第六十五話
クランの設立の手続きには、大体一か月ほどの時間がかかる。
ギルドへの登録手続きに役所への届け出にと、その手間の多さはパーティーの設立とは一線を画している。その書類作成などの事務作業をリルがこなせるかといえば、もちろん無理だ。セレナが懇切丁寧に指導すればなんとか、といったところだがセレナにも通常業務がある。リルの受付をするようになり、以前ほどセレナの受付に人が並ばないということもなくなっている。
そのため、もしリルが一人で手続きをしようとすると一か月では足らなくなってしまう可能性が高い。
そんな煩雑な手続きだが、それを素通りする方法をリルは知っている。
世の中の何もかもを自分でやる必要はない。できないことは他人に任せればいいのだ。
というわけでクラン設立の手続きはアリシアに代理の手続きをお願いすることで解決した。信用がおけてこういう事務作業を厭わないのは、リルの交友関係の中ではアリシアしかいなかったのだ。
ちなみに手数料として十万ユグほど徴収されたが、一か月にわたって手間をかけさせるのだから仕方ない。セレナとアリシアが協議をしつつ、時々途中経過の報告を聞きクランマスターとしてどうしても必要となるところだけリルも参加している。
そうして順調にクラン『無限の灯』は設立の向かっている。
ただ一点、どうしようもない問題があった。
「設立は問題ないとして……現状、相手に対しては戦力不足なのは否めませんわね」
話し合いの時の集まりの定例の場所となっているギルドのフリースペース。リルはヒィーコとカスミという将来的に考えても中核になる二人と、相談役としてのセレナも含めた四人で話し合う。
そもそものクランの目的は『栄光の道』と戦い勝利し、コロを取り戻すためだ。クランができればその目的が達成されるわけではない。あくまでリル達のクラン『無限の灯』の設立は、コロを取り戻すことへの最低条件でしかしないのだ。
ちなみにクランのリーダーはリル、副リーダーはヒィーコで確定している。いまはいなくともコロのために副クランマスターを開けておくのはという提案もあったのだが、コロはリルに対して肯定的すぎるため向いていないだろうという理由で却下になった。
「わたしたちがクランを設立したとしても、人数は七人……」
「それで、相手は何人っすか?」
「単純に冒険者だけでも二百人は擁している一大クランです」
「うっわー……」
改めて突きつけられた戦力差に、カスミが腕を組んで唸る。
リルたちのクランが設立しても、リルとヒィーコにカスミのパーティー全員合わせてたったの七人。それがすべて上級以上とはいえ、その人数で王都の二番手クランに挑むと知れば、ほとんどすべての人間は失笑するだろう。
「この差は笑えないわね」
「救いがあるとしたら、クランバトルは上限人数が決まっていることですが……」
「え? 何人なんすか?」
「五十人です」
十人くらいだったらとても助かると顔を輝かせたヒィーコも続いた言葉で撃墜されて消沈する。
五十対七。
もともと組織同士の争いを想定したルールだから人数が膨れ上がるのは当然なのだが、少人数なリルたちには優しくない人数差だ。
「仮にもクラン同士の誇りもかかった戦いです。万が一にも敗北しないようにと、精鋭が出てくるのは疑いの余地もありません。『栄光の道』は上級以上の冒険者だけでも、三十人はいたはずです」
今のリル達のレベル以上が最低でも三十人。残り二十人だって、中級上位で固められるはずだ。そんな差を突きつけられヒィーコとカスミが顔を歪めるなか、リルだけはうろたえることもなかった。
「別に手詰まりというわけではありませんわ。一人に付き七人倒せるほどに強くなればいいんですもの」
「ものすごいことをあっさり言うわね……」
「でもリル姉の言うとおりっすね」
これが数日前までは腐り果てていた人間のいうことなのか。恐ることなく言い切ったリルに雰囲気が明るくなる。
だが、そんな場の空気に流されないのがセレナだ。
「そうするにしても、相手がどのくらい強いかわからないことには話にもなりませんよ?」
淡々とした指摘に、むぐぐとリルは言葉に詰まる。
リルがなんと言おうとも、これは集団戦だ。相手の具体的な戦力が分からないと不安は高まるし、自分たちの戦力を増強しないことには勝算も増えない。勢いだけでどうにかするのは難しい問題である。
どのくらい強くなれれば相手に勝てるのか。その目算を立てるのは重要だ。明確な目標がなければ、研鑽の指標も立たない。
だが『栄光の道』の探索は南の迷宮だ。ギルド職員のセレナでも探りを入れるのも難しい。そもそもギルド職員は中立であることを求められる。セレナはコロの現状を見て『栄光の道』が何らかの違法的な行為をコロに施しているとみてリルに協力しているという建前があるが、予測の域をでない以上やれることに限度はある。
気難しい沈黙が落ちる中で、一人の部外者が四人に声をかけてきた。
「嬢ちゃんたち。暗い顔で何を話し合ってるんだ?」
「あら」
リル達の話し合いに割り込んできたのはクルクルだ。知り合いの実力者の登場に、リルはちょうどよかったと顔を明るくする。今は何としてでも戦力が欲しい状況だ。それがたとえ見るからに人さらいのような悪人面をしたおっさんでもだ。
「実はわたくしたち、クランを作りますのよ」
「ほう」
報告を聞いて、クルクルはめでたいと破顔する。
「つーことは、嬢ちゃんたちはあの英雄様の力を借りるのはやめたのか。はっはっは! 賢いと思うぜ、俺は。……あの英雄様は、期待外れだったしな。やっぱり本命は、死んじまったトーハのほうだったんだろうな……生き残ったってことは、そういうことだしな」
「なんの話ですの? というか、あなたライラ・トーハと顔見知りですの?」
「まさか。会ったことなんて一回もねえよ。まあ、気にすんな。独り言だ。それで、嬢ちゃんたちがクランを作るのが俺に関係あるのか?」
「ええ。わたくしがつくるクランに、あなたも入ってみる気はありませんの?」
期待はずれとはなんぞやと首を傾げつつも、物は試しにと勧誘をかけてみる。
リルの提案に、クルクルは目をまん丸にする。
「俺が? 嬢ちゃんたちのクランに?」
「いつかは三千世界に輝くクランですのよ。そこの初期メンバーとなれば、もう伝説に残ること請け負いですわ」
クルクルの生活態度はダメ人間そのものだが、コロとヒィーコの二人を相手にして傷一つ負わなかったその実力はリルも知っている。そのため意外そうに顔を驚かすクルクルへ、自信満々に自分のクランの長所を押し出す。
だがクルクルは席に座る様子もなく首を横に振った。
「わりいな。どっかに所属するってことはやってねんだよ」
「えー、なんでっすかぁ。おっさん、『栄光の道』はクビになったんすよね。なら今はフリーじゃないっすか。それとも一匹オオカミでも気取ってるんすか?」
「まあ、そんなもんさ。もういい歳だからな。若人どもに交じるには、ちっとつらいんだよ」
年の功というべきか。言外に検討にも値しないと茶化したヒィーコをするりとかわす。
「というわけで、残念ながら――」
「入るのが無理なら雇うという形はとれませんの? お金ならありますのよ?」
レベル的には上級下位。冒険者稼業の稼ぎだけでもなかなかのもの。しかもリルはアパートの大家でもある。瀟洒な暮らしをしているリルだが、収入は消費を大きく上回っている。その分、蓄えは豊富だ。
クラン設立にある程度の資金をつぎ込んでも上級中位のレベルを持つ人物を一人雇うことはわけなかった
それにクルクルはぴくりと反応する。
「……ほほう? ちなみに、いくら出せる?」
「今回のことだけの間なら、百万ユグは」
「ひゃく!?」
「ついでにあなたが知っている『栄光の道』の情報を流してくれるのなら、追加で五十万ほどは出せますわね」
「ごじゅ!?」
惜しみない金の使い方に、ある程度以上稼ぐようになっても何だかんだ庶民感覚が抜けないヒィーコとカスミが素っ頓狂な声を上げるが、上級中位が相手なら少し高い程度の金額だ。セレナの判断だと、目の前の男はそれでも安いと感じる。相手の情報にしたって手から喉が出るほど欲しい話だ。『栄光の道』は大規模なクランだけあってある程度の情報は公開されているが、それ以上の内部情報をそうそう流出させはしない。
そしてリルは、金を惜しむような生活はしたことがないため大金を支払うこと迷いはなかった。
「この条件ではどうですの?」
「はっはっは。それを先に言えよな、まったく」
さっきまで座ろうともしなかったおっさんが、遠慮もなく少女四人がいるテーブルの席に交じってどっかりと腰かける。なにしろ一晩の酒代でコロの情報をカスミに渡した男である。百五十万という大金につられないはずもない。
「正式に入るのはいろいろと面倒だから断るがな。客分、って形でなら雇われてやるよ」
「駄目な大人よね、クルクルさんって」
「そうっすよ。お金よりもっと大切なものは世の中に溢れてるんすよ?」
「バカいうなよ、嬢ちゃんたち。大人だから金に釣られるんだ。それに俺から嬢ちゃん達に対しては金より大切なもんなんて求めやしねえよ」
「それはそれで腹が立つ物言いですわね」
「ははっ、なら精進しな。これから先に何が起こるか分からねえんだから、もっと、もっと、どこまでも、な。そしたら、何かしら頼みごとをすることもあるかもしれねえさ」
ジト目になる少女たちの視線に、クルクルは悪びれもなく笑った。




