第七十三話
膨大な質量が崩れ落ちる鈍い轟音。上空からなだれ落ちるガレキが大地を揺るがすと同時に、特大の土煙を巻き上げる。
怒号も悲鳴も何もかも飲み込んだ倒壊の地揺れが収まるのに、数十秒以上の時間がかかった。
自分の周囲に金属の壁を錬成して土砂崩れをしのいだカスミは、舞い上がった土煙がまだ収まらない中おそるおそる腰を低くして周囲に問いかける。
「み、みなさまご無事でしょうか?」
過去最大級にやらかしである。攻守に優れた縦ロールを操るリルは確実に無事だろうが、さすがにこれで味方が脱落したら申し訳なさすぎる。
果たして返事はあった。
「さいてーなリーダーだと思う……」
「これはないだろ、マジで」
「僕もどうかと思うよ、今のは」
「カスミ……敵に寝返ってわたくしたちを一気に殲滅する算段じゃありませんわよね」
「うぁああああん、怖かったよぉおお! カスミのバカぁあああああ!」
無差別自爆テロの危機を乗り切ったパーティーメンバーによる轟轟の非難。
なにもすることなく崩れ去った攻城塔(笑)へレポリスの残骸を前に、カスミは震え声で言い訳を一つ。
「……け、建築設計は専門外だから」
「じゃあ、あんなもの作るな……」
ツッコミに回ったウテナの言葉に、ぐうの音も出ない。
周りの建築物を巻き込んで錬金したため、自分の生み出した金属分をかき消してもあの土砂崩れとなったのだ。迷宮ではあれほど大型の建築物を錬成させるほどのスペースはないし、街中であんなものを造るわけにもいかない。設計図だけひいてお蔵入りになっていたものを造り出すせっかくの機会だとつい調子に乗った結果があれだ。反論できるわけもない。
とはいえ、理解者がいないわけでもない。
「で、でもさすがカスミンっすよ!」
ヒィーコである。
カスミとロマンの波長が一致している彼女は、巻き込まれたにも関わらずきらきらと目を輝かせていた。
「移動式の攻城塔とは、また粋なもの作ってくれるっすね!」
「わかるヒィーコちゃん!」
「わかるっすよ!」
「お黙りなさい、お馬鹿ども」
盛り上がる二人が調子に乗らないように、ぴしゃりとリルが叱りつける。
「う……ごめんなさい」
「ま、まあ、確かに惨事になったすもんね」
さすがにぶっつけ本番であんなものを錬成した挙句に倒壊させたのだから、カスミも反省している。ヒィーコがかばうのも限度があった。
カスミは舞い上がった土煙を注視する。意図せず大質量の土砂崩れをくらわすことができたが、これで決まったと思うほど楽観的ではない。後ろで控えていた五人は丸々残っているだろうし、ウテナが相手にしていた十人のうち、二、三人はしのいでるはずだ。
「そんなことよりエイス。相手は?」
「そんなことよりって……うぅ。な、七人だよ」
土煙で見えない相手の残数をエイスが感知。その人数に、カスミはふむと腕を組む。
「どう、ウテナ。残り、いける?」
「無理……残り削るより、わたしが減るほうが早い……」
「そっか。過度なダイエットは体に悪いわよね」
ウテナの魔法は強力だ。雲という霧状の存在になることで、物理的な攻撃はほぼやり過ごせる。戦闘において無敵と勘違いしてしまうほどに大きなアドバンテージを得られる魔法だ。
ただリスクが高い。
散るのだ。敵の攻撃を受けても、雲になった状態で動いても、ただ雲になっているだけでも、すこしずつ体が散っていしまう。魔法で雲になった体を制御しきれず、行動した分、持続した時間分だけ体の体積が減る。一度、体重が五分の一以上減ったことがある。自称太りやすい系女子のエイスがその副作用をものすごく羨ましそうにしていたからよく覚えている。
これ以上、無理はさせられない。
カスミも先ほどのような大質量の錬成を連発するのは厳しい。自分たちが持っている最大の手札は晒してしまった。十分な成果はあったが、次は一層厳しくなるだろう。
だが、晒してしまったのなら見せ札としての使い道もある。
「それなら倒すのは諦めて、ひきつけるのに専念しよっか」
「うん……私の魔法は胸から減るから……あんまり多用したくない……」
「胸からって……あ、なんでもないです」
「いや、はっきり言ってやれ。それはもとからねーって――あいで!」
テグレの戯言は指弾を額にはじかれて黙らせられる。
仲間のじゃれ合いを横目にカスミは状況を計算する。
相手は上級以上の冒険者だが、残り十人を切った。こちらはまだ欠けていない。何だかんだ、クルクルに対人戦の心得を叩き込まれた成果が出ている。
これならば、もうリル達を前に進めてもいいかもとヒィーコと目配せした瞬間だった。
土煙をぶち抜く火柱が上がった。
先ほどカスミが作り上げた攻城塔を上回る天を突くような炎の熱気が大気を持ち上げて、もうもうと立ち込めていた土煙を吹き飛ばす。
カスミたちの楽観を焼却するような熱気を放ったのは、フードで顔をすっぽりと隠した小柄な人物だった。
「……火?」
ぽつり、とリルがつぶやく。
それは脅威を覚えたというものではない。だがその響きにカスミが疑問を覚えるよりも早く、状況が動いた。
燃え上がる火柱が、火力はそのままに収斂。フードの人物の両腕に凝縮し、煌煌した輝きを宿した。
さっきまでの戦闘で終始後ろにいた五人パーティーの一員であり、エイスが特に過敏に反応した二人のうちの一人。戦況が不利と見て取ったのだろう。出し惜しみされていた敵の戦力がとうとう動き出した。
天を焦がさんばかりの火力をまとめて両腕に纏ったフードの人物が、跳ねるかのように駆け出す。
速い。
標的は、ウテナだ。
「げ」
ウテナの顔がひきつる。相手の狙いに、カスミも焦燥に駆られた。
火は、ダメだ。
霧状の雲になるウテナの魔法の数少ない天敵が火だ。あくまでウテナの『雲化』では、炎はやり過ごせない。防御もできずに焼き払われてしまう。もし『雲化』を発動している状態であんなものを食らったら一発で退場だ。
「チッカ!」
「おおう!」
それがわかっているからこそ、とっさの指示に応えたチッカが前に出る。
大楯を構え、魔法によって重量を増し堅固な壁として立ちふさがる。カスミのパーティーの中でも純粋な楯役としての能力はチッカが一番高い。
フードの人物は足を緩めることすらしなかった。
「なっ――!」
フードの人物は盾にぶつかる直前に跳ね上がると、その勢いのまま大楯を踏み台に駆け上がった。
バカなと驚愕する間もなく、登る二歩目でくるりと宙を回転。遠心力を味方につけて、チッカの脳天にカカトをぶちこんだ。
「あの身のこなし……」
ぽつり、と今度はヒィーコがつぶやく。
だがカスミはそちらに思考を割く余裕もない。
チッカが一撃で脱落。フードの人物の着地に合わせて、ウテナが指弾を放つ。秒間で十発放てるそれを至近距離から交わすのは至難の業だ。
ウテナが一呼吸で四肢に散らして打ったコイン。
相手は、それを残らず片手で弾き飛ばした。
ウテナは息をのむ。カスミもバカな、と驚愕するが実際やられたのだから否定しても始まらない。
ウテナの指弾に合わせて横合いからテグレが斬りかかっていたが、相手は微塵も乱れない。その連携は予定の内といわんばりに、炎を纏った右腕で振り払う。
素手で剣をはじいておきながらも相手にダメージはない。そもそも相手の体に攻撃が届いていない。両腕にまとった炎がテグレの刃を阻んで弾いた。
「嘘だろ……これって、ライラ・トーハの魔法と同じ――」
茫然と足を止めたテグレのセリフごと飲み込むような炎をフードの人物が放った。
抵抗の間すら与えられず、テグレが脱落する。
フードの人物はなお止まらない。テグレとチッカの二人を一蹴してなお足を止めずにウテナに迫る相手にカスミは目を鋭く細める。
フードの人物が纏っているあの炎、質量を持っている。最強の冒険者ライラが操る鋼鉄の雷と同じく、魔法の炎を質量を持ったエネルギーまで昇華させているのだ。
強い。
間違いなく自分よりも、あるいはヒィーコやリルでも危うい。
ならばこそ止めなければと、カスミはウテナをかばうために前へ出る。
「カスミ……?」
「ウテナは下がって。エイスと一緒に、ヒィーコとリルドールさんと合流」
「でも……」
「リーダー命令」
有無を言わさない言葉に、ウテナはぐっと下唇を噛む。
周りを見れば、相手の残り六人もリルを狙って動き出していた。人数を減らされた現状、もう相手全員を引き付けられる戦力もない。相手の残りの戦力が動きだした以上、リルたちと合流して戦うのが一番だった。
混戦になった場合、ウテナの方が役に立つ。エイスはほっといてもたぶん生き残る。ならば自分がここでフードの人物を抑えるしんがり役を務めるべきだ。ウテナでは、あまりに相性が悪い。
「任せたよ、ウテナ」
「……任されたよ、リーダー」
ウテナが下がってリルたちと合流する時間稼ぎ。まだ詰め切られていない間合い。得意の蛇腹剣を錬金して振るう。
鞭のようにうねる曲線の軌道を相手はさらりとかわし、接近。一撃振るったカスミの懐に入り込み、痛烈な打撃を放つ。
ぐわん、と空気がたわむような音が鳴る。
「悪いわね……」
いまの一瞬で鎧を錬金したカスミは、響いた衝撃に顔をゆがめる。とっさの防御用にと錬金した雑な鎧だが、一撃しのいで使い捨てる分には問題ない。さすがにインパクトの衝撃すべてを防ぐのは無理だったが、脱落しなかったのだから上出来だ。
「これでも接近戦もこなせる器用な冒険者なのよッ」
相手を押しつぶしてやろうと、鉄塊を錬成して頭上に落とす。当然のように飛びのいてかわされたが、構わない。目線を遮る鉄塊を目隠しに、曲線の一閃を持つ蛇腹剣で強襲をかける。
不意を突いた攻撃は、わずかに相手を掠めてふわりとフードを脱がせただけだった。
次の一瞬で改めて詰められた距離は至近。そうして振り上げられた相手の攻撃は、カスミの錬金による防御を織り込み済みの打撃だ。
避けるのも防ぐのも不可能なタイミング。戦っている相手のフードが取れて見えた髪の色に、自分の敗北を悟ったカスミはそっと息を吐く。
「……ああ、なんだ」
カスミのパーティーの前衛三人を瞬殺されて瓦解にまで追い込まれた。しかしあらわになったフードの人物の正体を知ったカスミもは、むしろその結果に得心していた。
「魔法も動きも違うから気が付かなかったわよ、コロネルちゃん」
「名前、違いますよ?」
微妙に噛み合わない言葉を交わした一瞬後。
「わたしは、コロナです」
炎を纏ったコロの拳の一撃に、カスミは吹き飛ばされて意識を失った。




