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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
四章

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第七十八話 姉魂焔剣

 十文字槍を握るフクランが『栄光の道(グローリア・ロード)』に所属することを志した理由は単純明解で、『栄光の道(グローリア・ロード)』が当時の王都で最も巨大で格式あるクランだったからだ。

 三百年も続いたクランは他になく、五十層を上限として安定した迷宮に潜る冒険者達にとって『栄光の道(グローリア・ロード)』とは所属しているだけでそのメンバーが一目置かれる、そういうクランだった。

 だからこそ、フクランは『栄光の道(グローリア・ロード)』に入団した時は誇らしかった。

 三百年続いた『栄光の道(グローリア・ロード)』の歴史の一端に自分がいるんだと、その栄誉を噛み締めた。

 それが、どうしてこうなった。


「うぉおおおおおおお!」


 フクランが振るった槍から螺旋にねじれた竜巻が繰り出される。

 風を操るフクランの魔法だ。大型の魔物をずたずたに引き裂くような旋風を竜巻にし、いくつも放つ。

 その猛威を前に、相手は恐る様子が微塵もない。


変形モード豪腕アームストロング


 銀髪褐色の少女が纏う装甲が変形し、巨大な両腕が出来上がる。フクランの決死の一撃は、巨大な腕に握りつぶされた。

 しかも、防ぐだけには止まらない。


「よっしゃ、行くっすよ! 豪腕砲アームストロングキャノン!」


 しまった、と振り返る。フクランを狙ってくるだろうと思っていた攻撃は、後方を狙って放たれた。

 フクランが抑える間もなく、巨大な拳は的確に『栄光の道(グローリア・ロード)』のメンバーがいる場所に打ち出される。


「え、なんでこっちにうきゃああああああ!?」


 味方の少女ごと。

 やたら逃げ足の速いシスター服の少女を脱落させようと追いかけていた『栄光の道(グローリア・ロード)』を、巨大な拳の発射で一網打尽にしたのだ。

 衝撃でえぐれた跡を見て、銀髪の少女は満足そうに頷く。そうして周囲の建物も巻き込んで崩れたガレキの中で、がばっと起き上がった人影があった。


「なんでわたしも巻き込んだの!? ねえ!?」

「いやぁ、エイちんなら大丈夫かなってなんとなく思って。……ていうか、マジでどうして無事なんすか? 割と真剣に不思議なんすけど」

「頑張って避けたのっ。それより、いまなんとなくって言った! 確信もないのに巻き込んだんだぁ! しかもなんで生きてるのって疑問に思われるくらいの攻撃向けられたよぉ。うぇえええええええん!」

「あははっ、もう下がっていいっすよ」

「うぅ……」


 泣きじゃくるシスター服の少女はすささ、と見かけには寄らない俊敏さで銀髪の少女の後ろに隠れる。安全圏がよくわかっている。生き残ることに特化している少女だ。

 フクランは、顔をゆがめる。

 弱いものから狙おうと、まずはシスター服の少女を狙ったのが間違いだった。魔力の装甲を纏う銀髪の少女。霧と化してコインを弾いて攻撃する少女。そして、びくびくと逃げ回っているだけのシスター服の少女。

 シスター服の少女は間違いなく三人の中では一番弱かったが、異様にしぶとい。戦闘力は低いのだから放置しておけばいいんだと気が付いて、霧と化す少女を脱落させたもののそれが限界だった。

 隙を突かれて他のメンバーは脱落。もう、残っているのはフクラン一人だ。


「さて、残りはあんた一人っすね」


 銀髪の少女の言う通り、この場に残っているのはフクランだけだ。クランバトルに参加した『栄光の道(グローリア・ロード)』のうち、四十人半ばが脱落している。

 たった八人のクランを相手に、だ。


「お前ら、本当に新興のクランかよ……?」


 この少女一人にしたって、フクランは終始押されていた。王国の中でも三指に入る『栄光の道(グローリア・ロード)』の精鋭を自負するフクランがだ。

 相手は少年少女ばかり。だというのに信じられないほどの精鋭ぞろいだ。どこかの強豪クランの差し金、何かの陰謀なのではないかと思ってしまう。

 そんなフクランを、銀髪褐色の少女は鼻で笑う。


「新興も新興、正式に設立したのは昨日っす」

「はは……」


 もはや笑うしかなかった。

 たった設立一日目のクランに、三百年続いた『栄光の道グローリア・ロード』が追い詰められているのだ。ここで負けてみろ。

 『栄光の道(グローリア・ロード)』の評価は、地に堕ちる。


「なんなだよ……なあ? お前ら一体なんなんだよ。なんの権利があって、お前らは俺たちに挑んだんだよ」

「……どうも、マジでわかってないみたいっすね。いや? わかってないふりをしてるだけっすか? どーも『栄光の道グローリア・ロード』の連中は、昔のリル姉みたいな感じがするっす」

「なんだと?」


 わかっていない。そういわれて、なにをだよ、とフクランは一笑に付すことができなかった。

 逡巡したフクランに、ヒィーコは翡翠色の目を細める。


「……リル姉の時みたいに、一回叩き折ったらマシになるっすかねぇ?」


 本当にわかっていないのか。

 フクランは気が付いていなかったのか。コロナの態度に、何の疑問も抱いていなかったのか。コロナと交流のあった奴ら全員が、何も気が付いていなかったのか。時折、クグツの態度が変ではなかったのか。『栄光の道(グローリア・ロード)』に入ってくる前のコロナの経歴を真剣に調べたか。交友関係はどうだった。もし調べなかったとしたら、どうしてだ。

 自分たちは、コロナの輝きに目が眩んでなかったのか?


「くそっ」


 余計なことを考えるな。駆け引きの一環だったらどうする。そう言い聞かすが、粘りつくような不信感はぬぐいされない。自分で自分を信じられていない。

 それでも、戦わねば。自分は『栄光の道(グローリア・ロード)』の一員なのだ。その事実がある限り、このクランバトルを戦い抜かなけれならない。

 そうして十文字槍を構え、せめて銀髪の少女を相討ちに持ち込もうとしたフクランの目に、とある人影が映った。

 コロナが引っ張られていった戦場。その方向から、二人の少女が姿を現す。

 一人は、とにかく縦ロールの少女。目を惹く美貌を持ちながら、後に残る印象がとにかく縦ロールだという少女だ。容貌だけならまだただに縦ロールの少女ですむものの、一度戦えばもはや動く縦ロールだとしか認識できなくなるような奇想天外の縦ロールである。

 その横。

 フクランもよく知っているはずの赤毛の少女が、見覚えのない髪型をしていた。


「フクランさん」

「コロナ、ちゃん……?」

「違います。わたしはコロナお姉ちゃんじゃないです」


 フクランが知っているよりも、わずかに子供っぽい言葉遣い。コロナ『お姉ちゃん』というのがどういう意味かは判断できないが、さっきまでの彼女との最大の変化は、その髪型だった。

 元気よく飛び跳ねていたポニーテールを、へんてこな縦ロールにしていた。


「わたしは、コロネルです」


 自分の仲間だったはずのコロが、相手のクランマスターと並んで歩いている。銀髪の少女が、目を輝かせて


「コロっち! 戻ったんすね」

「戻りました、ヒィーちゃん! 心配かけちゃいましたか」

「へへっ、リル姉が相手したんだから、コロっちは無事で当然っすよ」

「当然ですわね。わたくしを誰と心得ていますの?」

「世界に輝くわかいだだだだだ!」

「あなたはいい加減しつこいですわよ!」


 和気藹々と気心の知れたもの同士特有の親密さで少女三人が姦しくなる。シスター服の少女も、ほっと安心したような顔を見せていた。

 ここに至ってなお、先ほどの銀髪少女の問答と繋がる意味を、目の前にあるこの現実を認めないほどフクランは愚かではなかった。


「……ははっ、そうか」


 フクランは諦観とともに己の罪を知り、空を見上げる。

 自分たちのマスターは最低だった。自分たちに正義などひとかけらもなかった。紛れもなく自分たちは邪悪の一員で、ただの道化でしかなかった。


「降参してください。クグツさんはともかく……コロナお姉ちゃんは、フクランさんたちのことは嫌いじゃありませんでした」

「……ありがとう、コロネルちゃん」


 なるほど、ここで引くのが正解なのだろう。それが潔い結末なのだろう。ここでコロ達に味方をしてやるのが漢気ってもんなのだろう。

 だが、それでも引けないのだ。


「悪いが、聞けないね」

「何でですか?」

「……守るんだよ」


 ぼそりと、しかし確かに槍を握ってこたえる。

 たぶん、目の前の少女達にはわからないだろう。フクランだって、理解しているとはいえない。自分たちが最低だと知って、それでもなおクランの名前にすがりつく惨めさを、誇りといえないこの矮小な気持ちをなんと表せばいいのかわからない。義務感、罪悪感、帰属意識、後ろめたさ、その他諸々の感情が雑多になった想いがフクランを『栄光の道(グローリア・ロード)』へと繋ぎ止めている。

 ただ、一つだけ言い切れる

 たとえ薄汚れていようが、投げ出すことなど許されない。それが負の遺産だろうと、所属している限りは逃げずに背負う。

 いまの『栄光の道(グローリア・ロード)』は最低だ。そして、フクランはその走狗でしかないのかもしれない。

 けれども、だけど、たとえそれが全てであっても。


「それでも、俺は守るんだ……!」


 三百年の歴史を背負っている。偉大な初代のクランメンバーの意思を連綿と紡いでいるのだ。それを、都合が悪くなったからと見捨てるようなことは不可能だ。三百年絶えることなく発展したこのクランを捨てることなど、フクランにはできない。


「俺は『栄光の道グローリア・ロード』の一番槍、フクランだ!」

「……『無限の灯ノー・リミット・グロウ』の特攻隊長、コロネルです」

「そうか! 来いよッ、コロネル!」

「はい!」


 コロの縦ロールが燃え上がる。

 縦ロールの中で燃え盛る炎。煌々とした輝きは四方千里を照らさんばかりの光となって燃え上がる。そして、それだけの魔法に止まらない。

 コロの巻いた縦ロール。赤く渦巻く髪そのものが炎と化し、龍となる。

 キラリと目を光らせて、まるで別個の魂があるかのように動き出す炎龍。熱量を超えて質量をもった炎の龍が肩口から前に出て、じゃれつくようにコロの拳にまとわりつく。

 それを、コロは握りしめる。


「姉魂焔剣」


 炎龍が、形を変える。質量をもった炎が薄く研ぎあがった刃と、コロの手にぴったり馴染む柄。龍の意匠が施された一振りの剣となった。

 物質化したその想い、受け継いだ熱い魂をコロは強く握りしめて構える。

 いい魔法じゃねえか。

 見知っているようで、まるで知らない炎を前に、フクランは十文字槍を構える。


「うぉおおおおおおお!」


 フクランの、渾身の一撃。突きとともに、一点に渦巻く風を放つ。

 かつて、自由になりたいと思って得た風の魔法。それが、どういう紆余曲折を経て『栄光の道(グローリア・ロード)』のために使われるようになったのか、もうフクラン自身にすら思い出せない。それでも怠けることはなかった練磨の果てに得られた一突きは、皮肉でなしに素晴らしかった。

 コロは、かわした。

 そして、まっすぐに踏み込む。

 フクランが引くよりも速く、コロの縦ロールから火が噴出した。爆発的な加速。それについていけず、フクランは叩き斬られる。


「……ああ」


 時代が、変わるんだな。

 それは、いつかの時も思ったこと。三年前から始まった『雷討』の台頭と『栄光の道(グローリア・ロード)』の凋落を身をもって知っているからこそ、そう思う。

 そして自分は、時代を争う一員ではないのだ。


「ちくしょう……」


 悔しいなぁ。

 いつ、どうして、こんな大人になってしまったんだろう。どこまでも及ばない自分を悔やみながら、張り付いた執念を斬り裂かれて焼き払われたフクランは送還された。


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【書籍情報ページ】

シリーズ刊行中!

――作者の他作品――
全肯定奴隷少女:1回10分1000リン
全肯定奴隷少女によるお悩み相談所ストーリー

――完結作品――
ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス【書籍化】
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