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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
一章

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第八話

 自分に名家の子女としての器がないと気がついたのは、いつだったろうか。

 リルは深く物事を考えることが得意ではない。行動力がないわけではないのだが、計画性に欠けているうえ、周りに気配りできる気質ではなかった。行動には移そうと思い実行するのだが、進めるごとに細かいことがおろそかになってぼろぼろと道程が崩れ、結局は途中で破たんする。

 それをフォローしてくれるような仲間を作れればよかった。

 だがリルは対人関係もうまく構築できなかった。名家の生まれとしての自尊心が強く、他人を平気で下に見てしまう。そんなリルに利害を抜きにした忠言をかけて好んで協力しようという人間はいない。

 リルの周りに集まったのは、リルの権威を目当てによってき人物ばかりで、彼らは一様に気持ちのいい言葉をリルに投げかけた。だからリルは増長して、己のことを省みることなく、失敗を見つめることもしなかった。

 十五歳になって成人し、名づけをされたとき、自分が最も身近な人間である親からどう見られているのか突きつけられた。

 リル『ドール』。

 成人の時に父親から与えられ、付け加えられた三文字。

 リルは客観的に判断して美人だ。くっきりした派手な顔立ちには生まれもった華やかさがありスタイルもよい。だから与えられた『ドール』の三文字の意味することは明快だった。

 容姿だけは整っているのならば、せめて人形のようにおとなしくしていろ。

 リルがより一層愚かしくなったのは、きっとそれからだった。

 声を張り上げて自分の我を通す。権力を振りかざして他人を従える。がむしゃらに、自分でも何かできるんだと行動する。それは、きっとライラがいなくてもいつかは破たんした暴走だった。

 そうして、いまリルがしてることも、きっと同じこと。

 変わらなければ破滅するだけの冒険に、リルは挑んでいた。





 何か、とても恐ろしい夢を見た気がする。

 朝日を浴びて目を覚ましたリルは、そう思った。

 内容はまるで覚えていない。何かに立ち向かおうとしてあっさり敗北し、何かから逃げて逃げ切れず押しつぶされて、立ち上がる気力も粉々に砕かれるような、そんなひどい夢だった気がした。

 そうしてうずくまって泣いていたとき、不意に何か温かいものに包まれて心があったかくなった。そんな漠然とした印象だけは残っている。

 そんな夢の名残にまどろんでいたリルだが、寝起きの自分が何か柔らかいものに包まれていることに気がついた。

 これは、なんだろう。

 ベッドに寝ころんだまま目線を動かして確認すると、意味の分からない状態になっていることに気がつく。

 なぜかリルの頭は、コロに抱えられるようにされていたのだ。


「……なんですの、これ」


 割と寝起きのよいリルは、今の状態に眉を顰める。

 リルの頭を胸に抱いているコロは、すうすうと気持ちよさそうに寝ている。もちろん昨夜寝た時はこんな態勢ではなかった。広いベッドに二人、近づきすぎることもなく寝ころんでいたはずだ。

 それがどうしてこんな密着状態になっているのか。寝苦しくてならない。そして何より、だ。


「こともあろうに誇り高き貴族たるわたくしが、庶民の抱き枕替わり……?」


 ありえない。あってはならない状態だ。

 起き上がったリルは不快感に任せてコロの体を揺さぶる。


「起きなさい。わたくしより遅く起きようとはいい度胸ですわね、コロネル」

「ふぇ?」


 寝ぼけ眼のまま、コロが上半身を起こす。


「ふゅむ……おはようございますぅ……」

「ずいぶんと眠そうですわね」

「いひゃはや!?」


 なんとも府抜けた挨拶だ。不敬の厳罰として頬をつねる。


「コロネル。あれだけの無礼が許されると思ったら大間違いですわ。覚悟はよろしいですわね」

「ぶ、無礼って、なんでしょうか」

「まずは自分の胸に問いなさい」

「自分の……」


 コロが自分の胸に手を置く。そうして目を閉じ、回想。

 次に目を開いたコロは、瞳をきらきらと輝かせて笑った。


「昨日は楽しかったです!」

「たのし……そ、そうですの」


 見当はずれの感想に、リルは引きつる顔を抑えた。なにせ、楽しいとは程遠いバタバタとした一日だったのだ。

 それも当然のことで、リルは今まで家事など一切したことがなかった。言ってみれば、どういう仕組みでお風呂が沸くのか、かまどに火がつくのか、洗濯物が干されるのか、その過程を一切知らない。家事全般のなにもできないド素人だ。

 コロも庶民ではあるものの、勝手の知らない他人の家だ。さらに言えばコロは地方の村の隅っこで想像を絶するような生活をしていたので、都会のアパートに備え付けてある家具の使い方などまるで勝手がわからなかった。はっきり言って、丸腰で山野に放りだされたほうがあっさり適応できただろう。

 その二人が手探りで試していった結果、ずいぶんバタバタした一日になったのだ。


「それはさておき、おはようございます、リルドール様! 髪、巻いてないんですね!」

「あなた、わたくしをなんだと思ってますの……?」


 いくら縦ロールの代名詞になりえるほどの縦ロールなリルとはいえ、就寝の時や寝起きの時点で髪を巻き上げていることなどない。

 実は生まれてこの方、整える以外の目的では髪を切ったことはないリルの髪の量は膨大だ。いつもは巻き上げてある金髪をほどいた場合、全身を覆えるぐらいの量はある。しかも元から癖がある髪質なので、寝癖がついてあちらこちらにうねっている。

 寝起きのリルドールを評するならば、地上で輝く金色のワカメだ。もしこのまま外に出たら、金のワカメ型魔物が徘徊していると大騒ぎになるだろう。

 だがコロの目には、ワカメが揺らめいているようには見えなかったようだ。


「リルドール様は、世界に輝くリルドール様です!」

「あら。わかっているではありませんか」


 きらきらと目を輝かせて言い切るコロに、ふふんと胸を張る。真正面から褒められるのは、自尊心がくすぐられて悪くない感覚だ。


「まあ、いいですわ。髪を梳いてセットなさい、コロネル」


 鏡の前に座り、当然のように命令する。

 自分の身だしなみを整えるのは他人の仕事。それが当たり前のリルである。


「ええと……梳くのはともかく、どうやってセットをすればいいんですか?」

「……やり方は、なんとなく覚えてますわ。道具もありますし、指示しますからその通りなさい」

「はい!」


 もう使用人はいないのだから、素人であってもコロに教え込むしかない。そうやってたどたどしいコロの手つきに身を任せていたリルだが、鏡に映るコロを見て、ふとつぶやく。


「昨日も思いましたが、あなた、赤毛でしたのね」

「そうですよ?」


 茶髪だと思っていたコロの髪は、汚れを落としてみれば見事な赤毛だった。

 燃えるように赤い髪。

 自分の髪色はもとからそうと知っているコロは不思議そうに首をかしげる。そんなコロにリルはばっさりと言う。


「昨日は薄汚れていて茶色にしか見えませんでしたわ。本当に汚かったのですわね、コロネルは」

「うぇえ!?」


 容赦ない評価にコロは情けない声を上げてしょぼんと落ち込む。

 コロも王都に来るまで最低限の汚れは落としていたとはいえ、本当に最低限だ。生まれ育った場所からあてもない旅路だったため、汚れを落とす余裕もなかった。

 その間も手を動かしてリルの髪をセットしていたコロが声を上げる。


「はい。できました!」

「……あら。意外とうまくできていますわね」


 その出来栄えは、普段のリルの髪形に近い。さすがに時間はかかったしプロの手際とは比べるべくはないが、初めてならば上出来だろう。


「これでも手先は器用なんです!」


 鏡で出来栄えを確認するリルに、コロネルは誇らしげに胸を張る。その笑顔に、リルも興が乗った。


「そうですわね。コロネル。今度はあなたがここに座りなさい」

「はい?」


 疑問を持ちつつ、立ち上がるリルと入れ替わりで着席する。


「わたくしじきじきに、あなたの髪を素晴らしい髪形にセットして差し上げますわ。光栄に思いなさい!」

「はい! ありがとうございます!」


 その提案を、リルになつき始めたコロネルが断るはずもない。

 快諾したコロに気をよくして、リルはコロの髪を一房持ち上げる。


「あら。あなた、髪質は悪くないですわね」

「そうですか? よくわかんないですけど」


 そんな会話をしながら、リルは上機嫌にコロの長く伸びた、燃えるように美しい赤毛をセットし始めた。


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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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