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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
五章

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第八十六話


 ギルドのフリースペースの一画に、三人の少女と一人の男が腰掛けていた。

 連盟の話し合いをするため『無限の灯ノー・リミット・グロウ』からはリルとヒィーコとコロが『栄光の道グローリア・ロード』からはフクランが列席している。


「さて、それで連盟に関しての話なんだが……うちから何人か人員を引き受けてくれないか?」

「なんでそんなことをしなきゃなんないっすか?」


 話を持ち込んできたフクランに、真っ先に反感を丸出しにしたのはヒィーコだ。サブマスターとして参加している彼女は渋面で反対意見を口にする。


「あたしらは今の所、身内だけのクランっす。そのあたしらが、よりにもよってそっちの人員を受け入れなきゃいけない意味が分からないっす」

「形式だよ。『栄光の道グローリア・ロード』から『無限の灯ノー・リミット・グロウ』に所属した人間がいるっていう事実が欲しい」

「……まあ、道理ですわね」

「リル姉!?」


 消極的にフクランに賛同したリルにヒィーコがこの裏切り者と言わんばかりの顔を向けるが、リルは肩をすくめて受け流す。

 ヒィーコの言いたいこともわからないでもないが、そもそも『栄光の道グローリア・ロード』は『無限の灯ノー・リミット・グロウ』の下請けになるような形で連盟を組んでいるのだ。

 ヒィーコは感情的に反発しているがリルとて貴族として上に立つものとしての教育を受けたものだ。組織を運営するうえで建前や形式がどれだけ重要なのか理解している。

 いまの『栄光の道グローリア・ロード』は『無限の灯ノー・リミット・グロウ』の傘下に入って評判を保っている状態だ。新規のメンバーが入っているようだが、それも『無限の灯ノー・リミット・グロウ』への憧れのために『栄光の道グローリア・ロード』へ加入してる冒険者がほとんどだろう。そこで『栄光の道グローリア・ロード』から『無限の灯ノー・リミット・グロウ』へ上がった実績がゼロと知れば、確かに新人の士気にかかわる。

 だが『栄光の道グローリア・ロード』の運営は、リルたちには直接関係のない話でもある。


「あなたたちの事情も理解できますけど、ヒィーコの言うことももっともですわ。まさか、ただでそちらの人員を入れろとは言いませんわよね」

「提示できる条件はいくつかあるけど……そっちで何人かこっちの役職に就くか? うちはトップから余ってるぞ。幹部が消えたからな」

「うちは天下り先が必要なほど腐っていませんわ」

「おっと、確かに。失礼したな」


 自虐と皮肉を混ぜこめるフクランの提案を即座に蹴り飛ばす。

 現役を引退するクランメンバーの行き先を確保するのもクランの役目だが、リルたちのクランは少数精鋭が集まった若いクランだ。そんなことを考える必要はまだない。

 とはいえ、欲しいものがないというわけでもないのだ。『栄光の道グローリア・ロード』がもっていて『無限の灯ノー・リミット・グロウ』が持っていないものは数多い。


「『栄光の道グローリア・ロード』からだと、懐かしい人がくるかもです」

「そういえばコロっちは顔見知りが多いんすよね……ていうか、本当に『栄光の道グローリア・ロード』から人を入れるんすか?」

「組織の運営に個人的な感情を挟みすぎるものじゃありませんわよ。人員を、というならせっかくなら事務員が欲しいですわね」

「……事務方は貴重なんだけどなぁ。何人いる?」

「とりあえず、一人いれば大丈夫ですわ」


 最低限の事務方の人員自体は確保はしたいが、組織の中核を外様任せというのはありえない。あまり多くの人数は入れたくなかった。信頼関係もそうだし、現場と後方との認識で深刻なズレが出てしまう可能性もある。作業要員は即席でも構わない。ただ、人員を監督する信頼できる人間が欲しい。

 切実にそう思うが、当てがない。当てが見つかるまでは、リル自身が見るしかないだろう。


「戦闘要員が三、事務方が一でいいか?」

「そんなところが妥当ですわね」


 戦闘要員は請求していないが、暗に向こうの要求だろう。形式的なものならば、そのくらいは許容範囲だ。


「とはいえ、編入させるメンバーの扱いはどうしますの? うちは、こういってしまうのはあれですけど、新規メンバーを受け入れられるような施設や仕組みはありませんわよ」

「そうだよな、まだできて一カ月も経ってないからなぁ……」


 クランとは名ばかりのもので、リルのパーティーとカスミのパーティーの二つで勝手に各々やっているのが現状である。組織としての仕組みはこれから整えていかねばならない大きな課題だ。


「さっきの役職にっていうのは冗談にしても、交流もかねて、そっちのメンバーにうちの宿舎を使えるようにするか? そうすれば、そっちに出向するっていううちの面子も実質は今までと変わらない活動ができるし、そっちのメンバーがうちの宿舎を使うなら交流が目に見える分、新人の士気も高まる。幹部が使っていた部屋がまんま空いているから、十人分は個室があるぞ。しかも上等な部屋だ」

「お! なら、あたしはよろしくするっす」


 わかりやすい利があると知れば、そこには食いつく。宿暮らしのヒィーコがせっかくだとばかりに立候補した。リルと同居のコロは特に関係のある話題でもないので、こくこくと飲み物に口をつける。


「どうせ部屋が借りれるんなら、カスミンたちも誘ってみるっすね。実家暮らしが多いみたいっすけど、後継ぎとかじゃないんで独り立ちしたい時期だと思うんすよね」

「そういえば、カスミ達はエイスを捕まえられましたの?」

「昨日、なぜか冒険に行きたいですって自分からでてきたみたいです。あんなに逃げてたのに、不思議ですよね」


 手すきでエイス捜索を手伝っていたコロが説明しながら首をかしげる。結局、コロやヒィーコが探索に加わっても逃げ切られたので、大したものである。

 エイスの行動原理はいまいちよくわからないところがある。基本的には臆病者の少女なのだが、生存本能に従い過ぎていて理解に困るところがあるのだ。


「まあエイスはともかく……そうですわね。カスミがいましたわね」

「カスミンがどうしたんすか?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 不審そうに聞いてきたヒィーコをごまかして、リルは顎に指を当てて思案する。

 冒険者としての経験が豊富で実力も高く、半ば趣味とはいえ設計図を書けるほどの教育を受けている。パーティーのリーダーをこなすほどの求心力もある。

 少なくとも事務要員とすればヒィーコやコロよりかは有望だ。

 まさかパーティーメンバーをいきなり後方専門に引き抜くわけにもいかないから、調整も含めて後で話し合う必要があるが、少しずつ仕事を仕込む意義はある。

 やることは山積みだなと頭の中で後の予定を段取りつつ、フクランとの話し合いを締めに向ける。


「そちらの宿舎に移りたいメンバーは、あとでまとめて伝達しますわ。それと、人員の選抜はこちらでやってもよろしいですわよね」

「それで構わない。もってかないでほしいメンバーはいるから、そこだけ気をつけてくれよっと……ふう」


 話し合いがひと段落ついたのを見て、フクランはほっと息を吐く。


「だいたい話はまとまったかな。上手くいって良かった」

「……終わった直後で交渉相手にあからさまに気を抜いた姿を晒すのはどうですの?」

「いやいや、だいぶ優しくされた自覚はあるから今更だ」


 顔をしかめるリルに、フクランは椅子の背もたれにぐったりと体重を預ける。

 実際のところリル達が嫌だと強硬な態度でいれば、フクランはそれ以上強くでれない立場にある。

 リルとしても遺恨を残したくないしコロの前だからかっこつけたいしで、両者に利益のある話し合いにとどめておいた。


「それにしても、何でこんなオープンな場所で会議してるんだ?」

「いままでは他に場所もなかったからっすね」

「クラン設立にはセレナさんにもだいぶ手伝ってもらったのでリルさんの家よりこっちの方が便利みたいです」

「そりゃまた……」


 クランの話し合いに、ギルドの職員とはいえ部外者が入るという話を聞いて唖然とする。


「ギルドは確かに中立だけど、さすがに内情をぺらぺら話しちまうのは良くないだろう」

「あれ……? 確かに考えてみればおかしいっすね」

「そういえば……いままで疑いもしませんでしたけど、おかしいですわね」

「しかもよりによって『虐殺機関マーダー・インク』に手伝ってもらうとか、なんというか、すごい度胸だな」

「『虐殺機関マーダー・インク』?」

「あれ? リル姉知らないんすか?」

「知りませんわよ。セレナの二つ名かなにかですの? 随分物騒ですわね」

「『怪物(ザ・モンスター)』がなにを言ってるんすか?」


 リルはもともと冒険者に興味などなかったので、他人の武勇伝といったものに興味はないのだ。

 興味を持った様子のリルに、フクランは話題の種になったかと説明をする。


「ああ、南の迷宮の方じゃいまだトラウマ抱えてるやつらも多いんだけど、東じゃ実害なかったからな。もう昔の話になるが『虐殺機関マーダー・インク』ってのは……」

「その呼び名は好きではありません」

「うおう!?」


 冷えた声を出したのは、通りがかったセレナだった。ぎょっとフクランが振り返ると、そこには冷ややかな瞳を半眼にした受付嬢がいる。セレナはぴしゃりとした口調で告げる。


「そもそも私は別に人殺しをしたことはありませんが?」

「は、ははは、そうだな。……殺しはなかったな、確かに」


 セレナがレナという幼名だった当時から冒険者だったフクランは、突然の当事者の登場にダラダラと冷や汗を流しつつ目を逸らす。そんなフクランにセレナはじとーっとした目で圧をかける。その視線には、余計なことを言うなよ、という意味がありありと込められていた。

 リルもそうだが、周囲が面白がってつける二つ名は本人にとっては不愉快である場合が多い。二つ名の詮索はやめにして、リルはセレナの姿を見て思い浮かんだことを口にする。


「セレナ」

「どうしました? 二つ名の由来なら話しません」

「違いますわよ。それではなくて、あなた、うちに来ません?」

「はい?」


 セレナが目を瞬かせる。

 それからリルの言葉が勧誘であることを悟り、どことなく失望したような光を瞳に宿す。


「申し訳ありませんが、私は冒険者として迷宮には潜りません。私の冒険はもう終わったんです」

「別に迷宮には潜らなくていいですわよ。事務員として雇いたいというだけですわ」


 冒険者としての功績顕著で、事務方面に明るく、なによりリル達との交流が厚い。考えてみればリルの求める人材にこれほどぴったりな人間もそうそういない。

 リルの提案に、セレナはさらに目を丸くする。


「私を……事務方で?」

「なにかおかしいですの?」


 セレナが多く求められるのは、その武力だ。ライラ以外に、事務能力を求められたことはない。それほどまでにセレナの武力の功績が顕著だったのだ。

 だがギルド職員としてのセレナしか知らないリルは、彼女の戸惑いこそが理解できないとセリフを続ける。


「ギルドの職員をやっているくらいですもの。別におかしくはないでしょう。それにクラン立ち上げの経験者でもあるんでしょう? うってつけですわ」

「それは……」


 反射的に何かを言おうとして、口を閉じる。何かを探すように視線がさまよい、しかし確固たるものは見つからないまま、戸惑いだけが瞳に残る。


「もちろん、いますぐに決めなくてもいいですわ。いまの職場との調整もあるでしょうし、じっくり考えて、気が向いたらまた話しましょう」

「……そうですね。それでは、失礼します」


 受付に戻っていくセレナの背中に手ごたえを感じて、リルは満足げにうなずく。即座に断られなかっただけ見込みはある。フクランはなんの騒動も起こさず立ち去ったセレナを引きつった顔で見送っていた。


「そ、それで、人員の選抜についてはどうする?」

「そうですわね……コロ」

「はい!」

「あなたが人員を選別しなさい」

「はい?」


 名指しされたコロがきょとんと首をかしげる。


「『栄光の道グローリア・ロード』の内情はコロが一番よく知っていますわ。人員については、コロに人選を任せます」

「そうだな。コロネルちゃんの指名なら、こっちとしても不服はない」


 リルの提案にフクランも賛同する。

 コロはまだやや戸惑っている。メンバー選びという戦闘とは趣旨の異なる役割だ。きっと、少し前のコロだったら恐縮して断っていただろう。曰く『バカなわたしじゃできません』と。

 ただ、いまは違った。ぐっと両手の拳を握ってやる気を示す。


「わかりました。やってみます!」


 成長しているコロを確認して、リルは満足げに頷いた。

 今日集まった目的の話はまとまった。口約束とはいえ締結した取引に、なぜか不満タラタラなのはヒィーコだ。


「なんかこういうのって、冒険者っぽくないっす」

「まあ、それは仕方ないと思うぞ?」


 机につっぷすヒィーコの不満にフクランが答える。


「パーティーと違って、クランは組織だからな。そのクランの幹部ともなりゃ、ずっと前線にへばりついてるわけにもいかないだろ。はっきりと役割分担ができているクランならともかく、『無限の灯(ノー・リミット・グロウ)』くらい小規模だと、やりたいやりたくないで文句を言っているような余裕はないぞ」

「そりゃそーかもしれないっすけど……こーいうのはつまんないし、納得できないことばっかっすし、ストレスたまるっす」

「あなた、仮にも副マスターでしょう。いい加減ブーたれるのはおやめなさい」

「ふーんだ。どうせ仮っすよーだ」


 ふてくされるヒィーコを、フクランは不思議そうに眺める。

 クランとは、所属するメンバーのために費用対効果を追求しなければならない。彼からすれば、組織としてのクランの役割に不満を覚えるヒィーコの姿は不可思議なものに映るのだろう。


「こういうことを嫌がるなら、どうしてクランを設立しようと思ったんだ? パーティーのままで良かったんじゃないのか?」

「そりゃ簡単っすよ」


 うつぶせになったまま、腕を上げて指をくるんと回す。

 リル達がクランをつくるきっかけ。ヒィーコも一切反論しなかった理由は至極単純で純粋だ。


「コロっちを取り戻すためっす」

「そうですわね。コロを助けるためですわよ」

「……なるほど」


 世界で一番納得できる理由を聞いたフクランは苦笑する。


「幸せ者だな、コロネルちゃんは」

「えへへー」


 緩んだ視線を向けられたコロは、胸を張って得意そうに笑った。

 

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【書籍情報ページ】

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