第六十六話
「『栄光の道』は確かに巨大なクランではあるが、嬢ちゃんたちが思っているほど強大なクランじゃねえぞ」
一時期、客分として『栄光の道』内部にいて内情をある程度知っているクルクルがまず語ったのは意外なことだった。
「巨大だけど強大じゃない……?」
「どういうことっすか、それ」
「おいおい、よく考えてみろよ。『栄光の道』は『雷討』が台頭するまではこの王都で一番のクランだった。そして『雷討』が『栄光の道』を超えたとされるのは、奴らが五十層主を正規の手段で討伐したからだ」
つまり、と前置きを置いたクルクルがにやけ面で続ける。
「『栄光の道』は、三百年かけても五十層を超えられなかった負け犬どもの集まりだぜ」
おお、とヒィーコが小さく呟く。言葉は悪いが、言われて見ればその通りだ。
五十階層を超えられるようになったのはたったの三年前、『雷討』が南の迷宮で五十階層主を倒してからだ。それまで王都は四つの迷宮が集中した稀有な都市ではあったものの、飛び抜けて優れた冒険者を輩出していたわけではないのだ。
ライラとトーハが迷宮を駆け抜けたのが、たったの三年前。だから王都でもレベル五十を超える上級以上の冒険者は少ない。『栄光の道』がいかに三百年前から続くクランだろうと、適正階数以下の場所ではレベリングの効率は極端に落ちる。三百年続く老舗クランという部分にとらわれがちだったが、五十階層以降の探索歳月の面で見れば、思っているほど差があるわけではないのだ。
「『栄光の道』で上級以上までいっているのは、三十人程度。上級上位だと、たったの五人だ。これを抑えられれば、勝ちは決まったようなもんだろ」
思った以上に少ない戦力を聞いて、高すぎると思っていた壁の幻影が搔き消える。
「それでも人数差は結構あるわね、やっぱり」
「わたくしたちで勝つ目が出るとしたら、どのくらいまでのレベルですの?」
「クランを設立したらすぐにクランバトル仕掛けるんだろう? 一ヶ月と考えて、そうだな……カスミの嬢ちゃんたちのパーティーが六十層を超えれば御の字で……」
いったん言葉を切ったクルクルは、ちらりとリルとヒィーコの二人を見据えて、口端を持ち上げる。
「リルドールの嬢ちゃんとヒィーコの嬢ちゃんは七十七層の手前まで行くのが目標だろ」
五十階層から七十七階層までを、たったの一ヶ月で踏破しろという提案。いくらその間に階数主のような難敵がいないにしても、下層域とされ多くの上級冒険者を阻み葬っている道のりだ。
それを短期間駆け抜けるには、相応の危険を覚悟しなくてはならない。セレナは無茶だと無言のままクルクルに非難の目を向けるが、リルは平然としたものだ。
「あら、別に七十七階層を超えてしまっても構いませんのよ?」
「はっはっはっ。強気だな。いいことだぜ」
七十七層を超えて初めて上級中位から上級上位になったと目される。そこからは深層域。世界でも数えるほどの冒険者しか足を踏み入れていない魔窟だ。
そこまでの段階など一ヶ月で跳び越えてみせると腕を組んで自信たっぷりに言い切るリルを、クルクルは心強いと笑う。
「あっさりそういうことを言えるのがリルさんよね……。はぁ、私も見習わないとなぁ」
「そりゃ感心だが、下手に見習うと死ぬだけだぜ、カスミの嬢ちゃん。それに今回は七十七階層踏破までやることはねえさ」
「あら、そうですの?」
「そういえば、七十七階層の階層主っているんすか? 聞いたことないんすけど」
「……七十七階層主については、不明です」
ヒィーコの疑問に、かつて七十七階層を踏破したことがあるはずのセレナが答える。
「初めて七十七階層を超えた大英雄イアソンは、そこには赤い果実のなる木があり、それに絡まる巨大な蛇に欲望と精神を試された、と語っています」
「だが、約十年たった後にようやく後続のやつらが七十七層にたどり着いた時、そこには何もなかった」
大英雄イアソンは、自己の功績を吹聴してまわるような性格ではなかったとされる。ならば七十七階層主はカニエルのような唯一無二のユニークモンスターだったと考えるのが自然だ。
「これは後々に他の迷宮の五十階層開かれるようなって初めてわかったことだが、世界中の迷宮は七十七階層を起点として全て繋がっているんだ」
「へえ。じゃあ、世界のどの迷宮から入ろうと、七十七階層以降は同じ迷宮になるのね」
「そういうこった」
上級以上の冒険者は少ないため、そのあたりの逸話を知らない者は多い。カスミはクルクルの説明に感心して頷く。
「そうなると、七十七階層も世界で一つしかないってことになるんすよね」
「普通に考えるとそうなりますわね。イアソン以降の冒険者が七十七階層で何も発見できなかったのなら、そこにはもう何もありませんの?」
「いいや、それは違うぜ。早合点ってもんだ」
カニエルもそうだが、五十階層主はリポップすることのないユニークモンスターだった。世界にたった一つしかないという七十七階層主も同じように一匹きりだったのではとリル達の推測をクルクルが否定する。
「今でも七十七階層に足を踏み込んで、帰ってこなくなる人は少なくありません。七十七階層は、二十階層、四十四階層、五十階層と同じくワンフロアのみの階層です。階層主の試練以外では、魔物が出現することもありません」
階層主以外の危険がない七十七階層に踏み込んで、帰ってこない冒険者がいる。つまり、七十七階層ではいまだに何かが起こっているということだ。
「冒険者が帰ってこない明確な理由は判明してねえな。帰ってこねえんだから分かるわけもねえんだが、運を試されているだの資格のあるなしだのを語る奴らは多いな」
「ええ。ただ一番有力な見解は、ランダムの時期でそこに七十七階層主が居座るのではないかという説です」
七十七階層主がいる時は足を踏み入れたものはことごとく滅ぼされ、そうでないときは通れる。そういう階層なのではないかというのが有力な説だ。
「その時期にしても、七十七階層にある木に実がなっている間だの、一定の周期があるだの、完全にランダムだの諸説あります」
「セレナさんが通った時はどうだったんすか?」
「私たちの時は何もいませんでした。一つの実もなっていない木があって、それだけの階層でしたよ。素通りです。そういう意味では、ちゃんと突破したとは言えないですね」
そうなると、七十七階層の深淵の間を正規で突破したのは、大英雄イアソンだけだということになる。
「その赤い実っていうのも、なんか意味があるんすかね」
「さあな。別に美味くもねえリンゴだったっていう噂だぜ?」
どこでそんな情報を仕入れていたのか、クルクルは冗談めかして笑う。
七十七階層については、未だに解明できていない迷宮の謎の一つとしてあらゆる考察が飛び交っているものだ。ここで語ったって解決するようなものでもない。リル達にとって重要なのは、そんな謎解きではないのだ。
「その七十七階層を超えない理由は何ですの?」
「攻略のパターンもわかねえ場所だ。万が一死んじまったらつまらねえだろ? それに七十七階層まで行けば、クグツ達には追いついたも同然だ」
にたりと笑って悪人面を歪ませる。
「『栄光の道』の最大戦力はクグツをパーティーリーダーとした上級上位の五人だが……なにせあいつらは二年かけても、いまだ八十階層にも至れてねえ」
「それだけ深層の脅威が著しいんです」
小馬鹿にしたクルクルの言いようを見兼ねたのか、かばうようにセレナが言う。
実際、セレナでも一人では深層でのレベル上げはほぼ不可能だ。深層域は、五十階層主と同等以上の魔物が当たり前のように群れをなす。現在、一人で深層の魔物を駆逐するような探索をしているライラこそが異常なのだ。
五十階層解放後に一年もたたずに九十九層まで至った『雷討』と二年たっても八十層も超えられない『栄光の道』。それがそのまま、両クランの最前線の差でもある。
「なんにしても、七十七階層手前まで行ければレベル的にほとんど差はねえ。七十七階層を素通りするにせよ、それからでいいだろう。時間も考えれば、それでギリギリだろうしな」
「まあ、聞く限りじゃそうですわね」
今回の目的はあくまでコロを取り戻すことだ。闇雲に探索する意味もない。
結論はまとまった。取り戻すべき者は最初から揺るがず見据え、至るべき目的地も定まった。
ならばあとは突き進むだけだ。
「クラン設立まで各自戦力増強のためのレベル上げとしますわよ。ヒィーコはわたくしと二人で、カスミ達は五人一組で進めなさい!」
「はい!」
「了解っす!」
「わかればよろしいですわっ。一ヶ月後、勝負に勝って必ずコロを取り戻しますわよ!」
「おー!」
「よっしゃー!」
気炎万丈、やる気は充分。
仲間を、友人を、相棒を取り戻すための戦いだ。リルの号令に、ヒィーコとカスミは拳を振り上げ意気をあげた。




