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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
四章

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第八十二話

 リルがコロと連れ立って冒険者ギルドに入ると、一斉に注目が集まった。

 何せ王都を騒がす有名人のご登場である。そもそもがよく目立つ容姿。しかもここ数日は、フリースペースを使って自分の武勇伝を喧伝しまくっていたリルである。もはや彼女の存在を知らない冒険者は皆無と言ってよかった。

 羨望、憧憬、嫉妬、懐疑。あらゆる視線がごたまぜになった中、リルはふふんと得意げな顔で肩をそびやかす。コロはコロで、なんか見られてるなーと思いながらも特に気にしない。


「よおーっすよ、リル姉」


 そんなリルとコロとは対照的に、待ち合わせのフリースペースでヒィーコは集まる視線を煩わしそうにしていた。


「どこぞのリル姉が目立ちたがりなおかげで、あたしまでとばっちり食ってるっすよ」

「確かにみんなこっち見てますけど、あんまり気になりませんよ?」

「そりゃコロっちは気にしないかもしれないっすけど、あたしにとっちゃ鬱陶しくて仕方ないっす」

「あら、注目されているなんていいことではありませんの」


 現状にご満悦なリルはヒィーコの不服をあっさりと流す。そんな会話をしながら、注目の的の三人はセレナの座る受付へと向かう。


「セレナ。今日は迷宮に潜りますわ」

「別にそれはいいのですけど、その前にご相談があります」


 ここ数日、ギルド内で演説をするためだけに来ていたリルが迷宮に潜るというのは構わない。むしろ歓迎するべきだ。

 だがセレナにはほかにいうべきことがあった。


「『無限の灯ノー・リミット・グロウ』への入団希望の問い合わせが殺到しているのですが、どうしますか?」


 家を出る前にやったアリシアとの話し合いと同じようなことを言われて、リルは思わず眉根を寄せる。


「入団希望? 別に求人は出してませんわよ」

「志願です。中級以下のクラン無所属の若手を中心に。そちら側の窓口がないので、ギルドに問い合わせが殺到する羽目になっています」


 原因はもちろん、あのクランバトルの映像だ。夢見る世代を中心に、『無限の灯ノー・リミット・グロウ』に入りたいと、なぜかギルドへ問い合わせが来ているのだ。


「……これは経験からの忠告ですが、メンバーを急に増やすと、クラン運営はかなり厳しいものになります。特に志願している人はほとんど事務能力のない人ばかりなので、方針もなく下地も作らずに規模を膨らますと、最悪、破たんします」


 セレナの苦言は『雷討』が五十階層を突破した後に大きく膨れ上がった苦労によるものだ。あの時はひどかった。何せ、もとは五人しかいなかったパーティーが一気に三十人以上に膨れ上がった。おかげで当時『虐殺機関』だの『無差別暴力装置』だの揶揄されていたセレナがライラに事務仕事を叩き込まれる羽目になったのだ。残り三人の初期メンバーが、ライラに言わせればバカと変態と偏屈だけだったから、選択肢はなかったらしい。当時は、ぎりぎり読み書きができて簡単な計算しかできない程度のセレナ以外に選択肢がなかったというのだから、内情はお察しである。

 その時身に着けたスキルが今のギルド員として役に立っているのだから、人生とはわからないものだが。

 現状『無限の灯ノー・リミット・グロウ』に事務作業をできる人間はいない。リルが本当に少しだけこなせるぐらいだ。

 事務員を雇うにしても、内情をさらせるだけ信頼できる知己が、せいぜいアリシアぐらいしかない。そもそも内情なんてないような新興クランである。初期の中核からよく知らない外部の人間を雇いたいかと言われれば、答えは否だ。縁故だろうが何だろうが、信用できる人間を配置したいに決まっている。

 アリシアにしたって、リルの面倒を見るのが本職。業務外だと言われてしまえば引き下がるしかない。そしてアリシアは間違いなく余計な仕事は背負わないだろう。

 人を増やすことに対して、完全に人手不足である。


「でも、この機会を逃すのは惜しいですわね……」


 クランを拡大する地盤が整っていないのは確かだが、この期を逃せば規模を拡大するのは難しいだろう。

 リルはセレナに断って、いったんフリースペースへと移行する。この議題を相談といきたかったが、コロは問題点がよくわかっていなさそうで、ヒィーコはクランの拡大そのものに興味がなさそうだった。


「あなたたち、もう少しクランの中核メンバーとしての自覚を持たないといけませんわよ」

「そういわれても……」

「あたしたち、戦闘要員っすよ。運営なんて無理っす」


 なんだかんだ貴族として高等教育を受けているリルとは違って、コロもヒィーコも上位者としての心得などない。かんばしくない二人の反応に、リルはぷっくりと頬を膨らます。

 ここはひとつ教育が必要かなどと何様のことを考えていると、外部から声をかけられた。


「お悩みみたいだな、『無限の灯ノー・リミット・グロウ』」

「あら?」


 自分のファンだろうか、と思ったのは一瞬。声をかけてきた人物を見て、リルは顔をしかめる。


「あなたは確か……ええと……」

「……フクランさん」

「やあ、コロナちゃ……違ったな。コロネルちゃん」


 名前が出てこなかったリルとは違い、十字槍を携えた男の名を呼ぶコロは少し複雑な表情だ。ヒィーコは警戒をあらわにする。

 

「なんの用っすか。お礼参りというのならば受けて立ちますわよ」

「ギルド内で騒ぐようなら、両成敗です」


 騒動の気配を察知したセレナが、受付から警告を飛ばす。さすがに今のリルたちが三人揃って暴れたらセレナでも抑えるのは厳しいものがあるのだ。事前に釘をさしておくことに損はない。


「まさか。そんな短慮じゃないよ。提案だ」

「提案?」

「ああ。『無限の灯ノー・リミット・グロウ』と『栄光の道グローリア・ロード』で連盟を組まないか?」


 フクランの切り出した話には、リルのみならずヒィーコも面食らう。

 連盟は、クラン同士の協定を組んで足並みをそろえて協調した状態を表している。協定内容は様々だが、普通は親密なクラン同士でやることである。


「なぜ、わたくしたちがあなたたちと連盟を組まなければいけませんの?」

「両方のクランにメリットがあるからだ」


 あの勝負の後だ。『無限の灯ノー・リミット・グロウ』と『栄光の道グローリア・ロード』は親密どころか緊張状態にあるはず。お互いに遺恨だって残っている。

 だからこそ訝し気なリルの問いに、フクランは苦みが走った顔で告げる。


「もちろん、こっちが完全に負けた後だ。対等の連盟を結ぼうだなんて思わない。完全に下位の、手下のクランとして扱ってくれてかまわない」

「……いいんですの?」


 さらになされた意外な提案に目を丸くする。

 なにせ、三百年続いているクランが一度敗北したとは言え、成立して一週間もしていないクランの下に付こうというのだ。その事実だけで、リルたちにとってみれば悪い話ではない。


「どういう意図ですの? いまいち、話が見えませんわよ」

「そうだな……こちら側からあんたらへ出せるメリットとしてはいろいろある。風のうわさで耳にしたけど、今、そっちは人員を増やすかどうかで悩んでいるだろ? クラン運営の俺たちのノウハウを提供する。事務の人材を派遣したっていい。あるいは、俺たちが新人の受け皿になってもいい。こっちはもともと大規模のクランだ。新人を受け入れる下地は十分ある。こっちで人員の育成、選別をしてから『無限の灯ノー・リミット・グロウ』に上がれるって形にすれば、新人どもも文句はいわないだろう」

「ならば、あなたのメリットは何ですの?」

「……あんたたちの下に付けば、評判がマシになる」


 至れり尽くせりで、リルが悩んでいる現状を解決するメリットを提供されたからこそ何故と思う。それに対する答えは簡単で、今の『栄光の道グローリア・ロード』の評判はどうしようもないと、フクランは苦笑する。


「五十対八で挑んで完全敗北。それだけなら不名誉ですむけど、クグツさんのやったことがやったことだ。洗脳じみた行為と五十階層主討伐でも成果の横取りを自供したも同然。しかもクグツさんをはじめとした、上級上位以上の幹部のメンバーが消えた」

「それは……」

「まさか変な放送されているとは知らなかったとはいえ、あんだけのことをペラペラしゃべったんだ。クグツさんが王都から逃げ出してもおかしくないさ」


 言葉の接ぎ穂をなくしたリルに肩をすくめる。

 組織上層部の醜聞の発覚。しかもその後、やらかした本人たちは責任も取らずに夜逃げだ。残されたメンバーはたまったものではないだろう。


「今いるメンバーの帰属意識も相当低下している。新規加入なんざとても望めないし、このまま人員が散っていって規模縮小どころか立ち行かなくなって解散してもおかしくない。ただ、あんたらの下に付くのなら話は別だ」


 悲観的なクランの行き先を語っていたフクランが真剣な顔になる。


「負けたクランが勝ったクランの下に付くのは、ままあることだ。これは『栄光の道グローリア・ロード』から『無限の灯ノー・リミット・グロウ』への贖罪でもある。少なくとも、世間にはそう示せる。だから、連盟を組んでくれないか?」

「叩いて砕いたら、本当にましになったっすね」

「ははっ、そうだな。なにせ俺は、『栄光の道グローリア・ロード』を守らなきゃならない。マシにもなるさ」


 感心したという風なヒィーコにフクランは軽く笑う。

 現状の『栄光の道グローリア・ロード』は末期の一歩手前だ。フクランも相当追い詰められているはず。それでもそんな様子は態度には出さない。


「それで、どうだい? 迷惑だっていうなら、俺たちもしつこくは食い下がらない。また別の手を探すよ」

「一応、協議はさせてもらいますわ。少しお待ちなさい」

「わかった。できるだけ早く結論をお願いしたい」

「あの、フクランさん」


 リルの回答に会釈して立ち去ろうとしたフクランを、議題には参加しなかったコロが一言だけ伝えるために呼び止める。

 フクランは優しく、しかし罪悪感から一歩距離を引く。


「どうした、コロネルちゃん」

「コロナお姉ちゃんは、みんなの事、好きでした。それは本当です」

「……そうか」


 フクランの顔がほころんだ。

 張りつめていた彼の心が、ほんの少しだけ解けて緩んだ。

 少し、救われた。

 その表情は雄弁にそう語っていた。


「ありがとう、コロネルちゃん」


 それだけ呟いて『栄光の道グローリア・ロード』を再編するための奔走へと舞い戻るフクランを、リルたちは静かに見送った。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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