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第七十五話

 離れない。

 コロナ(、、、)は、手首に巻き付いた金色の何かを見て、むうと眉をしかめた。

 手首に巻き付いて自分を引っ張る拘束を外せないのだ。糸が幾重にも絡まったようなこれは、髪だろうか。質量のあるコロナの炎に巻き付いているのにも関わらず、焦げる様子もない。しかも驚くほどつやつやだ。ちょっとうらやましい。


「えいや」


 外せないなら仕方ない。腕に纏っている炎を一瞬だけ消し、隙間を作って引き抜く。

 そうして、着地。

 ちょうどよい距離を挟んで自分をここまで引き込んだ相手と対面する。とても綺麗な人だ。派手に整った容貌は気品があって美しいが、ちょっと近寄り難い印象が持たれるかもしれない。


「久しぶりですわね、コロ」

「初めましてですよ?」


 首をかしげると同時に、頭頂部でくくったポニーテールが揺れた。そんなコロナの反応に年上の少女はふっと笑う。


「ふ、ふふふふ。わわわ、わたくしをどど動揺させようとしても無駄でひゅのよ!?」

「別にそんなつもりはないんですけど……」


 あからさまに動揺してがたがたと言葉が震えた彼女に、苦笑が漏れる。

 過剰反応な気もするけど、彼女が動揺している理由はわかった。


「そっか……やっぱり、そのためにクランバトルを仕掛けたんだ」


 ぼそりと相手に届かない程度の独り言を漏らす。

 この人は、前の自分のことを知っているのだ。コロナが名前も知らない彼女は、コロナが知らないこの世界の自分のことを知っているのだ。

 試しにと問いかけてみる。


「このクランバトルの景品でわたしの身柄を要求してたらしいですけど、理由を聞いてもいいですか?」

「……ふんっ。わたくしを知らない人呼ばわりしたいまのコロに語ろうとは思いませんわ」

「ありゃ」


 嫌われたわけではないだろうけど、すねられてしまった。

 つん、と唇を尖らすしぐさは、予想外にかわいらしかった。


「じゃあわたしの予測を言いますけど、たぶんそれって、もう一人のわたしですね」

「……もう一人の、コロ?」

「はい。こう、なんていうか、胸のあたりに、もう一個自分がいるんですよ」


 コロナもまるきりバカではない。自分の記憶とこの世界のズレに気が付いていた。

 コロナが冒険者をしていた時に『雷討』なんていうギルドはなかった。上級以上の冒険者もめったにお目にかかれない存在だ。誰もが知っているかのように語られるイアソンという大英雄のことを聞いたこともないし「悪いことをしたらクルック・ルーパーが来るぞ!」なんていう脅し文句もなかった。

 それがどうだ。コロナが仲間を犠牲にして解放したはずの五十階層は三年前に達成された別の人たちの偉業として扱われ、コロナ自身はコロナが潜ったこともない東の迷宮でなんかおっきいカニと戦っていたことにされたのだ。

 コロナが戦った相手は、カニではなくでっかいサソリだ。ちょっと陰気で毒舌家のサソリエルこそ、コロナが全身全霊を振り絞って打ち倒した仇敵だった。

 ここまで記憶につじつまが合わないのを、おかしいとは思わないわけがなかった。

 決定的にそれを確信したのは、クグツの監視の目を盗んで寮をこっそり抜けて知り合いに会いにいったときだ。

 知らない人扱いされた。

 仲が良かったはずの人にまるで知らない人を見る目を向けられ、それで否応がなく認めさせられた。

 ここは、コロナがいるべき場所ではない。


「もう一個自分がいるというのはよくわかりませんけど……あなたは、自分の記憶がおかしいという自覚があるんですの?」

「記憶がおかしいというか、すっごくよく似た別世界に来たみたいな感じです。あと、たまーによくわかんない既視感に襲われますね。寂しいとか嬉しいとか、わたしの感性とは違う感情がふわって浮いてくると気があるんです。それって、わたしの感情じゃなくて、もう一個の自分の感情だと思うんです」

「ふうん?」


 一か月ほど前に目を覚ましてから、自分の中に違和感を覚え続けていた。最初は自分がよくにた別の世界に来てしまったのかと思ったが、それが違うことにはすぐ気が付いた。

 自分の奥底に、もう一人の自分が閉じ込められているのだ。

 自分の中に魂が二つあるみたいな感覚は他人にはわかってもらえないだろう。意識しなければまったく同じように感じられる何かが、自分の中にいるのだ。

 だからこの世界が自分のいるべき場所でないと気が付いた時、同時に悟った。

 コロナは、コロナになる前の自分を知らない。けれども確実に今の自分になる前には、少し違う人生を歩んできた自分がいた。自分の知らない知り合いがいて、自分の知らない生活を送っていた。そしてコロナが目を覚ましたと同時に、自分が元の自分の居場所を奪い取ってしまった。

 この世界では自分一人が異物で、胸の底に押し込まれたもう一個の自分が過ごすべきなのだ。


「やっぱりクグツさん、悪い人だったんですねー。恨めしいです」

「ホーネット卿が?」

「はい」


 絶妙なタイミングでコロナをクランに誘ったのがクグツならば、コロナをクランの寮に閉じ込めていたのもクグツ。丁重に扱われているように見えて、その実は周囲と隔離させようという意図が透けて見えた。

 記憶とは異なる世界でコロナの寄る辺がなくなったからこそ強引に逃げるようなことはしなかった。しかも、コロナの記憶とは違い三年前に五十階層が解放されていたおかげで、自分は王都でトップランカーの冒険者ではなく、せいぜい上の下程度の冒険者扱いだったのだ。

 だから今回のクランバトルで、相手が自分の身柄を要求していると聞いて無理にこっそり入った。

 もしかしたら、その人たちは自分の前のコロを知っている人たちなのかもしれないと、昔の自分を知る好機だと思った。

 もちろん真意がばれないように適当な理由は付けたが、真の目的はそれである。

 そして、それはドンピシャで正解だった。


「クグツさんってたまーにわたしを見る目つきがちょっと変だったので、たぶんあの人のせいだと思うんです」

「……目付きが? ま、まさか変なことをされてませんわよね!?」

「はい? ……あ、いや、そういう意味じゃないですよ?」


 セクハラ的な意図はないない、と手を振って否定する。

 ただ、フクランたちをはじめとした『栄光の道グローリア・ロード』の面々はコロナの事情を知らないだろう。それを考えると、少し複雑な心境になる。

 コロナは、決してフクランたちが嫌いではなかったのだ。


「聞かせてください。前のわたしって、どんな子でしたか?」

「コロネルと、わたくしが名付けた少女ですわ」

「絶妙に変な名前だと思います!」

「失礼ですわね!」


 そうかな。

 怒鳴られつつも、コロナは意見を変えない。

 仲間からもらった自分の名前の方が絶対いい響きだ。


「ふむふ、コロネル……その子が、わたしの魂の双子なんですね」

「魂の双子? 何をいってますの、あなたは」

「わたしじゃないわたしなので、魂の双子――つまりソウルシスターです!」


 びしっと親指で自分の胸を指示して、ちょっと違う世界で成長した自分のことをソウルシスターだと定義づける。

 何がどうなってコロネルの中にコロナが押し込まれたのかはわからない。そもそも自分がどういう存在なのか、いまとなってはそれすらわからない。仲間と一緒に冒険をした元の世界はどうなっているのか。考えても結論は出ない。

 ただコロナにとっては、自分はコロナでしかない。

 自分という存在はコロナにとって、自分でしかない。こんなあいまいな存在になっても、コロナは迷うことなく自分を自分だと言い切る強さを手に入れていた。


「そう……つまり、あなたはコロネルとは違うコロだということですのね? 偽物だとかまがい物だとかではなく、あなたはあなただと、そういうことですの?」

「はい。わたしはコロナです。そしてソウルシスターはきっと妹です。わたしがお姉ちゃんで間違いないです」

「あら、どうしてあなたが姉ですの?」

「なんとなくです!」


 双子で姉妹だったら、どうせなら姉のほうがいい。きっぱり言い切りつつも譲らないコロナに、相手も苦笑する。


「まあ確かに、コロネルよりあなたのほうがしっかりしていますわね」

「だからわたしがこの体に入ったら、ソウルシスターが引っ込んじゃってるんだと思います。残念です。実際に妹がいたなら、絶対にかわいがったんですけどね」

「そういえば……あなたもやっぱり、身寄りがいませんのね」

「はい。家族、欲しかったです」


 山小屋で幼少期を過ごしたコロナは、仲間というものはいても家族という存在は知らなかった。


「わたしの場合はわたしがパーティーリーダーをしていましたけど、前まではコロネルがあなたの仲間だったんですか」

「いいえ」


 きっぱりと否定する。


「わたくしにとってコロネルは仲間よりも、もっと大事な存在ですわ」

「……ふふっ」


 なにそれうらやましいな、ソウルシスター。

 自分の胸の奥底に閉じ込められている彼女に、心の底からそう思う。


「む。なんで笑いますの」

「いえ、そういえばお名前を聞いてなかったなーと思って」

「そういえばそうでしたわね。ならば魂に焼き付けなさい。わたくしは、リルドール。世界に輝くリルドールですわ」

「リルドールさんですね」

「ええ。……いえ、違いますわね」


 一拍、何か考え込んだ後にリルは首を横に振る。


「わたくしのことはリルとお呼びなさい、コロナ」

「……いいんですか?」


 きっとこの人は偉い人だ。立ち振る舞いや言葉遣いが洗練されている。あるいは、クグツと同じように貴族階級から冒険者になったのかもしれないと推測していた。

 そんな人を愛称で呼んでいいのか。軽い驚きで投げかけた疑問符をリルは鷹揚に受け入れる。


「よろしいですわ。コロネルの姉ということは、わたくしの身内と同じですもの」

「ありがとうございます」


 自然と顔がほころぶ。

 初対面は美人で縦ロールで近寄りがたいと思ったけど、そんなことはない。

 とても優しい人だ。


「それで、戦いますの? あなたがコロネルを返してくれるというのなら、戦う必要は感じませんわよ」

「いいえ。あなたがどんな人か、わたしはよく知りません。わたしの大事な妹ことソウルシスターを任せていい人なのか、はっきりと確信が持てません」

「いまみたいな話し合いでは解決しませんの?」

「ふふふ、人と人とがわかり合うのには、話し合いより洗練されたとってもいい手段があるんです」


 あとついでに言えば、体の返し方がそもそもわからない。

 コロナは、この体を横取りしたかったわけではないのだ。いつの間にやらコロナとして目覚めてしまっただけだから、コロネルに戻る方法なんて知らない。

 ……いいや。

 一個だけ、方法を知っていた。


「こういう時は、拳で語るのが一番です!」


 コロナの前には問題ばかりが山積みになっている。だからまとめてそれら全部を解決するために、コロナはぐっと拳を構え、炎を纏う。

 コロナは、戦うことですべてを解決してきたのだ。


「……だからカスミ達にも襲い掛かったんですの?」

「はい、わかり合う前に倒しちゃいましたけど」

「コロネルより脳筋ですわね、コロナは……でもまあ、いいですわ」


 あきれたように息を吐いたリルが、縦ロールを動かす。

 リルが戦闘形態になったのを見て軽やかに笑ったコロナは最期の戦いに挑むべく、さらに炎を濃度を高くする。


「戦いで語るというなら、わたくしは縦ロールですわよ! 心して受けなさいッ、コロナ!」

「はいっ、リルさん!」


 リルとコロナの戦いの火ぶたが切られた。

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【書籍情報ページ】

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