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嘘つき戦姫、迷宮をゆく  作者: 佐藤真登
四章

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第七十一話

 ギルド『雷討』本部のクランマスターの部屋。

 書類仕事が一息ついたライラは、自らの冒険者カードをいじっていた。

 ギルドが発行し冒険者が所持するカードはシンプルな形状だ。長方形の、少し厚みがある形。そして彫られているわけでもないのに表示される情報。ライラがレベルと名前が表示されている基本画面の表面に指を滑らせると表示が切り替わり、解放された機能の使用画面ができてくる。

 前々から、それこそこれを手にした時から違和感を覚えていたのだ。


「これ、スマホよね……」


 誰もいないからこそ、この世界では彼女しか知識にない単語を呟く。

 タップしてスライド。表示画面を指で動かせる操作方法が彼女の知っている液晶パネルに酷似していた。


「なんでこんなに似てるのかしらね。うーん、謎だわ」


 通信機能こそないし、慣れれば思考操作ができるなど一長一短な違いはあるものの、全体としてはライラの古い記憶にある機械にそっくりだ。

 これが偶然の一致かどうか。それはずっと前からライラの中で引っかかっていることでもある。

 自分の冒険者カードをくるりと指先で回す。

 冒険者カードの質感は木製だ。わずかに入ったヒビからのぞく中身に精密部品が入っているようなこともない。あくまで単一素材で構成されている物体だ。

 あるいは原材料だという『宇宙樹ユグドラシルの葉』が何か関係あるのか。機能に関してはそうあたりを付けるので精いっぱいだ。

 現行でオーパーツの冒険者カード。その謎に触れれば、自分がこの世界で生まれてきた意味、あるいはこの世界に生まれてきた理由がわかるのではないかという期待があった。


「まあ、もう別にいいんだけどさ」


 ライラにとってその疑問はとっくの昔に折り合いがついていることでもある。自分がこの世界で特殊な事情を抱えて生まれてきた意味。そんなものはどうだっていい。かつての相棒と出会って冒険を続けているうちに、いつの間にか気にすることすらなくなっていた。この世界の成り立ちも、自分がこの世界で生まれた意味もどうでもよくなった。

 楽しかったのだ。

 トーハとの冒険こそが自分の生きる意味だと確信していた。トーハと出会うために生まれてきたんだとライラは笑って断言することができた。

 だからこそ、許せない。


「これがセフィロトシステムの産物だろうと、あのバケモノさえ殺せれば、なんでもいいのよ」


 ぞっと底冷えする声で言う。

 隣立つ相棒を理不尽に奪った百層の獣をライラが許すことはない。利用できる物はすべて使ってあいつに至って殺すと決めた。

 郷愁を刺激される冒険者カードの機能をなんとなくいじっていた時だった。

 不意に、画面が切り替わる。


「……なにこれ」


 映り替わった画面にライラは眉をひそめる。

 ライラは何もしていない。そもそもレベル九十九の上限に至り、使用できる機能がほとんど解放されたはずのライラでも見たことのない、しかし懐かしい機能が表示され始めた。


「なんで動画が……?」


 ライラの疑問に答えるものはなく、冒険者カードの画面いっぱいに映像が流れ始めた。







 セレナは銅鑼の残骸を回収してギルドへと戻っていた。

 木っ端みじんになったとはいえ、これはギルドの備品である。自分で壊した手前、ほったらかしという選択肢は根が生真面目のセレナにはなかった。

 そうして時間をかけて破片を残らず回収してギルドに帰還している途中だった。

 遠目に冒険者ギルドの建物が見える位置で、セレナはギルドで異変が起こっていることに気が付いた。


「花……?」


 ギルドの屋上に、巨大な花が咲いていた。

 冒険者ギルドは、迷宮の零層『王国マルクトの間』を利用している。テレポートスポットや冒険者カードの生産、管理などももともとそこにある機能に依存している。迷宮の機能のうち人類が生み出したものは限りなく少ない。あからさまにオーバーテクノロジーなものに関しては、最初からある機能をあたかも人間の手で運営しているかのように体裁を整えているだけだ。

 人類が迷宮の機能で解明できていることなど、ごくわずかだ。だから何が起こってもおかしくないと言えば、その通りである。

 だが、それにしたってギルドの屋上に巨大な花が咲くなど唐突である。


「なんですかあれ?」


 不可解な花の開花を不審に思っているのはセレナだけではなく、通りにいる何人かが訝しそうに冒険者ギルドに視線を向けている。立ち止まって振り返る人や指を指して声を上げる人もいる。そこかしこで上がる疑問の声は、ちょっとした騒ぎになっていた。

 過去に高名な冒険者であり職員であるセレナの知識にもない現象だ。おそらく、いままで起こったことのない状況である。

 セレナはなんとなく、迷宮は巨大な植物であるというトンデモ学説を思い出す。

 もしや、それと何か関係あるのかと困惑に足を止めた時だった。

 ギルドの――いや、迷宮零層『王国マルクトの間』の屋上に咲いた花が、まばゆい輝きを放つ。

 何かの攻撃かと身構えたセレナの行動は杞憂に終わった。

 一瞬だけ光輝いた花の光は徐々に収斂していき、空へと向けられる。何かを破壊するわけでもなく、その光は空中に虚像を結ぶ。

 セレナは警戒を解かない。彼女ですら対面したことのない現象が現在進行形で起こっているのだ。何が起こっても対処できるように抱えていた銅鑼の破片も放り出してすぐに動けだせるように意識を切り替える。

 突然咲いた花が起こす現象に身構えるセレナをよそに、花の光は安定する。

 空にはっきりと映った人物を見て、セレナは驚愕に目を見開いた。


「あれは――リルドールさんたち、が映って……?」


 王都の空に、いま戦っているリルたちの映像が投影されていた。






 この世界にある全ての冒険者カード、全ての冒険者ギルドの建物でライラとセレナが目にしたのと同じ現象が起こっていた。

 七十七階層の管理人は、己の冒険者カードに流れている画像を見て、にやりと笑う。


「三百年前は使わなかったからさび付いてんじゃないか不安になったが……大丈夫そうだな」


 本来ならば七十七階層で英雄の誕生を世界に告げ、百層の闘争の果てに訪れる世界の終焉を告げるために備えつけられた機能【世界(ワールド)映像(ヴジョン)】。かつての大英雄イアソンは望まず、当時の百層の管理者もその想いを汲んで使用されることのなかった権能だ。

 それがいま、七十七階層の怪人によって使われる。

 本来この迷宮の七十七階層と百層の管理者は同一だからこそ【世界(ワールド)映像(ヴジョン)】の権能は七十七階層の管理者にも与えられているが、かつていた百層の主が滅んだいま、百層の管理者は空白のまま。

 だからこそ、その権能が悪用(、、)される。


「人に知られてこその英雄だ。人にたたえられてこその英傑だ。だからこそ世界はお前らを知らなくちゃならねえ。お前たちが認められるのは、早ければ早いほどいい。……この世界には、もう時間が残されてねえんだ」


 彼は知っている。

 かつて百層の底まで至ったことがあるからこそ、いま七十七階層の管理者におさまっている彼は知っている。

 この世界の成り立ちを。迷宮を作り上げたセフィロトシステムの意味を。天然で実った悪意の果実の味を、彼は知っている。それらはわずかであるとはいえ、彼を人類の害悪に堕とした一因なのだ。

 残された時間が少ないからこそ、彼は動き出した。だからこそこの時代にあの三人がいるということが、彼にとっては信じられないほど幸運なことだった。


「リルドール、ヒィーコ、コロネル。お前たちには期待してるんだぜ。この一戦で衆愚どもに証明しろよ? お前たちの器を示して、英雄であることを示して――はは、はははは」


 本来ならば必然である一人だけではなく、それに勝るとも劣らない人材が三人並ぶ。その事実に、くつくつと止まらない笑いをこぼし続ける。

 リルたちの戦いが世界に流れ続ける。それを肴に彼は地の底で笑い続けた。


「はははっ、ははははっはは!」


 英雄の誕生を世界に示す意味。

 七十七階層の管理者である彼が、あえていまリルたちの映像を放映する目的。

 そんなもの、悪だくみのために決まっていた。


「はははははっ、はぁ……。さて、お前たちが消えるときに、世界はどんだけ絶望するかね」


 もう少し先にここへと訪れる英雄に、世界の悪意を刻むために。

 暗躍するクルック・ルーパーは、ひそやかに笑って七十七階層で悪だくみを進行する。

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【書籍情報ページ】

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――作者の他作品――
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