそんな制限をつける必要があるのですか?」
「人は内輪だけで話している時は口が軽くなり、言うべきでないことを言ってしまいがちなもの。お前たちがこの神聖な時に妄言を吐いて、天に罪を得ることのないようにと思ってのことだ」
「しかし…」
「お前たちにはこの会盟の場があるではないか。言いたいことがあるならこの場で言えばいい。それとも、お前たちは内輪で、人には聞かせられないような話をしていると言うのかね」
「そうではありませんが…」
「なら、異論はないな」
「…」
その夜、湯が宿営地に帰って来ると、伊尹が言った。
「都からの脱走者を捕らえましたが、どうされますか」
「脱走者?」
「そうです。会ってみますか?」
「会ってみよう」
しばらくすると、一人の婦人と子供が連れて来られた。
湯は言った。
「あなたは何が望みなのかね」
「私は都を出て、諸侯のもとで暮らしたいのです」
「なぜか?」
「王は都の中に己の子飼いの使節をひそませて、誰か自分に逆らう者がいないか、陰で悪口を言う者がいないか見張らせ、密告させています。そのため今や誰も表立って王に意見することができず、人々は何か不満があっても、道で目くばせするくらいしかできません。
そればかりでなく、人民の中にはこの密告制度を利用して、恨みを持つ相手を、実際にはそうしていなくても、反乱を企んでいると言って讒言する者もいます。そうすると王がまたこれを処刑するので、今や誰も安心して暮らせる者がなく、人々はただ目立たないように目立たないようにとばかり努めています。私は、私とこの子の身が危ういと思って逃げてきたのです」
「そうか…。とりあえずこの宿営地にとどまっているがよい」
次の日、湯は王に言った。
「王よ、やはりあの使節の話は考え直してもらいたいのですが」
「なぜか?」
「私たちの国にはそれなりの伝統的なやり方があります。都から一律に全てを規制するのは難しいと思うのです」
「やってみなければ分からないではないか?この私の都を見てみろ。不満を訴える者も喧嘩する者もおらず、人々は心が素直で、良く治まっているではないか。私の言う通りにしていれば、お前たちの国もよくなるさ」
「そうだと良いのですが…」
「それより、昨日の宿の話の続きだが、今お前たちはそれぞれ軍勢を連れてこの都にやって来ているが、彼らを入れられるだけの宿は作れない。そのうえ宿がなくとも、彼らの面倒を見るのは我が人民の負担になる。だからお前たちは今後、会盟に軍勢を連れてきてはならぬこととしよう」
西南の領主が言った。
「ちょっと待ってください。軍勢を連れずに領地からここまでやって来るなど不可能です。道中どんな危険があるかも知れないのに」
「全く連れてきてはならないとは言わぬ。ただ、連れてくる数は最小限にして、この都にまで入ることは許さない。連れてこられるのは城壁の外までとし、そこから後は私の遣わす使者に連れられて都に入り、それぞれの宿に泊まることにせよ。もちろん、都に入れるのは許可を得た者だけとする」
西北の領主が言った。
「しかし、なぜそこまでする必要があるのですか?」
「お前たちこそ、なぜ軍勢を連れてくる必要があるのかね?まさか私と戦おうというのではないだろうが」
「それはそうですが…」
「なら問題あるまい。むしろ、今まで連れてきていたのがおかしかったのだ。私は無駄をなくして、お前たちのためにも我が人民のためにもなるようにしたいのだよ」
湯が言った。
「王よ。少し言いたいことがあります」
「何かね?」
「あるとき、私が自分の領地を見回っていますと、野で鳥を捕っている者がいました。彼は四方に網を張って、『東から来るものも西から来るものも、北から来るものも南から来るものも、みな我が網に入れ』と言っていました。
それで私は言いました。『ああ、お前は天下の鳥を捕り尽くすつもりか』そうして、私はその網を一面だけ残して、『入るべきものは入れ。入るべからざるものは入るな』と言いましたが、それでも鳥は網に入ってきて、それは彼のために充分な量でした」
「湯よ、何が言いたいのかね。言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」
「それなら言いますが、王よ、あなたは多くを求めすぎています。あなたはこの都を保ち、私たちを臣下として持っています。あなたは栄誉も権限もすでに持っています。より多くを求めるべきではありません」
「私は天命を受けた王ではないか。私は与えられないものを取るのではない。本来の取り分を求めているだけだ」
「あなたにも取り分はありますが、私たちにも私たちの取り分があります。王として天命を受けているというなら、あなたには己に従う者たちを安んじる務めがあります。そうしないなら、あなたは天命を保っているとは言えません」
「私はお前たちのためを思うからこそ言っているのだ。天命を知る私に従うことが、結局はお前たちのために良いのだぞ」
「そうだと良いのですが…」
「とにかく、今は私の言うことを聞いてもらおう。それでまた不満があるようなら、次の会盟の時に聞こうではないか。一度試してみるだけだ。
そう心配するな。結局はお前もそれで良かったと思うようになるさ」
「…」
結局、王は要求を取り下げなかったので、諸侯はなすすべなく、ただ生贄を捧げて忠誠の誓いを新たにしただけで終わった。
会盟を終えて、湯が軍の宿営地に戻ってくると、そこにはすでに他の諸侯も、それぞれの軍を引き連れて集まっていた。湯は自らの軍を見回すと、かたわらの伊尹に言った。
「ああ、なんと頼もしいわが軍よ。この軍が、今まで私を守ってくれていたのだな」
「左様でございます」
「しかしそれも今回までだ。
次からはもうこの都で、誰も我が身を守ってはくれないのだな。我らは王の掌の上でなすすべもないのだな」
「左様でございます」
「ならばどうする?」
湯は周りを見回して言った。
「今戦うしかないのではないか!?」
「左様でございます!!」
「私は今から王を攻めるぞ!私に与する者は誰か!?」
「我々がいます!!」
諸侯が応えた。
「よし、東西南北の諸侯は城壁を囲んで門を守れ!残りの者は私と共に王宮を攻めるぞ!」
「応!!」
湯たちは軍の向きを変えて都を囲むと、城門を破り攻め入った。城壁の中にも王の軍は配置されていたが、湯は言った。
「都の軍には構うな、まっすぐ王宮を目指すのだ!最短距離、最短時間で攻めろ!」
湯たちの軍は王軍の囲みを破ると、まっすぐ王宮に向かい、王宮の門を破って中に攻め入った。
王宮の中には王の子飼いの精鋭が詰めていたが、さすがに数の差もあるので、王軍は少しずつ倒れていく。湯は諸侯に王宮のまわりを囲ませると、敵勢が手薄になったところを、自らの精鋭を率いて攻め入った。
王宮の中を攻め上って行き高台に出ると、王が軍に回りを囲まれて、欄干の端に追い詰められていた。王は言った。
「湯!お前は天をも恐れぬか!こんなことをして、後から恐ろしい災いが下るぞ!」
湯は言った。
「災いが下っているのはあなたのほうだ!もはやあなたは天命を保ってはいないのだ。だが今からでも遅くはない。王の位を退けば、命は助けてやるぞ」
「誰が貴様の言うことなど聞くか!」
「それでは、覚悟を決めなされ」
「くっ、お前らの手にかかるくらいなら…!」
そう言うと、王は自らの剣で己の首を刺し貫き、欄干から落ちた。
湯は駆け寄って下を見下ろし、倒れている王の屍を確認すると、言った。
「王は死んだ!戦いは終わりだ!!終わりを知らせろ!」
都では、まだあちらこちらで戦いが起こっていたが、それも次第に止んでいき、夕方には都は静まった。
王宮には、改めて諸侯が集まっていた。湯は諸侯に告げた。
「王は死んだ。だがこの夏の都を主のないままにはしておけないから、王の従兄弟に後を継がせることにしよう」
「それが良いでしょう」
諸侯は言った。湯はさらに続けた。
「さて、新しい王を選出しなければならない。あなたたちはそれぞれ己の良いと思う者を選んでほしい」
伊尹が言った。
「あなたが新しい王になれば良いのでは?」
「いや、新しい王は皆の同意を得て位に就くのでなければならない。そうでなければ、また同じ過ちを繰り返すことになろう」
「よく言われました」
そこで一同は、夏の跡継ぎも含めて改めて協議したが、彼らはやはり湯を選出した。伊尹は言った。
「これでもはや疑問はないでしょう。あなたは天命を受けられたのです」
「王が長らえんことを!天佑があらんことを!」
一同が言う。湯は言った。
「それでは、承る。あなたたちも長らえよ、天佑のあらんことを!」
湯と諸侯は再び祭壇までやって来ると、改めて柴を焼いて天帝を祭り、九個の鼎で供え物をして、新しい王に忠誠を誓った。そこで湯が祈って言うことには
「我らはあえて王を弑して新しき王を選びたり。もし我に過ちのあらば、その罪科を民に負わせたまうな。またもし民に過ちのあらば、そは我が罪科なり。天帝願わくはこれを受け給わんことを」
そう言って改めて生贄をささげていると、次第に空が曇ってきて、雨が降り始めた。諸侯は言った。
「やはり、あなたは天命を受けられたのです。この雨がその証です!」
湯は言った。
「そうだと良いがな。だがそうだとしても、それに安んじていることはできない。前の王の時にも雨は降っていたのだから」
伊尹が言った。
「そうです、王よ。前の王の滅亡に鑑みて、自らを慎みなされよ。長く天命を保つようになされよ。あなたが良く知るように、天命は常なきものでありますから」