第七十四話
吹き飛ばされたカスミが送還されたのを確認したヒィーコは、手に持つ槍をぎゅっと握った。
コロが、自分達の敵にされている。
その光景に怒りが、どろりと濃厚な憤怒が吹き出しそうになった。
だが今は暴れるにはまだ早い。胸から溢れそうになる怒りをグッと抑えて状況を確認する。
テグレ、チッカ、カスミの三人が退場となった。残りは自分とリル、そしてウテナとエイスだ。
四人。最初の半分まで減った。だが向こうもすでに七人しかいない。奥に控えるクグツ達を足しても、たったの十人だ。
五十対八だった状況に比べて、戦力差はだいぶ詰まった。
天性の逃げ足を持つエイスはもうヒィーコ達のところまで下がってきている。まだ合流しきれていないウテナを狙い、十文字槍が突き出される。
鋭い一撃。だがウテナがかわせないほどでもない。
穂先をかわし相手の体が伸びきったのを隙とみて指弾を放とうとしたウテナが凍り付く。
ウテナが刺突をかわした体さばきに合わせて槍が動いた。
十文字槍は、引きが本領だ。横に突き出した刃は、槍を引くときに相手を掻っ切るためにある。
十文字の刃が首を正確に捉え――通り抜けた。
「厄介な魔法だな、それ」
「ちっ……」
まともに当たれば脱落間違いなしの攻撃を『雲化』の魔法でやり過ごしてヒィーコの傍まで来たウテナは忌々しく舌打ち。ぼそりとヒィーコに耳打ち。
「ごめん、もう魔法は無理……」
「なら、ウっちゃんは後ろで支援をお願いするっす」
扱っている武器の関係上、防ぐことに不利なウテナは体捌きでかわしきれない攻撃は魔法で受け流すしかない。不意打ちに有利な攻撃手段を持つが、その分タネが割れた後の真っ向勝負には弱い。その回数制限が来たのなら、後ろに下げるのが定石だ。
「あたしとエイちんで前衛をやるっすよ」
「わ、わたしも前衛!?」
「当たり前じゃないっすか。だってエイちん中遠距離じゃなんもできないんすから」
「か、感知できるもん!」
「いまは必要ないっすからねー」
「うぇええ……そ、そうだけどぉ!」
「グダグダ泣き言を漏らすのはおやめなさい、みっともない」
ぐずるエイスをひっぱりつつ、今まで控えていたリルとヒィーコが前に出た。合流してまとまったリルたちを警戒してか、コロは深追いせずに後ろに下がる。
七対四。
ここにいるそれぞれの面子がまとまって相対する。
「やっと出てきたか。こそこそ後ろに控えるのはお終いかよ」
「コロっちが出てきた以上、引っ込んでるわけにもいかないっすからね。……まさかここに本人を連れてくるほど恥知らずだったなんて夢にも思わなかったっすよ?」
十文字槍を構えた男の挑発に、ヒィーコは歯をむき出しにして笑う。ヒィーコにとってみれば『栄光の道』の面々は、コロの記憶をいじくり回して好き勝手している悪党である。そんな相手には冒険者として、そもそも人として許しがたい。
人数的にも状況的にも、ここでヒィーコとリルの二人が引っ込む意味はまるでない。先に行くよりも、後々挟み撃ちにされるかもしれないことを考慮すればここで全員殲滅していったほうが安全だ。
なにより、コロがここにいる。
「そうですわね。休憩は終わりですわ。こそこそ隠れているだなんて不名誉なことを言われて黙っているわけにもいきませんもの」
こういう時は黙っていられないリルがずいっと前に出て胸に手を当てる。
「このわたくしが動いたからには、この勝負は決まったも同然ですわよ。わたくしを誰と心得ていますの!」
「全然知らない人です!」
「……」
コロに全然知らない人呼ばわりされたリルの顔がぴしりと停止。さんさんと輝いていた縦ロールがちょっとしなびてくすみ、体が傾く。
そのままぱたんと倒れそうになったワカメの化身を、ヒィーコが慌てて支えた。
「ちょ、ちょっと! 精神攻撃は卑怯っすよッ。うちのクランマスターのメンタルは陸に上がったワカメ並に繊細なんすからね!」
「え? ご、ごめんなさい……?」
ヒィーコの非難を受けて、良い子のコロは反射的に謝ってしまう。
「コロナちゃん! 惑わされちゃだめだ! そうやって油断させるつもりだろう!」
「はぁ!? うちのワカメマスターがそんな器用なやりとりできるわけがいだだだだだだ!」
「お、だ、ま、り、な、さ、い!」
メンタルワカメを強調されたリルの縦ロールがヒィーコの腕に巻き付いて絞り上げる。このクランバトルでのヒィーコの初ダメージである。ちなみにヒィーコの危機一髪はさっきのカスミの土砂崩れであり、今のところ味方にしか攻撃されていない。
気をとりなおしたリルが、しっかりとした目つきで相手を見据える。
「いまさら言葉が通じるとも思っていませんわ。……始めますわよ」
リルの言葉を皮切りに、両陣営が動き出す。
言い合いの勃発にオロオロしていたコロもはっと我に返る。さすが、戦闘が始まれば切り替えは早い。
コロは初手で単騎特攻。
狙いはリルだ。突出して大将への殴り込み。ヒィーコ達は十文字槍の男が残りのメンバーを率いて攻めてくる。勝負を決めに来ていた。
ウテナが身構えエイスが泣きそうになりながらもメイスを振り上げるのを、ヒィーコは制する。
「あたしらは、あっちの雑魚共を始末するっすよ」
「え!?」
「いいの……?」
驚く二人に頷き返す。リルに向かうのならば、コロを止める必要はない。
疾走するコロをヒィーコは素通りさせた。
前衛をあっさり駆け抜けたコロが一瞬戸惑ったが、ヒィーコは彼女を阻害せずに見送り、他の六人を相手に構える。
リルは、逃げない。
大将が打たれればこの戦いは終わる。常識的に考えれば、一騎打ちなどさせる利はない。
だがこの二人の間に入るような無粋を犯す気はなかった。
リルは腰に下げているレイピアを手に待ち構える。力をため、コロを迎え撃つ。
「エストック・ぶれ――」
それが摂理だと言わんばかりに空ぶるリルのレイピア。なぜこんなへにゃちょこな攻撃を、と怪訝そうにしつつもリルの懐に入ったコロが胴体に双掌を叩き込み、インパクトの瞬間、両腕に宿した炎を前方向に爆ぜさせる。
「『火炎太鼓』」
「――ぐふう!?」
どぉんと、太鼓を打ち鳴らしたような重低音が鳴り響いた。
リルが吹っ飛んだ。
コロの魔法の直撃を食らったリルが、砲弾のように飛ばされる。決着がついたと見紛うばかりの光景だ。
だがもちろん、ヒィーコは振り返らないし心配もしない。
「……あれ?」
予想外に呆気ない手応えにパチパチと瞬くコロに、ヒィーコはニヤリと口端を持ち上げる。
「まあ、よくあることっす」
「え……わっ!?」
コロの手首にしゅるりと絡みついて巻き付いたのは、金色に輝く縦ロールだ。
「こんなの……って、あれ!? これ外れな――にゃわあ!」
執念深いことで定評のある縦ロールにぐいっと引っ張られて引き込まれたコロがこの場からいなくなる。
「コロナちゃ――ッ!」
「変・身」
引き込まれたコロを追いかけようとした面々が、輝く閃光に足を止めた。
三対六。
丁度倍の人数差。なるほど不利なこの状況。だから何だとヒィーコは猛る。
「あの二人の邪魔は、絶対にさせないっすよ」
「……こういう事態が嫌で顔を隠させてたんだけどね。コロナちゃんに何をするつもりだよ」
「あ゛? ほざくんじゃねえっすよ、外道どもが」
魔力装甲に身を包み、強化された槍を構えたヒィーコが凶暴に笑う。もう怒りを抑えて冷静になる必要などない。
大事な友の記憶をいじくった『栄光の道』の連中は、残らず叩き潰す。最初からそれは決定事項だ。
仲間の放つ威圧にびくっと震えてしり込みしたエイスの背中をウテナが蹴って前に押し出す。
今のヒィーコは、敵を威圧するだけにとどまらず仲間が怯えるほどのプレッシャーをまき散らしていた。
「これでもあたし、仲間に勝手をされて、相当はらわた煮えくりかえってるんすからねぇ!」




