未来人，現る
広瀬 光太郎と名乗る謎の男が，放課後突如現れた。彼は僕を廊下に連れ出し，僕の親友（坂本宏樹）と好きな人（広瀬 舞）との3人の関係がどんなものかを聞いてきた。僕はしぶしぶ答えていたが，話すうちに映画好きという共通点から光太郎と打ち解けて，彼と仲良くなった。
光太郎と僕が話していた時，突然教室の方が騒がしくなり，親友の宏樹が屋上から飛び降りた，という噂が耳に入って来た。
僕は本当だったらどうしようと慌てていたが，光太郎は僕よりももっと驚いていた。
少し前まで学校のヒーローだった男の思いがけない知らせに，教室に残っていた生徒たちも騒いでおり，その多くは窓から外をのぞきこんでいた。窓から宏樹の姿が見えるのかと思い，僕たちも他の生徒の間から外を見ると，床に落ちている剣道の道具の隣に倒れて全く動かない宏樹と，周りを囲んでおろおろしている生徒たちが見えた。
僕はその時いろいろ考えた。なぜ宏樹が飛び降りたのか。考えてみれば原因になりそうなことはいくつかあった気がする。もし気づけていればこんなことにはならなかったかもしれない，と考えて僕は自分を責めたが，今更そんなことを考えても仕方ないと思い行動した。
僕も宏樹の無事を確認するために教室を出て，下に行こうとしたが，そばにいた光太郎が止めた。
「今行っても，宏樹さんを助けられるわけじゃない」
光太郎はそう僕に言って，さっき彼と話していた廊下の隅に僕を連れて行った。
「そりゃそうだけど，他に宏樹のためにすることもないだろ」
と言うと彼は否定して行った。
「いや，俺たちにはある。俺たちというか，隆之介なら多分宏樹さんを助けられる。こんなことになったのは100パーセント俺が原因だから偉そうに頼める立場じゃないんだけど，俺もあの人に死んでほしくは無いから協力してほしい」
初めはなんことを言っているのか分からなかったが，次の言葉で彼の言いたいことが分かった。
「信じてもらえないかもしれないけれど，俺は二十五年後の未来から来た。未来で宏樹さんは元気で生きているし，この年に大けがをしたなんて話も聞いてない。つまり，俺がここに来たことであの人の運命を変えてしまったんだ。俺と一緒にあの人が飛び降りる前に戻って，元に戻すのをを手伝ってほしい」
僕は彼が僕を馬鹿にしているのだと思った。宏樹が大変なこんな時に，違う学校の制服を着た変質者に付き合っている暇はないため，その場を立ち去って宏樹のところに行こうとすると，彼は道を遮って話を続けた。
「俺は未来のあなたのことを知っている。誕生日は十二月十日で，この時は広瀬 舞のことが好きだけどなかなか踏み出せないでいた」
僕のことを言った彼だったが，僕は反論した。
「誕生日なんて別に隠してないから知ってる人に聞けば分かることだし，舞のことが好きなことは１日中僕の行動を見てればすぐにわかることだろ」
いらついていて冷静でなかったとはいえ，我ながら恥ずかしいことを言ってしまったと思っているところへ光太郎はさらに続けた。
「まだまだある。好きな映画は○○で，好きだった女優は△△，初恋の人の名前は××」
僕はそれを聞いて驚いた。僕が好きな映画として彼が言ったものはあまりにも有名すぎる映画で，僕や舞ももちろん，映画好きならみんな好きだろうというものだったので，未来人の証拠には全くならなかったが，あとの二つは違った。
好きだった女優は，中学生の時に好きだった人で今の僕の行動からは断定できないものであったし，初恋の人には告白もできずに終わったため宏樹しか知らないはずの情報だった。僕は彼の言うことをすべて信じたわけではないが，確かに今の僕には宏樹のためにできることが無いし，もし本当なら確かにこの状況を変えられると思い，目の前の自称未来人の話を聞いてみることにした。
「そこまで知っているなら話は聞くよ。宏樹を助ける方法なんて，それこそ過去を変えるしかないし，僕の秘密を言いふらされても気持ち悪いしね」
そんな小言を言った僕に彼は真剣な様子で答えた。
「そんなことはしない。隆之介には歴史を元に戻すのを手伝ってほしいんだ。さっきも言ったように，俺がいた未来では宏樹さんは死んでないし，昔飛び降りたという話も聞いたことない。きっと，俺が来たことで過去が変わったんだ。隆之介はタイムマシンが出てきて，過去を変えたりする映画が好きだから，きっと信じてくれると思ったんだ」
彼の言うとおり私はSFものの映画が好きである。さっき彼が言った僕と舞が好きな映画も，博士が作った自動車型のタイムマシンに乗って，主人公が若いころの父親と母親が出会った時代に行くと言う話だ。
その映画のあらすじを思い出した僕は，急にある疑問がわいてきて，彼にそれを告げた。
「お前，舞と宏樹の子供なんじゃないか？」
それは映画オタクの僕だからこそ思い浮かんだ考えだった。普通の人だったらその考えに至っていなかっただろう。
僕がその考えに至ったきっかけはいくつかある。まず，彼の名字が広瀬ということで広瀬 舞の関係者ではないかと思っていた。そして，宏樹と僕しか知らないはずの，以前の僕のことを知っていたこと。
そして何より，僕ももちろん，映画好きが大好きなあの「自動車型のタイムマシン映画」の展開に，今の彼の状況がそっくりだったことだ。
その映画では，過去で歴史を変えてしまって両親との出会いを邪魔してしまった主人公が，その歴史を修正していくという話だったが，今目の前にいる広瀬 光太郎も，未来から来て過去を変えてしまって宏樹を助けたいと言っているのだ。
"こんなにぴったり合うこともない。こいつは未来人で，絶対に舞と宏樹の子供だ！"と夢見がちな映画オタクの僕は確信していた。
その時の僕は，宏樹を助けられるかもしれないという事で気分が高まっていたため，光太郎が未来人であるという事そのものに疑問を持っていたことも忘れており，すでに彼と一緒に宏樹を助けるため過去にタイムトラベルする気でいた。もし推測通りなら，自分は失恋したことになるという事にも気づいていなかった。
そんな細かいことよりも，自分の名推理で正体を見破られた未来人がどんな反応を見せるかが気になっていたのだ。
そして僕が言った言葉を聞いた彼は，驚いた顔をした後，少し笑ってから，考えるような素振りをしてこう言った。
「よく分かったね。そうだよ，俺はあの二人の子供だよ」
それを聞いた僕は一瞬，舞との関係について考えて複雑な気持ちになったが，宏樹を助けるための方法が見えてきて，気を引き締めていた。
つづく
