第七十九話
クランバトルは王都の外で行われている。
王都を囲む外壁のさらに外にあるこの廃墟街には、王都上空に移された映像は届いていない。映像を見ないと音声が響かない仕様なので、クランバトルに参加している人間はいまの戦いが放送されていることを知らない。戦っている最中、冒険者カードを取り出す暇もないのだ。
だからクランバトルが世界のあちらこちらでリアルタイム放送されているなんて知らない。カスミ達のような脱落者は放送されていると知って目を丸くしている。
つまりクランバトル中のメンバーは、戦いの状況は自力で得なければならない。
そしてリル達の陣営に戦況の確認という点では、感知能力を持つエイス以上にぴったりな人材はいない。
「それで、残りはどうなってますの?」
「え、えっと、コロネルちゃんがこっちについたので、四対三です」
リルの問いかけに、なんだかんだで生き残っているエイスが答える。『無限の灯』の生き残りは四人。リル、ヒィーコ、エイス、そして寝返った形になるコロ。
対して『栄光の道』の残りは奥にいるクグツも含めた、たったの三人だ。
「相手が三ですの? 数が合いませんわよ?」
エイスから感知したクランバトルの残数を聞いたリルが、はてなと首を傾ける。
リルが倒した中級以下のメンバーが二十人。さっきまでここで戦っていたフクランを筆頭としたメンバーが二十人。そして奥にいるのが三人となると、残り七人が浮く。
「そ、それは……クルクルさんがやっつけてくれたみたい……?」
その報告の時に、なぜかいつも以上に声を詰まらせびくびくと目を泳がせるエイスに、リルたちは納得した。
クルクルの強さはよく知っている。
だらしない生活をしているおっさんだが、ここにいるメンバーでもクルクルに傷一つすら付けることができた人間がいないのだ。あの理不尽の塊に挑んでいった七人はご愁傷様としか言いようがない、というのがこの場全員の共通認識だった。
クルクルのものと思しき恐ろしい気配を口に出したくなくていつも以上にびくびくした口調になったが、エイスの不審な態度に対しては、びくついてるにはいつものことなので誰も気にとめなかった。
「一番強いメンバーの人達が見当たらないなーとは思ってたんですけど、クルクルおじさんが味方ならなるほど納得です」
「ていうか、あのおっさん仕事してたんすね。それがいがいっすよ」
「していなくては困りますわ。大金を払っているのですから。それで、当の本人はどうしていませんの? まさか相討ちするような男でもありませんわ」
「た、たぶん七人倒した後に、自分で降参したんだと思います……」
エイスの報告になるほど、と納得する。当初は五十対八の一人頭の六人強の計算。最低限の仕事をしたならさっさと帰るというのがクルクルらしい。
「……さて、それでは本丸を潰しますわよ」
「あ、あの!」
意気揚々と敵の大将、クグツのもとへと向かう前に、エイスがおそるおそる、それでもきっちりと手を上げた。
「わわ、わたし行きたくないです……!」
「え? なんでっすか?」
「なんでもなにもないよっ。だって巻き込まれたくないもん!」
大将戦に参入するという栄誉を断る理由は、切実な由来によるものだった。
さもありなん。今日は開始早々から味方にだまされるようにして敵地に誘導され、味方が造った欠陥建築物の崩落に巻き込まれ、味方に後ろからげしげしと蹴られながら回避盾に仕立て上げられ、挙句の果てに味方に囮として使われ敵もろとも攻撃に巻き込まれたという、なんで生きているのかよくわからないほどに酷使されている少女の切実な訴えだった。
「お願いします……ここで待機を……いっそ降参させてください!」
実は日頃も含めてリルとコロからは特に無茶ぶりされたことがないので、エイスは二人に狙いを定めてすがるようにして頼み込む。ヒィーコはエイスの眼中にない。エイスは、割と後まで引きずるタイプである。さっき吹き飛ばされた恨みは忘れていない。
「あー……」
勢いで巻き込んだ手前、さすがにちょっと気まずいヒィーコはぽりぽりと頰をかく。
「えっと、あたしは別にいいと思うっすよ? 相手の残りは三人なんすよね。ちょうど良く、あたしら三人になるっすし」
ヒィーコがエイスに出した助け船に、リルとコロは顔を合わせる。
正直なところ、エイスは白兵戦では大した戦力にはならない。せいぜいオトリに使えるくらいだ。逃げるのは非常に巧みだが、正面からのぶつかり合いだとめっぽう弱いのである。
「さすがに抜けちゃうのはあれなんで、待ってもらっていいんじゃないですか?」
「では、エイスは後詰のためにここで控えていなさい」
「はい!」
リルが縦ロールの多脚モードを展開してからずっと、まあ、つまりはこのクランバトルを始めてからずっと泣き顔ばかりだったエイスの顔が、ぱあっと華やいだ。
最終決戦が始まるとともに、エイスに不憫のフラグが立った。




